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二人は見習い  作者: K+
五幕 見習い二人の行く先は
27/30

 季節は少しずつ、秋から冬へと変わろうとしていた。

 十一の月半ば過ぎの昼休憩時、薬草園から通りへ出た佳弥(かや)は、図書館の方から野茨(のいばら)に呼び止められた。

「これ――佳弥には絶対、来てほしい」

 青色で書かれた封書を差し出され、佳弥はやや目を見張る。

「もう決まったの」

「年末寸前」

 野茨は、ほのりと目尻を下げる。

「わぁ、ホントにおめでとう」

 両手で封書を受け取って、佳弥は心からの言葉を贈った。

 トントン拍子とは、このことだと思う。

 イー・ウー祭で一緒に作った愛の団子を、当然ながら友人は恋人に贈った。一緒に作ったわけで、野茨の団子も相当青く、一見、食べ物と判別できかねる代物だったのだが、ヌサギは大喜びだったらしい。

 その場で婚の誓いをされて、野茨は受けて。晴れて婚約者同士になってからは、すぐに婚の儀の話が出ていたらしかった。

「集会場でやることにしたし、担当と一緒に来てね」

 撫子色の布にくるんだ髪に手をやりつつ、野茨は片目をつぶる。「担当には、先輩が渡すって言ってたから」

「う、うん」

 たちまち鼓動が速まって、佳弥は招待状を口元に当てる。冷えた秋の戸外で、頬が熱くなった。

 琉志央(るしおう)に想いが通じて、そろそろふた月経とうとしていたが、未だに浮き足立ってしまう。

 佳弥の反応に野茨は笑声をこぼし、又ね、と手を振って図書館へ戻って行く。幸せそうな後ろ姿を寸時見送ってから、佳弥は通りを実家へ向けて歩き出す。

 向かいから黒髪の男性が歩いて来て、舞い上がりそうになった。サージ領の人のようだ。佳弥はうつむいてすれ違う。

 この二ヵ月、別人に彼の一部を見いだすだけでも、どきどきしていた。

 流れた時間ほどには、本人と共に過ごせていない所為もあるかもしれなかった。

 気持ちも通わぬうちから、いきなり抱きたいと迫ってきたのに。同一人物とは思えない程、琉志央は淡白だった。

 滅多に会えなくても平然としている。道端で出会えてそわそわする佳弥を余所に、よぅ、と片手を上げて通り過ぎて行ったこともあった。勇気を出して定時直後に自宅を訪ねたが、不在が多い。

 半月前の就業中、ふらりと薬草園に来たので、とうとう我慢できなくなって、訴えた。

『もっと恋人っぽくなりたいの』

 琉志央は黒い長袴の隠しに両手を入れ、境の柵にすらりとした身をもたれさせた。

『それって、どんな』

『うんと、うんと――仕事の後に待ち合わせたり、一緒にどっか行ったり……』

 それで手を繋いだり、口づけしたり、抱き締め合ったり。たまには、その先もあったり。

 それらは流石に言えずに悶々としていると、ほぅ、と琉志央は低声を紡いだ。

『じゃ、毎夕ここへ迎えに来るから、一緒にリィリへ晩飯食いに行くか?』

 何か違う気はしたが、進展には違いないように思えて、佳弥は頷いた。

 故に今月に入った頃から、毎日会えることは会えるようになった。

 ろくな説明も無かっただろうに、知神(ユタ・カー)の申し子は全く動じなかった。食事を終えると琉志央は魔術教官の仕事があるので、さっさとメイフェス・コートに戻ってしまう。佳弥が淋しさにぽつんとしていたら、ハイ・エストは薬学を少しずつ教えてくれるようになった。

 お蔭で、職場と医療所とで学べるようになり、能率が上がった。僅かずつだが、一人前として調合できるようになってきている。

 やはり、恋人っぽくなったかと言うと、何か違う気が……

 むしろ薬師っぽくなってきている。望むところではあるのだが。

(でも琉志央、もう後一ヵ月半しかメイフェスに居ないのに……こんな状態じゃ……)

