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2章

 さて、一年一組の教室。

「――んじゃ、僭越ながら講義を始めたいと思います」

 キキコは自分の机に集まったクラスメイト達を見て言った。

 キキコが亜衣に花札の遊び方を教えるというのは、当然ながら同じクラスの者達にも聞こえており、遊び方説明は部活動見学会が始まるまでの時間を利用して行われる事もあり、亜衣と同じように出来ないと見られる生徒達がキキコの机の周りに集まったのだ。クラスの大半が雁首揃えている。

 キキコはバッグからケースに入った花札を取り出しながら言う。

「まずは札を覚えるよ。これを覚えない事には遊べないからね。花札は全部で四十八枚あって面倒だとか大変だとか思うけれど、トランプのマークみたくそれぞれに特徴があるからそんなに難しくはないと思う。十二ヵ月の花×四枚ずつという括りで覚えると覚え易いと思う。ちなみに十二ヵ月の花というのは、花札の絵柄は十二ヵ月折々の花か植物がモチーフになっているから」

「それで花札か」

「如何にも日本って感じで洒落ているわねー」

 クラスメイト達が口々にそんな感じの事を呟く。その一方で。

「そんな遊びをハーフであるフランクールさんから教わるのって、私達生粋の日本人として何か色々と恥ずかしいものがあるわよね……」

「自業自得だから諦めてここできっちり覚えようぜ」

 といった声も上がる。

 先に進むためにキキコが場を沈める。

「皆、先に進めないから静かにしてー」

 キキコが言うと、皆は各々返事をして沈黙した。

 場が静まるのを待ってキキコは説明を続ける。

「ありがとう。んじゃ、説明に戻るよ。花札の札には四つの種類があるの。二十点札である【光札】、十点札である【種札】、五点札である【短冊札】、一点札である【カス札】ね。と、ここで注意。【こいこい】をやる上で「○点札」という用語は使わないからスルーして。で――」

 キキコは言葉を止め、札の中から五枚の札を机の上に並べる。

「――これが【光札】。派手な絵柄だから一番覚え易いと思う。それとこれらの札は高い役を作る時に必須だからちゃんと覚えると後々楽だよ」

「なあ、役って言うとポーカーとか麻雀みたいな感じなのか?」

「そんな感じ。で、次は【種札】だよ」

 キキコは聞きつつ、答えながら並べていた八枚の札を示す。

「この八枚が【種札】。ちょっと派手な札だからこれも覚え易いと思う。それぞれの札の詳細は一ヶ月ごとに紹介していくからとりあえずスルーして」

 キキコがそう言うと、応答の声があちこちから返ってくる。

 それを聞きつつ、キキコは残る【短冊札】と【カス札】を机に並べる。

「ここからは簡単だから一気に行くよ。まずは【短冊札】。見ての通り短冊が描かれている札だよ。種類は三種類あって文字が書かれているのは【赤短】という役に、紫色の短冊は【青短】という役に必要だから結構重要。で、何も書かれていない赤い短冊が描かれている札に関しては役を紹介する時に説明するからとりあえずスルーしといて。ま、重要度は低いって事だけ言っておくよ」

 そこで肯定の旨を聞き手全員が言った。

 それを受けてキキコは説明を続ける。

「で、最後に【カス札】。十二ヵ月折々の花か植物しか描かれていないシンプルな札だよ。四つ種類がある札の中で役を作る上での重要度は一番低いけれど、だからって軽んじて良い札じゃないのでそこら辺注意してね。で、これで札の種類に関する説明は一旦終わり。次は一ヶ月ごとに紹介していくね」

