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葵タンの学校における地位が革命して大逆転してしまう呪い


 葵はビクビクしながら教室に向かった。最後の呪いだ。恐ろしいに決まっている。チンポが勃起したり衣服が分子分解して消えるのだ。怒りなどは死ぬまで消えない。最後の呪いは何か不安だった。


 葵はそろそろと教師の中に入った。そして、すぐさま呪いの効果を実感させられた。


「あ、葵さんだ!」

「ホントだ! 急げ!」


 クラスメイトの男子も女子も一斉に葵の元に集まってきた。葵が何事かと震えていると、クラスメイトが全員土下座して葵に頭を下げた。


「葵さん! おはようございます!」


 葵は愕然として土下座するクラスメイトを見つめた。慌ててクラスメイトたちに駆け寄り声をかけた。


「み、みんな。何で土下座なんてしてるのさ。や、やめてよ」


 土下座してないのは、板野と佐藤だけだ。板野と佐藤は呆然としながら葵の元に寄ってきて尋ねた。


「葵タン、こ、これはどういうことでしょう」

「僕にもさっぱり……」


 嶋野が立ち上がって財布を取り出すと、2万円を葵に差し出した。


「葵さん! これ今まで買っていただいた金額です! お返しします!」


 葵はおろおろしてしまった。額が多すぎる。そこまではパシってない。


「し、嶋野さん、そんなの受け取れないよ」

「す、すみません!」


 嶋野は財布からさらに数千円を取り出し、小銭も全部出した。


「全額出さなくて申し訳ございません! これが私の全所持金です!」


 葵はさらにおろおろしてしまった。そういうことじゃないのに、どうしよう、葵が困惑していると、板野が言った。


「葵、もらっときなよ。今まで葵が払ってたんだから」

「い、いいのかなぁ」

「いいに決まってるよ」


 葵は嶋野から金額を受け取った。すると今度は中根が立ち上がった。


「葵さん! いつものように殴ってください!」

「は、はぁ?」


 中根はぎゅっと目をつぶり何かを耐えている。葵は慌てて言った。


「そ、そんな。殴れないよ」

「す、すみません!」


 中根はすぐさま上半身裸になった。筋肉のついた良い体だ。


「服の上から失礼しました! お願いします! 殴ってください!」


 葵は必死に首を横に振った。


「い、いやだよ……。殴りたくないよ……」


 大体、いつも殴っていたのは中根じゃないか。僕は暴力なんて嫌いなのに、と葵が思っていると、中根がボロボロ泣き出した。


「なんてお優しいお言葉! お願いします! どうか気合を入れてください! お願いします!」


 葵が本当に困惑していると、板野が葵の背中を押した。


「葵、殴って欲しいって言ってるし。殴っちゃいなよ。今までいっぱい殴られたでしょ?」

「いや、まぁ、そうだけど」

「殴ってやったほうがいいよ」

「う、うん……」


 葵はひょろろろとパンチを繰り出すと、それが中根の胸にぺち、と当たった。中根は感激して頭を下げた。


「こんな程度で許していただけるなんて! 葵さん! 最高っす!」


 中根は再び土下座に戻った。今度は柔道部の尾形が立ち上がった。


「葵さん! お願いします! いつものように投げてください!」

「え、えぇ?」


 葵は困った。投げたくない。でも投げないと中根みたいにうるさそうだ。柔道着に着替えて投げてくれ、とリクエストしかねない。葵はしょうがなく小内刈りを軽くかけた。


