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葵タンにかけられた呪いがリセットされました


 葵は複雑な気分で登校した。呪いは全て解けた。これまでのようにクラスメイトの衣服が分子分解されて消えたり、チンポが勃起することもない。自分に土下座することもなく、チームの中心になることもなく、またイジメられる日々が始まるのだろう。


 だが葵はそんなことどうでも良かった。もう飛鳥と連絡が取れない、愛してくれた飛鳥はもういないのだ。そのことがたまらなく寂しかった。


 葵は恐る恐る教室に足を踏み入れた。すぐさま板野さんの姿が見に入った。板野さんは友達と楽しそうにお喋りしている。よかった。板野さんへの呪いも解けたんだ。


「お、葵じゃん!」


 板野さんが手を振って葵のほうに向かってきた。やっぱり土下座かな。土下座なのかな。葵が震えていると、板野が嬉しそうに言った。


「葵、なんか皆友達に戻ってくれたよ。全然怒ってないって」


 板野は楽しそうに笑っている。そして不思議そうにクラスを見回した。


「今日は誰も葵に土下座しに来ないね。なんだったんだろ。昨日のやつ」


 葵はおずおずと板野に尋ねた。


「い、板野さん。もう土下座はしなくていいんですか……?」


 板野はぽかんとい間抜けな表情を浮かべて、おかしそうに笑った。


「あははは。もういいよ。友達じゃん」


 板野はそういって爽やかに去って行った。葵は驚いて板野を見つめた。呪いが解けたのに友達でいてくれるんだ。良かった。葵はほっと胸を撫で下ろした。


「葵タン、おはようですよ」

「佐藤くん、おはよう」


 佐藤も昨日までと何も変わらない。友達でいてくれる、葵はたまらなく嬉しかった。


「葵タン今日は金曜日ですな。土日に遊びにでも行きませぬか」

「うん! いいね! あ、でも、ごめん。土日は予定があるんだ」


 佐藤は全然気にしてないように言った。


「ではまた葵タンの暇な時にでも行きましょうぞ」


 佐藤もそう言って爽やかに去って行った。葵は嬉しくてにやにやしながら席についた。葵空間アオイゾーンと呼ばれた空間もない。葵の前の席の野球部の近藤が葵に声をかけた。


「おう、葵、おはよ」

「お、おはよう、近藤くん……」


 近藤はそう言うと坊主頭を前に向けた。あれ? ケツバットはないのかな。葵は思わず尋ねた。


「近藤くん、もう僕にケツバットしないの?」


 近藤は面倒そうに振り返り言った。


「しねぇよ。服消したくないし、それに……くだらねぇな、と思ってさ」


 近藤はそう言って前を向いた。空手部の中根も、柔道部の尾形も葵の元にやってこない。良かった。もうイジメはなくなるんだ。葵が胸を撫で下ろしていると、嶋野がやってきた。イジメっ子リーダーで葵をパシリに使う男だ。


「おい葵、マルボロ、あとピルクル」


 ああ、これは変わらないんだ。死ぬほどの後悔と絶望がなくなったからだな、と葵は理解して嶋野に告げた。


「嶋野くん、僕は未成年だから煙草は買えないよ」


 嶋野は驚いたように葵を見た。子犬のような純粋な顔だ。だが、牙を出すことは一度もなかった素直な子犬だ。


「あぁん? じゃあ、ピルクルだけでも買ってこいよ」


 葵はにっこりと微笑んで言った。


「イヤだよ」


 嶋野はその言葉が理解できなかった。葵は言葉を重ねるように口を開いた。


「僕は嶋野くんと友達だよ。僕は友達の使いパシリはしないよ」


 嶋野は怒りを込めた目で葵を睨みつけた。葵に暴力を振るわない男だったが、その気になれば誰よりも強い。


「てめぇ、いい度胸してるじゃねぇか。ああ!」


 嶋野は強力な殺気を放った。だが葵は怯むことなくそれを受け止めた。


「殴りたければ殴ればいいよ。もう服は消えないしチンポも勃起しない。でも、もう僕、どれだけ殴られてもパシリはしないよ」


 葵はあくまで葵だった。子犬のような純粋で優しい葵だった。だがその瞳は輝きと生きる生命力に溢れていた。嶋野はその瞳を見て呟いた。


「……なんか、お前、変わったな」

「うん、僕は変わったんだ」


 葵は真っ直ぐに嶋野を見た。嶋野は気まずそうに呟いた。


「ちっ、俺が馬鹿みたいだぜ」


 嶋野はそう言うと踵を返して去って行った。ピルクルを自分で買いに行ったのだ。一部始終を見ていた近藤はにやにやしながら葵に笑いかけた。


「葵、やるじゃん。男らしかったぜ」

「うん。もう僕は強くなるって決めたんだ」


 葵のパシリはその日からなくなった。イジメっ子リーダーの嶋野がパシってない以上、それより弱い生徒は葵をパシリに使わない。そして暴力を振るわれることもなくなった。クラスの中心にいるわけではなかった。だが、ただの一生徒として葵は学校生活を送ることになった。



