第一章前編:ブラックデイ
序章を読んでくださった皆様、ありがとうございます。
ここから第一章が始まります。
前編では、主人公の「転生前」の出来事を描いています。
少し長めですが、最後まで読んでいただけたら嬉しいです。
今日も【ブラックデイ】が始まる
「おい!村田!これ今すぐ四階の会議室に持って行け!」
部長の怒鳴り声がフロアに響く。
「……矢那部長、私さっき課長から頼まれて二階に
機材を運ぶことになっていて」
俺は床に置かれたPCやプロジェクターの入った
段ボールに視線を向けた。
「だったら一緒に持って行け!」
「いや……これ合わせたら二十キロくらいあるんじゃ……
今日はエレベーターも点検中で使えないですし」
「何言ってるんだ!俺が若い頃はそんなの当たり前だった!大口契約の資料なんだから早く持って行け!」
「……わかりました」
こうして今日も、いつもと変わらない
【ブラックデイ】——いや、日常が始まる。
入社したばかりの頃は違った。
仕事が早いと言われ、頼りにされていた…と思う。
だが入社二年目に部長が今の人物に変わってから状況は一変した。
いつの間にか俺は、資料運びをはじめとした
雑用専門の人間になっていた。
(まぁいいさ)
俺は自分に言い聞かせる。
(俺は運び屋。運んでいる最中は疲労耐性・精神耐性が発動)
ただの自己暗示。
だがこれがないと身体より、心が先に死んでしまうだろう。
「よう村田。今日も資料運びか?精が出るねぇ」
振り向くと、同期の斎場がニヤニヤ笑っていた。
「この際、引っ越し業者に転職でもした方がいいんじゃないか?」
(こいつは同期の斎場雅也。いつも嫌味を言ってくる奴。以上)
「ああ、前向きに考えておくよ」
「ハハッ、そうかそうか!……あ、そうだ」
斎場は思い出したように言った。
「今日、合コンやるんだよ」
「合コン?」
「そう。うちの会社の受付、佐々木さんも来るぜ。我が社の人気No.1だ」
斎場は胸を張る。
「俺はもちろん彼女狙いだ。もしかしたらそのまま付き合って結婚しちまうかもな!」
(こいつ、よく聞いてもない願望を語れるな)
「そうか。頑張れよ」
それだけ言って、俺はその場を離れた。
これ以上関わると疲れる。
頼まれた資料を四階の会議室へ運ぶと、部屋の中では受付の佐々木さんが準備をしていた。
「お疲れ様。資料ここに置いておくよ」
「あっ、村田さん。お疲れ様です。ありがとうございます」
柔らかい笑顔。
さすが人気No.1と呼ばれるだけある。
見ているだけで、少し心が軽くなる。
「そういえば今日、合コンがあるんですけど……
村田さんは来られるんですか?」
「へ?」
思わず間の抜けた声が出た。
「斎場もそんなこと言ってたな。でも俺は出席しないよ」
「そうなんですか?村田さんがいるなら安心だと
思ってたんですけど」
(なんで俺がいると安心なんだ?)
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、
心配なら出席しない方がいいんじゃないか?」
「後輩がどうしてもって言うので……」
「そうなんだ。佐々木さんは優しいんだな」
「いえ!そんな……優しいなら村田さんの方が」
彼女は慌てて首を振った。
(優しい上に謙虚だなぁ。最後の方は、よく聞こえなかったが)
「まぁ、一つアドバイスをするなら席を離れる時は
飲み物を空にした方がいい」
「空に?」
「変な薬を入れられる可能性もあるからね」
佐々木さんは初めこそ驚いた表情だったが、最後は真剣な顔で頷いた。
「ありがとうございます」
「礼を言われるほどのことじゃないよ。
じゃあ俺はこれで」
そう言って会議室を出ようとした時。
「あれ?村田さん、ちょっと待ってください」
「ん?どうかした?」
「今日の会議、お越しになるのは光山商事様ですよね?この資料……別の企業様のものです」
「……へ?」
本日二度目の間の抜けた声が出た。
仕事を終えたのは夜だった。
結局、部長のミスの尻拭いで何度も階段を往復することになった。
「お前が口答えするから確認できなかっただろ!」
と意味不明な叱責付きである。
(まぁいい)
今日は佐々木さんの「お疲れ様です」を二回も聞けた。
それだけで少し救われる。
今日は久しぶりに、行きつけの居酒屋に行くとしよう。
前の部長である神田さんに教えてもらった店だ。
落ち着いた雰囲気が気に入り、それから長いこと通っている。
——ガラガラッ
引き戸を開けると
「いらっしゃい。おっ、ムッちゃんじゃないか。いつもの席空いてるよ」と気さくな大将から声を掛けられる。
村田だからムッちゃん。
安直だとは思うが、それが心地良い。
そしてカウンターの一番奥の席。
そこがいつの間にか俺の指定席になっていた。
「大将、いつものとオススメの地酒一合ちょうだい」
「はいよ。今日はいい酒が入ったんだ。それ飲んで元気だしな!」
「…ハハッ、大将は凄いなぁ」
「もう十年近い常連さんだ。何かあった事くらい、
すぐ分かるさ」
そう話しているうちに、いつもの豆腐煮とお銚子、そして刺身の盛り合わせが並ぶ。