 キキコは言いつつ、机に広げた札を回収し、次の説明の準備をする。

「やっぱり結構ややこしいな」

 それを待つ傍ら、一人の男子がここまでの感想を口にした。

「私は逆だな。今なら覚えられそう」

 それに隣の女子が応じ、会話の波が広がっていく。

「俺も。家に帰ったら親とやってみるかな……」

「あたしはちょっときついけど、やってみる気にはなったかな」

「クラスメイトに教えられているっていうのがいいのかもしれないね」

「そうかもしれませんね」

「――そう言ってくれると教え甲斐があるなー、私」

 キキコが会話に参加した事でクラスメイト達は机に視線を注いだ。机の上には十二ヵ月の札が四枚ずつ綺麗に揃えて並べられている。

 皆が机に着目したのを見て、キキコは説明を再開する。

「お待たせ、皆。ぶっちゃけた話、月数自体は覚えなくても【こいこい】やる上では特に支障はないんだけど、風情とか考えたら知っておいた方が情緒を感じ取れるだろうからまとめて教えちゃうね」

 肯定の声が上がる。

 それを受け、キキコは松と思しき物が描かれている札を指差して続ける。

「ありがとう、皆。んじゃ、早速紹介していくよ。まずは一月。花は松。札の名称は見たままになるけど右から順に【松に鶴】【松に赤短】【松のカス】×二枚という感じだよ。で、他もこんな感じの見たままの名称だから退屈だとは思うけれど、その辺は予め了承してくれると助かるよ」

「キキコ、ちょっといい?」

 そこで対面に座る亜衣が挙手した。

「いいよ。何?」

「この月には種札、だっけ? それが無いけど?」

「お。着眼点が良いね。花札は全部が全部必ずしも同じ構成ってわけじゃないんだ。この一月みたく光札、短冊札、カス札と揃っているのもあれば、光札とカス札しかない月もあるし、種札と短冊札とカス札しかない月もあるんだよ」

「それはどうして?」

「ゲーム性をより高めるためだよ」

「あ、なるほど。説明に戻って」

「ん。――次は下に行って二月。花は梅だよ。色的には次に紹介する三月の札と混同するかもだけど、よく見れば判別可能だと思う。札の名称は【梅にウグイス】【梅に赤短】【梅のカス】×二枚だよ」

「名称はホント見たままだな」

「トランプと一緒だな」

「そうそう。トランプほど覚え易くはないんだけどね。というわけで、三月」

 キキコは話を戻した。クラスメイト達は机に着目する。

「花は桜。これは分かり易いね。右から順に【桜に幕】【桜に赤短】【桜のカス】×二だよ。この内【桜に幕】はルールによっては早くて高い点を狙える役を作るために必要な札だから覚えておくと後々有利だよ」

 肯定の声が上がり、キキコは次に移る。

「で、次は問題の四月」

「出た、初心者殺し」

 紹介された後、男子の一人が嫌そうに言った。

「初心者殺し? どういう事?」

 女子が尋ねると、男子がある部分を顎で示す。

「七月のところを見てみろ。そうすりゃ一発だ」

 質問した女子はその指示を受け、七月のところを見て、あっと反応した。

 それを見て、キキコは口を開く。

「――皆も反応で分かったと思うけれど、四月の藤と七月の萩は二月の梅と三月の桜の時よりも段違いに判別がし辛くて、初心者殺しだったりするよ。一応色と花の生え方で判別が可能だけど、やりながら見分けられるようになっていくしかないのであしからず」

「その口振りから察するにキキコも相当数間違えた?」

 亜衣が興味本位という感じで聞いてきた。

 キキコは肩を竦め、苦笑を返す。

「間違えまくったよ。ま、その甲斐あって今じゃ間違えないけどね」

「ぼかすって事はかなりの数だね?」

「黙秘権を行使するくらいだよ」

「OK.これ以上の言及はしないよ。で、四月の札の名前は?」

 亜衣は苦笑混じりに言って話を戻した。

「右から順に【藤にホトトギス】【藤に短冊】【藤のカス】×二だよ。ここで一つ注意。赤い短冊だけど文字が書かれていないのは赤短じゃなくて短冊っていうから気をつけてね。役を作る事にも関わってくるから重ねて注意ね」

「そんなに重要なのですか?」

 女子が首を傾げて聞いてきた。

「かなりね。でも、それに関しては役を紹介すれば分かると思うから今はとりあえず見分けた方がいいんだー、くらいで考えておいて」

「分かりました。次は五月ですね」

「そ。花はアヤメだよ。札の名前は【アヤメに八つ橋】【アヤメに短冊】【アヤメのカス】×二だよ。個人的に好きな花だけに特に役に絡んでこなくて地味なのが悲しいところだよ」

