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「ふーん。まぁなんにせよ、日本語がしゃべれるならそれでいいの。それより訊きたいことがあるんだけど……」
付き合ってらんないので話題を変える。
「なんでしょう?」
少年は肩をすくめたり、首をのばしたりして、思い通りにそこが動くか確かめながら逆に訊き返す。
「……ここはいったいどこ?」
「絶海の孤島」
「あはは、それは大変だぁー。それじゃ、ボクのお家はどこかな?」
「天国です」
「おねぇさんねー、おうちに帰りたいの。だけど帰り道がわかんないのよねー。でも心配しないで? ここがどこかさえ分かれば、おねぇさん自力で帰れるんだよ? ねっ? ここはいったいどこかなー? なんていう海岸なのかなー?」
美香子はできうる限り最高の愛想笑いを満面にほとばしらせてやさしく尋ねた。
しかし少年は厳しく眉を寄せ、何度か小さく首をふる。
「いいかげんにしてください。もうご自分でも気づいているのでしょう?」
その言葉に、今度は美香子の表情が固まった。
少年は慰めるような口調で続ける。
「……あなたは死んだのです」
「あたしは死んでない」
黙れ。と言わんばかりの調子だった。
図星をつかれた焦りがモロに出てしまったかたちである。
言った本人もそれに気がつき、笑ってごまかす。
「あは。もう、からかわないでよ。あたしのどこをどう見てそう思うのよ。ほらちゃんと足だって生えてる」
あげた足のひざから下をプラプラと揺らしてその存在を強調する。
しかし少年は美香子の顔をジッと見つめたまま一言も発しない。
美香子は慌てて言葉をつむぎだす。
「……夢よ。そうこれは夢なのよ。夜、寝てる時に見る夢よ。朝になれば自然に目が覚めて、普通に学校に行くのよ、あたしは。そうだ明日は確か英単語のミニテストの日じゃない。正直自信ないのよね。勉強もしてないし。だけどちゃんと学校へは行くんだからね。あのクソ長い坂を登って、あたしはちゃんと学校に行くんだから!」
最後はほとんど喧嘩腰だった。
少年は大きくため息をつき、背伸びして美香子の肩に手を置く。
「まぁ、落ち着いてください。さぁ涙を拭いて」
「……あ」
どの瞬間からだろうか。涙が零れ落ちていた。
「死んでも涙は出るんだね」
拭っても拭っても涙は止まらない。
「悪いんだけど、少しの間泣かしてもらえる?」
少年の答えも待たずに美香子はその場にうずくまって鼻を鳴らし始める。
「それで気が済むならどうぞ。時間はたっぷりありますから」
ガキのくせして余裕ぶっこいてんじゃねぇよ。ぐらいの悪態も吐きたいところだが、それもままならない。のどの奥で「ういっ」という音がかすかにしただけだった。