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二人は見習い  作者: K+
二幕 薬師見習いの引っ越し
9/30

 夜中に降り出した雨が朝にやみ、日中に太陽が輝いて、蒸し蒸しする一日だった。

 この時季は様々な薬草が育つ。栽培は勿論のこと、薬舎(やくしゃ)から要望が出ている材料の数々を、時機を見て集めるのが佳弥(かや)の仕事だ。材料の中には外見が似通っている物があり、佳弥はようやく間違えなくなった。もうしばらくしたら、耶光(やこう)から本格的に薬作りを教わることとなっている。

 雨後の筍よろしく伸びた薬草を、汗を拭き拭き摘んでいたら、いつの間にか午後の定時になっていた。

 薬舎から出てきた数名の上司が、薬草園を通って徒歩で帰宅していく。佳弥も、摘んだ草花に、それぞれに応じた処理を施してから、職場を後にした。

 図書館前の通りに出た所で、佳弥は友の後ろ姿を見留めた。呼ぶ者と呼ばれる者が、一昨日と逆になった。

 振り返った野茨(のいばら)を見て、佳弥はぎょっとした。左目の下辺りが変に青い。

「顔、どうしたの!?」

 あぁ、と野茨は口元をほころばせた。

「昨夜、明かり無しで歩いたら、うっかり箪笥の角に突進しちゃったのよ」

 笑顔なのに痛々しい。佳弥は眉をひそめた。

「痣なのね、薬処(くすりどころ)に来れば良かったのに。先輩が湿布薬を調合してくれたわよ」

「朝はもっと紫っぽくて凄かったけど、半日したらここまで治ったし、明日には消えるでしょ」

 野茨は悪戯っぽい顔をした。「薬処が閑古鳥気味なのが解った気がする。ルウは治りが早いのよね」

 その通り。ルウの民は概ね、皆丈夫で元気なのだ。風邪もひくし怪我もするが、一日もすれば完治する。だから、医事者要らずで薬の需要も少ない。薬処に佳弥以降の新人が来ない所以だ。

 薬の納品で皇領にもメイフェス島にもかなり貢献している職場なのだが、意外と知られていなかったりする。

「今のうちに行けば、ちやほやしてくれるわよ」

 佳弥は開き直った発言をした。野茨は笑い声を洩らす。

 大通りに入ると、そういえば、と野茨は口を開いた。

「大陸から来てる五歳担当、意外と若くていい男らしいわよ」

「ふぅん」

「昼休憩に皇子(みこ)と宮殿に入って行くんですって。(てい)の御一家と昼食を御一緒させてもらってるみたい」

「何ですって」

 瞠目して佳弥は友を見る。野茨は人差し指を立てて言った。

「ほら、帝は碧界(へきかい)からお戻りになって以来、ユタ・カーの申し子と懇意じゃない。弟子もおこぼれにあずかってるわけよ」

「なるほど。持つべきは、いい師ね」

 佳弥はしみじみ言う。「わたしも先輩のお蔭で、帝を近くから拝見できたし」

 野茨は短く笑ってから、そうそう、と思い出したように言った。

「あの焼き菓子、見た目通りに美味しかった」

「でしょ」

「わたし、あんまりお菓子は作ったこと無かったのよね。今度挑戦しようかな」

「上手くできたら、ちょうだい」

 ちゃっかりと予約すると、いいわ、と野茨は諒承してくれた。つと、佳弥を並木に軽く押しやる。

箔瑪(はくめ)だわ、又ね」

「うん――又」

 佳弥はほんの一瞬、押されて淋しくなった。友人より恋人だと、言われた気がした。

 何となく見送ると、野茨は噴水の近くに居た箔瑪に真っ直ぐ向かって行った。箔瑪はすぐ恋人に気づき、二人は並んで通りを折れて行く。公園か、寄合所にでも行くのだろう。

 羨ましくなった。

 少しだけ、恋人が欲しくなった。

(なってくれそうなのはヌサギさんか……一昨日も気にかけてくれてたみたいだし)

