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葵タンがチームの中心にいないと不安でしょうがなくなる呪い


 月曜日の朝、葵は元気良く登校した。何せ昨日はカノジョである飛鳥とチュウまでした上に、学校では酷いイジメはされない。殴られたらチンポが勃起して分子分解だし、掃除は手伝ってくれるし、友達もできた。


 葵は元気良く教室に入った。だが葵は浮かれすぎて少々現実を忘れていた。


「おい、葵!」


 イジメっ子の女子、板野さんが厳しい声で葵を呼んだ。そうだ。僕はイジメられっ子というカーストの最底辺にいることは変わらないんだ、うっかりしてた。葵は慌てて土下座した。


「板野さん、おはようございます!」

「おい葵、顔あげろ」

「は、はい……」


 葵は顔を上げた。板野がじろじろと葵の顔を見つめる。


「葵、お前、昨日どこにいた」

「ふぇ? き、昨日ですか?」


 板野は訝しげに葵を見ている。どうしよう、昨日のことがバレちゃったのかな。昨日の女装がバレちゃったのかな。葵は涙目になってきた。


「お前、女友達がいるって言ってたな」

「は、はい……」


 葵は汗をダクダク流しながら板野の顔を見つめた。葵はダンボールに入れられて川を流されている可哀相な子犬のような顔をしていた。板野はその顔を見てさらに感情を爆発させた。


「おい! お前、女友達の写真とかないのか!?」


 葵は急いで首を横に振った。葵はウソをついた。ある。待ちうけにしてある。そしてケータイにも貼ってある。ケータイを取り出したらジ・エンドだ。


「本当にないのか? ケータイ出せ」


 うわあああ! 葵は捨てられた子犬が助けを呼ぶように泣き出した。


「ひっぐ……もってませぇん……ケータイは勘弁してくださぁい……」


 ケータイを出したらもう終わりだ。飛鳥の正体がバレる。そして昨日飛鳥と一緒にいた女の子。その正体もバレる。葵は自分の女装は別にバレても良かったが、飛鳥の正体はバラしたくなかった。飛鳥にイジメの被害が及ぶことを恐れた。


「な、なんで泣いてんだよ! 出せって言ってんだ!」


 葵はもういっそ殴られようかと思った。殴られれば板野さんの服が分子分解されて消える。ケータイどころじゃない。でもそうしたら板野さんが真っ裸になって可哀相だ。優しい葵は激しく困った。


「ちょっと待ってくだされ!」


 葵と板野の間に微かに割り込むように、一人の男が現れた。


「さ、佐藤くん!」


 佐藤はついに立ち上がった。友である葵のイジメを止めるためについに立ち上がった。佐藤の膝はガタガタ震えてメガネはカタカタ揺れていた。


「葵タンをイジメるの……」


 板野の足が蹴りあがり佐藤の股間を直撃した。


「うっ!」


 股間を押さえて呻く佐藤のテンプルに板野の鉄拳が容赦なく炸裂した。板野はブサイクな佐藤に対しては一切の遠慮がなかった。


「がはっ!」


 佐藤は呆気なく床に倒れて意識を失った。葵はそれを見て板野の真の恐ろしさを実感した。ここまで急所を的確に殴られたことはない。板野さんって本気出すとこんなに強いんだ。うわわ。怖い。葵は佐藤に駆け寄った。


「佐藤くん! 佐藤くん! しっかりして!」


 板野は舌打ちして葵から離れて行った。佐藤に割り込まれて興冷めしたのだ。


「……う、うぅぅ、葵タン、大丈夫ですか……」

「佐藤くん、ありがとう! 僕のために!」

「ふへへ、ボクは葵タンの、友達ですから……ひでぶっ」

「さ、佐藤くーん!」


 佐藤は完全に意識を失った。非力な葵は頑張って佐藤を席まで戻してやった。


「ふぅ。飛鳥さんがバレなくてよかった」


 葵は自分の席に向かった。葵が自分の席に着くと嶋野たちがニヤニヤして笑みを浮かべながらやってきた。葵を激しくイジメる男たちだ。中根が指をポキポキ鳴らしながら言った。


