開幕
新米の女性教官は、高揚するまま小鼻を膨らませた。
いよいよ七の月となった。本日から魔術の講義が始まる。
六暦となって六百年が経ち、このところ、平和に慣れた一族に魔術軽視が窺われる。開暦より大陸の均衡を保つべく皇領を担う我々にとっては、非常に憂慮される事態だ。
(微力ながら、改善に努めねば)
国の緩衝材として、当主に領結界を張らせておけば済むものではないのだ。
関所を通れば皇領内には入ってしまえる。いつ不埒な思惑を秘めて入り込む輩がいるか、知れたものではない。
大陸の連中というのは己の益しか考えぬ、下賤なのだから。
「我等はルウの民。六神より崇高なる命を与えられし一族です。全うすべく励みましょう!」
担当する五歳から六歳となる子供達は、十一人。初講義に概ね緊張気味だ。
しかしながら既に瞬間移動術の契約は済んで、発光術程度は日常的に扱っている筈である。それが、ほぼ漏れなく術力を持って生まれるルウの民というもの。
更な一人前の民へ、今日は門出の日だ。
相応しく、快晴の夏空が青い。魔術訓練場の草地には、祝すように爽やかな風も吹き渡っている。
「先ずは、狙う場所に術力を向けられるようにします。教本の四頁を開いて、書かれているとおり、やってみましょう」
教官は、魔術教本を諳んじられる。
この日の為、半年はいい加減な子守のような五歳担当の日々を、ひたすら教本を読みふけって過ごしてきたのだ。
【眼力術――目に術力を集めて放つ。視線を向けるだけで出来る。】
至極明快。教官は、自分がどうやって会得したか覚えていないくらいだ。
「皆さんが習っている途中の、古語は要りませんから安心していいです。さぁ、並んで――その辺の草の先でも狙えば宜しい」
始め! と号令を受け、幼子達は一斉に術力を放った。
細い草が飛び散る。土を抉るほどの者も居る。
流石ルウの民、五歳にして素晴らしい威力。
教官が悦に入れた時間は短かった。
一人の子が、己が弾き飛ばした草を見てから、同窓生に得意げな目を投げた。
「ぎゃっ」
見られた相手の頬から血が飛んだ。見た子は茫然として、慌てたように周囲へ目を泳がせる。
悲鳴が巻き起こった。
同じように、術力を制御できないまま視線を走らせる子供が続出した。被害が瞬く間に広がる。
本能的に結界を張れた子供は良かったが、間に合わずに吹っ飛ばされ、地に叩きつけられる子。当たり所が悪く、辺りに血が飛び散るほどの怪我を負う子。
たちまち場は混沌に陥っていった。