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終章

 合同練習初日の深夜。

 寝付けないキキコは部屋を抜け出し、鳳凰堂学院のある一角にいた。

 そこには大きな桜の木があった。樹齢は百五十年くらいの大きな桜の木だ。桜並木とはまた違った風情と貫禄をその木は持っている。

 キキコはたっぷりと桜の木を堪能した後、夜空に視線を向ける。空には満月があった。澄み渡った夜空にあるそれは淡い光で地上を優しく照らしている。

 そちらも楽しく堪能してから、キキコは途中で勝った炭酸ジュースを開封する。開ける音が静かな夜に大きく響き、ほんの少しだけ静寂を破る。封を切ったそれを少し煽り、満足そうに息を吐いて呟く。

「桜と月を見ながらの一杯――菊に盃が優遇される理由も分かる気がするね」

「――ひょっとしたらこの光景みたいに絵になっていたからかもしれないわね」

 不意に声がした。

 キキコが声のした方に顔を向ければ、そこにはパジャマにカーディガンを着た赤松鶴賀がいて、こちらにゆっくりと歩み寄ってくる。

「それにしても本当に絵になるわね。声をかけようか躊躇ったくらいよ」

「それは褒め過ぎな気がします。割とよく言われますが」

「当然よ。キキコは間違いを犯したくなるくらい美人だもの」

「先に断っておきますが、私はノーマルですよ?」

「安心して。私もノーマルだから。心配なのは紫や満ね」

「それなら平気です」

「……まさかの返答ね。ちなみにどうして?」

「ゆかりんとミッチーの事が大好きだからです」

「相思相愛ね」

 鶴賀は残り一メートルくらいのところで足を止め、

「それなのにあんな事しちゃうのね?」

 変わらない口調でそう言った。

 会話が途切れ、沈黙が訪れる。

 キキコはジュースを一口飲んでからすっ呆ける。

「あんな事、というと?」

「手加減を続けている事よ」

 鶴賀の声が剣呑なものに変わった。

 それでもキキコはすっ呆ける。

「感覚が戻らなかっただけです」

「それはないわ」

「言い切ったその心は?」

「紫と満がその事で怒らなかったからよ」

「怒らない?」

「頼まれたのよ。貴女の事をあの二人に」

 その言葉でキキコは鶴賀がここにいる理由を大体察した。その一方で紫や満を騙させているという実感を得て安心し、そして罪悪感がまた募った。

「――証明はまだ必要かしら?」

 こちらの心を見透かしたように鶴賀は言ってくる。

 キキコは深い吐息を落として言う。

「……部長は驚かし甲斐が無い人ですね」

「それはつまり、認めるのね?」

「退部しろと言われたら堪りませんから」

「そんな事はしないわよ。脅そうとはしたけどね」

「脅す?」

「これ、返しておくわ」

 そう言って鶴賀は何かを放ってきた。キキコはそれを一瞥し、ぎょっとしてしっかりと掴み取った。鶴賀が放り投げてきたのは、紫と満から預かっている菊に盃が収まっているロケットネックレス。キキコはそれを掴んで鶴賀を睨む。

「そう怖い顔しないでよ。折角の美人が台無しよ?」

「……思い出の品をないがしろにされて怒るなという方が無理な話です」

「そうね。その事は謝るわ」

 でも、と鶴賀は一度言葉を区切る。

「友達をないがしろにしている貴女に責められる謂れはないわ」

 もっともだ。返す言葉も無い。

「それで? 何であんな事を? 返答によってはお姉さん許さないわよ?」

「他言無用と約束してくれるなら話します」

「内容によるわね。許容出来るレベルだったらそうするわ」

「そうでなかったら?」

「貴女に本当の事を打ち明けるように勧めるわ」

「……厳しい人ですね」

「両親から優しいだけの人間になるな、って言われているのよ」

「良いご両親ですね」

「自慢の両親よ。それで? いい加減話してくれるかしら?」

「急かさなくても話しますよ」

 キキコはそう言った後、ジュースを一口飲んでから理由を話した。

 話を聞き終えた鶴賀はしみじみと頷いた後、

「……貴女、どれだけドッキリ好きなのよ?」

 心底呆れながらそう言った。

 キキコは苦笑を返す。

「仕方ないではないですか。何処かの誰かさんのせいで最初に考えていた方は予定通りに成功しませんでしたからね。だからこんな事を考えてしまいました」

「え? 嘘……この状況ってひょっとしてあたしのせいなの?」

「ひょっとしなくても部長のせいです」

「嘘、マジ? いやでも、あれは仕方なかったというか、偶然というか……」

 先ほどまでの凛々しさは何処へやら。鶴賀はてんやわんやになる。

 見ていて申し訳なくなったのでキキコは助け舟を出した。

「嘘です。冗談ですよ、部長。真に受けないでください」

「へ? あっ……こ、この! お姉さんをからかっちゃ駄目でしょうが!」

 きょとんとした鶴賀は、要領を得たかと思えば、怒り始めた。当然であるが。

「それはそれとして、これは許容出来るレベルですか?」

「え? あー、微妙なところね。まあでも……」

 鶴賀はぶつくさ言いながらも踵を返した。そして続ける。

「面白そうだから黙っといてあげるわ。その代わりやるからには徹底的に騙し続けなさいよ? さもないと貴女がドSだって事皆に話しちゃうから」

 そう言った後、「風邪ひかないように」と付け足して何事も無かったように鶴賀は校舎に向かって歩き始めた。

 食えない人だな、と思いつつ、キキコは月と桜の下でジュースを飲んだ。

「まあでも……言ったからにはしっかりやらないとね」

 キキコがそんな事を呟いた時、風が吹き、桜が吹雪となって宙を舞った。

 応援された気がして、キキコはより一層やる気を出した。

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