「大将、これ……」
「俺からのサービスだ。いつも贔屓にしてくれてありがとな!」
「……ありがとう、大将」
料理と酒を楽しんでいると、店の戸が開いた。
珍しく男女の団体客だ。
(珍しいこともあるもんだな)
そう思って目を向けると——そこに斎場の顔が見えた。
(まさか…ここを合コンの場に選んだのか…そういう雰囲気の店ではないんだが)
後ろにいた女性陣の中には、佐々木さんの姿もあった。
派手すぎず柔らかな雰囲気の服装で、とても似合っている。
店内の雰囲気を見て、他の合コン参加者達は戸惑っているようだ。
だが斎場はお構いなしだった。
「大将!ここの座敷使うけどいいかい?」
「⋯大丈夫ですよ。でも馬鹿騒ぎはしないようにお願いします」
「了解!じゃ、みんな座って座って!」
男女四人ずつ。
女性陣は佐々木さん以外分からない。だが男の方は、斎場以外も全員知っている。同じ部署の後輩だ。
(なるほどな……)
合コンというより、後輩をダシに自慢するための場だろう。
案の定、酒が進むにつれ斎場の声は大きくなっていく。
「こいつはこの前、営業でトチってさ!そこを俺がフォローしたんだよ!」
「こっちは計算もできなくてな!俺が全部訂正したんだ!」
女性陣の顔が引いている。
他のお客さんも呆れていた。
さすがに大将が声をかける。
「お客さん。馬鹿騒ぎはよしてくれとお願いしたはずですが」
すると斎場は
「うるさい!本当のことを言って何が悪い!」
と怒鳴りだした。
「斎場さん、他のお客さんもいますし……ちょっと飲みすぎですよ」
と佐々木さんが宥めようと声を掛けた。
だが斎場は急に佐々木さんの腕を掴むと
「じゃあ佐々木さん!これから二人で別の店に行こう!他の奴らなんて放っておけばいい!」
「いや!やめてください!…痛っ!」
佐々木さんは必死に斎場の腕を外そうとするが、かなり強く掴んでいるようだ。
周りの人達は呆気にとられ動けずにいる。
(さすがに見過ごせないな)
俺は「ふー」と溜息をついて席を立つと佐々木さんの元へ。
「おい斎場。やりすぎだぞ」
「あ〜?⋯なんで雑用係がこんなところにいるんだ?ストーカーか?」
「ここは昔から通ってる店でね。君らより先に来てたよ。それより——」
俺は佐々木さんに視線を向ける。
「嫌がってるだろ。いい加減、手を離せ」
「うるさい!俺は佐々木さんと結ばれる運命なんだよ!」
と叫びながら殴りかかってきた。
だが所詮は酔っ払い。
自分で足をもつれさせ、盛大に転び、鼻血を出して気絶した。
「……」
「さすがにここに寝てたら邪魔だな」
大将がため息をつく。
「ムッちゃん、手伝ってくれ」
「はいよ」
二人で斎場を抱え、店から少し離れたゴミ捨て場へリリース。
そして店に戻る。
すると佐々木さんをはじめとする合コンの参加者から頭を下げられた。
「村田さん、ありがとうございます」
「いや気にしないでくれ。もう帰るなり、このまま食事するなり自由にするといい。俺はもう帰るよ。また会社で」
そう伝えると残ったお酒を飲み干し、会計を済ませる。
「大将、あの子たちの分も払っておくよ」
「いや、あの子らはサービスだ。支払いはムッちゃんの男気ってことにしとくよ」
(大将、あんたの方が男気あるよ)
「じゃあ、ごちそうさま。また来るよ」
いつもの挨拶をして店をあとにする。
(今日はいろいろあったなぁ)
こんな日の帰りは、決まって散歩をする。
黒い気持ちを少しでも外に置いて帰るために。
夜風が心地いい。
川沿いの道を歩くと、水の音が静かに響く。
疲れた心が少しずつ軽くなる。
その時だった。
細い路地の先から、小さな影が歩いてくる。
塾帰りだろうか。小学生くらいの男の子だ。
その後ろから——バイクのエンジン音。
しかもスピードを落としていない。
「危ない!」
俺は反射的に走り、男の子を抱きかかえた。
直後、身体に衝撃が走り、視界が回る。
その拍子に男の子を手放してしまった。
そして俺はそのまま川へ落ちた。
冷たい水が全身を打つ。
浅いはずの川なのに、身体がうまく動かない。
濁った水面が揺れて、視界がぐらりと歪む。
遠くで誰かの声が聞こえた。
「大丈夫ですか!?誰か救急車を!」
視界の端で、土手の上に小さな影が見えた。
男の子だ。
そのすぐそばに、誰かが駆け寄り座り込む。
男の子を抱き寄せているのは……女性?
(……あれ?)
ついさっき見た服装。見覚えのある髪。
(まさか……)
「佐々木さん?」
土手の上で、男の子の肩を抱きながら必死にこちらへ何か叫んでいる。
だがその声は、水音と川の流れにかき消されて届かない。
(あぁ……今日は、本当に長い一日だったなぁ)
意識が、ゆっくり暗闇に沈んでいく。
そして——俺の世界は終わった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
第一章は前後編の構成になっており、
次回は、神様との出会いを描いていきます。
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