「よいしょ」

「うわぁぁぁ!」


 軽く刈っただけなのに、尾形はオーバーリアクションをとって大げさに倒れた。


「さすが! 葵さん! お優しくて最高です!」


 尾形が立ち上がると野球部の近藤が立ち上がった。葵はげんなりした。いつもと真逆だ。どうせケツバットしてくれ、と言ってくるに決まってる。


「葵さん! お願いします!」


 案の定、近藤は金属バットを葵に差し出してプリッとケツを突き出した。葵は仕方なく近藤の尻をぺち、と軽く叩いた。


「葵さん、マジ優しいっす! ありがとうございます!」


 近藤は土下座の体制に戻った。葵はまるでクラスの超イジメっ子みたいだ。しかも教室を完全に支配している。葵は呪いの内容がなんとなく理解できた。


「あのー、みんな、もういいから普通に席に戻ってよ」

「はい!」


 クラスメイトは土下座から素早く席にシュパっと戻った。超礼儀正しく、そして完全に葵に支配されているクラスだった。


「うん? 今まで葵をイジメてたのに、一体どういうことなのかしら?」


 板野が葵の横で小首を傾げた。


「そうですなぁ、これでは葵タンがイジメっ子みたいですなぁ」


 板野と佐藤は葵の態度が変わってない。なぜなのだろう。葵は飛鳥にメールを送ることにした。


[飛鳥さん、教室のみんなが僕に土下座するようになりました。これが呪いですか?]


 飛鳥は基本的にすぐ返事を返す。だが、今日は返事が返ってこない。何か学校であったのかなぁ、と思っていると、嶋野がにこにこしながら葵の元へやってきた。


「葵さん、マルボロです」


 葵は困惑して嶋野にマルボロを返した。


「僕は煙草は吸わないよ」


 嶋野は恐縮して頭を下げた。


「す、すみません! 何か飲みたいものとかございますか?」


 葵は愕然とした目つきで嶋野を見つめた。まさかパシリに行く気なのだろうか。散々葵をパシリに使ったのに、自分が行くとか言い出すんだろうか。葵は試しにパシってみることにした。


「えっと、ミルクティー、かな」

「かしこまりましたッ!」


 嶋野は物凄い勢いで教室を出て行った。葵は呆然としていた。全国パシリ選手権があれば優勝を狙えると思ったが、嶋野はその上を行きそうだ。ワールドカップパシリ選手権に出れるほどのスピードで帰ってきた。


「葵さん! ミルクティーっす!」

「じゃあ、お金」


 嶋野はブンブンと手を振った。


「そんなの頂けません!」

「いやいや、それじゃ僕が困るから、はい100円」


 嶋野は感激して泣き出した。


「葵さん! すみません! 本当にありがとうございます!」


 嶋野は席に戻って行った。葵の前の席に座っている近藤が葵に声をかけた。


「葵さん! 肩でもお揉みしましょうか!」


 葵は首を横に振った。


「い、いいよ。肩こってないし」

「遠慮なさらず! 私、マッサージはいつも先輩にやらされてるんで自信あります!」


 近藤は葵の肩を無理やりマッサージした。確かに上手だった。


「あー、近藤くん、上手だね。なんかごめんね」

「いえいえ! 葵さんのお役に立てれば最高です!」


 葵は困惑しながらケータイを開いた。葵のカーストの地位が最底辺から頂点を遙かに越えてしまったようだ。変化がないのは友達の佐藤くんと板野さんだけだ。関係値が反転しちゃったのかなぁ、と葵は思っていた。



