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葵タンが男の娘であればあるほどお友達になってくれる呪い


 葵は朝早く飛鳥に呼び出された。そして飛鳥は葵の抵抗を全て無視して駅のホームの女子トイレにひきずりこんだ。


「あ、飛鳥さん、ここ女子トイレじゃないですか!」

「しっ! そんな大きな声出したらバレちゃうわよ」


 葵は震えながら女子トイレを見つめた。小便器がない以外は男子トイレと変わらない。ちょっと変わった匂いもする。飛鳥は個室のひとつに葵を拉致して、洋式便器に座らせた。


「飛鳥さん、いったいなにを……?」


 葵の震える問いかけを無視した飛鳥は、鞄から化粧ポーチを取り出した。


「うふふ、葵タンはこれから女の子になるのよ」


 葵は冷や汗が出てきた。美少年である上、顔立ちが女の子に似てる葵は、女子や男子から無理やり女子の制服を着させられたことがある。女装されたイジメはあまり好きではない。


「はい、葵タンじっとして。うわぁ、ホントに綺麗な肌ね」


 飛鳥は化粧水などを葵に塗って下地を作ると、軽くファンデーションを塗り、睫毛をカールさせて上向きにさせた。


「可愛い葵タン! つけ睫毛も一個つけちゃおう!」


 飛鳥はノリみたいなものでつけ睫毛を葵に装着させた。なんだか睫毛が重たくて葵は物凄い違和感を感じた。


「葵タン、動いたらダメよ。これは呪いなんだから」

「ふぇ? 呪いなんですか?」

「そうよ。葵タンが女の子であればお願いを聞いてもらえるの。女装して学校に行ったらお友達を作りなさい」


 飛鳥は鉛筆みたいなもので眉毛を整えると、目元や目尻にも何か塗りだした。パフも軽く頬にぽんぽんと塗られた。飛鳥は化粧を完成させると瞳をうるうるさせながら葵を見つめた。


「葵タン! なんて美少女なの! これも被りなさい」


 葵はそれを見てげんなりした。少し茶色いカツラだ。葵の髪はそこまで長いという訳ではない。カツラは綺麗に葵の髪を隠した。


「はい。次はこれ着て」

「こ、これは女子の制服じゃないですか!」


 飛鳥ににこにこと嬉しそうに言った。


「そうよ。私の丘の上の学校の制服よ。さ、早く着替えた着替えた。葵タン、ちなみに私の制服なんだから匂いを嗅いでもいいのよ」


 葵はたちまち困った。着替えるということは飛鳥に裸を見られてしまう。下着を見られてしまう。恥ずかしい。どうしよう。葵は名案を思いついた。


「あ、そうか。こうすればいいんだ」


 葵は先にスカートを履き、その後に制服のズボンを脱いだ。飛鳥は不満そうな声を上げた。


「あー。葵タンのパンツ見られると思ったのにぃ、チラリ」


 飛鳥は葵のスカートをチラリした。葵は真っ赤になりながら飛鳥に抗議した。


「飛鳥さん! は、恥ずかしいですよぉ」


 飛鳥は納得したように頷いた。


「ふむふむ、葵タンはトランクス派なのね。メモメモっと」


 葵は顔を真っ赤にしながらスカートをはいた。上はワイシャツのみだ。セーラー服やブラジャーなど着させられなくて、葵は心底ほっとした。


「ちょっと胸がないのが残念だけど、まぁ、今日はこのくらいにしましょう。行くわよ葵タン」


 葵は涙目になりながら女子トイレの個室を出た。外に出るとトイレに入ろうとした女子と目があった。


「……ぃ!」


 葵は驚いて声が出そうになるのを必死に堪えた。女子は別段葵を気にした様子を見せずにトイレに入っていった。あれ? 僕が男ってバレなかったのかな? 葵が混乱していると飛鳥が洗面所に葵を呼んだ。