 キキコはため息混じりに言った。

 それを受けて男子が口を開く。

「フランクールって俺達より日本人だよな」

「言わないでよ。生粋の日本人として悲しくなるから……」

 それを聞いて女子が遠い目をして物悲しげに言った。

 その発言の後、その場の空気が自然と重くなった。

「つ、次に行くよ!」

 空気を入れ替えるべく、キキコは強引に次に移った。

「――次は六月。花は牡丹だよ。札は【牡丹に蝶】【牡丹に青短】【牡丹のカス】×二だよ。青短は赤短と同じ扱い。ま、これも見たままだね」

「次は四月のところで触れた七月だね」

 亜衣が先を促し、キキコは頷く。

「だね。札の名前は【萩に猪】【萩に短冊】【萩のカス】×二だよ。しかしよく似ているよね。ま、猪は重要度が高い札だから藤よりは存在感あるけどね」

「そうなの?」

 男子が突っ込んで聞いてくる。

「うん。詳しくは役の紹介のところで触れるよ」

「おう。次、頼むわ」

「ん。次は絵柄がシンプルで覚え易い八月だね。花はススキ。これは坊主とも言われているよ。理由は絵柄を見れば一発だね。札の種類は【ススキに月】【ススキに雁】【ススキのカス】×二だよ。で、今出てきた【ススキに月】と【桜に幕】はルールによってはかなり重要だよ。何せその二つと九月で紹介する事になる【菊に盃】を絡めた花見酒と月見酒という役があるのだけれど、それは揃い易い上に複合出来て高得点を狙えるから無しな場合もあるくらいだからね」

「それってそんなに凶悪なの?」

 女子が言及した。キキコは頷く。

「凶悪、凶悪。ま、その辺は追々」

「そんなにかー。ありがとう。次、お願い」

「ん。これも分かり易いね。九月は菊だよ。札は【菊に盃】【菊に青短】【菊のカス】×二だよ。で、この【菊に盃】は化け札と言ってルールによっては種札としても扱えば、カス札として扱う事もあるの。で、さらにさっきも触れたけど花見酒と月見酒という役が採用されているルールだと役の名前から分かるとは思うけれど、最重要札になるから絶対に覚えておくように」

 肯定の声が返ってくる。

 それを受け、キキコは次に行く。

「理解してもらったところで次に行くよ。次も分かり易いね。十月は紅葉。【紅葉に鹿】【紅葉に青短】【紅葉のカス】×二だよ。まんまなんで次に行くよ」

 キキコは次を指差し、神妙な面持ちになる。

「で、難所の十一月。この月はデザインに統一性が無いから分かり難いけどその分覚え易いね。札は【柳に小野道風】【柳に燕】【柳に短冊】【柳のカス】だよ。この内【柳に小野道風】は光札なのだけどやや扱いが特殊で【柳のカス】は他のカス札とは違ってシンプルなデザインをしていないけど、それでも扱いはカス札なの。それぞれ注意ね。【柳に小野道風】の特殊さは後で説明するよ」

「他のやつと比べると結構違うわね」

「特殊な分覚え易いけどな。いよいよラストか」

「そ。最後は十二月。花は桐で札の名前は【桐に鳳凰】【桐のカス】×三だよ。これもまあ見たままだね。ちなみに【桐のカス】には一つだけ色が違うやつがあるけれどカス扱いだから気にしないで。――さて、これで札に関する説明は終わりだよ。とりあえず聞いてもらったけど、今すぐに覚えなくても大丈夫。花札も他の遊びと同じくやっている内に覚えるからね」

