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葵タンが掃除している姿を見ると信じられないほど感動してしまう呪い

 葵はいつものように学校に登校した。また呪いがかかっている。飛鳥は呪いの内容を何度尋ねてても教えてくれなかった。葵はいったい今日は何が起きるのか不安でしょうがなかった。


 葵はこっそり教室に足を踏み入れた。


「犬」


 バッチリ葵をイジメる女生徒の一人、板野さんとバッチリ目があった。板野は真っ直ぐに葵の元へやってくる。


「おい葵」


 板野は真正面から葵を睨み付けている。どうしよう。また暴力かな、そしたら衣服が分子分解しちゃうのかな、板野さん制服スペア持ってたんだ、と葵は色々悩みながら泣きそうな目で板野を見ていた。


「板野さん、おはようございます!」


 とりあえず葵は土下座して挨拶した。まずはとにかく挨拶だ。友達にも挨拶だ。板野は葵をじろっと睨みつけると言った。


「ちょっと、葵立て」


 葵はおずおずと立った。そして板野が足を振りかぶったのを見て葵は慌てて叫んだ。


「ダメです! 衣服が消えちゃう!」 


 その声に板野の足が止まった。板野は迷っていた。葵に暴力を振るうと何故か男女関係なく衣服が消える、という話は昨日中にクラスに広がっていた。板野は舌打ちしながら葵に告げた。


「葵、てめぇ服脱げ」


 葵は涙目で板野を見つめた。脱ぎたくない。誰が好き好んで教室でストリップをやりたいというのか、だけど脱がないと板野さんが怒る。そうなると板野さんが自分を殴る。そして板野さんがストリップしちゃう。それは可哀相だ。優しい葵は自ら制服を脱いだ。


「上半身、裸になれ」

「は、はい……」


 葵はおずおずと裸になった。板野は更に恐ろしいことを言った。


「ズボンも脱げ」

「は、はい……」


 葵はトランクス一丁になった。女子の「キャハハ」という笑い声が聞こえる。板野は満足そうに言った。


「パンツも脱げよ」

「え、えぇ?」


 葵はさすがに困惑した。板野は怒ったように言った。


「てめぇ昨日あたしの裸見たろ! お前も脱がなきゃフェアじゃねぇんだよ!」


 葵はごもっともだと思った。こっちは板野の下の毛までばっちり見ている。板野さんに殴られないようにしないと、攻撃されないようにしないと、と葵はトランクスを一気に脱いで股間を隠した。


