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二人は見習い  作者: K+
一幕 魔術教官の赴任
8/30

 四科終業の鈴が鳴った。

 担当室の寝台で横になっていた琉志央(るしおう)は、顔の上で開いて伏せていた術書を片手で閉じる。

 今日から、琴巳(ことみ)と昼御飯だ。九割この為にメイフェス島に来たのだから、昨日のように寝坊する気は毛頭無い。

 起き出して、鏡を前に身なりを整えると、螺旋階段を降りて行く。今日は絶対的に(つばめ)の、ラル家の皇子(みこ)という肩書が必要だ。宮殿から後宮まで、一緒でないと入れないらしい。

 これから五科始業まで、二時間半余りの昼休憩だ。帰宅していく子供達の、開放的な声が響いてくる。

 教壇の端が見えた辺りで、燕の友達の、美少女の声が聞こえた。

「今日は担当を見ないけど、寝坊しないでしょうね」

 お坊ちゃんの友達らしくお嬢様な見た目の少女だが、案外、はっきり物を言う。

「安心しろ」

 琉志央が応じてやると、残っていた幼子達が笑声をあげながら教室を逃げ出す。当の美少女は、慌てたように燕の斜め後ろに回り込んだ。琉志央は口の端を上げる。

 慣れてきた、と言うと、早いね、と燕は丸い目を見張った。琉志央は教室の入口へ足を向けつつ白状する。

「大陸でも、よく居眠りしてるからな」

「今まで寝ていたの?」

「術書を見ながら、ちょいちょいな」

 燕は笑って、後を追ってくる。その隣に並んだ美少女は、琉志央が居ると大人しくなるようだ。

 三人で渡り廊下から大校舎を通って、学舎の鉄門をくぐる。

 美少女が、またね、と言ってから、軽く膝を折って挨拶をした。迎えに来ていたらしい女の方へ小走りに行く。別嬪なところからして、母親だろう。

 宮殿方向へ燕が歩き出し、琉志央はついて行きながら、振り返り気味に美人親子を見た。

「ありゃあ、なかなかいい女になるだろうな」

「ホシカ?」

 燕は笑みをこぼす。「一番の仲良しだよ」

「やるなぁ、エン」

「うん?」

「まぁなんだ、仲良くしてろ」

「うん」

 素直に頷く燕の隣で、琉志央はすれ違う男を目で追った。健康的な命帯(めいたい)だ。

 今日も晴れて、二人が歩く並木の下は重なり合う緑の葉の隙間から日が射している。

 又一人すれ違う。今度は女で、命帯よりメリハリのある体型に気を引かれた。

「この島って、いい女が多いのかな」

 何の気なしに琉志央が呟くと、燕は小首を傾げた。

「見習いさんは、母上以外の女の人も好きなんだね」

 不実と言われた気もして、琉志央はちょっとだけ口を曲げた。しかしながら、まぁな、と応じる。

「俺くらいの歳の男は、そういうものさ」

「見習いさん、幾つ?」

「先月、二十四になった」

 燕は驚いたような顔をする。

「母上より二つ近く年下だったんだね」

「そういや琴巳は、下手すると成人したてにしか見えないな」

 思い返し、琉志央は短く笑った。「あいつ、変わんねぇなぁ。エンが生まれる前から、あんな感じだぜ」

 へぇええー、と燕は不思議そうに応じながら、宮殿前の階段を上がる。

 琉志央は見えてきた白亜の建物の、長大な入口を仰いだ。平屋根に届きそうなほどに長い、鉄製だろう両開きの扉だ。人が一人通れる程度だけ、開いている。

「おかえりなさいませ」

 扉前に立っていた若者が、緊張気味に寄って来た。戻りました、と燕が返す。若者は琉志央に目を合わせた。「こちらが五歳担当ですね?」

 そうです、と燕が頷くと、どうぞ、と若者は扉を手で示す。

 知らず、微かに口笛を鳴らしてしまう。

「ものものしいな」

「もう一箇所、門が在るよ」

 燕は生えかけの白い歯をのぞかせる。扉ではなく、門なのか。「勝手に閉まるんだよ、楽しいよ」

「そういうトコは年相応だな」

 燕が細く開いた門を通り、琉志央も続く。入ってすぐが関所のようになっていた。門番らしい若者が二人居て、先程と同じように琉志央を確認すると、通過を認める。今度はバネの付いた両開きの扉があって、これが燕の言う楽しい門のようだった。

 宮殿内は昼でも薄暗い。門を通過すると突き当たりで、左右に長い廊下がのびていた。燕は右に行く。道なりに角を左に曲がった所で、琴巳の親友――柴希(さいき)が若い男と歩いて来たのに出会った。