 想いが通じても尚、切なく胸が痛むとは思ってもみなかった。


   ◆  ◆  ◆


 白い石畳に枯れ葉が降りて、斑模様を描いている。茶色、橙、赤、黄色。

 並木は落葉樹の割合が多く、上方は枝のみとなった木が増えてきた。

 (つばめ)と一緒に足元でさくさくと音をたてつつ、午後三時過ぎ、琉志央は宮殿に辿り着く。

 おかえりなさいませ、と笑んだ門番が微かに白い息を洩らして挨拶してくる。やっと最近、態度が柔和に戻った。

 イー・ウー祭が終わってしばらくは、若い男共がどうにも冷ややかで、居心地が悪いことこの上なかった。団子の矛先が結構な数、琉志央に向いていたかららしい。

 結局、子供と野茨以外からは受け取らなかったが。全て断ったら断ったで、一族の女を無闇に泣かせた奴ということになってしまったようだ。ヌサギとムクナリに、罪作りですね、と笑いながら言われた。

 どうも惚れてしまったらしい女も既に泣かせていたので、琉志央は苦笑いしかできなかった。

 日の射さない執務宮は薄暗く冷え冷えとしていたが、後宮に入れば秋の終わりのやんわりとした陽だまりが廊下に在った。

 緩く、何か燃やした、温かい匂いが漂っていた。

 ただいまー、と燕が元気に食堂の暖簾をすり抜ける。おかえり、と応じる澄んだ声を聞きつつ、厚手になった布を分けて中を覗く。

 食卓で、琴巳(ことみ)柴希(さいき)が席を立とうとしていた。まだ最も見えていた頃には及ばないが、だいぶんくっきりしてきた命帯に目を細める。

 具合を損ねたと聞いた佳弥の命帯(めいたい)が診断できなかった時は、酷く悔しかった。あれから、暇さえあれば修練している。

 琴巳の白い光を見ると和むが、佳弥のあの活き活きとした黄色の輝きを見ると、この頃、嬉しい。

 彼女は琉志央と居る時、大概、泣いているか赤面しているかだから、命帯ぐらいでしか明るさを感じられないのだ。

 我ながら、なんでまた、あんな変な女に心を占められつつあるのか解らない。

 まぁ、変と言うか、人の分まで団子を食べて、惚れてくれていて、泣きながら、拗ねながら、身体張ってまで独占したいと主張してくる可愛い女だが。

 笑うともっと、視覚的に可愛いと知ってしまったので、どうせなら笑ってくれないかと思う。

(女って、惚れた男と居て、どうしたら笑うんだろうな……)

 今日のおやつは中庭に用意してあるのよ、と琴巳が笑顔で言って、隣の柴希も微笑む。

(惚れた男と居ない時の方が、笑うんだろうか)

 歓声をあげて廊下を走って行く燕の小さな背中を追いながら、琉志央は髪をかき上げる。

 中庭に出ると、中央の開けた場所に枯れ葉の小山があった。葉の下に黒ずんだ燃えかすも見えるから、廊下に漂っていた匂いはこれか。

「もう少しあっためたら出来上がりよ。エン、火を点けてくれる?」

 両手に大きな手袋を嵌めた琴巳が、えくぼを浮かべて息子を見る。きりりとした顔つきで、燕は最近の五科で教えた光弾を放った。枯れ葉の山の下方に巧いこと当たり、発火する。

 こうも見事に会得すると、教えた甲斐もある。

 上出来だ、と琉志央が告げれば、お手伝いによく使ってるの、と燕は顔をほころばせた。

 ゆうらりと白煙が立ち上り、四人でしばらく焚火を囲む。

 粗方燃え尽きた頃、琴巳は鉄の鉤棒で燃えかすの中を探った。ころころと、幾つか黒い楕円の塊を選り出す。

 柴希が、外に設えてある丸太の卓上に、茶器、皿や手拭い、バタを並べた。琴巳は塊を拾い上げると、手袋の手でぶきっちょに外側を剥き始める。葉や紙で何かをくるんでいたようだ。ほわりと、湯気と共に香気が漏れ出す。

(甘藷か)