「そう、そうれでいいんだよ。葵は良く言う事聞くな。ご褒美をくれてやるよ」


 板野がビンタをくらわせようと腕を振りかぶった。


「うわぁ! ダメです!」


 葵は泣きながら叫んだ。その瞬間、板野の衣服は分子分解されて消えた。全裸の男子と女子がクラスに現れ、葵の痴態を見ていた男子は板野の裸に「ワッ」と喚声を上げた。


「くそっ! 何でだよ!」


 板野は葵を一発蹴るとジャージをを素早く装着した。イライラしながら葵を見つめる。


「葵! ただじゃおかないからな!」


 板野は恥ずかしそうに去って行った。葵はトランクスを履いて自分の席に向かった。そこには葵をイジメる男子4人がすでに待ち構えていた。


「おい葵、どういうことだ。なぜお前に攻撃すると衣服が消える」


 イジメっ子リーダーの嶋野が冷静に葵に尋ねた。葵は涙目で訴えた。


「呪いなんです! 呪いで衣服も消えるしチンポも勃起しちゃうんです! 攻撃はしないほうがいいです!」


 嶋野はため息をつきながら尋ねた。


「攻撃しなければいいんだな?」


 葵は小動物のようにコクコクと頷いた。


「中根、マジックで落書きしてやれ」


 嶋野は中根に提案した。中根は小声で嶋野に尋ねた。


「マジックで落書きしたら攻撃になるのかな?」

「マジックだったら平気だろ。わかんねぇけどやってみようぜ」


 中根は震える手でマジックをとって葵に近づいた。葵は涙目で中根を見つめている。中根は生唾をゴクンと飲み込みながらマジックを持って呟いた。


「まずは額に肉を」


 マジックを額に近づけた瞬間、中根のチンポはマッスル! と勃起して衣服が分子分解されて消えた。


「ムキッ!」

「うわぁぁぁ!」


 葵は驚いて遠ざかった。嶋野たちも驚いて中根を見つめた。中根は全裸になりマッスルパワーに勃起したチンポを押さえて泣いて嶋野に訴えた。


「嶋野、マジックだったら平気って言ったじゃないか!」


 嶋野は驚いて葵を見つめた。マジックで書くのも攻撃に入る。もう気軽に葵に触れないではないか。嶋野は舌打ちしながら言った。


「葵、テメーその格好で自販機まで言ってピルクル買ってこい!」

「は、はい!」


 葵は泣きながら財布を取り、トランクス一丁で駆け出した。やっぱりチンポが勃起して衣服が分子分解されちゃう。呪いが消えない! 葵は青ざめながら廊下を走った。


 そしてその日から葵を本格的に無視し始めることが始まった。葵は何か怖い、葵に近づくのは止めよう。葵は教室で空気のような存在になりつつあった。



 放課後になった。今日も部活がある。急いで掃除をして卓球台を出さないといけない。葵が教室の机を一生懸命後ろに運んでいると、それを見ていた板野がボロボロ涙を流し始めた。


「あ、葵!」


 板野はボロボロ泣きながら葵を見ている。葵はぎょっとして板野を見つめた。板野が泣いている。葵を激しくイジメる板野がボロボロ泣いている。葵は机を運びながら板野に尋ねた。


「い、板野さん、どうしたんですか?」

「あんた、何て可哀相なの!」


 板野は泣きながらぎゅっと葵を抱きしめた。葵はたちまちパニックに陥った。朝全裸になれと偉そうに命令していた女の子がボロボロ泣いて抱きしめている。周囲を見渡すとみんな葵を見て泣いている。


「葵、何て健気で可哀相なんだ! 俺は、俺は今まで何てことを!」


 嶋野が泣きながら崩れ落ちた。葵は愕然としてその光景を見つめた。板野はぎろっと嶋野を睨み付けて言った。


「嶋野! こんなに葵が可哀相なのに、掃除を手伝わないつもり!」


 嶋野は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら言った。


「葵! 俺が悪かった! 俺たちも掃除する!」


 葵が周囲を見渡すとクラスメイト全員が感動して泣いている。葵は箒を持ちながら必死に言った。


「い、いいよ。掃除なんていつものことじゃないか」


 板野はその発言にまたボロボロ涙を流した。


「なんて健気なことを言うんだ! 葵が可哀相だよ! みんな! 掃除するよ!」


 クラスメイトは泣きながら教室を掃除し始めた。葵は何が起きたのかさっぱりわからない。昨日まで葵が一人で掃除していてもみんな当たり前のように無視していいたのに。とにかく教室はみんなが一生懸命掃除している。廊下をやろう。葵は箒を持って廊下に出て吐き始めた。


「うわぁぁ!」


 廊下に出て掃除していた、他の教室の生徒が葵を見てボロボロ涙を流し始めた。雑巾で廊下を拭こうとする葵に沢山の生徒が集まってきた。


「お前、なんて可哀相なんだ!」

「葵、ここは俺たちが掃除する! 任せろ!」


 他の教室の生徒が葵の持ち場をみんな掃除してくれた。何だ、何だ、何が起きたんだ!? 葵はパニックになりながらケータイを取り出した。ちょうど飛鳥からメールが届いていた。


[葵タン、みんな掃除してくれた?]


 葵は必死でメールを返信した。


[みんな泣きながら掃除してます! これが呪いですか!?]


 飛鳥からの返信はすぐに返ってきた。


[そうよ。葵タンが掃除している姿を見るととんでもなく感動しちゃう呪いをかけたの。これから掃除はクラスメイトにやらせなさい]


 葵は恐怖に慄きながらメールを見た。感動しちゃう呪い!? なんだそりゃ!? とにかく掃除はもう一人でしなくていいんだ。葵は廊下を任せて男子トイレに行った。男子トイレも2箇所掃除する必要がある。葵がデッキブラシを手に取ると、用を足していた他の学年の男子が泣きながら葵を見つめた。


「お前! なんて可哀相なんだ! 俺も掃除するよ!」


 葵は慌てて言った。


「こ、ここはうちのクラスの担当だから大丈夫です!」

「ダメだ! 俺は感動してお前が一人で掃除している姿を見ていられない!」


 次から次へとトイレに入る男子は掃除する葵の姿に感動し、みーんな掃除を手伝ってくれた。掃除はあっという間に終わった。みんなでやればこんなに早く終わるのか。葵は飛鳥の呪いに心から感謝した。