 体育の時間になった。葵はチーム決めのじゃんけんに選ばれるどころか恐ろしいことを言われた。


「葵さん! まず葵さんが好きな人間選んでチーム組んでください!」


 葵は困った。いつもじゃんけんで決めるのに、葵だけの単独のドラフト制だ。


「え、この前のチームでいいよ」

「わかりました!」


 葵チームは円陣を組むと、嶋野が葵にお願いした。


「葵さん、何かひとことお願いします!」


 葵は困ってしまった。もうチームの中心どころか圧倒的なリーダーだ。呪いだからたぶん永久に続くのだろう。葵は諦めて言った。


「みんな、頑張るぞ!」

「おおおおおおお!!!」


 葵の軽い一声でチームのテンションはマックスを振り切った。各自全力以上の力を出すべく力を溜めている。そしてボールが素早く葵に渡った。葵はドリブルで敵陣に切り込む。


「あ、やっぱり……」


 敵は全員葵を避ける。嶋野も「葵さんのお通りだ! どけ!」と怒鳴っている。葵は誰からの抵抗もなくゴール下まで進むレイアップしてショットした。



 ひょろろろろろ



 ボールはリングにガンと跳ね返された。


「葵さん! リバウンド!」


 身長150cmほどの自分がどうリバウンドを取るんだ。と思ったが、簡単にリバウンドでボールを奪えた。誰も葵の邪魔をしないからだ。


「なんか、もはやスポーツじゃないなぁ」


 葵はフリースローのようにショットを放ち、今度は決まった。体育館中が大きくざわめき、味方も敵も葵のゴールを賞賛した。


 当然の如く、葵のチームは圧勝した。敵も味方も葵にボールを回してそれを葵が決めるだけだ。もはやバスケじゃなかった。「葵」という競技だった。



 お昼の時間になった。佐藤と板野が葵の元にやってくる。この2人だけがいつも通りで昨日までと変わりがないのがありがたかった。葵がお弁当を開いて食べようとすると、クラスメイトが葵の元に群がった。


「葵さん! パン買ってきました!」

「葵さんの好物のミルクティーです!」

「俺のピルクルも飲んでください!」

「ヨーグルトが健康に良いらしいです! 買ってきました!」

「葵さん! 俺のプロテイン食ってください!」

「葵さん! クッキー焼きました!」

「あたしのケーキも食べてください!」


 葵の席は貢物で一杯になった。葵は困った。とても一人で食べきれない。


「佐藤くん、板野さん、一緒に食べてくれない?」

「いいよ。何で急にこうなったんだろうねぇ」


 板野が貢物を食べると「板野! テメーは食うな!」という罵声が飛ぶ。うーん。板野さんへの怒りは消えてない。葵は毎日こんな生活が続くのかと思うとなんだか憂鬱だった。



 放課後になった。もはや掃除を葵にやらせようとする生徒はいない。みんな自発的に掃除している。葵が本来の担当場所である廊下で水拭きをすれば、感動して手伝ってくれる上に、


「葵さんは掃除なんてしなくていいんです! 私たちに任せてください!」


 とまで言われる始末だ。しょうがなく葵は佐藤と一緒に体育館に向かった。



 体育館に入って台を出そうとすると、もう女子が台を出し始めていた。女子は先輩だ。準備なんて後輩がやる仕事だ。葵と佐藤は慌てて手伝った。すると女子は葵に恐縮して言った。


「葵タン! 葵タンは準備なんてしなくていんです! 佐藤! テメーは早く手伝え! このブサイク!」


 2年の女子もクラスメイトと同様に葵への態度が変わっていた。クラスだけじゃないんだ。準備をしようとすると、みんな代わりにやってくれるのか。楽なんだけどなんだか申し訳ないなぁ、と葵が困っていると、紺野部長がやってきた。


「あ、部長! 今日も宜しくお願いします!」


 葵がハキハキと挨拶すると、紺野は深く頭を下げた。


「葵タン! こちらこそ宜しくお願いします!」


 葵はやっぱり紺野部長もいつもと違うや、と思いため息をついた。そして紺野は恐ろしいことを言い出した。


「葵タン、今日は練習にしますか、それとも私を慰み者にしますか?」


 は、はぁ? なに言いだすの!? 葵は真っ赤になりながら紺野に尋ねた。


「こ、紺野部長!? 何言ってるんですか!?」


 紺野は艶っぽい視線で葵を見つめた。


「私、いつでもいいですよ。葵タンに抱かれるの。いつでも待ってます!」


 その紺野の声に対して女子部員からブーイングが飛んだ。


「ズルイ部長ばっかり!」

「葵タンはみんなのものですよ!」

「部長ばっかりいつも!」


 紺野は部員を一喝した。


「うるせぇ! 葵タンは私のもんだ!」


 部員たちはその言葉に激しく反論して言い争いになった。葵は本当にワケが分からなくなり必死に叫んだ。


「ちょっと! やめてください! 卓球しましょう!」


 ピタッと争いが止まった。そして皆うんうんと頷きだした。


「葵タンの言う通りだ! てめぇら卓球すんぞ!」

「はい!」


 いつものように練習が始まった。葵はふぅと息を吐いた。なんだか疲れる。こんなことが永遠に続くのだろうか。呪いだもんなぁ、永遠に続くんだろうなぁ。葵はげんなりしてきた。