「葵、もう今週はお前を殴っても大丈夫だろうな」


 空手部の中根が拳を握っている。葵は慌てて止めた。


「中根くんダメだよ! またチンポが勃起して全裸になっちゃうよ!」


 中根の手が止まった。葵に暴力を振るいたい中根、尾形、近藤は揃って舌打ちした。何故か知らないがチンポが勃起して全裸になるのはイヤだ。特に中根は2回も全裸になってチンポを勃起させており、教室の女子から「中根の包茎チンポキモーイ」と陰口を叩かれていた。


「ちっ、葵、全員分の飲み物買って来い。あと俺のマルボロ」

「は、はい、とりあえずマルボロはあります。中根さんは緑茶、尾形さんはポカリ、近藤さんは烏龍茶、嶋野さんはピルクルですよね!」


 葵はできるパシリだ。全国パシリ選手権があれば優勝を狙える。全員の飲み物は覚えている。中根が頷いて言った。


「よくできたパシリだ。ほら行って来い」


 中根が葵の肩をドンと軽く押して走らせようとした。その瞬間、中根のチンポはマックスまで勃起して衣服が分子分解されて消えた。


「ムキッ!」


 ああ、あああ! 葵は涙目で中根を見つめた。中根は床に倒れてチンポの勃起を押さえていおる。


「し、しまったぁぁ! 軽く押すつもりだったのにぃ!」


 クラスの女子たちは中根がまた全裸になってチンポを勃起させてる、超キモーイ、アイツ暑苦しいしキモーイ、とヒソヒソ言い出した。イジメっ子リーダーの嶋野は哀れみをこめた目で中根を見下し葵に告げた。


「葵、とっとと行ってこい」

「は、はい!」


 葵は急いで自販機まで走って飲み物を買いに向かった。



 その日は残念なことに、葵の一番嫌いな体育の時間があった。しかもバスケという、身長が150cmほどしかない非力な葵が苦手とするスポーツのひとつだ。しかも自分はぼっちだ。どのチームにも入れてもらえず、ボールも回って来ない。葵のチームは一人多くてもいい、というハンデもつくぐらいだ。


 葵はチーム決めを遠くから見ていた。運動神経の良い3人がじゃんけんして選手を選ぶドラフト制だ。3人はせーのでじゃんけんしている。


「よし勝った! 葵! お前!」


 じゃんけんに勝った嶋野が真っ先に葵を指名した。葵は驚いて尋ねた。


「えぇ? ぼ、僕?」


 葵は更に驚いた。じゃんけんに負けた2人が悔しがったのだ。


「あー! くそ! 葵持ってかれた! 不安だ!」

「俺も葵が欲しかったのに! ちくしょう! 負けそうだ!」

「ふっふっふ、俺のパーが葵を手に入れたぜ」


 嶋野は満足気に葵を手に入れている。これまで見たことのない光景だ。葵には何が起きているのかわからなかった。


 やがてじゃんけんで嶋野チームは集まりミーティングを開いた。嶋野は恐るべきことを言い出した。


「俺たちのチームには背が低い葵がいる。前半は葵がポイントガードで攻めるぞ」


 葵は愕然とした。葵のこれまでのポジション名は「端っこ」だ。端っこで味方にも敵にも邪魔にならないようにコートにいる。この高等テクニックを求められていた男だ。


「ポイントガードなんて司令塔ですよ! 僕には無理ですよ!」


 嶋野は葵の肩を叩いて励ました。攻撃じゃなかったためか、嶋野のチンポは勃起せず衣服も分子分解されなかった。


「大丈夫だ。葵! お前はチームに必要だ。意表をつくプレイで行こう!」

「おう!」


 バスケが始まり嶋野がボールを奪い取ると、すぐさま葵にボールを回した。


(うわぁ! ホントにボールが来た!)


 これが高校時代における、味方から葵への初めてのパスだった。葵はいつもぼっちだ。だが練習熱心な努力するぼっちだ。バスケの時間は一人ドリブルをしているだけだった。そのため、ちょっとだけドリブルは上手かった。葵はひたすら低くドリブルで進んだ。


「くそっ、低すぎる」


 相手はあまりに低い葵のドリブルからボールを奪えない。葵は相手の隙を見て素早くパスを出した。



 ひょろろろ



 だが如何せん葵は非力だ。ボールを投げる力が弱い。簡単にパスカットされてゴールを奪われた。ああ、怒られる、また端っこに行け、って言われる。嶋野は怯えた葵に声をかけた。