「OK―」

「把握した」

 皆の反応を待ちつつ、キキコは腕時計を見た。見学会はまだ始まらないがじっくり残りの説明をしている余裕はない。

「皆、時間厳しいからこいこいの流れの説明はざっとになるけどいい?」

 肯定の声が一拍置いて返ってくる。

「ありがとう、皆。じゃ、ざっくり行くよ。こいこいを始めるにはまず親決めをするの。要するに先攻決めだね。決め方は山札をシャッフルした後、上から二枚取り出してどちらか一方が選び、もう片方は選ばなかった方。で、取った札を表に返して早い月だった方が親っていうのが割と一般的かな」

「ジャンケンとかじゃ駄目なの?」

 女子が質問を投じてくる。

「平気だけど、こうして決めた方が風情あると思わない?」

「あ、なるほど。続けて」

「ん。で、こいこいでは親側が圧倒的に有利だから子側は速攻を求められるよ。尚、親側が有利な理由は追々説明するからその辺よろしく」

 すかさず肯定の声が返ってくる。

「ありがとう。で、次は始めるための準備。大会だと係りの人が用意してくれるけど、自分達だけでやる時のために触れとくね。で、親決めが終わったら親決めで使った札を戻してシャッフルしてから手札と場札の準備。配る順番は親の手札、子の手札、場札に四枚ずつ。これをもう一回ずつ繰り返す」

 キキコは自分が言った通りに机に札をぱっぱと並べていく。

「――とまあ、こんな感じにね。と、今はそういう状況じゃないけれど、場に同じ月の札が三枚揃った場合にはまとめちゃうよ。そうなった場合は自分の番の間にやる事で触れるけど残る最後の一枚でしか取れないから。で、余った札は場札の横に置いておく。これで準備は完了していよいよ競技が始まるよ」

「やっとか」

「ようやくだねー」

 口々にそんな声が上がる。

「お待たせしてごめんね。で、自分の番でやる事。手札の中から一枚だけ選んで場に出す。この時出した札と同じ月の札があれば手札から出した札と場にある札は両方強制的に自分の取得札になり、相手にも見えるように自分の横に置くの」

 言い終えた後、キキコは実演して見せる。手札の中から桜のカスを出し、場札の桜に幕の上に置き、それらを自分の横に邪魔にならないように置く。

「――こんな感じにね。で、さっき流した親の有利性は場札に有用性の高い札があった場合は手札に同じ月の札があれば先に取る事が出来るからなの」

「なるほどね。ところで、こいこいにおける役は取った札が特定の条件を満たした場合だと推測してるんだけど、合ってる?」

 亜衣取得札を指差して聞いてきた。キキコは頷く。

「ズバリ正解。でも、役の中には初手の手札で役として成立する特殊なものもあるから注意ね。ま、初手の状態次第だから基本的に揃わないけどね」

「了解。で、親のターンはそれで終わり? それともまだ続くの?」

「続くよ。さっきの行動が終わったら今度は山札の上から一枚引く事になって、この後の手順は手札の時と一緒。場に同じ月の札があれば一緒に回収出来る。で、さっき説明し忘れたけど、手札から出した場合でも山札から引いてから出す場合でも同じ月の札が場に無かった場合、その札は場に残るよ」

 説明し終えてからキキコは山札から引いた【藤にホトトギス】を場に置く。キキコが山札から札を引いた時、場に藤が描かれている四月の札は一枚も無い。

「――こんな感じでね。で、これで親のターンは終わって子にターンが移るよ。何となく分かるとは思うけど、子でもやる事は一緒。で、役が完成して勝負になるか手札が無くなるまで交互に繰り返しで続ける。お互いの手札が無くなっても役が完成しない、もしくは勝負を続行したけど役が作れなかった場合、その勝負は流れて仕切り直すの。流れた場合親は交代となるよ」

 キキコは一息入れて続ける。

「――ちょっとここで余談を挟むよ。自分達でやる場合は仕切り直す際に親に点が入ったり、親を交代しなかったりも出来るから事前に相手と相談して決めてね。で、何が余談なのかというと大会では採用されていないからだよ」