「葵タン、卓球しましょうぞ」

「佐藤くんがいつも通りなのが救いだよ。ありがとう佐藤くん」

「ボクは葵タンの友達ですから!」


 そうか友達は何も変わりがないんだ、葵は納得しながらその日も自慢のカットをひょろろろろと決めていた。




 部活を終えた葵は急いで飛鳥と待ち合わせ場所である駅のホームに向かった。今日は飛鳥からメールが一通も返ってこない。おかしい。いつもはしつこいくらいメールが返ってくるのに。飛鳥に何かあったのか。葵は激しく心配だった。


「いないや……」


 いつものホームには飛鳥の姿はない。キスをしてくれた誰よりも愛しい存在がどこにもない。葵がホームで立ち尽くしていると、一人の中年の女性が声をかけた。


「あなた、葵くんかしら?」


 葵は驚いて中年の女性を見つめた。見たことのない人だ。


「はい、そうですけど」


 中年の女性は嬉しそうに笑うと頭を下げた。


「私、飛鳥の母です」

「あ、飛鳥さんのお母さん!?」


 葵は慌てて頭を下げた。なんでお母さんがここにいるんだろう。葵は不思議に思いながら尋ねた。


「あの、飛鳥さんは……?」


 飛鳥の母は辛そうに言った。


「今、入院しているの」

「えぇ!」


 葵は思わず母親に詰め寄った。


「飛鳥さんに何かあったんですか!」


 母親はじっと葵の顔を見つめて言った。


「事故にあったの。それも酷い事故に。あなたがお見舞いに来てくれると嬉しいわ」


 葵はすぐに頷いた。


「行きます! 行かせてください!」




 葵と母親は電車に乗って飛鳥が入院する病院まで向かった。その途中で母親は飛鳥に何が起きたのか話してくれた。


「不幸な事故だったのよ。階段から転げ落ちて、酷い骨折にあったの。全治半年かかるわ。たぶん、学校も1年留年することになりそうなの」


 葵は青冷めてその言葉を聞いていた。飛鳥さんがそんな大怪我するなんて、僕は何と声をかければいいんだろう、そして僕への呪いのせいじゃないのか。葵はそのことが心配だった。


 葵は飛鳥の病室に入った。そして言葉を失った。


「あ、葵タン……」


 飛鳥は恥ずかしそうに顔を伏せた。その両足は骨折して吊られており、腕も骨折していて頭にも包帯を巻いていた。母親は気を利かして病室を出て行った。葵は涙目になりながら飛鳥に近づいた。