「葵タン、ほれほれ、鏡で自分を見てご覧なさい」


 葵は女子トイレの鏡の前に立った。鏡には驚くほどの美少女が映っている。一瞬鏡じゃないのかな、と思った。手を上げて挨拶してみる。鏡の向こうの美少女も手を上げて挨拶した。葵は愕然として鏡を見つめた。


「こ、これが僕ですか!?」

「そうよ、葵タン、ベースがいいから本当に女の子みたいね」


 葵は信じられなかった。鏡の前の自分はどこからどう見ても女だ。飛鳥は呆然している葵に話しかけた。


「いい、葵タン、男の娘であればお願いを聞いてもらえるわ。でも女友達なんかつくったらダメよ。葵タンは私だけのものなんだから」

「は、はい。わかりました」

「あとこれ。化粧を落とす時はこれで顔を洗うのよ」


 葵は化粧が落ちる洗顔フォームを葵に渡すと、可憐に去って行った。葵は自分の制服を小脇に抱えながら学校へ向かった。すごく股がスースーする。脚が寒いくらいだ。女子はいつもこんなものをはいているのか。葵は心底女子ってすごいなと関心した。


 葵が学校に着くと、たちまち葵は学校中の生徒の格好の的になった。みんな遠巻きに葵を見てくる。そりゃそうだ。制服はお嬢様学校のもの。そして小柄なとびきりの美少女だ。学校は少し騒然となった。


 葵は話しかけられる声を無視して急いで教室に向かった。葵が教室に入った瞬間、教室の空気が一変した。違う学校の制服を着ている。しかもとびきりの妖精が舞い降りたかのような美少女だ。クラスの空気が一変するのも無理はなかった。


「どうしたの? 何か御用かしら?」


 板野さんがフレンドリーに話しかけてきた。板野さんは葵をイジメる、という点を除けば基本的に姐御肌の面倒見のいい美人だ。葵はか細い声で答えた。


「だ、大丈夫です……」

「そう、何かあったら言ってね」


 板野はあっさり離れていった。葵は教室中を見回した。どうしよう。友達は誰にしよう。早めに友達を決めて授業が始まる前に元に戻らないと。葵は教室中を見回してターゲットを絞った。


「そうだ。佐藤さとうくんにしよう」


 葵は教室の前のほうに座っている佐藤に近づいて行った。佐藤は葵と同じ卓球部だったのだが、紺野部長のイジメが厳しくて辞めてしまったのだ。そして葵とも友達だったが、葵がイジメられてからは親交がなくなってしまった。でも佐藤くんにはイジメられたことがない。卓球部にも戻ってもらおう。そしたら一緒に練習できる。


「あの、佐藤くん、おはよう」


 佐藤はビックリして葵を見つめた。佐藤は葵と同じチビにメガネの目立たない地味な男子だ。そしてオタクでもある。


「え、え、ボクですか?」

「うん。佐藤くん、僕と友達になってよ」


 佐藤の顔が真っ赤になった。そして近くにいたクラスメイトも愕然として佐藤と葵を見つめた。佐藤はブサイクだ。それが他校のとびきりの美少女が友達になってと誘っているのだ。佐藤は即答した。