 半ばで二つに割ると、黄金色の実が程良くふかしたようになっていた。美味しそう、と燕がはしゃいだ声で言う。

 皿や手拭いを使って、四人でほくほくの芋を味わった。ただ焼いただけにしては、随分と美味かった。身体が内から温まる。

 満足してほうじ茶を飲んでいると、目の端でちかりと何か光った。見やれば、手袋を外した琴巳の左手が秋の陽を反射していた。薬指の銀の輪が。

「琴巳、指輪外さないな」

 何となく言うと、琴巳は両手で湯呑を持ったまま唇をつぼめた。

「お風呂の時なんかは外してるわよ? 失くしちゃ困るもの」

 柴希が優しく笑む。

「コンの輪だものね」

「ほぅ? 異界の習慣か?」

「うん。たくさん意味あるの」

 琴巳は大層幸せそうに頬を染めた。「十九の誕生日に銀の指輪を貰うと幸せになれるって言われてて。琇那さんはそれでくれたんだけど、わたしとしては、婚約指輪と結婚指輪も兼ねてるの」

 佳弥はもう二十一だから、過ぎてしまっている。

 ぼんやりと思って、琉志央は卓に頬杖をついた。

「もしかして、左の薬指も意味あるのか」

「そうよ。婚約指輪も結婚指輪も、この指に嵌めるの」

 琉志央は目だけで、秋の高い青空を仰いだ。

(あー、勝手に嵌めた挙句に捨てさせたぞ……)

 ただの、瞬間移動の(つい)の輪だったけれど。

 異世界の慣習であって、気にする必要は無いのだけれど。

 万が一佳弥に知れたら、又泣きそうだ。

 どうも上手くいかない。泣かせるつもりは皆目無いのに。

 首の後ろをさすって、琉志央は茶を啜った。



 翌日、昼食の後、市場で甘藷を買ってみた。

 おやつにふかし饅頭を食べながら、昨日のヤキイモの作り方を琴巳から教わった。ゆっくり熱を加えるのがコツらしい。

 夏に打ち水をしていた連中は、近頃、並木の下で枯れ葉を集めている。それを少し分けてもらった。

 早速、自宅の庭でヤキイモ作りを始めたら、イズミがツカツカとやって来た。こんな所で火を起こして子供が真似たら困るじゃないですか、と叱られた。

 悪ぃ、と頭を掻いて、夜に集まっている郊外に場所を変える。

 昨晩、ここで幣木(ぬさぎ)から婚の儀の招待状を貰った。

 (いん)術が終わった後も幣木は通い続けて、他の連中と同じく、一通りの魔術を会得しつつある。もう全員、大陸の守護者を名乗れるほどにはなっていた。

 それにしても、あの物静かな男が、野茨と、いつの間に婚の儀をするまでになっていたのか。

 今以って、笑わせることさえできずにいる己とは、大違いだ。

 茜が混じりつつある碧空に上る煙を、草原で一人、ぼんやりと眺めた。

 ひとまず外の見た目は昨日のように仕上がった甘藷を紙にくるみ直し、火の始末をすると自宅に戻る。

 燻した臭いが鼻先をたゆたったから、風呂に入りたかった。しかしせっかく拵えたヤキイモが冷めてはナンなので、着替えだけして家を出る。特別手当だ、と栩麗琇那が先月くれた銀の懐中時計で確かめれば、丁度五時前。

 通りは早くも暮色に染まりつつあった。

 幾らか枯れ葉が取り除かれた道を、薬処(くすりどころ)へ向かう。途中で、時を告げる鐘が聞こえた。

 薬草園の隅に在る水場で、佳弥は手を洗っていた。こちらに気づいて、あわあわと水を散らしだす。相変わらず、子供のようで落ち着かない。

(どうにも、俺ばかり笑ってしまうんだ)

 顔の下半分を片手で覆い隠して、琉志央は紙包みを掲げて見せた。

「土産」

「ま、待ってて。すぐ片づけてくる」

 佳弥は顔を染め、足元の笊を拾うと細い踏み分け道を器用に薬舎(やくしゃ)へ走って行く。

 蒼杜(そうと)の話では、佳弥は薬によく使われる草木の基礎知識はほぼ完璧なようだ。後は調合の経験を重ねつつ、稀な材料や応用できる薬効の知識を蓄えていけば、准薬師に匹敵する辺りまでは簡単にいけそうだと言う。

