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「ちょっと起きて、ボク? 大した事ないでしょ? おねぇさんには分かってるんだからね? 聞いてる? あ、もしかして日本語分からないのかな? えーと、スタンダップリーズ? 通じっかな?」
美香子はその場に伏せたまま、隣で仰向けにのびている少年の肩を激しくゆする。
少年はうめきながらゆっくりと顔を上げた。
「日本語で大丈夫です。それに元はロシア人です」
苦しそうに、しかしはっきりと日本語で答えた。その目にはまだ涙が光っている。
「すごい、日本語しゃべれるんだぁ」
美香子は感動したように手をたたく。
何で泣いてるの? とは今さら訊けなかった。殴る前に見た涙と今の涙とでは理由が変わっているに違いない。
少年が鎖骨のあたりを擦りながら立ち上がった。美香子もパジャマの砂をほろいながらそれに続く。
「イタタ」という小さな声は美香子の耳にもしっかり入っていたが、知らないふりをして会話を続ける。
「元はってことは、あれかしら? 日本に帰化したって事?」
「いえ、今は天使です」
「ほう」
子供の戯言だ。
「羽が生えてて頭上にわっかのあるあれです。うそじゃないです」
「別に疑ってるわけじゃないけど、どっちもついてないね?」
それを疑っていると言う。
「ついてないのが普通なんです。分かりやすいように言っただけです」
「ダウンコート、暑くないの?」
「天使ですから。これはまぁ、生前の名残みたいなもので……。別に替える必要もないですから」
意味不明である。