「本当に余談だね?」

 亜衣がツッコミを入れてくる。

「まあね。でも、そういうルールもあるって事は知っておいて欲しかったから」

「つくづく余談だね……」

 亜衣は再度ツッコミを入れた。クラスメイトもうんうんと頷く。

 アウェーな空気の中、キキコは説明を続ける。

「んじゃ、次は役が完成した時の流れに行くよ。取得した札によって役に出来た場合、プレイヤーは「勝負」か「こいこい」を選べるよ」

「勝負はそのままか?」

 男子が聞いてきた。キキコは頷く。

「うん。その時点で成立した役の合計点を獲得する事が出来るよ。単位は文ね。昔中国で使われ、日本に銭の輸入と共に用いられるようになったお金の通貨のやつだね。確か日本では室町時代から明治維新で円が新通貨単位として導入されるまで使われていたって話だから長い歴史だよねー」

 言い終えてキキコは『あれ?』とクラスメイト達を見る。

 クラスメイト達は気落ちしていた。そこかしこからため息が漏れている。

「み、皆? 何をそんなに落ち込んでいるの……?」

「――僕も含めてちゃんと過去の事を知っているキキコを見て、生粋の日本人として非常に居た堪れなくなってるんだよ……」

「え? ええ? そ、そうなの……? 一般常識じゃないの?」

「いやまあ、文が昔使われていた通貨だって事くらいは知ってるだろうけど、そこまで知ってるのは社会科を深く勉強している人くらいだと思うよ」

「そ、そんなバカな!? 私、皆から一般常識だって教えられたよ!?」

「ふむ……」

 亜衣は考え込んだ。そして。

「――もしかしたらだけどその一般常識っていうのはさ、キキコが言うところの『皆』の中で言うところの一般常識ってオチじゃないかな?」

 亜衣の推測を聞いてキキコはピンと来た。

 確かに『一般常識』とは言われた。しかし、『世間』がそこにはついていない。【常識】という言葉は個々人によって違ってくる。『一般常識』と言われたからキキコは先入観からイコール世間共通の認識であると思っていたが、よくよく考えると住所不定と言っても過言ではない自分達一家の中に『世間』という括りがあるのかどうか。周りも富裕層で博学なのは言うまでも無い。そんな人物が口にする『一般常識』は絶対的に世間共通の認識とかけはなれているのは、天変地異が起こらない限り明日は必ずやってくるという事と同じくらい当然の事だろう。

「くそー! 皆に謀られた!!」

 キキコは人目も憚らずに叫んだ。叫ばないとやっていられない。

「……キキコが割と非常識なのはそういう理屈だったんだね」

「そうみたい! 亜衣さん! 気づかせてくれてありがとう!」

 キキコは亜衣にこれでもかと深く頭を下げた。本当に感謝の言葉しかない。

「どういたしまして。でも、そこまで感謝する事?」

「するよ! ――と、横道に逸れたね。次に行くよ」

 キキコは咳払いしてから話題を戻す。

「――さて、いよいよ「こいこい」だよ。こいこいは役が成立しても敢えてあがらずに別の役を増やすためにゲームを続行する宣言の事なの。このゲームの醍醐味はこいこいするかどうかの駆け引きにあると言っても過言じゃない。何故なら、役が増える可能性はあるけれど、ゲームを続行して自分の役が増えるより先に相手が役を作って勝負宣言した場合には、それまでに作った自分の役は潰されるリスクがついて回るからだよ」

「作った役が潰されるってどういう意味?」

 女子が聞いてきた。

 キキコは即答する。

「さっき勝負宣言したら得点を得られるって話はしたよね?」

「したね。で、増やしたい場合はこいこいを宣言するんだよね?」

「そ。でもね、こいこいを宣言して先に相手に上がられてしまった場合、どれだけ高い点数の役を成立させていたとしても相手の役の得点計算をしてゲームは仕切り直されちゃうの。さらにこいこいを宣言した方が親だった場合、親が相手に移って何処までも良い事がない。ま、その読み合いが熱いのだけれどね」

「うわー……」

 質問した女子がげんなりとして言った。

「それなら、こいこいしない方が無難という事でしょうか?」

 別の女子が尋ねてくる。

「現在における予め決めた持ち点を減算していく形式だと割と正攻法だね。しかも持ち点十二文なわけだから、札の紹介の時にざっくり触れた花見酒と月見酒が採用されているルールだとするとどちらか一方でも四分の一減らせるし、こいこいをして二つ成立させた上で勝負したから半分減らせるわけだから」