「ボクで良ければ、と、友達になります!」


 葵は喜んで笑顔を浮かべた。その笑顔を見ていた男子は誰もが魅了された。


「佐藤くん、じゃあ、卓球部にも戻ってよ。また一緒に練習しよう。紺野部長は厳しいけど、僕一人じゃ寂しいんだ」


 佐藤は驚いて美少女を見つめた。なぜ自分が卓球部にいたことを知っているのか、そしてその声は聞き覚えがあった。佐藤は震える声で尋ねた。


「も、も、もしかして、葵くん、いや、葵タンなのですか?」


 佐藤も自分のことを葵タンと呼んだ。葵は一瞬顔をしかめたが、まぁ何て呼ばれてもいいか、と思い佐藤に答えた。


「そうだよ、葵だよ」


 葵はあっさり答えた。佐藤は愕然として葵の頭からつま先まで見つめた。葵は両手を合わせて瞳をうるうるさせて佐藤に頼んだ。


「ねぇ、おねがい。友達になって、一緒に卓球やろうよ」


 佐藤はガタガタ震えながら頷いた。


「葵タン! と、友達になります! 卓球部にも戻ります!」


 葵は嬉しそうに飛び跳ねた。


「やったぁ! じゃあ、佐藤くん。僕の席まで来てよ」

「は、はい……」


 葵は佐藤を自分の机まで連れて行った。飛鳥からの指示で、友達を作ったら自分の席で写メを撮影しろと言われているのだ。


「佐藤くん、僕とツーショット撮ってよ」

「わ。わ。わかりました」


 ピロリーン、と音をたてて葵は佐藤とのツーショットを写真におさめた。クラスメイトは呆然としてその光景を見ていた。他校の美少女が佐藤みたいなブサイクと写真を撮っている。佐藤以外は誰もがそう思っていた。


「ほ、本当に葵タンなのですか……」

「うん、そうだよ」


 葵はカツラをとった。その瞬間、クラスメイト全員が叫んだ。


「あ、葵!?」


 葵はズボンをはくとスカートを脱ぎ、制服を着込んだ。


「あ、葵タンですね。ま、間違いなく葵タンですね……」


 佐藤が呆然とガッカリしたように言った。一瞬、他校の美少女が自分に告白してきた、という夢を見た佐藤はがっくり肩を落とした。


「佐藤くん、やっぱり友達になってくれない?」


 佐藤はその声に我に返った。佐藤は葵の手をがしっと掴んだ。


「葵タン! これまで、ボクは君がイジメられているのを、見て見ぬフリをしていました。本当に申し訳なく思います……。これからは葵タンの友達です! 卓球部にも戻りましょう!」


 葵は心底嬉しそうに笑った。顔だけ見ればまだ美少女だ。


「よかった。これからも宜しくね。佐藤くん」

「葵タン! いつまでも友達でいましょう!」


 葵は洗面所に行って、化粧を洗い落とした。化粧はなかなか落ちなくて葵は苦労した。


「ふう、さっぱりした。やっぱり男がいいや」


 葵が教室に戻ろうとすると、教室の入り口で板野がギロリと葵を睨んでいた。しまった、朝の挨拶をすませていない。


「ひ、ひい! 板野さん、おはようございます!」


 葵は必死に土下座した。攻撃されたら衣服がまた分子分解されちゃう。葵が怯えていると、板野は意外なことを葵に尋ねた。


「おい、葵。お前あの女子の制服どうした。そんで、メイクは誰がやったんだ」


 葵は顔を上げて涙目で板野を見つめた。彼女です、なんて言ったら飛鳥に迷惑がかかるかもしれない。


「と、友達です……」

「友達? 友達があんたにメイクしたの?」


 葵は必死に顔を縦にブンブンと振った。


「本当に友達なんだろうね!」


 葵は必死に顔を縦にブンブンと振り続けた。


「ふーん……。まぁ、あんたのことなんて別にどうでもいいし」


 板野はそう言うと去っていった。良かった。板野さんの衣服が分子分解されずにすんだ。優しい葵は心底ほっとした。



 その日の授業が始まった。ただ、葵にとって苦行のような授業が日本史の時間に訪れた。教師がのんびりと生徒に指示を出す。


「じゃあ、この事件について、4人ぐらいの組を適当に作れ。次の時間に発表してもらうぞ」


 葵はげんなりした。ぼっちになるパターンだ。葵のことは誰もグループに入れてくれない。葵は葵空間アオイゾーンから出たら怒られるのだ。葵がまた一人でやるのかぁ、寂しいなぁ、困ったなぁ、と頭を抱えていると、佐藤が葵の元へやってきた。


