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第10話 トモダチ


クラスが静寂に包まれた。


―――――俺の失言によって。


「......」


目の前の姫井吉乃どころかクラス全員が俺を見て固まっている。


俺を含めたクラス中の人間が数秒の沈黙を見送る。


一つだけ言えることがあるとするならば、俺は絶対にしてはいけない言い間違いをしてしまったらしい。


これが新クラスになってはじめての、クラス全員の気持ちが一つになった瞬間である。


「とりあえず、座りな。」


教室中の沈黙を破ったのは他でもない、姫井吉乃だった。


俺はとりあえず促されるままにストンと席に座る。やがて教室中が遅れて俺の発言によりざわざわし始める。


恐らく今の一瞬で俺のこのクラスでの好感度は地の底に落ちたのだが、この際そんなことはどうでもいい。いや、さんざん友達を作りたいと頭を悩ませていたためどうでも良くはないのだが、今は目の前の姫井吉乃である。


「...急に叫び出さないでくれる?」


「......悪い。」


「ていうかさぁ、アンタ友達一人すらできてないみたいだけど、彼女を作るなんて夢を抱く前に現実見ななよ。」


普段から冷たい瞳をしているが、今姫井吉乃が俺に向ける瞳は凍てつく視線は彼女の心までが凍り切っていることを容易にあらわしていた。


「......いや、その、あれ。違うんだよ。その、言い間違えたって言うかぁ、一応友達って言おうとしたんだけど...、勢い余って欲が出たっていうか...。」


「欲って...何も違って無くない?私。」


姫井吉乃を前に、初めて覚悟を決めて発した言動が撃沈したどころか周囲からも引かれる始末。最悪の幕開けだが、ここから挽回できる方法は何か無いか。


俺は一旦心を落ち着かせ、冷静に頭を回転させ事態の起動を修正するように慎重に言葉を選ぶ。


「まあ、よくよくはそうなればいいなとは思ってたよ。たださ、お前が言った通り、俺はあの時友達を作るために上条さんの誘いに乗ろうと思ってたんだよ。それをお前が、横から俺への誘い諸共断りやがったんだ。そりゃ頭に来るだろ?つまるところ友達が欲しいんだよ、俺は。」


「......、」


俺がそう言うと、姫井吉乃は黙り込む。少しは自責の念を抱いてくれれば良いのだが。彼女はその端正な顔でいったい何を考えているのだろうか。


「......そう、ならさ、今からでもお願いしてみれば?」


「あんな欲まみれのこと堂々と叫んだ奴を誰が歓迎するんだよ!!」


「それはアンタの自業自得だけどね。」


「とにかく!!これで俺は彼女を作るどころか友達一人すら気味悪がられて作れなくなったわけだよ。分かるかワトソンくん。」


「誰がワトソンだ。半分は自分のせいでしょ?全部私のせいのように言われても困るよ。しかもそれ以前に、この一週間で一人も友達作れてないのも気になるし。結局、アンタの社交性やコミュニケーション能力とか、そういう人として大切な部分が欠陥してることに問題があるんでしょ。歩んできた人生の程度が伺える。まだまだだよ、アンタは。ふん、ワトソンはどっちだろうね。」


「......ぐっ、」


この一週間、姫井吉乃としっかり向き合うことから目を背けていたが、しっかり向き合えば向き合うでこの間のフラれた男子生徒のように強烈なパンチラインの言葉で急所を抉られる始末である。


ただ、ここで引くわけにもいかない。こちらはもうこのクラスで送れたかもしれない華々しい青春の可能性をどぶに捨てたのだ。もうこれ以上失うものは無い。ここから先はプライドの戦いなのだ。


「...ああ、そうだよ。自分は人として欠陥してる部分があるのは俺だって分かってるよ。人より幸の薄い人生を送ってきた自覚もある。」


「ふん、」


自分の指摘したいことが俺の口から出て満足したのか、姫井吉乃は視線をそらし小さく鼻を吹く。


...確かにコイツの言う通り、これ以上失うものが無いほどに今の俺の人生に特筆したものはない。月並みな人生である。しかし、そんな、失う信用も信頼も無い俺にも、譲れないものがある。周りからいつも一人だと笑われ哀れまれるような不格好な身なりの人生でも、自分なりに折り合いをつけて、地に足つけて人生を歩んできたのだ。


それを、何も知らない他人に勝手に程度を計られるのは癪に障る。そして、ここで言い返さなければ、本当に俺の人生は『その程度』で終わる。月並みな人生を謳歌してきたはずが、なぜかそれは俺の癪に障ることだった。