「でもよ、上手くすれば一気に全部減らし切る事も可能なんだよな?」

 男子が質問を投じてくる。

「もちろん可能。それ以外にも自分で成立を目指した役で減らせればスカッとするし、一気に減らし切った時の快感なんかは一度しちゃったら病みつきになっちゃう可能性もある。しかし、そういう拘った戦い方は当然こいこいというゲームの性質上、相手にもチャンスを与える事に繋がるからその辺注意ね」

 肯定の声が返ってくる。

 キキコは深く一息入れた。

「――とまあ、一連の流れは大体こんな感じ。最後に勝敗の決め方について触れてゲームの流れに関する説明を終えるよ。こいこいにおける勝敗の決め方は色々あるけれど、現在におけるこいこいは持ち点十二文を減らし合う減算形式が主流となっているからこれだけ覚えておけば多分誰とでも遊べると思う。でも、人によって――特に年配の人と遊ぶ時は他のルールでやる場合もあるし、どういうルールで遊ぶかは事前に決められもするから事前の確認を怠らないようにしてね。ルールを守って楽しく遊んだ方がずっと楽しいからね」

 キキコは微笑みながら言った。これを機に皆が花札を好きになってくれますように、という願いを込めて。

 その笑顔にクラスメイト達は見蕩れて呆然となり、頬を紅潮させた。黙っているのはもちろん、口を開いても同性から嫉妬よりも憧れが先にくるほどの美貌で晴れ渡った空のような笑顔を向けられたら誰だってこうなる。

 が、キキコは皆が紅潮している理由が分からないので首を傾げる。

「? 皆、急に顔を赤くしてどうしたの?」

「あー、気にしないで。ちょっと暑いなー、って思っただけだから」

 亜衣が手を団扇のようにしてパタパタを自分の事を扇ぎながら言った。

 クラスメイト達も似たり寄ったりな事を口々に言った。

 キキコは何だか仲間外れにされた気がして寂しくなったものの、皆の反応を信じて敢えて言及はせずに机に広げた札をまとめる。

「――さて、後は【役】に関して、だね」

 キキコがそう言った時、備え付けてあるスピーカーが起動した。

『――校内に残っている一年生の皆さん、見学会の準備が整いましたので各自見学したい部活動が行われている場所に向かってください。繰り返します。校内に残っている一年生の皆さん、見学会の準備が整いましたので各自見学したい部活動が行われている場所に向かってください。尚、何処で行われているかは既に配布してある部活動一覧表の方に明記されているのでそちらを参考にしてください。――以上で放送を終わります』

 そして、ハキハキと聞き取り易い女声による放送が教室に響いた。

 それを受け、キキコは『あちゃー』と頭を掻く。

「皆、ごめん。見学会始まるまでに説明終わらなかったよ」

「いいって、いいって。それより続けてくれよ」

「そうそう。後は役だけなんだからさ」

 すると、クラスメイト達からそんな声が返ってきた。

 キキコは反射的に尋ね返す。

「いいけど、皆、見学会に行かなくていいの?」

「いいから言ってんだよ。俺、行くところ決めてるし」

「私も決まっています。それにそういう人達はすぐに立ち去るかと」

 一人の女子の発言に周りはうんうんと首を縦に振った。

 それを受け、キキコは説明を続ける。

「分かった。じゃ、さくっと行くね。まずは光札を用いた役から」

 キキコは言いつつ、まとめた札の中から光札と菊に盃を取り出し、光札を早い月順で右から並べ、菊に盃は手に握り、残りの札は机の隅に置く。

「光札を用いて成立する役は五枚全てを揃えた【五光】だよ。漢字は漢数字の五に日光の光。ま、見たままだね。得点は十五文」

 キキコは五枚の中から柳に小野道風を抜く。

「で、【五光】から柳に小野道風が抜けると扱いが低くなって【四光】っていう役になるよ。得点は十文」

 説明を終えると、キキコは柳に小野道風を松に鶴と入れ替える。

「で、これが【雨四光】。雨というのは十一月の札は雨が降っている事も表現しているから。この事から十一月の札の事は柳と言わずに雨という人も中にはいるよ。構成は光札三枚+柳に小野道風。柳に小野道風がやや扱いが特殊な光札というのはこれが理由なの。得点は八文」

