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二人は見習い  作者: K+
一幕 魔術教官の赴任
7/30

 大人達も昼休憩に入った時刻、エンは宮殿の後宮に帰り着いた。

 明日からは琉志央(るしおう)も後宮で昼食をとるそうだが、本日はエン一人で境界の扉を通る。

 食堂へ入る前に、廊下の先から父が来るのが見えた。ただいまー、とエンは顔をほころばせる。父は目をちょっと細めると、手を洗ってきな、と言った。はぁい、とエンは母への挨拶を後回しにして自室へ走る。

 鞄を部屋に置き、洗面所で手洗いうがいを済ませ、エンは食堂の長い暖簾をすり抜けた。

 おかえり、と食卓に着いていた母が白い歯をこぼした。ただいま、とエンは隣に座り込む。斜向かいには父も座っていて、食卓には既に、美味しそうな食事が並んでいた。今日は軽食風だ。取り皿に好きなだけ取って、食べられる。

 パンや小麦の薄皮に萵苣や焼き肉が挟んである物、小さめの握り飯、一口大のクラッカの上にチーズや干し果物が乗せてある物、丸い深皿に添えダレのかかった生野菜、玉葱と赤茄子のスープ、檸檬と砂糖の水割り。

 腹が、ぐうぐう鳴った。

 いただきます、と三人で声を合わせる。

 両親が三つずつばかり取り分けてから、エンも欲しい物を皿に盛っていった。山盛りにするのを見て母が瞬き、たくさんあるからね、と微笑む。

学舎(がくしゃ)、楽しかった? 新しい担当さんは、どうかしら?」

 握り飯を手にしながらエンは応える。

「多分、まだ寝てる」

「えっ」

「二科に教室で寝ちゃって、三科からは担当室に寝に行って、そのまま大人しくなったよ」

 エンが報告すると、父が笑いをこらえるように口元を手で覆う。母は困ったような顔をした。

「そういえば、大陸は夜だったわね」

 あぁ、と父が低い美声で応じる。

「やむを得ないと言うか、琉志央らしい。あまり緊張してないようで良かった」

「ある程度は緊張して臨んで欲しいわ」

 母は唇をすぼめる。「サっちゃんと監視しに行こうかしら」

「気持ちは解るが、駄目だ」

 父はきっぱりと言った。「集中力を削ぐ。極めている琉志央はともかく、子供達に良くない」

 そか、と母は真剣な顔で身を正す。

「危ない危ない、エンの邪魔しちゃうトコだったわね」

 エンは握り飯を頬張りながら、ホッとする。全く父の言う通りで、母が見ていたら琉志央でなくエンが緊張してしまう。それに、万事大陸に居る調子の新担当だ、母が来たら当たり前に呼び捨てるだろうし、子供そっちのけにしかねない。

 食事が終わり、自室で宿題をするうちに、一時半を回った。

 エンは魔術の教本を手にして部屋を出る。廊下の窓から、両親が中庭に居るのが見えた。今日は雨季の晴れ間で、母は化粧品に使う香草を摘んでいるようだ。父は近くの長椅子に足を組んで座り、母を見ている。昼休みの間は、母の傍で寛ぐのだろう。

 開いた窓から、エンは顔を覗かせた。

「五科に行ってくるね」

 父母は相次いでこちらを見ると、目を細めた。

「まぁ、気楽に」

「無理しないでね」

 はぁい、と応じ、エンは後宮を出た。


   ◆  ◆  ◆


 担当、と呼ぶ声は他人事として耳が捉えていた。

 肩を揺すられ、やっと琉志央は覚醒する。

 瞬くと、周りは明け方というには光量が多い。

 担当、と今一度聞こえた。目を投げると、(つばめ)の日焼けした友達が、困っているような心配しているような顔で立っている。琉志央は寝台の上で仰向くと、髪をかき上げた。

