葵タンのエピローグ
葵は高校1年生の終業式に出ていた。呪いが解けた以降は本当に普通の生活を送ることができ、板野や佐藤とも友達でいることができた。
終業式を終えて一同はクラスに戻る。この1年の教室ともお別れだ。佐藤が1年の教室の中を感慨深く眺めて呟いた。
「葵タン……また2年生でも同じクラスになれるといいですなぁ」
「あんたみたいなブサイクはいいけど、葵とはまた同じクラスになれるといいね」
板野が嬉しそうに葵に微笑んだ。佐藤がすぐに反論する。
「板野さんは葵タンを贔屓しすぎですぞ。葵タンの一番の友達はボクなのです。板野さんはまったく、告白する勇気もない情けないギャルですなぁ」
「ちょっと! てめぇ以上言うと殴るよ!」
「ひえぇ! お助け!」
葵は嬉しそうに仲良くなった2人の友人を見つめた。板野が佐藤を殴ろうと追いかけ回している。とても大事な友人だ。だから言わなければならないと思った。
「ねぇ、佐藤くん。板野さん。聞いて欲しいことがあるんだ」
部活に向かう生徒や、学校を下校する生徒が教室を飛び出していく中、葵は2人の友人を呼び止めた。
「なによ。葵、なんかあんの」
「葵タン、どうしたんですか。改まって」
葵は少し寂しい気持ちになった。きっとこの2人がいてくれれば、高校生活も楽しいものになるだろう。きっと楽しい青春になるだろう。でも、それよりも大事なことが自分の中にある。葵は涙目で2人を見上げた。
「僕は、遠くに引っ越すことにしたんだ。この学校の2年生にはならない」
佐藤も板野も驚いて葵を見つめた。葵は爽やかに笑って、かなり長く伸びた黒髪を撫でながら告げた。
「だから、2人とも、今日でお別れなんだ」
佐藤は思わず詰め寄った。
「あ、葵タン! なんでそんな大事なことを早く言ってくれないんですか!」
板野も葵に詰め寄った。
「そうだよ! どこに引っ越すのさ! あんた親いないんでしょ!? どこにアテがあるの?」
葵は爽やかに笑った、つもりだった。だがその瞳からは涙がぽろぽろ溢れ出していた。
「ごめんね……。内緒にしてて。僕が僕のままここにいたら幸せになれない人がいるんだ。だから遠くの地方に引っ越そうと思うんだ」
佐藤は葵の肩を揺すった。そのブサイクな瞳にも涙がたまっている。
「葵タンがいたら幸せになれない、って誰ですか! そんなヤツはどうでもいいじゃないですか!」
葵は必死に首を振って涙を拭いた。
「ダメなんだ。僕は僕のままここにいちゃいけないんだ」
板野が理解できないとばかりに眉を吊り上げた。
「そんなの納得できないよ! ヤダよ! 葵と離れたくないよ!」
板野の瞳からも涙がこぼれ落ちた。葵を蹴っていた強きなギャルはどこにもいない。葵にすがる弱気な少女の姿だった。
「どこに行くのよ! 住所は!? ずっと一緒だと思ってたのに!」
葵は静かに首を振った。
「それは教えられないんだ」
「なんでよ! 教えてよ! 友達でしょ!」
葵は泣きながら頷いた。
「佐藤くんも板野さんも大事な友達だよ。でも、教えられないんだ……」
葵は号泣しながら訴えた。
「ひっぐ、ひっく、ごめんね! 本当にごめん! 僕なんかと友達になってくれたのに! 本当にごめんなさい!」
3人は泣きながら抱き合った。葵は移転先を頑なに言わなかった。ただ遠くに行く、とだけしか言わなかった。どれだけ佐藤や板野が頼んでも、葵は頑固に断った。
葵と佐藤は部活に行って、午後の時間は卓球の練習に励んだ。佐藤はグズグズ泣きながらスマッシュを打っていた。
「葵タンともう卓球ができないとは……うぇっぐ、ボクはこれからどうすれば良いのでしょう……」
葵は自慢のカットをひょろろろと返しながら答えた。
「きっと卓球部に男子部員が入ってくるよ。3年生が卒業しちゃったから、女子は2人しか残ってないし」