 説明を終えると、キキコは柳に小野道風を四枚の中から抜く。

「で、これが【三光】。得点は六文。成立条件は柳に小野道風以外の光札の取得だよ。ま、やっぱりそのままだね」

「キキコ、ちょっといい?」

 亜衣が聞いてきた。

「いいよ。何?」

「いやさ、柳に小野道風がやや特殊な扱いなのは分かるんだけど、それにしてはさっきから扱いが酷くない?」

「あ、それ私も思った」

「俺も、俺も。ちょっとした差別だろ、常識的に考えて」

 皆にそう言われ、キキコは明後日の方を遠い目で見る。

「――皆、気持ちは凄く良く分かるよ。でもね、これはまだ軽い方なんだよ」

『ええ!?』という驚きの声が上がる。

「……キキコ、それってどういう事?」

 亜衣が恐る恐る聞いてくる。

「それは次の役の説明を聞けば分かるよ」

 キキコは桐に鳳凰を抜き、菊に盃を加える。

「気を取り直して、次の役を紹介するね。で、これが札を紹介している時にちょくちょく出した【花見酒】と【月見酒】。花見酒は桜に幕と菊に盃で成立して、【月見酒】はススキに月と菊に盃で成立。得点は各三文。ここでちょっと触れとくけど、役は複合させる事が可能で菊に盃が重要視されるのはこういう理由があるからなの」

「で、さっき言ってた差別って?」

 亜衣が『早くしろ』とばかりに言ってくる。

 キキコは声のトーンを一つ落として言う。

「……ねえ、亜衣さん。もしもさ、もしもお花見に雨が降ったらどうする? もしもお月見する時に雨が降ったらどうする?」

「え? そ、そんなの……」

 亜衣はそこまで言って『あっ』と声を上げた。クラスメイト達も同じ反応だ。

 キキコは尚も沈んだ声で言う。

「……そ。もしも【○○酒】が成立していたとしてもその状態で柳に小野道風を取得してしまうと【○○酒】は不成立となってしまうのですよ……」

「なん、だと……」

 亜衣は愕然と言った。クラスメイト達もざわめいている。

 キキコはため息をついて晴れやかな顔になってから言葉を作る。

「ちなみにこれは【雨流れ】というルールなのだけれど、これはかなりの頻度で成立する【○○酒】を阻止するためだけど、と同時に柳に小野道風を厄介者にしている最大の要因。……ま、女心と秋の空ってことわざがあるくらいに秋の天気は変わり易いからあながち間違っていないけれど、切ない話だよね……」

「切な過ぎるよ! 集中的にも限度があるって!」

 亜衣が叫んだ。クラスメイト達も『そうだ、そうだ』と賛同を示す。

「風情が重んじられるから仕方ないのかもしれないねー」

 相槌を打ちつつ、キキコは机に出した光札と菊に盃を回収し、その後札の中から牡丹に蝶、萩に猪、紅葉に鹿を取り出す。

「ま、私達がどうこう言っても大会規定は変わらないから次に行くよー」

「キキコって割と冷たい?」

「私は初めて聞いた時に散々泣いたからね。私の場合、小野道風さんが描かれている経緯まで添えて聞かされたから尚更悲しかったよ……」

 キキコは感慨深げに言った。

 亜衣がおずおずと聞いてくる。

「そ、そんなに悲しくなる?」

「子供心に【雨流れ】なんていうルールを作った人を恨んだくらいには」

「相当だね……。後で調べてみよう、と」

「そうして。――話を戻すよ。お次は【猪鹿蝶】。見たままだね。得点は五文」

 キキコはその三枚を隅にやり、札束の中から今度は赤短三種類と青短三種類を取り出して中央にそれぞれ集めて並べる。

「次も見たままで名称も【赤短】【青短】と見たままだよ。得点はそれぞれ五点。ここで注意して欲しいのが赤短は松、梅、桜の短冊札じゃないと成立しないって事。藤、萩、柳の短冊札じゃ駄目だから注意してね」