 お昼になれば佐藤くんと板野さんとご飯を食べる仲になった。これも昨日までと変わらない。そして板野さんの女友達も、葵たちとご飯を食べる仲になった。


「葵タンって可愛いよねぇ。私前からそう思ってたの」


 板野さんの女友達は葵を見ながら言った。


「葵タンは彼女はいないの」


 葵は少し悲しそうに言った。


「うん、いないよ」

「じゃあ、私と付き合う?」


 板野が厳しい声で言った。


「ちょっと! やめてよ! 葵の私の友達だよ」


 女友達は笑みを浮かべながら板野に言った。


「板野さんも、昔は可愛い可愛いって言ってたもんねー。これ嫉妬だよ葵タン」


 板野は慌てて顔を赤くして言った。


「そんなんじゃねーし! やめてよもう!」


 葵はにぎやかな友達を見て笑った。あんなに寂しかったお昼の時間がウソのようだった。これから楽しい毎日が続くような気がした。



 授業が終わり放課後になった。掃除はどうなるかな、と思っていたが、皆自分の班の担当を自主的に普通にやっていた。葵が掃除しても誰も感動して涙を流したりしない。普通だ。うん、普通でいいんだ。葵は元気よく掃除した。



 掃除を急いで終らせると、佐藤と一緒に体育館に走った。普通である以上、台の準備は1年生である葵がやるべきだろう。佐藤と協力して準備を済ませると、部長たちがやってきた。


「紺野部長! 今日も宜しくお願いします!」

「おう。じゃあ練習すっぞー」


 紺野は普通に部活を始めた。相手は佐藤だ。女子部員と混じることもなかったが、紺野は特に厳しくもなく、抱いてくれという訳でもなく。ただ単に普通だった。葵は心からその事実に安堵した。



 葵は部活を終えると、すぐさま飛鳥の入院している病院に向かった。花束を持って御見舞いに行くためだ。ここからが本当の勝負なのだ。呪いに打ち勝ち、もう一度飛鳥に振り向いてもらうのだ。


「失礼しまーす」


 葵は飛鳥の病室に足を踏み入れた。


「あ、あなた……」

「こんにちは。僕、葵、っていいます」


 葵は真っ赤なバラの花束を持っていた。


「あなたと友達だったかしら」

「そうですよ。昔の話ですけど」


 飛鳥は不思議そうに葵を見つめた。


「うーん、どこかで会ったのかなぁ、ごめんなさい。全然覚えていなくて」


 葵は爽やかに笑って言った。


「いいんです。少しづつ仲良くなりましょう」



 その日から葵は飛鳥の病室に通う日々が始まった。だが飛鳥はあまり葵が来ても良い顔をしなかった。それどころか毎日やってくる葵のことが嫌でたまらなかった。


「飛鳥さん、僕卓球部なんですよ」

「ふーん」

「飛鳥さんも早くバレーできるといいですね」


 飛鳥は気持ち悪そうに葵に言った。


「何で私がバレー部だって知ってるの?」


 葵は慌てて弁解した。


「お母さんから聞いたんです」


 飛鳥は葵をじろっと睨んで言った。そして決定的なセリフを口にした。


「あのね。毎日御見舞いに来てくれるのは嬉しい。だけど、はっきり言ってあなたのことタイプじゃないの。あなたのような男と一緒にいると、何だかイヤな気分になるの」


 葵は泣きそうになった。雨に濡れた子犬のような顔になった。飛鳥はそれを見て言った。


「その情けない顔も嫌い。私、あなたみたいな小さい男もタイプじゃない。もう御見舞いに来ないでくれないかしら」


 飛鳥がそう言った次の日から、葵は面会を拒否されるようになった。花束や本や色々なものを持っていっても、受け取ってくれず、母親も不思議がっていた。


「ごめんなさいね、葵くん。飛鳥、どうしてもあなたに会いたくないって。事故に合うまでは毎日のようにあなたの話をしてたのに」


 葵は肩を落としていった。


「わかりました。これ、良かったら飛鳥さんに渡してください」


 葵は手紙も送ってみたりした。だが返事は返ってくることは一度もなかった。番号も拒否されて、メアドも変えられた。葵は飛鳥に連絡をとる手段を全て失われてしまった。


「もう諦めたほうがいいのかな……」


 呪いの力は強力だ。異性として付き合えないどころか、友達になることも拒否されてしまうようだった。学校生活が順調でも、飛鳥のいない人生は絶えられない。でもこれ以上飛鳥に付きまとったら、葵はただのストーカーだ。飛鳥の幸せを邪魔してしまう。葵は覚悟を決めた。



「決めた。そうしよう。僕は僕を捨てよう」



 葵は立ち上がった。そして新しい道を目指すために歩き出した。



次会、最終回です。

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