10
焼け付くような太陽の下、トップランド少佐が緩慢な動作で岩場を這い進む。
彼のつぶらな瞳からはいかなる感情も読み取ること叶わないが、そのよたよたとした足どりからは迷いのようなものが感じられる。
「いつの間にか敵陣深く攻め入ってしまったようだ。もはや周りに味方の姿はない。部下たちともはぐれてしまった。しかしあの丘さえ越えればもしくは」
そんな彼の目前に黒い影が飛び出してきた。トップランドの足がついに止まった。
「万事休すか……」
「少佐!」
「っ!? ジェリビーンズ中尉! 無事だったか!?」
「少佐こそ!」
「あぁ、私は見ての通りだ。他の部下たちはどうした?」
「……少佐」
「そうか、生き残ったのは我々だけか。……っ! 銃声だ。どうやら敵に包囲されてしまったようだな」
「少佐、こんな時になんですが……」
「どうした、言ってみたまえ中尉」
二つの影がスッと重なる。
「少佐! あなたのことを愛しております!」
「ダメだ中尉! 階級違いの恋が許されないことぐらい貴様も知っておろう!」
「こんな時に軍規など!」
「確かにその通りだ! 私も愛しているぞ、ジェリィ!」
「トーップ!」
「おめでとー!」
目の前で展開されたカップル誕生の瞬間に、美香子は奇声にも似た声で祝福を送った。
二匹のイグアナ、トップランド少佐とジェリビーンズ中尉は岩の上でチロチロと舌を出し合って実に仲睦まじい様子だ。
美香子の天使としての特殊能力、恋のキューピット能力が遺憾なく発揮された結果である。まぁ恋のキューピット能力とか言った所で実際には捕まえたコウロギを餌に誘導しただけだが。
一人で二役をこなしきった美香子は一通り笑った後、疲れたようにガックリと肩を落とす。
「ふふ、虚しい」
どうせなら人間同士の恋を演出したいのだが、現状では夢のまた夢だ。
あれから、つまり『今日から天使』宣告を受けてからすでに二ヶ月という月日が経っているのだが、美香子は今だパジャマ姿のままあの無人島に立っていた。パジャマの着崩れと汚れが二ヶ月と言う時間を物語っている。