 掃除が終わったら部活だ。早く台を出さないといけない。掃除が終わったので、部員が来る前に準備が完了することができた。これで紺野部長にも怒られない。


「おい葵! 台を早く、あれ?」


 紺野部長が葵を怒鳴ろうとしたが、台はすでに準備されてあった。葵はさっと台を差して紺野部長に伝えた。


「部長! 準備終わりました! 練習を始めてください!」


 紺野は満足そうに頷いた。だがすぐさま残酷な指令を葵に与えようとした。


「葵、お前昨日、私の裸みただろ」

「え、は、はぁ……」


 紺野は葵の胸倉を掴んだ。やばい攻撃される、また紺野部長が慰みものになっちゃう! 葵は冷や汗をダクダク流した。だが紺野は意外なことを言った。


「お前、教室でも女子を裸にしたらしいな?」

「は、はい……」


 紺野は葵を壁に押さえつけるとドンと壁を蹴った。


「お前が見ていいのは私の体だけなんだよ! クラスの女子の体なんて見てんじゃねーよ!」

「は、はい! すみません!」


 紺野はギロっと葵を睨みつけた。


「脱げ。お前は今日トランクス一丁で練習だ」

「は、はい……」


 葵は泣きながら一人トランクス姿で卓球の練習を始めた。大好きな卓球もトランクス姿だとあまり楽しくなかった。



 ようやく部活が終わった。紺野はすぐさま葵に指示を飛ばした。


「葵、とっとと台片付けろ!」

「は、はい!」


 急いで台を折りたたんでしまおうとすると、紺野がボロボロ泣き出した。


「葵、何て可哀相なんだ!」

「は、はぁ?」


 紺野はピンポン玉をしまう葵を泣きながらボロボロ見ている。今自分で片付けろと言ったのに何を泣いているのだ。葵は困惑しながらも掃除を始めた。紺野はまた感動して泣き出した。他の部員も泣いていた。体育館にいたバスケ部もバレー部の生徒もみんな泣いていた。


「お前ら! 葵を手伝うよ!」

「は、はい!」


 全部員が卓球台をしまい始めた。そして体育館の掃除も全員で行った。掃除はあっという間に終わった。葵はポカンとしながらそれらを見ていた。



 掃除が早く終わったおかげで飛鳥よりも早く駅に到着することができた。これから掃除はみんな手伝ってくれるだろう。葵は嬉しくて飛びはねそうだった。


「葵ターーン!」

「飛鳥さん!」


 駅のホームに飛鳥がやってきた。葵は嬉しさ全開で飛鳥を出迎えた。


「飛鳥さん! クラスのみんなも部活のみんなも掃除を手伝ってくれました! ありがとうございます!」


 飛鳥は嬉しそうに葵を抱きしめた。


「良かったねぇ。葵タン。葵タンに掃除を押しつけるなんて酷いよ。うん、良かった良かった」


 葵と飛鳥はホームのベンチに座って楽しいお話を始めた。飛鳥は本当に自分に会えるのが嬉しそうだ。葵はそんな飛鳥の顔を見ているのが幸せだった。


「飛鳥さんは丘の上のお嬢様学校ですよね、女子高ってどんな友達がいるんですか?」

「女子はねぇ、結構グループとか合って大変なんだよ。派閥争いがあるんだから」

「うわぁ、怖そうですね」

「葵タンはどんな友達がいるの」

「えへへ。僕は友達がいないんです」


 飛鳥の顔が急に曇った。葵はまたまずいことを言ったかな、と不安になった。


「なんでこんなに可愛い葵タンに友達がいないの?」

「僕はイジメられっ子ですから、でも飛鳥さんがいるから大丈夫です!」


 飛鳥の拳に殺気がこもった。葵は嫌な予感がしてきた。


「許せない……こんな可愛い葵タンの友達にならないなんて許せない」


 飛鳥は葵とおでこをくっつけた。葵はおどおどと尋ねた。


「ま、また呪いですか……?」

「うん、呪い。葵タンに友達ができるように呪いかけてあげる。葵タン、目を瞑って」

「は、はい……」


 葵が目を瞑ると、飛鳥がまたお経のような文句を唱え始めた。


「………こくてつでつきここうだちゅてつぬんだされつつつこれちゅくおおでてつこいがらしこいけ」


 飛鳥がそこまで言うと、また大きい声で叫んだ。



「ふんだらぼっち!」



 葵はゆっくり目を開けた。今日こそは聞いておかなければ、明日何が起こるのかわからない。 


「あ、飛鳥さん、どんな呪いなんですか?」


 飛鳥は可憐に爽やかに微笑んだ。


「ふふっ、それは明日までのお楽しみ」


 葵は不安だった。もうそれはそれは果てしなく不安だった。



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