 薬師というのは、一級医事者にも必要な資格の一つ。医事者協会が定めた薬を、何も見ずに調合できる者の称号だ。

 薬処の連中は、佳弥以外は全員薬師らしいから、相当高度な専門職の一団と言える。

 メイフェス・コートでの利用者は少ないが、調合した薬の殆どは、皇領各地で、高値で買い取られているそうだ。故に薬処は島営機関らしい。

 リィリの医療所で、佳弥は夕餉を共にしながら、ぽつぽつとそんなことを語っていた。

 琉志央は、食卓に女が居るといいなと、話題に無関係の感想をいだいていたが。

 薬舎からは、佳弥が戻らぬうちに、三十代から四十代ほどの男ばかり出て来た。薬草園を巧みにぬって帰宅していく。一人二十代に見えるのは蒼杜の物腰に似た佳弥の直接の上司で、すぐ来ますよ、と笑んで告げてから通り過ぎて行った。

 その言葉通り、お待たせ、と染まった顔のままで佳弥は戻って来た。

 懸命に撫で付けたのか、さっきより癖っ毛が大人しくなっている。先程のふわふわした感じも結構いいと思うのだけれど、当人は気にしているみたいだ。

 もうすぐ晩飯だし半分ずつ食おうぜ、と包みを再度見せると、佳弥はちょっとはにかんだような顔で、うん、と頷いた。やはり食い物には目が無い。

 薬草園と通りの間の空間は一応公園だそうだ。

 そこの背もたれの無い腰かけに座って、包みを開いた。半分に割ると、金色の実がほっくりと現れ、湯気と、昨日に近い香が広がる。初めてにしては上手いことできていた。

 隣で覗き込んでいた佳弥が、わぁ、と口元を緩めた。

(あぁ、やっと笑った)

 急に心拍数が上がった気がした。ん、と琉志央は半分横に渡して少し目を逸らす。

 近くで見ることに成功した。改めて確信した。

 笑うと、佳弥はやけに可愛い。

(つーか、食い物でようやく笑うとか、こいつ筋金入りの食いしん坊だな)

 笑いをこらえつつ、ヤキイモのひとかけを食べる。素朴な甘味が心地好かった。

 一口食べて、美味しい、と目を見張った後、佳弥は上着の袖口で芋を挟んで、熱心に食べ始める。

 一足早く機嫌良く食べ終え、琉志央は今日、いつもより早めに来ることにした用件を口にした。

「昨夜、幣木から婚の儀の招待状を貰った」

 婚の儀に招待されるのは初めてだから、言われた通りにしておきたい。「お前と一緒に来てほしいって」

 佳弥は喉を動かしてから、こくりと顎を引く。

「わたしも野茨から貰って、同じこと言われた」

 ほっとして、琉志央は口の端を上げた。

「夜に魔術を学んでる連中も招待してたから、もうあまり教えることも無いし、その日は休みにした。婚の儀、割と遅くまでやるんだろ」

「ん、一応、夜明け頃まで」

「長ぇな」

「そこまで全員でお祝いしないよ。前に先輩の儀にお招きいただいた時は、わたし達は九時過ぎに帰ったよ」

「そか。好きに帰れるんだな」

「うん。新郎新婦が九時前後に新居へ行くから、その後なら大体」

「なるほど」

 さほど気負う必要は無さそうだ。座面に両手をついて投げ出していた足先を組むと、琉志央は隣に目を流す。佳弥は、やや慌てたように最後の一口を頬張って、ふっくらした頬をもぐもぐさせた。こくんと飲み込んで、鳶色の瞳がこちらを見る。

「お休みなら、たくさん一緒に居れる?」

「まぁ、婚の儀、一緒に行くし」

 応えた瞬間、佳弥はとても嬉しそうに顔をほころばせた。

 こんなことで、そうも笑うとは思わず。

 どれほどの()か、見惚れた。

 やがて戸惑ったように、そのかんばせが赤くなっていって、そろりと伏し目がちになって。

 仕種に誘われるまま、琉志央は顔を寄せ、傾けた。

 寸前、唇へ触れる男は一流じゃないと、娼婦に言われていたのを思い出したけれど。

 この際、二流でも三流でも良かった。

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