「おかえりなさいませ、皇子」

 相次いで声をかけてくる。ただいま、と燕は顔をほころばせた。

 琉志央にとっては師の守護精霊と似たりよったりの存在である柴希は、こちらを見てニッと唇の端を上げた。

「頑張ってるみたいね」

「さぁな」

 長袴の隠しに親指をかけ、琉志央は少しだけ肩をすくめる。

「皇子の御様子で、そこそこ上手くやってるのは判るわ」

 よく判らない根拠でそう述べると、柴希は笑みを浮かべる。二人は皇子に一礼して立ち去った。見送る琉志央は首の後ろをさする。

「まだエンには何も教えてないぜ」

 そうだね、と燕はくすっと笑って再び歩き始めた。

 後は、右手に幾つかあった扉を全て無視して、ひたすら真っ直ぐ進んだ。そうして、浮彫が施された木製の一回り大きな扉の前に辿り着く。

 扉脇に控え席のような場所があったが、無人だった。燕が手ずから、鍵は掛かっていないらしい大きな扉を開ける。

「着いたよ」

「長かったなぁ」

 後宮は一転、明るかった。廊下が真っ直ぐのびている様はそのままだったが、昼の光が左手に並ぶ窓から降り注いでいる。窓の向こうは庭のようだ。

 琉志央が中に入ると、燕は扉を閉める。閉めて、走り出した。

「ただいまー」

 そう遠くない右手に扉の無い場所があり、長い麻暖簾が掛かっている。それをすり抜けて燕は入っていった。

 おかえり、と栩麗琇那(くりしゅうな)の低声が聞こえた。同じ台詞を紡ぐ澄んだ声も続いて、琉志央は暖簾を分ける。

 品のいい空間だったが、後宮にしては思いのほか質素な食堂だった。医療所の広間とさして変わらない。

 立派なのは食卓と椅子が黒檀という点くらいか。卓上に栩麗琇那が食器を並べている。奥は厨房か、そちらにも掛かった短めの暖簾の下に、可愛らしい前掛け姿の琴巳が居た。

 よぅ、と琉志央が言えば、おかえり、と夫妻は声を揃える。

「今日は、なぽりたんよ」

 琴巳が異界語らしき単語を出して微笑んだ。「すぐできるから、急いで手洗いうがいをしてきてね」

 はぁい、と燕が応じる。

「洗面所、こっちだよ」

 元気に歩き出す燕に、琉志央は大人しくついて行く。

 廊下に出ると、幼子は振り仰いできて目を細めた。

「幸せそう」

 琉志央は、気恥ずかしさに口元を片手で覆った。

 期待したよりもずっと、理想的な雰囲気なのだ。

「数人で食卓を囲むのが好きなんだよ」

「多い方が楽しいね」

 賛同に、琉志央は焦げ茶色の頭を撫でた。



 午後九時過ぎ、(みやこ)の郊外の草地にイズミが姿を見せた。

「本日は、この辺で」

 周りが女老(じょろう)に頭を下げる中、琉志央は頷く。

 夜間の生徒は九人だ。魔術に慣れている者が八人と、昼間の生徒と大差無い者が一人。

 二晩続けて、術力を使って的確に物を運ぶ練習をさせた。

 昨日、慣れている連中は舐めてかかっていたが、やらせてみると存外に不安定だった。琉志央は黙って眺めていたが、それぞれ反省したようで、今日は真剣だった。イズミの話だと、八人は琉志央と同じく魔術教官らしい。何か言われる前に意識を改めたし、一応、職に誇りがあるのだろう。

 素人並の生徒は今年成人したばかりだそうで、まだ少年だった。ムクナリと申します、と名乗ったその少年が、四方に灯している篝火を消し始める。

 辺りが夜の闇に覆われていく。お先に失礼します、と教官達が次々に瞬間移動で消えた。ムクナリが、篝火を一つ残してその場に待機する。

 イズミが、小袋を琉志央に差し出した。

「本日のお手当です」

 琉志央は無言で受け取る。日当は金貨二枚。破格の報酬だ。余程、一族の魔術技能低迷に危機感を抱いているとみえる。

 では、とイズミはそそくさと礼を示すと姿を消した。魔術師に関わりたくないこともあろうが、どうも老という職務は、この時間でも忙しいようだ。琉志央が宛がわれた家の隣には六老館という老の詰め所らしき邸宅があり、昨夜、館には十時頃まで明かりが灯っていた。