「もしかして、二時過ぎか」

「はい」

「あー……悪ぃ」

『見習い――担当、寝るなら担当室にしてください。気になっちゃうもの』

 確か二科と三科の間に、燕からそう言われた。

〝見習いさん〟と慣れた呼びかけを改めた所為だろうが、担当職まで見習いみたいである。

 ともあれ上に移動した琉志央は、サージソートに在る持ち家から寝台を担当室に運び込んで、本格的に眠りに就いたのだ。十時過ぎだったと思う。

(四時間寝たのか)

 半身を起こしてぼうっとする琉志央に、水を持って来ましょうか、と少年が言う。朝から親の手伝いをして、こうして使い走りもして、五歳にしては随分と甲斐甲斐しい奴だ。

「お前、名前は?」

「ライリ」

 俺の姓に似ているな、とつまらない感想と共に、名簿の末尾近くに〝頼里〟というのがあったな、と浮かぶ。

 名簿の下に名を連ねる数人は、途中から入学した子供らしい。入学は基本的には五歳になった翌年からだが、六の月までに生まれた子供は五歳になった翌日に入学して、授業に追い着くことを許されているそうだ。

 あの授業内容に追い着こうとしたら、相当の努力が要りそうである。

 つらつらと考えるうち、完全に目が覚めてきた。

 琉志央は寝台を出ると、椅子に掛けていた上着を羽織りかけてやめる。この校舎は比較的涼しいが、七の月の午後二時なら、外は恐らく暑い。

 手櫛で髪を梳きながら、頼里を促すと琉志央は五歳教室を出た。

 太陽が、大地を熱していた。やや蒸し暑い風が流れる。メイフェス島も大陸同様、雨季が終わり、夏に入る頃合いなのだ。

 頼里は気温に頓着する様子は無く、小走りに先を行く。

 芝がまばらになってきた辺りに差しかかると、何やら甲高い男の声が聞こえた。

 それに反応して頼里がほぼ駆け出したが、植え込みの角を曲がった所で止まる。

 すると、怒鳴り声が響いた。

「何分遅刻だと思ってる!」

 頼里の横顔がやや強張って、矛先が無実の少年に向いてしまったと判った。琉志央は大股に開いていた距離を縮める。その間にも、喚く声は続いた。「ルウの民ともあろう者が、魔術の重要性を解っておらんのかっ。子供だと思って許されると思ったら大間違いだぞ! 愚か者!!」

 蒼杜(そうと)の守護精霊が思い出される文言だ。

「なんか、ここにも氷みたいなのが居るなぁ」

 ぼやきつつ角を曲がると、(ひら)けた場所に、子供達が思い思いの格好で座っていた。その前に、刺繍のたくさん入った上着を着て、つばは無いが派手な房の付いた灰色の帽子をかぶった男が立っている。すぐ傍に少年が一人、一緒に立っていた。小ぢんまりとした顔立ちが男に似ている。

(まさか、息子の見学に来ました、ってんじゃあ、ないだろうな)