俺は彼女の目を真っ直ぐ捕らえる。


「ただなあ、......何やら自分は違いますよ?みたいな顔してるけど、程度の知れる人生を歩んでいるのはお前もだぞ?姫井吉乃。」


「...っ」


「確かに、お前は勝ち組のルックスを持ってるよ。迷惑なジンクスが生まれるほどのな。けど、そこに胡坐をかいてるのか知らないが、結果今のお前に何があるって言うんだ?親睦会と洒落込む連中とお前。これから楽しい学園生活を送ろうとする周りのクラスメイトとお前。希望を追って楽しそうな連中とそんなやつらを僻むひとりぼっちのお前。天から貰ったような優れたルックスなんか持ってなくても、俺はアイツらの方が羨ましいけどな。」


「......、」


「お前も本当は羨ましいんじゃないのか?アイツ等がさ。変なプライドは捨てちまえよ。欲しいんだろ?友達が。なら一緒に作ろうぜ?友達。なんならまず俺がなってやってもいいぞ?なんてな。」


「......そんな簡単に捨てれるゴミなら、とっくに捨ててるよ。」


「ん?」


俺の話を遮ることなく黙って聞いていた姫井吉乃は、俺がすべて言い終えるとワンテンポ置いてからボソッと呟くように発した。


そこらの鈍感系主人公ではない俺は彼女の言葉を余すことなく聞き取ると、その真意を問う。


「...簡単に捨てられないってのは、何か複雑な理由があるってことなのか?」


「......」


彼女は再び黙り込むが、俺は真剣な表情で彼女をじっと見る。


「人付き合いってさ、疲れない?」


「...人付き、合いが、疲...れる?」


―――――刹那、俺は雷に打たれるような衝撃を受けた。



なんて贅沢な悩みなんだ、と俺は率直に思った。


なんて言ったって俺には今までまともにできた友達なんて言うものは、片手で数えられるほどの珍しく価値あるものだ。言ってしまえばはぐれメタルのような存在だ。そんなはぐれメタルを求めダンジョンを周回している俺に対して『疲れる』なんて、コイツは転生特典に最強のスキルや武器を手にした異世界転生者か何かか?そんな風に思えるのなら、やっぱり天から貰ったようなルックスの方が魅力的なのかもしれないな。」


「だからさ、聞こえてるって。」


「え?」


聞こえていたらしい。


「疲れるよ。人付き合いは。」


「......」


彼女は再び同じことを口にする。俺のダダ漏れの本音を聞いてなお揺らぐことは無いらしい。


やはり彼女は人付き合いで根深い事情を抱えているようだ。


踏み込むべきか、いや、そっとしておくべきだろう。彼女の地雷地帯にこれ以上足を踏み入れる必要はない。


(クラス全体からの評価をがた落ちさせ、姫井吉乃から精神的大ダメージを貰ったが、この場はこれでやり過ごすか。)


今後クラスの中に溶け込むことは難しそうだが、今回のこの一件で、姫井吉乃のジンクスに俺が巻き込まれるリスクは大きく減っただろう。


彼女の積み上げる死屍累々の一員になることは、今年どころか、来年、酷ければ今後の進路でも響いてくるかもしれない。


そう考えれば必要な犠牲であったと、俺は自分に言い聞かせる。


「そうか、訳も知らないのにお前のパーソナルな部分にズカズカ入り込むようなこと言って悪かったよ。」


「......まあでも、アンタの言う通りなのかもね。作れるものなら作ってみたいよ。面倒くさくならないような、そんな親しい関係をさ...、」


「え?」


俺が慎重に言葉を選びながら会話を終わらせにかかっていると、姫井吉乃はまたポツリと言葉を漏らす。


言っていることの意味を上手くくみ取れていない俺を無視し彼女は続ける。


「―――――だからさ、せいぜい頑張って、勘違いヤロウに成り下がらないよう頑張りな。」


「...?」


姫井吉乃は未だ困惑する俺に、気だるげに頬杖をつきながらどこか穏やかな目線を向ける。


「アンタが言ったんでしょ?友達になって下さいって。私と隣の席になれば必ず私を好きになっちゃうらしいからさ。打ち壊してみなよ、ジンクスをさ。」


そういえばそんなことを言った。いや、厳密にはそんなにへりくだった言い方はしていない。だが言った。そんなニュアンスの言葉を。俺は言ってしまってい

た。


体中を冷や汗が止まらずだらだらと流れ始める。


噂になっていたジンクスだが、当事者の彼女に面と向かって宣告されると、さっきまでの威勢はどこかへ吹き飛び、物凄い公開に苛まれる。


が、時すでに遅し。


彼女は案外ノリノリなようだ。


「よろしく。本格的に、さ。」


自分で提案しただけでなく、相手をその気にさせてしまった手前、『やっぱりさっきのなし』なんて舐めたことを言えるはずもなく、ここに和睦が成立する。



進級して新しいクラスになり一週間。ついに、わたくし真鍋新太に記念すべき(?)友達第一号ができた瞬間だった。




他のクラスメイト全員と友達になる可能性を失う代償に、学園のマドンナとお近づきに!?―――――どうする真鍋新太!?

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