閉幕
渡る風に柔らかな若葉の匂いを含ませ、メイフェス・コートの春の夜が更けていく。
淹れたての紅茶を出すと、ありがと、と琴巳はえくぼを浮かべてカップを手にした。
日課の二人だけのティータイムに、今日の妻は普段より話したいことがあってうずうずしているような顔をしていた。
栩麗琇那もカップを手にし、籐椅子の背にもたれる。きらきらした漆黒の瞳を見れば、カップを両手に包んで、嬉しそうに琴巳は話し始めた。
「今日ね、サっちゃんに大陸へ連れて行ってもらったでしょ」
「あぁ」
最低、月に一度は、蒼杜に健康診断をしてもらうよう勧めているから。料理の話もできるし、結婚前まで住んでいた地だし、琴巳は喜んで出かけて行く。
「前にわたしが住んでいた家にね、琉志央、佳弥さんを連れて引っ越したんですって」
(やっとまとまったのか、あの二人)
ちょっと眉を上げて栩麗琇那は紅茶を含む。
六老館の隣家はラル家所有で現在は空き家の筈だが、たまに、青銀色の結界に包まれることがあったらしい。和泉が、あれは某元魔術教官の鐘結界だと思うのですが、と苦虫を噛み潰したような顔で言っていた。
所謂センサー結界を張って外からの干渉を牽制しているとすれば、敢えて何をしていると問うのも無粋だった。一DKの平屋より二LDKの二階家が気に入っているのだろうと、黙認していた。
医事者見習いが魔術教官をしていたのは三年前で、コートリ・プノスでは早くも彼の大業を忘れている者も居るわけだが……
(当人は幸せになったか)
「老や主管達にも知らせておこう」
みんなびっくりするわね、と琴巳は我が事のようにニコニコとして紅茶を一口飲む。
「佳弥さんって、歴代の薬処の人の中でも、随分と早く薬師になったんだそうよ」
「あぁ、彼女の直近の上司は、泰佐の御子息だった筈だし。才能と環境が揃うと早いな」
老長の三男は控え目な若者だったが、神童と言われる程だったと聞いている。確か、二十歳で薬師になった逸材だ。
彼の所には老経由で昨年出産祝いを贈ったな、と思い出していたら、琴巳がくすくす笑いながら話を続けた。
「琉志央ったらね、佳弥さんの御両親に、わたしから聞いた通りに言ったそうなのよ」
「ふぅん?」
「〝オ嬢サンと結婚させてクダサイ〟って」
失笑しそうになって、栩麗琇那は口元を片手で覆う。
「幾つになっても、敬語を覚えない男だったのになぁ」
命帯の診断はかなり覚えてきてるみたいよ、と可笑しそうに言ってから、琴巳は再びカップを傾ける。
何を祝いに贈ろうかと、話は花咲き。
二人は佳日に、寿ぎを紡いでいった。
ここまでお付き合いくださった方に、心からの感謝を。