 しかし、どうすればいいのか判らない。付き合いませんか、と言えばいいのか。

 それより、何となくの感情で恋人になんて、なっていいのだろうか。何より、佳弥はヌサギに特別な感情が無い。

(ヌサギさんに失礼ね)

 佳弥は溜め息をついて、藍が広がる空を見た。


   ○  ○  ○


 七の月も中旬になった。

 午前六時過ぎ、リィリ共和国の自宅で、蒼杜(そうと)は食事の支度を済ませた。厨房の脇にある四角い小さな食卓に、二人分の皿を並べる。

 玄関口で、ぼすん、と籠もった音がした。返事をする間も無く戸が開く。

「腹減ったなぁ」

 夜色の髪の医事者見習いが帰って来た。

「おかえりなさい」

 蒼杜は目を細めた。「昼食は何でしたか」

「ヒヤシチュウカもどきとか言う、酢の効いたタレをかけた麺だった」

 上機嫌の返答に一安心して、蒼杜は木の杯に冷茶を注ぐ。一度だけ、作った料理がかぶってしまったのだ。以来、蒼杜と琴巳(ことみ)は、互いの作る物に注意している。どっちも美味かったから気にするな、と琉志央(るしおう)は可笑しそうに言っていたが。

 片や朝食、片や夕食の食事が始まった。

 琉志央は冷茶を一口飲んでから、魔術授業について話し出す。

 たまに(みやこ)の見聞を口にすることもあるが、話題は専ら授業の進行についてだった。琉志央なりに不安を抱えながらも懸命にやっているのが判るので、蒼杜も熱心に聞くにやぶさかでない。

 魔術の初歩は己の術力の調整である。これまでのルウの民はそれを学ばずに、いきなり眼力を覚えてしまっていたようだ。確かに目で術力を操っていると、次第に調整力もついて来る。しかし慣れるまでは感情で簡単に強弱する面があり、他の術で調整を覚えておいた方が良かった。

 そこで蒼杜は授業の変更を提案し、琉志央も納得して、先ずは念動での調整を教え始めたのだ。

「子供が二人ばかり、まだ少し不安定だ」

 胡麻油で炒めた卵飯に薄味のスープをかけながら、琉志央は言った。「全員できるまで、待つべきだよな」

「そうですね。できる子は続けて修練してもらえばいいですし」

「他の科目は月末に試験をやってる。魔術は好きにしろと、学舎長も栩麗琇那(くりしゅうな)も適当なことを言ってやがった。やってもいいが、試験なんて何をしたらいいのか、さっぱりだな」

 程良くスープに浸した飯を、琉志央は美味そうに匙で食べ出す。蒼杜は椀から吸物を一口含んで、考えた。

「眼力と光弾の授業でやろうと思っているようなことの、逆はどうでしょう」

 その二種の魔術について、新米教官は既に効率的な練習の方法を思い付いていた。

 琉志央は漬物を取り箸で摘まみつつ、首を傾げた。

「既に割ってある薪を、念動で元のようにするのか? 組み木のように?」

「それも細かい集中を要していいですね」

 蒼杜は頷いてから、取り敢えず自己の考えも提示する。「わたしは、壊れては困る物を扱ってみたらどうかと思いました」

「なるほど、そういう逆か。考えてみよう」

 ややして、客が来た。薬を受け取りに来た老人だ。季節の変わり目で、体調を崩している人が増えている。

 客が帰って蒼杜が食卓に戻ると、食事を平らげた琉志央は冷茶を飲んでいた。

「都はこの時節も病人居ないんだよなぁ。ルウの民は、どいつもこいつも元気だぜ」

 良いことなのに、少々残念そうに言う。蒼杜は苦笑した。命帯(めいたい)診断の修練場としては、メイフェス島は不向きだったか。

 それでも、見ようと思う相手のモノが全て見れるようになっている。

 蒼杜は琉志央に感嘆している。確率は著しく低かったのに、闇範囲の術を使い慣れている状態で命帯を視認できるようになった上、光範囲の癒し術も会得してしまった。世界広しと言えど、こんな偉才、他には居まい。