 キキコはその六枚を机の隅にやり、札束の中から梅にウグイスと菊に盃を取り出した上で【猪鹿蝶】の三枚を再度中央に戻して並べる。

「それでもってこれは【タネ】。成立条件は種札を種類問わずに五枚。得点は一文だけどこれまで紹介した役と違って、役が成立した後に種札一枚取得ごとに一文追加される性質があるから、こいこいを宣言し易いところが利点だよ。また種札だから【猪鹿蝶】と複合し易いのも利点だね」

「元々の得点が低い分、期待値が高いって事か」

 男子がしみじみと言った。キキコは肯定する。

「そ。他の役は名前に通じる特定の札を取得する必要性があるけど、【タネ】にはそれがない。条件さえ満たせば【猪鹿蝶】だけじゃなくて他の役とも複合可能なのが魅力的。例えると【花見酒】でこいこいを宣言して、【タネ】が成立した場合はそれで勝負を宣言する、みたいな感じでね」

 そんな説明をしながらでもキキコの手は種札を札束の中に戻し、隅に避けていた短冊札の中から松と梅の赤短、牡丹と菊の青短、札束の中から藤に短冊を取り、机の中央に並べる。

「それでもってこれは【タン】。赤短でも青短でも短冊でも何でもいいから五枚揃えれば成立。得点は一文だけど、こちらも役が成立した後に短冊札一枚取得ごとに一文追加されていく性質があるよ。こいこいを宣言しやすいのも同上。【タン】との違いは、こっちは【赤短】や【青短】と複合し易い事かな」

「タンの時とあんまり変わらないのですねー」

 女子がぼんやりと言った。

「皆、ちょっと準備するから復習でもしながら待っていて」

 キキコは皆に言って最後の役を説明するための準備をする。机に出ている札を回収した後、札束の中から適当に十枚のカス札を選んで机に並べる。

「皆、お待たせ。机を見てもらえるかな?」

 指示を受け、クラスメイト達が机に着目する。

「皆、最後の役を説明するよ。名前はそのまま【カス】。カス札十枚で成立して役が成立した後はカス札一枚取得ごとに一文追加。得点は一文。ちなみに九月の札を紹介した時に触れたけどもう一回触れとくね。菊に盃は種札だけどカス札としても扱われるよ。これは大会でも採用されているから覚えておいてね」

「菊に盃は優遇されてんなー」

「それを少しでも柳に小野道風に分けてあげればいいのに……」

 クラスメイト達が当然の不満を口々に言った。キキコも賛同を示す。

「私も同感。ま、それはそれとして……これで花札――厳密にはこいこいの遊び方とルールに関する説明は終わりだよ。聞いてくれてありがとうね」

 キキコは立ち上がって一礼した。

「こっちこそありがとう。おかげで色々と分かったわ」

「だな。家に帰ったらちょっとやってみるかなー」

「私もそうしてみよー」

「僕もそうしてみるつもりだよ」

 クラスメイト達は口々に礼と感想を述べながら一人、また一人と散っていく。

 程なくしてその場にはキキコと亜衣だけが残る。

「キキコ、教えてくれてありがとうね」

「どういたしまして。でも、あの説明で覚えられた?」

 片付けを始めながらキキコは尋ねた。

 亜衣は少し考えてから口を開く。

「何となくなら。後は少しずつ覚えていくよ」

 そこでキキコは片付けを終えた。

 それを見て、亜衣はバッグ持って立ち上がり、キキコも同じ事をする。

「僕達も行こうか。花札部って何処にあるんだっけ?」

「旧一年七組。今は部室になっているみたいだよ」

 亜衣の問いに、キキコは一覧表を見て答えた。

 そして二人は雑談をしながら花札部の部室に向かった。

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