「ドンマイ! 良いドリブルだ! 取り返すぞ!」


 葵はビックリして嶋野を見つめた。ドンマイ? そんなこと初めて言われた。死ね、グズ、ノロマ、ばっかりだったのに? 葵は燃えてきた。初めて協力してフォローしあう団体競技の楽しさを知った。


「よし!」


 葵は体が小さく視界に入り辛い。うまく相手のパスをインターセプトするとドリブルして敵陣に切り込んだ。レイアップだ、前には誰もいない。レイアップならこのままいける。葵は必死に跳躍した。



 ひょろろろろろ



 ボールがふらふらと上がり辛うじてリングに届き、そのまますぽっと入った。


「おおおおお!!」


 チームは葵のショットに喝采を送った。これがスポーツ、これが団体競技! 葵は泣きたくなるほどの感動を味わった。



 葵が活躍したのはそれだけで、後はパスも止められ、ショットもブロックされ、スリーポイントを狙ってもゴールまで届かなかった。結果、当然の如く惨敗した。


「いやー負けちまったな!」


 葵はおずおずとチームのみんなに謝った。確実に足を引っ張ったのは葵だ。何せ葵の上をパスがひょいひょい通過していくのだ。バスケというスポーツはチビには過酷すぎる。


「みんな、ごめん、足を引っ張っちゃって……」


 嶋野もチーム全員も笑顔で言った。


「ドンマイ!」


 葵は何を言われたのかわからなかった。みんなは葵のプレーについて語り出した。


「葵のドリブルは結構良かったな!」

「でもやっぱ筋力がたらねぇな。筋トレしようぜ!」

「身長もたりねぇな。まぁ、これから伸びるよ」

「ああ、気にすんなよ! 次は作戦を変えよう!」


 葵はあまりの嬉しさに泣き出した。チームの一員として励ましてくれている。こんなに足手まといなのに。


「ははっ、なに泣いてんだよ葵」

「そうだよ、練習しようぜ!」


 葵は涙を拭き取り言った。


「うん! もっと頑張るよ!」



 葵はぼっちから解放された。飛鳥の呪いはこういうことだったのだろうか。日本史の時間にも再確認させられた。


「佐藤くん、これ調べるの大変だね」

「そうですなぁ、葵タンとボクだけでは調べる範囲が広すぎますなぁ」

「僕たち2人だけだもんねぇ」


 クラスメイトが葵の発言に気づいた。


「お、おい葵! お前の班2人しかいねぇじゃねーか!」

「ほ、ほんとだ! 葵、俺のチームに来いよ!」

「ちょっと待ちなさいよ! 葵くんはうちの班がもらうわよ!」


 教室は壮絶な葵の取り合いになった。葵も佐藤もポカンとして見ていた。壮絶な話し合いの結果、じゃんけんで勝った2人が葵と佐藤と組める、ということになった。


「やった! 勝った! 葵と同じチームだ!」

「私も勝った! 嬉しい! 葵くんよろしくね!」


 男子と女子が葵と佐藤の班に加わった。葵は楽しく日本史の課題に取り組んだ。



 やがてお昼になった。葵は葵空間アオイゾーンと呼ばれる部屋の隅で弁当を食べるか、嶋野のパシリのために走る時間だ。今日もいつものように嶋野がやってきた。


「おい、葵、パンとピルクル買って来い」

「はい! いつものチョココロネですね!」


 葵は元気良く走ろうとしたが、嶋野は足もとをじっと見つめている。


「おい、このガムテープはなんだ?」


 葵はガムテープを見つめた。


「ふぇ? 嶋野さんが貼ったやつですよ。ここから出るなって」


 嶋野の表情が一変した。その話をたまたま聞いていたクラスメイトの一人も表情が一変した。


「ふざけんな! こんなガムテープがあったら、葵がクラスというチームから孤立してるみてぇじゃねぇか!」

「そうだ! 嶋野! 何てめぇ貼ってんだ! 剥がせ! 今すぐ剥がせ!」

「ああ! こんなもの、こうだ!」


 嶋野とクラスメイトはガムテープを剥がした。嶋野は教室の隅にあった葵の机を列の後部にきちんと繋げた。


「ふぅ、何が葵空間だ。これで葵はクラスというチームの一員だ」


 葵はぽかんと見つめていた。葵空間がなくなった。普通の席順になった。葵があまりの事態に呆然としていると、嶋野が叱った。


「葵! 何ボーっとしてやがる! 早くコロネとピルクル買ってこい!」

「は、はい!」


 そうかぼっちではないけど、パシリは変わらないんだ。ぼっちではないけど、クラスの最底辺というカーストは変わらないんだ、えへへ、でも何だかとっても嬉しいや、葵はこみ上げる笑顔を浮かべながら全力でパシった。 