 胡乱に二人を見やる琉志央の横手で、頼里が毅然と言った。

「教官を呼びに行ってました」

 琉志央は顎を引いて集団に歩み寄る。男は頼里の発言に頬を引くつかせていた。

 頼里が同窓生の中に入って腰を下ろしたところで、琉志央は男を横目で見た。

「あんた、何。助手が居るとは聞いてない」

 次の瞬間、男から術力が迸った。琉志央は同じ術で応じてやる。

 術力同士がぶつかり、二人の間でボンッと小さな爆発が起こった。幼子達が短く驚きの声をあげて互いに寄り添う。

 男は相殺を想定していなかったのか爆風に一歩後ずさり、背後に隠れるようにしていた少年が足を踏まれて更に後退する。琉志央はその場で顔を傾けた。

「御挨拶だな」

 男は鼻息荒く胸を反らせた。

「魔術教官ならかわせよう。試しただけだ」

「……試せるほどの技能があって、この時間に暇なら、何故あんたが教官をしないんだ」

 単純な疑問だったが、男は苛立たしげに言った。

「暇とはなんだ! わたしは若年層を纏め上げるという大変なお役目中だっ」

 拘る点がお粗末だ。底が知れて、琉志央は相手をするのが馬鹿馬鹿しくなった。

「じゃあ、持ち場に戻れ。冷やかしに初歩の魔術を試される筋合いはない。俺はやらせてくれと言って来たんじゃないぞ、やってくれと頼まれたから来たんだ。勘違いするな」

 男は、わなわなと口を開閉させた。後ろの少年は口を横に開き、男とこちらを交互に見ている。琉志央は半眼を閉じた。

 子供の前でこれ以上、恥をかかせるのもナンだ。

「まぁ、寝坊したから、今日の給料は請求しないでおくさ」

「当然だ、タダ飯を食えると思うな」

 男は腰の脇に両手をつくと、門の方へ足を向けた。「まったく――忙しいのに手間をかけさせおって」

 言い捨てながら、去っていく。これだけでもかなり醜態だが、本人に自覚が無いようだ。

 琉志央は長袴の隠しに親指をかけ、一人立っている少年を見た。

「今の、お前の親父か?」

 少年は勢い良く頷くと、両手を拳にして力説した。

「都で老の次に偉いんだ、忙しいんだ」

「だったら、金輪際のこのこ来るなと頼んどけ。邪魔だ」

 少年はぽかんとする。琉志央は〝あの親にしてこの子〟という典型にげんなりしていたが、付け足す。「あのな、俺一人が横で見てたって、お前らはしくじる可能性があるんだ。まして親なんかが横で見てたら、お前も他の奴も、しなくていいしくじりをやらかす。余計な怪我をしたくなかったら、来させるな」

 校舎から、教室での終業を知らせる鈴が聞こえた。

 後二十分か、と琉志央は呟いた。立ち尽くしている少年から視線を外し、幼子達を見やる。

「今日は悪かったな、明日は寝坊しないようにする」

 一人が、今日はお終いですか、と訊く。琉志央は首の後ろをさすった。「そうなるな。お前ら、帰りたいだろ」

 ううん、と誰かが意外な返事をした。声に出さずとも首を振る子も居る。さしもの琉志央も、寝坊したことの罪悪感が増した。

「んじゃ、何かやるかなぁ」

 琉志央が片膝を立てて座り込むと、質問、と一人の少女が手を挙げた。

「さっきの爆発は眼力同士がぶつかったの?」

 だな、と琉志央は頷く。

「同じくらいの力でぶつければ、ああして消せる」

「……それって、意外と難しくない?」

「んー? そういえばそうか。まぁ、慣れれば簡単だぞ。何となく判るようになる、自分に向かってくる力の程度が」

 へぇー、と子供達は感心する。琉志央は小さく欠伸をしてから、思い出した。「明日から教本は持ってこなくていい。本だと眼力から覚えることになってるけど、先に覚えておいた方がいい術がある。それに、本に載ってないけど、覚えておくと便利なのもあるしな」

