第5話 ジンクス
彼の口から発せられた言葉は、この場にいる誰もが予想していた通りの文面であった、
しかし、事実として告白がなされたことで、教室の緊張感はさらに高まる。
追随する言葉は無く、今日にいる全員の視線が言葉を向けられた主に集中した。
永遠にもとれる数秒の沈黙の末、視線の的はやがて口を開く。
「......だから何?アンタがその稚拙な頭で私に何をどう思うのかは勝手だけどね、普通に不愉快だからそういうのやめて欲しいんだけど。」
「......ぇ...?」
再び教室を走るのは沈黙だった。
正直な話、ここまでの展開は容易に想像できた。だが、それにしても突き放し方が人間のそれではなかった。
しかし、悪魔はまだ攻撃の手を緩めない。
「去年はクラスが一緒で席も近かったから多少話してたけどさ、こんなことよく踏み切れたね。どう考えてもそこまでの関係値じゃないよね?私達。馬鹿じゃないの。わざわざ私のクラスに出向かれてまでこれ以上話すことなんてないから。言いたいことが済んだのなら帰ったら?」
そう言い終えると、悪魔は堂々告白をした男子生徒の心を土のように踏みにじり、教室内に入ってくる。
一連の彼女の様子は、ある意味まさしく赤薔薇だ。美しいものには棘があるとは分かっていたが、どうやら俺は、バラが纏う棘の鋭さを誤って認識していたらしい。
あまりの出来事に、俺を含め全員が呆然とする中、俺の隣にいた田中は、今目の前で起こった出来事に目を見張りながらも先程の俺の意図をくみ取り話し出す。
「お前はさっき、時期って言葉に違和感を覚えてたよな。あるんだよ。姫井吉乃ちゃんが告白される時期ってやつが。この豊浜高校は全学年一律で一学期ごとに席替えを行う。時期は毎学期の始まり。休み明けだ。姫井吉乃ちゃんにはとある噂...、というよりも『ジンクス』があるんだ。」
「...ジンクス?」
俺は間髪入れずに聞き返す。
姫井吉乃は男子生徒をフるや否や、この教室に入室した。先程までずっと虚ろだった俺は今まで気か付かなかったが、彼女はおそらくこの2年4組の一員なのだろう。
そんな彼女に『ジンクス』なんてものがあるなら、クラスメイトとして1年間ともに勉学を共にしなくてはならない俺にとっては無視できない。
「今聞いただろ?姫井吉乃ちゃんに今告白した奴、一年の頃姫井吉乃ちゃんの隣の席だったんだ。そしてそれはアイツが初めてじゃないんだ。」
「どういうことなんだ?」
「今まであの姫井吉乃ちゃんの隣の席になった男は、俺が聞いた範囲じゃ中学1年から、例外なく全員が姫井吉乃ちゃんに惚れちまって、席替えが行われる頃には全員が告白して玉砕するんだよ。」
聞いていて全く意味が分からなかった。
(...隣の席になったら必ず惚れる?なんだそりゃ、そんな馬鹿なことがあるのか?そして全員が玉砕...?)
「あの感じを見るに、どうやらお前と同じクラスみたいだな。俺も驚いてるんだ。聞いてはいたが、目の当たりにしたのは初めてだからな。実際そのジンクスに鉢合わせちまうとなんつーか、ちょっと怖いな...。つーかお前、大丈夫なんだろうな?」
「...?何が?」
唐突に投げかけられた問いの意味を理解できなかった俺は聞き返すと、田中は深刻そうに再び聞く。
何かを危惧しているような様子だ。
「座席だよ...、出席番号を元に決められる。お前、姫井さんと近いだろ?出席番号。隣にならなくても、近くになったら危ねぇんじゃねぇのか?」
田中に指摘された瞬間、全身に悪寒が走った。田中が姫井吉乃にビビってか、しれっとちゃん呼びからさん呼びに変わったからではない。
俺は、田中が登場するまでずっと虚ろな状態だったため、自分の席の周辺のクラスメイトの顔を把握できていないためだ。
そうやって、俺は決して他人事で済ませられなくなっている『ジンクス』に頭を悩ませ、慌てて周囲の座席のクラスメイトを確認していると、
一つの陰がこちらに向かってくるのが視界の片隅に映った。
ツーっと冷や汗が流れるのを肌で感じる。
やがてその陰は、到達する。
木製と金属の軋む音が、俺の右耳の鼓膜を通ったのだった。
恐る恐る音の方に目を移した俺の目には、
――――――――頬杖をつきながら気だるげに本を開く姫井吉乃その人が映っていた。
目を疑う俺の視線に気づいた吉乃は数秒間を置き、「よろしく。」と一言だけ告げ、視線を手元に戻した。
「......よかったじゃねぇか、話せる人ができてよ...。」
田中の重すぎる軽口に対し、俺の喉からは渇いた笑いすらも出てこなかった。
次なるジンクスの標的は他でもなく、俺―――――?




