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ちかちか、ちかちか

作者: 下菊みこと
掲載日:2026/07/13

ちかちか、ちかちか。


蛍光灯がついたり消えたり。


その後に目を瞑って耐える。


息を殺せ。


目を開けるな。


開けたら終わりなのは、俺たちがよく知っている。


姫さんのくれた札をお互い握りしめて、固まる。


今回の依頼料は、高額だった。


前払いで100万。


後払いも150万。


姫さんは高名な異能者なので、金はある。


ただ制約上屋敷からあまり出られないから、俺たちにいつも屋敷の外での除霊を任せる。


でも今回。


姫さんは断っていいと言った。


報酬は弾むけど、蹴ってもいいと。


俺たちは、金のために引き受けたけど。


「…」


「…」


ぶぅん…。


鈍い音が響いた。


…目を開ける。


もう、あのぐちゃぐちゃはいなかった。


動くたびにねちゃ、ねちゃ、と音がする異物。


ヘドロのような体に人間の残骸が混ざったもの。


緊張感が抜けて、思わずへたり込む。


バディを組む先輩も、見えない人だがその恐ろしさは空気で感じたのだろう。


涙目になっていた。


握りしめていた札を見る。


半分くらい、焦げていた。


火なんて、つけてないのに。


姫さんからもらった身を守る用の札はあと五枚。


これが尽きる前に、元凶に退魔用の札を貼ってこないといけない。


「…ほら、あんた。しっかりしてくださいよ。俺のバディでしょ」


「お、おう」


男同士でこれはキモいのは分かってるが、手を繋いで歩く。


反対側の手には、新しい身を守る用の札。


「…」


「…」


ここには、危険なのもそうでないのも多い。


触れなければ大丈夫なやつ、反応しなければ大丈夫なやつ。そもそも敵意のないやつ。自分が死んだのにすら気付いてないやつ。


…さっきの、ねちょねちょみたいな危険なやつ。


「…どこにあると思う?御神体」


「おそらくこの屋敷の一番奥の御堂だって、来る前に話し合ってただろ」


「うん、でも…あいつ、御堂に向かう廊下は邪魔してこない」


「…あ」


「隠し部屋が、あると思う。多分、あのチカチカした部屋の近くだ」


「…御堂に行くのはやめだ、どうせ無駄。引き返してあの部屋に行くぞ」


「……いきたくねぇなぁ」


「俺もだよ、バカ」


引き返す。


あの部屋に戻ってきた。


一度離れたあのねちょねちょの姿は、ない。


「…どこか怪しいところは?」


「ありきたりなのは、本棚の後ろとか」


部屋のスペースにしてはやけに馬鹿でかい本棚を、二人で引き摺って動かす。


できるだけ、音は立てずに。


でも。


ちかちか、ちかちか。


また蛍光灯の様子がおかしい。


気持ち悪い。


後ろに、すぐ後ろに気配。


札は握りしめている。


息を殺している。


ばれない、ばれないはず。


うるさい心臓の音が、伝わってない限り。


「…?ょしでんるていづ気」


ああ。


言葉が反転してる。


こいつは、やばい。


耳元の、冷や汗が出るほどのぬるくて気持ち悪い吐息。


「…」


「…」


「…っぇち」


また、ぶぅんと蛍光灯がつく。


もう、あれの気配はない。


後ろは振り返らずに前を向く。


…隠し扉。


「急ぐぞ」


「おう」


中に入る。


そこには、妊婦のミイラ。


「趣味悪りぃ」


「…!急ぐぞ!」


見えてないバディは呑気なものだが。


ここには水子の霊が、それも悪霊になったものが大量にいる。


触れられる前に、突っ切ってミイラ…御神体に退魔の札を貼る。


頼む姫さん、効いてくれよ!!!


もらった退魔用の札を貼り終えた頃。


断末魔がミイラから聞こえた。


水子の霊が、どこかに行っていた。


ねちょねちょの気配も、ここにはない。


「…やった、のか?」


「…おう」


護身用の札を見る。手に持ってたのはもちろん、ポケットに入ってたものも全部焦げていた。


「…多分もう大丈夫だけど、さっさと姫さんのところに行くぞ」


「今日は本格的なお祓いされそうだな」


「当たり前」


そして俺たちは、訳あり物件から逃げ出した。















「お疲れ様でした。まずはお清めの間へ」


姫さんの屋敷に逃げ帰ると、一目散にお清めを受ける。


一時間ほど祈祷を受けて、いつもの姫さんの部屋に通される。


祈祷を受けていた時の記憶は、正直曖昧だ。


「今日はぬちゃぬちゃしたのに会ったでしょう。ついてきてましたよ」


「げ」


「祓いましたから、もう大丈夫。二度と二人の前には現れません」


「さすが姫さん…」


「とはいえ…今回は私も疲れました。いえ、一番大変だったのはお二人ですが」


そう言って姫さんは「お清めのお水です」と聖水までくれる。


「んくっ…」


「んくっ…んっ…」


「素晴らしい飲みっぷりです。では、今回の後払いです」


茶封筒の中身を確認する。


「…はい、たしかに」


「今回は危険な依頼を、ごめんなさい」


「姫さんは外に出られないんだから仕方ないさ」


「気にしなさんな」


「ありがとう、二人とも」


今回の依頼は、本当に胸糞悪いものだったけど。


なんとかなって、よかった。


「あ、そういえばあの御神体は」


「下のものに保護に行かせます。お二人が札を貼ってくれたおかげで危険ではなくなりましたから、こちらで供養しましょう」


「…それはそれは」


そして俺たちは、その日は姫さんの家に泊まって姫さんと贅沢に酒盛りして(姫さんは日本酒とつまみくらいしか飲み食いしないが)寝た。


朝起きたらスッキリしていたから、姫さんの守りは本当にすごい。

ぬちゃぬちゃになっちゃった。


どろどろになっちゃった。


助けを求めても、みんなわたしが触れただけで死んでしまうの。


でも。


「可哀想に」


姫さんと、わたしを無視したお兄ちゃんたちが呼んだお姉ちゃんが言った。


「ほら、このお札を身体に貼ってごらん」


熱い。


札を貼ったところが熱い。


でも、心地いい。


「悪いものは全部流しちゃおう。お札、もっと貼るよ」


全身が熱くて辛い。


でも、心地いい。


いつのまにかぬちゃぬちゃは身体から剥がれていた。


ただ、私の体はもうぐちょぐちょ。


「ぐちょぐちょでも、このお札があればあちらに行けるよ」


そう言ってお姉ちゃんは新しい札を貼る。


明るい。


温かい。


あそこにいけばいいの?


「うん、いってらっしゃい」


…うん、いってきます!


やっと、やっと安らげる。


わたしは静かに、光の向こうへ旅立った。

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― 新着の感想 ―
ちくたく~と設定は同じみたいだけどシリーズもの? ちかちかするのがこの子の来た合図か。 ぬちゃぬちゃは澱とか淀みなのかな、これは。 放っておくと本体もぐちょぐちょになっちゃうんだ。 ヒドい(ノД`)…
最初から緊迫した空気の文章で、また、いつもと違う風味の短編。 ドキドキしながら読みました。 きっとこの先のお話はないのだろうけれど、それがむしろ想像を掻き立ててくれるお話でした。
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