ちかちか、ちかちか
ちかちか、ちかちか。
蛍光灯がついたり消えたり。
その後に目を瞑って耐える。
息を殺せ。
目を開けるな。
開けたら終わりなのは、俺たちがよく知っている。
姫さんのくれた札をお互い握りしめて、固まる。
今回の依頼料は、高額だった。
前払いで100万。
後払いも150万。
姫さんは高名な異能者なので、金はある。
ただ制約上屋敷からあまり出られないから、俺たちにいつも屋敷の外での除霊を任せる。
でも今回。
姫さんは断っていいと言った。
報酬は弾むけど、蹴ってもいいと。
俺たちは、金のために引き受けたけど。
「…」
「…」
ぶぅん…。
鈍い音が響いた。
…目を開ける。
もう、あのぐちゃぐちゃはいなかった。
動くたびにねちゃ、ねちゃ、と音がする異物。
ヘドロのような体に人間の残骸が混ざったもの。
緊張感が抜けて、思わずへたり込む。
バディを組む先輩も、見えない人だがその恐ろしさは空気で感じたのだろう。
涙目になっていた。
握りしめていた札を見る。
半分くらい、焦げていた。
火なんて、つけてないのに。
姫さんからもらった身を守る用の札はあと五枚。
これが尽きる前に、元凶に退魔用の札を貼ってこないといけない。
「…ほら、あんた。しっかりしてくださいよ。俺のバディでしょ」
「お、おう」
男同士でこれはキモいのは分かってるが、手を繋いで歩く。
反対側の手には、新しい身を守る用の札。
「…」
「…」
ここには、危険なのもそうでないのも多い。
触れなければ大丈夫なやつ、反応しなければ大丈夫なやつ。そもそも敵意のないやつ。自分が死んだのにすら気付いてないやつ。
…さっきの、ねちょねちょみたいな危険なやつ。
「…どこにあると思う?御神体」
「おそらくこの屋敷の一番奥の御堂だって、来る前に話し合ってただろ」
「うん、でも…あいつ、御堂に向かう廊下は邪魔してこない」
「…あ」
「隠し部屋が、あると思う。多分、あのチカチカした部屋の近くだ」
「…御堂に行くのはやめだ、どうせ無駄。引き返してあの部屋に行くぞ」
「……いきたくねぇなぁ」
「俺もだよ、バカ」
引き返す。
あの部屋に戻ってきた。
一度離れたあのねちょねちょの姿は、ない。
「…どこか怪しいところは?」
「ありきたりなのは、本棚の後ろとか」
部屋のスペースにしてはやけに馬鹿でかい本棚を、二人で引き摺って動かす。
できるだけ、音は立てずに。
でも。
ちかちか、ちかちか。
また蛍光灯の様子がおかしい。
気持ち悪い。
後ろに、すぐ後ろに気配。
札は握りしめている。
息を殺している。
ばれない、ばれないはず。
うるさい心臓の音が、伝わってない限り。
「…?ょしでんるていづ気」
ああ。
言葉が反転してる。
こいつは、やばい。
耳元の、冷や汗が出るほどのぬるくて気持ち悪い吐息。
「…」
「…」
「…っぇち」
また、ぶぅんと蛍光灯がつく。
もう、あれの気配はない。
後ろは振り返らずに前を向く。
…隠し扉。
「急ぐぞ」
「おう」
中に入る。
そこには、妊婦のミイラ。
「趣味悪りぃ」
「…!急ぐぞ!」
見えてないバディは呑気なものだが。
ここには水子の霊が、それも悪霊になったものが大量にいる。
触れられる前に、突っ切ってミイラ…御神体に退魔の札を貼る。
頼む姫さん、効いてくれよ!!!
もらった退魔用の札を貼り終えた頃。
断末魔がミイラから聞こえた。
水子の霊が、どこかに行っていた。
ねちょねちょの気配も、ここにはない。
「…やった、のか?」
「…おう」
護身用の札を見る。手に持ってたのはもちろん、ポケットに入ってたものも全部焦げていた。
「…多分もう大丈夫だけど、さっさと姫さんのところに行くぞ」
「今日は本格的なお祓いされそうだな」
「当たり前」
そして俺たちは、訳あり物件から逃げ出した。
「お疲れ様でした。まずはお清めの間へ」
姫さんの屋敷に逃げ帰ると、一目散にお清めを受ける。
一時間ほど祈祷を受けて、いつもの姫さんの部屋に通される。
祈祷を受けていた時の記憶は、正直曖昧だ。
「今日はぬちゃぬちゃしたのに会ったでしょう。ついてきてましたよ」
「げ」
「祓いましたから、もう大丈夫。二度と二人の前には現れません」
「さすが姫さん…」
「とはいえ…今回は私も疲れました。いえ、一番大変だったのはお二人ですが」
そう言って姫さんは「お清めのお水です」と聖水までくれる。
「んくっ…」
「んくっ…んっ…」
「素晴らしい飲みっぷりです。では、今回の後払いです」
茶封筒の中身を確認する。
「…はい、たしかに」
「今回は危険な依頼を、ごめんなさい」
「姫さんは外に出られないんだから仕方ないさ」
「気にしなさんな」
「ありがとう、二人とも」
今回の依頼は、本当に胸糞悪いものだったけど。
なんとかなって、よかった。
「あ、そういえばあの御神体は」
「下のものに保護に行かせます。お二人が札を貼ってくれたおかげで危険ではなくなりましたから、こちらで供養しましょう」
「…それはそれは」
そして俺たちは、その日は姫さんの家に泊まって姫さんと贅沢に酒盛りして(姫さんは日本酒とつまみくらいしか飲み食いしないが)寝た。
朝起きたらスッキリしていたから、姫さんの守りは本当にすごい。
ぬちゃぬちゃになっちゃった。
どろどろになっちゃった。
助けを求めても、みんなわたしが触れただけで死んでしまうの。
でも。
「可哀想に」
姫さんと、わたしを無視したお兄ちゃんたちが呼んだお姉ちゃんが言った。
「ほら、このお札を身体に貼ってごらん」
熱い。
札を貼ったところが熱い。
でも、心地いい。
「悪いものは全部流しちゃおう。お札、もっと貼るよ」
全身が熱くて辛い。
でも、心地いい。
いつのまにかぬちゃぬちゃは身体から剥がれていた。
ただ、私の体はもうぐちょぐちょ。
「ぐちょぐちょでも、このお札があればあちらに行けるよ」
そう言ってお姉ちゃんは新しい札を貼る。
明るい。
温かい。
あそこにいけばいいの?
「うん、いってらっしゃい」
…うん、いってきます!
やっと、やっと安らげる。
わたしは静かに、光の向こうへ旅立った。