「佐藤くん、僕のところに来たらイジメられるよ」


 佐藤は決意をこめた瞳で葵を見つめた。


「ボクは葵タンの友達じゃないですか! 一緒にやりましょう!」


 葵は涙目で佐藤を見つめた。


「佐藤くん! ありがとう!」


 葵は初めてぼっちじゃない授業を受けることができた。飛鳥さん、本当にありがとう、と葵は心から感謝した。



 放課後になった。葵がいつものように掃除を始める。そして呪いはまだ継続している。クラスメイトは葵を見てぼろぼろ感動して泣き出した。


「うわぁ! 葵が可哀相だ! 葵の掃除なんか見てられない! 俺は手伝う!」


 教室も廊下もトイレもまた沢山の人に手伝ってもらい。あっという間に終わった。葵は佐藤と共に体育館に走った。


「佐藤くん、ごめんね。きっと紺野部長怒るかもしれないのに」

「いいんですよ葵タン、我々は一蓮托生です! 紺野部長に蹴られても耐えます!」


 葵と佐藤は台を出して準備を終えると、紺野部長の登場をビクビクしながら待った。そして紺野部長たちはやってきた。


「おい葵! あれ? お前は佐藤じゃないか」


 佐藤と葵は一緒に土下座した。


「紺野部長、ボクを卓球部に戻してください!」

「部長お願いです! 佐藤くんをもう一度卓球部に入れてあげてください!」


 紺野はじろっと葵を睨みつけた。そして激しく佐藤を蹴り上げた。


「ふん、これでもまだ戻りたいの?」


 佐藤は蹴られた箇所を押さえながら必死に叫んだ。


「はい! 戻りたいでございます! 葵タンと卓球がやりたいでございます!」


 紺野は鼻で笑って言った。


「はっ、好きにしな」


 葵と佐藤は一緒に叫んだ。


「ありがとうございます!」


 紺野たちはまたいつものように練習を始めた。卓球台は3台ある。葵は佐藤と卓球の練習をした。


「佐藤くん、やっぱり人とやる卓球は楽しいね!」

「そうですなぁ、葵タンと卓球、楽しいですなぁ」


 葵は久々に充実した部活の時間を過ごせた。部活が終わって掃除を始めようとすれば、体育館にいる人間全員が感動して葵の掃除を手伝ってくれた。葵はこれ以上ないほど幸せだった。




 葵はスキップしながら駅のホームへ向かった。今日は金曜日だ。友達もできた。殴られなくなった。掃除も手伝ってくれる。部活も楽しめる。先週までの灰色の青春がウソのようだ。


「飛鳥さーーん!」

「葵タン!」


 いつもの駅のホームで葵は飛鳥と待ち合わせした。


「葵タン、土日は学校ないわよね」

「はい! 部活もありません、僕ヒマです!」


 葵はにこにこして答えた。土日だ。飛鳥とデートできるかもしれない。そんな葵を飛鳥はうっとりとして見つめた。


「じゃあ、お姉さんと日曜日デートでもする?」

「はい! します!」


 飛鳥は嬉しそうに葵を抱きしめた。


「もう。葵タンってば素直で可愛いんだから!」


 飛鳥はそのままホームのベンチに葵を導いた。


「ねぇ、葵タン、ちょっと変わったデートでもいい?」


 葵は飛鳥とデートできるなら何でもいい。爽やかに頷いた。


「じゃあ葵タン、またおでこをくっつけて」


 葵は困惑して飛鳥を見つめた。


「え、えぇ? ま、また呪いですか?」

「そうよ。ウフフ。はい、目を閉じて」

「な、なんで呪いをかけるんですか?」


 飛鳥はにやにや笑いながら言った。


「葵タンが了承したじゃない。変わったデートでもいい、って」

「そ、そうですけど」


 飛鳥は無理やり葵とおでこをくっつけた。葵は仕方なく目を閉じた。飛鳥は相変わらずお経のような文句を言い始めた。


「………ぼっきんきんでつきこぬんだされつつつこれちゅくおおでてつこいがらしこいけ」


 飛鳥がそこまで言うと、また大きい声で叫んだ。



「ふんだらぼっち!」



 飛鳥はふっと葵のおでこから離れた。


「今度はどんな呪いなんですか?」


 飛鳥は小さく笑った。葵は何だか怖かった。飛鳥の笑みはいたずらっ子の笑みだ。


「それは日曜日までのお楽しみ」


 葵は不安だった。果てしなくどこまでいっても不安だった。



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