「飛鳥さん、事故のこと聞きました」

「えへへ、ドジっちゃった。学校も通えなくなっちゃった」


 葵は気になっていたことを単刀直入に尋ねた。


「飛鳥さん、僕への呪いのせいですか?」


 飛鳥は可憐に微笑んだ。


「そんなワケないじゃない」


 葵は首を振った。


「ウソだ。飛鳥さん、ウソついてる。僕は飛鳥さんのカレシです。僕は飛鳥さんのどんなことを聞いても嫌いになりません。僕を信じて話してください」


 葵は強い瞳で飛鳥を見つめた。雨に濡れた子犬の瞳じゃない、強く生きていこうと決めた成犬の瞳だ。飛鳥はその瞳の輝きを見つめて微笑んで言った。


「そうなの。呪いのせいなの。呪いをかけられた相手が幸せになると、呪いをかけた人間は不幸になるの。それだけよ」


 葵は即座に言った。


「飛鳥さん! 僕にかけられた呪いを今すぐに解いてください! 僕は嫌だ! 僕が幸せになる代わりに飛鳥さんが不幸になるなんて絶対に嫌だ!」


 飛鳥は葵の手を取り泣きながら言った。


「葵タン、あなたはすごく可愛くて優しいのに、とても不幸な境遇にあるわ。あなたのような人間こそ幸福が訪れるべきよ」


 葵はぶんぶんと首を振った。


「違う! 僕は不幸なんかじゃありません! イジメにあっても、両親がいなくても、僕は飛鳥さんに出会えました! これ以上の幸せはありません! 僕にとってあなたが笑顔でいることが何よりの幸せです!」


 葵は飛鳥をぎゅっと優しく抱きしめた。そして耳元でもう一度囁いた。


「飛鳥さん、お願いします。僕の呪いを解いてください」


 飛鳥な涙をこぼしながら訴えた。


「葵タンがまた不幸になっちゃう。そんなことできない……」


 葵は飛鳥の手を取って言った。


「飛鳥さんが不幸になりません。僕はそれが何よりの幸せです」


 飛鳥は悲しそうに言った。


「葵タン、呪いを解く副作用はもうひとつあるの。呪いを解いたら、私はあなたのことを忘れてしまうのよ」


 飛鳥は泣きながら言葉を続けた。


「そしてあなたに異性として恋することは一生できない。私は今の気持ちを捨てたくないの。葵タンを愛おしく思う気持ちを捨てたくないの」


 葵は即答した。一切の迷いがなかった。


「それでもいいです。呪いを解いてください」


 飛鳥は泣きながら尋ねた。


「どうして? もう葵タンのことを好きな飛鳥はいなくなるのよ。一生付き合うこともできないのよ」


 葵は優しく笑いかけた。


「でも飛鳥さんが不幸じゃなくなります。僕にとってはそのほうが大切です。飛鳥さん、きっと飛鳥さんは美人で優しくて素敵な人だから必ず幸せになります。短い間でしたけど、飛鳥さんが僕なんかのことを愛してくれたこと、僕一生忘れません」


 葵はじっと飛鳥の目を見つめた。飛鳥も葵の目を見て、葵の決意を感じた。


「葵タン、愛してるよ……」

「僕もです。誰よりも飛鳥さんを愛してます」


 飛鳥はそっと葵に手を伸ばし、葵も飛鳥の頭にそっと手を伸ばした。


「葵タン、大好きだよ、私のこと、忘れないで……いつまでも、忘れないで……」

「ずっといつまでも忘れません。飛鳥さん、ありがとうございました……」


 葵と飛鳥はそっとおでこを合わせて目を閉じた。飛鳥は小さな声で呟き、葵にかけられた呪いを解いた。




「ちっぼらだんふ」




 その瞬間、葵にかけられていた呪いは解けた。葵は飛鳥から顔をはなした。飛鳥は不思議そうに葵を見つめた。


「あれ? あなたは、誰? あれ? 私、どうして泣いてるのかしら」


 その言葉を聞いて葵の心に大きな穴が空いたような気がした。でも、これでいいんだ。これで飛鳥さんが幸せになれるんだ。飛鳥は涙を拭きながら葵に尋ねた。


「私、どこかでお会いしましたか……?」


 葵は爽やかに笑って言った。


「はい、遠い昔に。どうか早く良くなってください」

「は、はい……」


 葵は病室を飛び出した。視界に飛鳥の母親の姿が見えたが、無視して走り出した。走り続けなければ涙があふれそうだったからだ。そしてそのまま駅まで走り続けて、葵の体力は限界を迎えて立ち止まった。


「う、うう……うわぁぁあ、うわぁぁぁ……ひっく………うわぁぁぁ!」


 葵は激しく泣き出した。これで良かった、飛鳥に不幸が訪れない、でも、もう二度と飛鳥と付き合うことはできない、でも、これで良かった。そう思っても葵の涙は止まらなかった。




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