 部活の時間になった。ぼっちが解消されて部活はどんな風に変わるのだろう。葵はわくわくしながら佐藤と一緒に紺野部長の到着を待っていた。


「お、葵、今日もちゃんと台出してあんな」

「はい! 部長、練習してください!」


 紺野部長もすごいことを言い出した。


「葵、ダブルスやんぞ。私と組め」


 葵は呆然と紺野部長を見つめた。初めてだ。初めて女子卓球部と男子卓球部が子ラボしようとしている。そして他の3人の女子部員は紺野に非難の声を上げた。


「部長ずるい!」

「そうですよ! 葵と組みたいです!」

「部長ばっかり! 葵とじゃないと不安です!」


 紺野部長は一喝した。


「うるせぇ! 私が葵と組むんだよ!」


 葵は緊張しながら紺野部長とペアを組み、ダブルスに励んだ。葵は非力で運動神経がないが、卓球は上手い。特にカットが絶妙に上手い。非力を絵に描いたような絶妙なカットがうまい。カットされた球がひょろろろろと返ってくるので、相手はついミスをする。


「葵、なかなかやるじゃねーか。カットに関しては一流だな」


 紺野部長も褒めてくれた。


「お前筋力ないから相手のミスを突く瞬発力が足りないんだよ。あそこで前方で落とされたら走ってこうスマッシュ。やってみ」

「はい! こうですね!」

「そうそれ、よし、もう1ゲームやるよ!」


 紺野部長は指導までしてくれた。葵はイジメられていた日々がウソのようだった。こんなに卓球が楽しいとは知らなかった。 





「飛鳥さーーーん!」

「葵タン!」


 葵はいつもの駅のホームで飛鳥と待ち合わせた。


「飛鳥さん! 聞いてください! 学校でぼっちじゃなくなりました! 本当にありがとうございます!」


 飛鳥は興奮ぎみの葵をぎゅっと抱きしめた。


「良かったねぇ! 葵タン! 本当に可愛いんだから! こんな可愛い葵タンがぼっちなんて酷い学校!」


 飛鳥と葵はいつものホームのベンチに座り、その日あったことを色々話した。


「バスケでも仲間に入れてくれたんですよ」

「うんうん、バスケしてる葵タン、可愛いんでしょうねぇ」

「授業でもみんな班に入ってくれました!」

「はぁ、こんな可愛い葵タンと一緒に授業受けたいなぁ」


 飛鳥は嬉しそうに葵の話を聞いている。


「それに、お昼にパシリに行く時に、イジメっ子が僕の席を元に戻してくれたんです!」


 その言葉に飛鳥の表情が一変した。


「ん? パシリ? 席を元に戻す? 葵タン、それってどういうこと?」

「えっと、葵空間っていうのがあって、そこからいつも出るな、って言われてたんです」


 飛鳥の表情が怒りに染まった。葵は慌てて言った。


「あ、でもそれはなくなったんです! 大丈夫です!」


 飛鳥の怒りの表情は元に戻らない、あれ? なんかまずいこと言ったかな? 葵が嫌な予感がしていると、飛鳥が葵の頭を掴みおでこをくっつけた。


「葵タン、もしかしてパシリにされてるの?」


 葵はしまった、また余計なことを言ったと後悔した。


「そ、そんなにじゃないです。タバコとか、パンとか買って来い、って言われるだけで……」


 飛鳥は完全にキレた。


「葵タン、目を瞑って」

「は、はい……」


 飛鳥は葵の目を瞑ったのを確認すると、いつものようにお経のような文句を口から言い出し始めた。


「………ぱしっしてぱちょれくょでつきこぬんださつつごうこれちゅくおおでてつこのなかささきもりた」


 飛鳥は大きい声で叫んだ。



「ふんだらぼっち!」



 飛鳥は葵のおでこと唇にキスすると、ゆっくり葵から離れた。葵はキスされた、チュウされちゃった、という事実をうけ顔を真っ赤にさせていた。


「これでもうパシられないわよ。うふふ」


 飛鳥は可憐に微笑んでいる。今度はどんな呪いなのだろう。葵は果てしなくどこまでも不安だった。



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