序章
「――そろそろ、外食の本当の理由を教えてくれない?」
歓談をしながらの食事もそこそこに少女は話題を変えた。
「聡い子だ。が、もう少し気づかない振りをしてくれても良かったと思うけど」
「あなた。もうデザートよ? これ以上待たせるのは流石に悪いわ」
対面に座る少女の父が名残惜しそうに言い、少女の母がそれを優しく嗜める。
「言い難いなら私から話しましょうか?」
「そうしてくれるかい?」
「……パパ?」
「冗談だよ」
少女にジト目で睨まれ、少女の父はそう取り繕うと早速本題に移った。
「率直に言おう。キキコには日本で高校生活を送ってもらおうと考えている」
少女の顔が怪訝に歪む。
「……急な話だね。一体全体どういう風の吹き回し?」
「可愛い子には旅をさせろ、というだろう? しかし、キキコは僕達と一緒に色んな場所を旅しているからね。だからその逆を行こうと思った次第だ」
「というのは単なる言い訳よ」
少女の母が素気無く付け足した。
少女の目には父が「こら。折角格好つけたのに」などと反論している姿が映ったものの、母がまるで意に介しておらず、言い訳の背後に隠された父の真意が知りたかったので敢えて助け舟は出さずに母の言葉を待った。
「本当のところは、自分の都合で日本を否応無く離れさせてしまったキキコちゃんを連れ回すのもいい加減大人気ないかなー、と思ったからなのよ」
「うわ……」
少女は呆れるあまりそんな反応を取ってしまう。
「うんうん。呆れちゃうわよね、分かるわその気持ち」
少女の母は頬に手を当て「困るわよね」という仕草をしている。
そんな少女の母に少女の父がボソッと言う。
「自分の事を棚に上げて……。ママンだって同じ気持ちだったよね?」
「それは認めるけど、その一方で私はパパと違って何時かそうさせてあげるためにちゃんと家事のイロハをキーちゃんに教えてあげていましたよ?」
そこまで言って少女の母は深く吐息を落とす。
「それなのに今の今まで伸ばしましたからねこの人は……」
「し、仕方ないだろう? 僕はただでさえママンとキキコといられる時間が少ないというのにキキコを日本に行かせてしまったらその時間が――」
「だからって、本当は日本に帰りたいと思っているキキコをこのまま束縛し続けていいと思っているの? そう思わないからようやっと決心したのでしょう?」
少女の父の言い訳を遮り、少女の母は厳格に言った。
寝耳に水な話に少女は面食らう。
「え? ちょ、ママン、私そんな事思って――」
「大人振るのはやめなさい。子が親を騙せると思ったら大間違いよ?」
少女の言葉も少女の母は鋭く遮る。
「お友達からもらった【菊に盃】を見ては遠方にいる恋人に思いを馳せるような顔をし、再会した時にちゃんと遊べるようにこいこいを練習し、話についていけるように本やネットで情報を集めている――私は全部知っているわよ?」
「……参ったね、どうにも……」
それを受け、少女は罰が悪そうに頭を掻いた。
帰りたいかどうか、と問われれば、帰りたいと少女は即答出来る。隠れて母が並べた事もしていた。しかし、帰りたいというのは我が侭だ。仕事で忙しい父親、そんな父と自分の世話に追われる母、そんな二人に対してそんな我が侭を言えるほど少女は幼くなく、甘えん坊でもなかった。
満を持してというべきか。少女の父親が言った。
「――キキコ。僕の都合に付き合ってくれて今まで本当にありがとう」
一拍の間を置き、少女の父がそう言って頭を下げる
「だからお願いだ。この提案をそのお礼として受け取って欲しい。頼む」
そんな父の言葉に対し、少女はグラスを掲げ、
「――じゃあ、乾杯しようか」
「何に対してかしら?」
「私の帰郷が決定した事以外に乾杯する理由ある?」
少女の両親は顔を見合わせ、微笑し、グラスを掲げる。
三人は目配せした後、グラスを突き合せる。
「「「乾杯」」」
乾杯の音が店内に軽やかに響く。
その音は、話が上手くまとまった事を祝福しているかのようだった。
かくて、ある少女が日本に帰郷する事が決まった。