「お疲れ」

 琉志央は最後まで残っていたムクナリに台詞を投げた。少年は、ありがとうございました、と馬鹿丁寧に頭を下げてから篝火を消す。

 今夜は雲が広がり、月明かりも無かった。暗がりを都に向けて歩き出しつつ、このまま帰って寝るか、医療所に顔を出すかで逡巡する。

 ムクナリが、斜め後ろからついて来た。

「教官は瞬間移動で帰らないんですね」

 手に光を集めて足元を照らし、琉志央は言った。

「ちょっとまだ時差ボケが残ってる。少しでも足で移動すれば、いい感じに眠気が来るんだ」

 あぁ、とムクナリは合点したようだった。

「極めた方は瞬間移動を多用しないのかと思いました」

「直接的な闇魔術の多用は、避けた方がいいだろうけどな」

(技能どころか、知識も初歩のモノしか持ち合わせてないのか……?)

 皇帝が教官確保に乗り出すわけだ。

 琉志央は鈍色の空を仰ぐ。

 一旦登った後に草地は緩い下り坂になり、坂が切れる頃に石畳みの道へと変わる。路地は煉瓦だが、主要な道は白い石で造られており、闇夜でも何とか識別できた。

 坂を下りても、右の彼方には宮殿の威容がぼんやりと見える。

「ムクナリんチはどっちなんだ」

「この通りを真っ直ぐ行った先です」

 通りは長く長くのび、先は夜の中に溶け込んでいる。日中はそれなりに人が行き交っていたが、夜は人けも無く深閑としていた。早めの時間帯からの寝静まりようは大陸の村のようだ。違いは、都の道は整備されており、歩くのに全く危なげが無い点か。

 ここまで共に来たので、もはやムクナリも術では帰るまい。

 昨日は右へ行く白い通りへとすぐ折れたが、琉志央は前を見た。

「もう少し同じ道を行くか」

「教官は、どちらにお住まいなんですか」

「六老館の隣だ」

「では集会場の前まで、この道でもいいですね」

「集会場ってのは、鐘楼のあるでかい建物かな」

「そうです」

 ムクナリは左前方を示した。「集会場から右に大通りを直進すれば、六老館も見えてきます」

「真っ直ぐな道が多いよな、ここの都は」

「荷車を通し易くする為に、始祖の時代から計画されて造られたからだそうです。他領の都も似ています」

「なるほどなぁ」

 数多の混乱や戦を経て現在に至る大陸とは、成り立ちが大きく違うのだ。

 しばらく進むと集会場が見えてきた。かなり古い建物だと思う。もしかすると始祖の時代とやらから、補修を重ねて使い続けている。

蒼杜(そうと)は歴史書が好きだから、こういう建物も好きそうだな)

 光る手を掲げて琉志央が建物を見た時、背後から太い声が飛んできた。

「おい!」

 琉志央とムクナリが振り返ると、黒い人影がカツカツと足音をたてて近づいてきた。「このような時間に、こんな所で何をしている!」

「帰宅するところだ」

 答えた琉志央は、微かな酒精を嗅ぎ取って目を眇めた。光らせている手に、ゆっくりと術力を集め出す。

 黒っぽい長衣を着た男は、何だと? と言いながら、じろじろとこちらを見た。

「サージ領の奴かと思えば、もしや大陸人の魔術教官か?」

「あぁ」

「ふン、帰宅に瞬間移動も使えない凡夫を教官に任ずるのだから、我等が(てい)の見る目の無さにも困ったものだ」

 男は尊大に言い放った。「もうよい。不審者に間違われたくなければ、とっとと帰れ」

 酔っているようだが絡んでくる程ではなさそうだ。琉志央は相手にしないことにした。隙だらけで、術力の差があっても簡単に潰せそうだが、事を荒立てて面倒な事態になるのも馬鹿らしい。

 ルウの民も大陸人と変わらない。まともな者も居れば、そうでない頓珍漢も居る。酔っ払いも当然、居るわけだ。

 琉志央が歩き出すと、ムクナリが憤慨した様子で洩らした。

「名乗り出もしなかった者が、帝に不遜の言を吐くなんて」

「知ってる奴だったのか」

「いいえ」

 ムクナリは不服そうに続けた。「あの長衣は警備役の制服です。警備役は術の心得があるそうなのに、今回の魔術教官募集に誰も名乗りをあげませんでした。あんなことを言える立場じゃない筈です」

「ほぅ」

 琉志央は肩越しに振り返った。勤務後に一杯やったところだったのか、酒を飲んで勤務中だったのかでも印象が違ってくる。

 衣装も黒めで髪も茶の色が濃く、既に男は夜陰に紛れてしまっていた。

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