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「えぇ。そうよ。何度だって言ってやるわ。あたしは死んだのよ」
「──あまり人には知られたくないような理由で」
少年がぼそりと付け足す。
「え、なにどうして?」
「おや、お忘れですか。あなたはトイレで気を失って病院に運ばれたのですよ」
「トイレ? 何でまたトイレなんかで……。どっかに頭をぶつけたとか?」
美香子には思い当たる節がない。と言うか気を失う瞬間のことなんて覚えているわけがない。
「ん~。ああいう場合、死因はなんて言うんでしょうねぇ」
少年は思わせぶりな態度でニタリと笑う。
「……気張り死に、ですかね」
「……先住民族」
「……それはアボリジニー。きっと気張りすぎて血圧が上がったのですよ」
「き、気張りすぎ?」
美香子の胸がドキリと高鳴る。
言われてみれば、随分と溜め込んでいた記憶がある。確か一週間ぶりぐらいだったはずだ。
少年はまだ嬉しそうな顔で美香子を見ている。下ネタは小学生の大好物だ。
「臭い」
「臭くない」
臭くなったかどうかはもう分からないし聞きたくもないが、年頃の娘が尻丸出しで倒れたとは確かに恥ずかしい。
「いや、あんまり面白かったもんで、さっきは涙が出るほど笑かしてもらいましたよ」
「……なんですって?」
つまり殴る前に見たあの涙は、笑いすぎて出たものだったと言うのか。
出会い頭に殴ってしまったことに、少なからず罪悪感を抱いていた美香子ではあるが、そうなると話は変わってくる。あの暴力はあくまで笑われたことに対する報復パンチであり、さらには人の不幸を笑ってはいけませんという教育的指導であり、それはつまりこの少年がこれから社会に出て行くにあたって、非常に有意義な行為であったと言わざるをえない。
「感謝なさい!」
「は?」
美香子の思いは少年に全く伝わっていないようだがそんなの当たり前である。