佐藤はスマッシュを打ちながら泣いていた。
「もう廃部になってしまうかもしれませぬなぁ……憂鬱です……」
「ごめんね。佐藤君。君は僕の親友だよ。また遊びに来たら卓球しよう」
葵のひょろろろとした球が返ってくる。だが佐藤はもうスマッシュを打つどころではなかった。ただ友達がいなくなるのが悲しくて泣いていた。葵は胸が痛んだ。でも、もう決めたことだ。僕は新天地で頑張るんだ。葵はぽつりと呟いた。
「さようなら、みんな……そしてこの学校での僕……」
やがて春が過ぎて新学期になった。丘の上のお嬢様学校である女子高に通う飛鳥は、長いリハビリを終えて春の新学期から学校に復帰することになった。だが、出席日数の足りない飛鳥はまた2年生からやり直しだ。
新しいクラスで席についてみるが、誰も飛鳥に話しかけようとしない。周りは1年後輩の人間ばかりだ。飛鳥はとびきりの美女、というオーラを放っていることもあり、誰も気後れして近づけなかった。飛鳥はこの様子じゃ、クラスでずっと浮いてしまいかねないと憂鬱だった。
「あのー」
ため息をつく飛鳥に誰かが話しかけた。
「あの、草薙さん、ですよね」
小柄な女の子だ。勇気を振り絞ったのだろう。すごくもじもじしている。
「草薙さん、私、今年度からこの学校に転校してきたばかりなんです。草薙さん、1年先輩って聞いたんで、もし仲良くできれば、と思って……」
飛鳥は嬉しそうに女子を見つめた。小柄なショートカットの清楚な美少女だ。子猫のように甘える表情がとても可愛らしい。そして留年した自分に話しかけてくれた、ということが嬉しかった。
「うふふ。そう私留年しちゃったの。でも私みたいな年上より同級生の友達をつくったほうがいいんじゃない?」
子猫のような美少女はふるふると首を振った。
「草薙さん、とても美人だし。私の憧れのタイプなんです。背も高いし、スタイルもいいし……」
飛鳥は子猫のような女子を眺めた。確かに身長は150cmほどしかないし、胸もぺちゃんこのようだ。小柄な美少女はどこか守ってあげたくなるオーラを放っている。男にはモテるだろうと飛鳥は少し羨ましく思った。
「ありがとう。私を憧れなんて言ってもらえるなんて嬉しいわ」
「はい、お友達になってもらえませんか?」
飛鳥は笑顔で即答した。
「もちろん! 学校の色々なところを案内してあげる」
美少女は可憐に微笑んだ。
「よかった。とても嬉しいです。草薙さんのような素敵な女子とお友達になれるなんて」
飛鳥は心から安堵した。こんな美少女が仲良くしてくれるなら、このクラスでもやっていけそうだ。それに何だかどこかであったことがあるような、妙な懐かしさを美少女に感じていた。
「なんだか、あなたとは縁がある気がするわ。とっても昔のお友達に再会したみたいな気分」
「本当ですか? ありがとうございます。草薙さんともなんだか、昔出会っていたたような気がします。不思議ですね」
2人の美女と美少女は嬉しそうに笑った。それだけでクラスの空間に無数の花びらが舞い散るようだった。
「私は1年年上だけど、敬語なんて使わないで。気軽に飛鳥、って呼んで」
「うん。飛鳥ね。うふふ。これから宜しくね」
「こちらこそ宜しくね。あなたは何てお名前なの?」
飛鳥は微笑んで尋ねた。子猫のような美少女はゴクンと生唾を飲み込み、自分の名前を告げた。
「葵、立花葵、っていうの」
「葵ちゃんね。うふふ。これから宜しくね」
飛鳥と葵は嬉しそうに笑っていた。ここは丘の上のお嬢様学校の女子高。春の桜が風に吹かれて舞い散る。その中で葵は新しい人生を始めようとしていた。
(おしまい)
ご拝読いただきありがとございます。
何かひとつでも心に残るものがあれば幸いです。