 琉志央はもう少し己が才能の高さを自覚して良かったが、長いこと見習いと呼ばれ続けている所為か、すっかりその立場が板についてしまっている。この奔放な青年にとっては、ある種の謙虚さを持てて、いいのかもしれないけれど。

 冷茶を手ずから注いで、琉志央はぶつぶつ言った。

「たまに怪我人っぽいのが居るけど、大丈夫だとか言って逃げちまう。症状と命帯を検証できない」

「ルウの民は治癒力が高いですからね」

「いつも静かな命帯ばっかりで、このところ簡単に相手の体力や術力加減は判るようになってきた」

 琉志央は菫色の半眼を閉じた。「栩麗琇那やエンの所為で無駄に警戒してたが、言う程ルウの民は術力の高い奴が少ないぜ」

 蒼杜は眉を曇らせた。

「使いこなせないまま代を重ねた所為で、術力その物も衰退してきているかもしれないですね」

「今、夜に集まってる連中の術力も、多分、俺と同じくらいか、下だ。まぁ、島民全員が術者ってトコロは、一応、大陸の守護者っぽくはあるけどな」

 茶をあおると席を立ち、琉志央は空いた食器を手にした。流しに置くと、又後で来る、と言って、医事者見習い兼魔術教官はメイフェス島へ戻って行った。


   ◆  ◆  ◆


 晴れの日が続いている。

 十六人の子供達は、めいめい日陰に座り込んで、木片と対峙中だ。

 琉志央は大木の根元で胡坐をかいて、それを眺めていた。

 地面に付けた目印に術力で木片を運ぶというのが、現在、練習している内容だ。夜の連中は全員会得したが、子供はやや時間がかかっている。

 単に運ぶだけなら、できている。しかし琉志央が要求しているのは、木片を叶う限り揺らさずに移動させること。

 月末試験では杯に水を入れ、それを運ばせてみようかと思案中だ。ただ、試験という特殊な状況下で、いつも通りにできるとは思えない。杯は安くない代物だから、壊れた時に子供が要らぬ気をつかいそうだと、蒼杜が懸念を口にしていた。

『もう少し、壊れては困るものの、まぁ壊れても構わないと思えるような物があるといいんですが』

(謎々のようだなぁ)

 風に流された前髪を撫で上げ、琉志央は息をつく。

 視界の端では、(つばめ)が宙を眺めていた。怠けているのかと思えば、黒銀の視線の先で、木片が一点でくるくると回転している。おっとりしている割に、器用な奴だ。あれは応用と言える。

 莫大な術力の一部だけ解放されている皇子は、調整が楽なのか、相当に呑み込みが早かった。恐らく、例え硝子杯を使っても割らずに、中の水も動かさずに運ぶだろう。

 他の子供達も、上手い者を盗み見たり、気の合う者同士で、競ったり、助言し合ったりしている。皆、大体、熱心だ。琉志央は最初の頃にコツを教えた程度で、後は見物しているだけで夏の一時間が過ぎていく。

 遠く、集会場の鐘楼で、かーん、と時告げの鐘が鳴った。

 パキ、と木が折れるような音がする。目をやると、そばかす少年が木片を割っていた。鐘に反応して術力が乱れてしまったようだ。まだしばし、全員安定までには時を要すだろう。

「肩の力抜いて、深呼吸しとけー」

 琉志央はのんびり言って、立ち上がった。「今日はこれで終いだ。こけずに帰れよ」

 はぁい、と素直に応じる者、こけないよぅ、とへらりと笑う奴、何か飲み始めたり、ぱくつきだす奴、お喋りを始めるのも居れば、さっさと帰り始めるのも居る。十六人も集まっていると様々だ。

 けれど、輝き溢れる命帯は同じだった。

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