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葵タンに彼女ができました

 立花葵たちばなあおいは高校1年生の男子だ。


 そして、イジメられっこだ。


 どれだけイジメられてるかと言うと、男子女子の暴力やパシリも当たり前、掃除はいつもクラス全員分を一人でするのも当たり前。机や教科書にイタズラされるのも当たり前。偶数なのにペアになれと言われたらぼっちになるのも当たり前。


「また、今日もイジメられた……」


 葵は駅のベンチに座りながらぽつりと呟いた。葵は身長も150cmほどしかなく非力だ。顔立ちは可愛い女子のような顔をしている美少年なのだが、それがまた人のイジメ心をくすぐるようで、無理やり女子の制服を着せられてイジメられることもある。


「もう学校行きたくない……」


 葵はベンチに座りながら涙を堪えていた。家に帰りたくない。そして明日なんて一生来なければいいのに。どうして太陽は沈んだらまた昇るんだろう。葵はそんなことを考えながらホームを見ていた。


「いいなぁ、小学生は無邪気で」


 ホームでは小学生の低学年の男の子が、3人でわいわいと無邪気に騒いでいる。追いかけっこでもしているのだろう。無邪気に走り回っている。


「君たちはイジメられないといいね」


 葵はなんとなく男の子たちを眺めていた。やがてくるくる回っていた一人の男の子がよろけてホームの外側に進んでいった。


「あぶない!」


 葵が思わず立ち上がった時には、男の子の姿はホームの外に落ちていた。慌てて近づき男の子に駆け寄ると、頭を打ったらしき男の子が、線路の上で痛みに呻いて倒れている。


「た、大変だ。助けなきゃ!」


 葵はすぐにホームから線路に飛び降りた。その時非情にもアナウンスが駅に流れた。


「特急電車の通過だ! ここを通過する!」


 葵は慌てて男の子を担いでホームに押し上げようとした。男の子の友達も必死で男の子の腕を引っ張る。プワアアンという電車のサイレンが響き、葵の立っている線路めがけて猛スピードの特急電車が迫ってくる。


「お兄ちゃん! 早く!」


 このままじゃ轢かれて死んでしまう。葵は必死にホームへよじ登ろうとするが、葵の非力な力ではホームをよじ登れない。必死にジャンプするが上がるための力が足りない。どんどん電車が迫ってくる。


「ああ、もうダメだ……僕は死ぬんだ……」


 葵は死を覚悟してぎゅっと目を瞑った。その時、葵の手が強い力で思いっきり引っ張られた。葵の体が一気にホームへ引っ張られる。


「ふぇ?」


 葵の体はホームに崩れ落ちた。小学生の男の子たちは「良かった! ありがとお兄ちゃん!」と葵に声をかけている。葵の背後では特急電車が物凄いスピードで通過している。危なかった。自分はこの電車に轢かれてミンチになるところだった。葵は安堵して自分を引き上げてくれた人を見た。


「あ、ありがとうございます……」


 葵はその人物を見た。そしてとても驚いた。自分より一回り背の高い美人の女子高生だ。ストレートの黒髪が腰まで伸びて風に揺れている。凛とした二重の瞳に端整な顔立ち、信じられないくらいの美少女だ。


「怪我はない?」


 美少女は可憐な微笑みを浮かべて葵に尋ねた。


「は、はい……大丈夫です。」


 美少女の制服は、この辺ではお嬢様養成所と名高い女子高の制服だ。葵が通っているの中の下のランクの高校とはレベルが違う。


「良かった。ねぇ、お話しない?」


 美少女は葵の手を取り、ホームのベンチに導いた。葵は美少女に導かれるままにホームのベンチに座った。


「私、草薙飛鳥くさなぎあすかっていうの。あなたの名前は?」

「ぼ、僕は立花葵っていいます……」

「葵くんね。いつもホームであなたを見かけてたの」


 飛鳥は葵の手を取り、じっと真正面から葵の顔を見つめた。葵はこんな美少女に見つめられて、あっという間に顔が真っ赤になった。


「葵くんは1年生?」

「は、はい……」

「じゃあ、私は2年生だからひとつ先輩ね」

「そ、そうなんですか……」


 飛鳥は可憐な微笑みをたたえたまま、ちょっと照れ臭そうに葵に言った。


「ねぇ、私とお付き合いしてくれない?」


 葵は何を言われたのかさっぱり理解できなかった。きょとんとした顔で飛鳥の瞳を見つめることしかできない。飛鳥はもう一度はっきり言った。


「葵くん、あなたのことが好きなの。私とお付き合いしてください」


 葵はビックリして飛鳥を見つめた。自分は学校で最底辺ランクに位置するイジメられっ子だ。こんな美人に交際を求められるなんて、夢のまた夢だ。


「え、えっと、その、あっと……」


 葵は顔をゆでタコのように真っ赤にしてもじもじし始めた。飛鳥がその様子を見てクスリと笑った。


「うふふ、葵くん、可愛い」


 葵は可愛いと言われてさらに照れた。頭の中は真っ白で何も考えられない。


「ねぇ、私、葵くんのタイプじゃない?」


 葵は急いで首を横に振った。とびきりの美少女だ。タイプじゃないワケがない。


「じゃあ、私って葵くんのタイプ?」


 葵は急いで首を縦に振った。飛鳥は嬉しそうに囁いた。


「それなら、私のカレシになってよ」


 葵はゆっくり頷いた。飛鳥はこれ以上ないほど嬉しそうに葵をぎゅっと抱きしめた。


「やった! これから葵くんは私のカレシね!」


 葵の鼻を飛鳥の良い香りがくすぐった。飛鳥の体は信じられないほど細くて柔らかい。葵は夢でも見てるのかと思い自分の膝をつねった。痛い。夢じゃない。 


「嬉しい! ねぇ、これから葵くんのこと葵タン、って呼んでもいい?」


 葵はおずおずと頷いた。別に何と呼ばれようが葵は構わない。


「うふふ、葵タン宜しくね!」


 飛鳥は再び葵の体を抱きしめた。葵は夢のようだった。こんな可愛い彼女が突然できた。イジメられっ子だった灰色の青春に虹がさしたようだった。



 そして、これが葵タンを悩ませる呪いの日々の始まりだった。


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