「じゃあ、手ぶらでいいんですか」

「暑くなってきてるから、水筒に水か茶でも入れて持ってくるといいんじゃないか」

「おやつは?」

「野遊びするんじゃねぇんだぞ」

 苦笑すると、幼子達はけたけた笑う。

 かーん、と三時を知らせる鐘が鳴った。

 子供達が一様にがっかりしたような顔になる中、琉志央は立ち上がった。

「寝坊した分を延長してもいいんだがな、時間外に授業をしては他の親も見に来るかもしれん。気が散ると意味が無い。今日はやめだ。帰りな」

 帰路についた大半は、渋々のようだった。

 こうして、初めての魔術授業は終わった。


   ◇  ◇  ◇


 午後の定時になり、佳弥(かや)は薬草園を後にした。

 公園の小道を通り、図書館前の通りに出る。並木沿いに陣舎のある方へと足を向けた所で、後ろから友の声に呼ばれた。

「今日、どうしたのよ」

 隣に並んで、野茨(のいばら)は薄闇の中でしげしげと見てきた。「具合でも悪いの?」

「昨日、お見かけすることができたから……」

 佳弥は今日、領結界を張りに行く(てい)を見に行かなかったのだ。

「昨日の今日じゃ、いつもの距離間だと物足りないって? 贅沢者め」

 野茨は肘で小突いてくる。「先輩も心配してたわよ、佳弥君、来ないねって」

 ホントに図書館からよく見えてたのか、と佳弥は胸中で苦笑いする。

 宮殿前は通りが交錯している。小高い場所にあるラル宮と通りは幅広の階段で繋がっていて、帰宅するのだろう宮勤めが下りてくるのが見える。

 大階段と逆方向の大通りへ道を折れつつ、野茨が訊いた。

「ね、昨日のお菓子、食べた?」

「うん」

 頷く佳弥は切ない気持になる。婚の儀で皇妃から賜った焼き菓子を、佳弥も野茨も薄紙に包んで持ち帰っていた。

 野茨は興味津々の態で問を重ねてきた。

「どうだった? 見た目は文句なく可愛かったけど」

「美味しかったよぉ?」

 昨夜、涙ぐみながら食べた。甘くて、ちょっぴり塩辛かった。

 結婚する二人に、祝福する者達に、たくさんの菓子を一つ一つ作った皇妃。彼女みたいになりたいと、心から願いつつ食べた。

「わたしもじゃあ、見せびらかすのはやめて、いただこうかな」

「うん。この季節だもの、食べないうちに黴でも生えたら泣くに泣けないよ」

 定時過ぎで、概ね(から)の荷車が軽い音をたてて行き交う。大通りの先には広場が在り、噴水が見えた。側で語らう男女の数は、毎年、夏が近づくにつれ、増えていく。

箔瑪(はくめ)さんとは、どうなっちゃってるんだろ)

 佳弥は噴水を見やりながら、友の恋を思った。

 野茨と箔瑪は付き合い出して三年目ぐらいだ。噴水の縁に並んで腰かけ、幸せそうにしているのを目撃したこともある。漠然と、いずれ婚の儀をするのだろうと感じていた。

 三年前の夏の日暮れ、寄合所で佳弥と野茨とで茶を飲んでいたら、箔瑪が同じ警備役と話しかけてきたのがきっかけだった。

 佳弥はどちらの警備役とも話が合わなかったが、野茨は楽しそうだった。そしてそのうち、箔瑪と付き合い出したわけだが……

 広場に入り、噴水横を通りながら、お腹空いた、と野茨が言った。

「夕飯作る前に焼き菓子いただいちゃおうかな」

 野茨は成人してすぐに、希望者が住める、一人用の平屋に引っ越している。自炊もして、同い年なのに、佳弥よりずっと自立している気がする。

「わたしも一人暮らし、しようかなぁ」

「いいんじゃない。気楽よ」

 野茨は笑みを見せた。「丁度、近所が空いてる。申請してみたら?」

「今度の休みに区画管理舎に行ってみようかな」

 佳弥も笑みを返した時、野茨の名を呼ぶ低声があった。南西通りから箔瑪が颯爽と歩いてくる。翻る警備役の長衣が、夕暮れに夜の色を加えていた。

 立ち止まり、どうするのかなと佳弥は友に目を戻す。野茨は軽く腕を叩いてきた。

「またね」

「――うん」

 そう簡単に別れるものでもないか。

 恋人の方へ向かう野茨を少し見送ってから、佳弥は再び歩き出す。

 眺めるだけで満足している佳弥には、実際に好きな男性と居たらどんな感じなのか、イマイチ解らない。

 心が離れかけている相手と居るとどんな感じなのかは、もっと解らなかった。

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