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大江戸オブ・ザ・デッド〜魔法全盛の異世界で、弓しか取り柄がない私ですが兄を探してます〜  作者: 森戸ハッカ
第四章:土の段『土は国なり。人はそこに立ち、そこへ還る』

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魔界核奪還戦〈2〉

 蓼丸麟五が祓った一閃が、エリア4に充満していた誤魔化しの闇を裂いた。


 その直後、南海の感覚は捉えた。


 ――飛梅がいる! すぐ近くに。息づいている。


 だが同時に、胸が重く沈んだ。


 返事がない。救援信号もない。

 蓼丸の麒麟児があれほど暴発しているのに、近づいてくる気配すらない。


(……動けないのか? 負傷しているのか? いや、そうであってくれ。怪我なんてどうにでもなる。自我を失ったから反応できない――そんな理由でなければ……)


 南海の祈りのような希望は、しかし次の瞬間、形を与えられて崩れ落ちる。


 飛梅の気を孕んだ、()()が動いたのだ。


 しかし、気はゆっくりと、こちらを伺うようにして遠ざかっていく。そのおかげでわずかに魔力が揺らぎ、脳裏に禍々しい輪郭が浮かび上がった。


(やはり、闇后アラクネア・レギナーー!!)


 木を思わせるほどの長い脚。闇を吸う漆黒の毛。宝石のように硬質な腹部。七つの光――北斗七星の複眼。 


 本当にうちの新米は、闇后アラクネア・レギナと一体化してしまった。


 喉の奥が焼けるように熱くなった。

 だが、南海は拳を握りしめる。


 (いや、まだ目はある!)


 魔界核を埋め込まれ、魔力を吸い上げられ、自我を剝がされつつある飛梅。そこへレギナが近づき、取り込もうとしている最中なのだろう。


 しかし御霊石は、まだ輝いている。


 それは、飛梅がまだ飛梅である証。


 女王蜘蛛の闇に呑まれきっていない、たったひとつの希望の灯だ。


 南海は震える息を吐いた。

 間に合う。

 いや、間に合わせる!


 南海は膝をつき、掌を地へ押し当てた。


 闇に濁った地脈に、自身の魔素を流し込む。


「其は幽冥の門に坐す影

 名を捨てし者の嘆きの声

 開け、闇路 

 縛せ、幽縛

 返せ、魄の還道

 “鬼道水ノ九 水脈羅眼”!!」


 それは、水系一級以上の百目に伝えられる追跡術。


 残留魔素の流れを読み、気配を水脈のように可視化する。


 詠唱が終わった瞬間、空気が震えた。


 見えない水脈が幾重にも走り、エリア4全域に流路が展開する。


 ――《水脈羅眼(すいみゃくらがん)》発動。


 百目の視界が文字通り網羅へと変わり、飛梅が残したわずかな魔素を追い、蒼い糸となって闇の奥へ伸びていく。


 南海の胸が鳴った。 


 《水脈羅眼》の水脈が地を奔った瞬間、その一本が――レギナへ触れた。


 ビクリ、と世界そのものが震えた気がした。


 レギナを示す蒼い線が、闇の奥で形を結ぶ。


 そしてその中心に、微かに揺らぐ光――飛梅の御霊石。


 次の瞬間、別方向から気配が走る。


 麟五が、走った。

 テッサも、神保兄弟も、同時に駆け出していく。


 《水脈羅眼》が示した蒼い道は、仲間全員に同じ結論を叩きつけたのだ。


 ――あの先に、飛梅がいる。


 南海は、彼らの背を見送るしかなかった。


 追いたいのに、足が動かない。


 《水脈羅眼》は魔力を喰う。

 視界がチカチカと揺れ、膝が笑う。息が上がり、肺が痛む。ただでさえ生命力を削る鬼道だ。身体が悲鳴を上げていた。


 腕時計の残り時間は16時間30分。

 しかし南海は、半ば笑いながら呟く。


「……俺には、2時間あるかどうかってところか……映画一本分、だな」


 エンディングを決めるのは麟五か。

 それとも、神か。


 いや――違う。


 南海ノックは奥歯を噛みしめた。


「俺の手で決めてやる。バッドエンドなんざ、認めてたまるか……!」


 崩れ落ちかけた身体に鞭を打ち、南海は蒼い水脈を追って走り出した。


 足は震え、視界は滲む。それでも前へ。


 仲間の背中が、まだ届く距離にあるうちに。


 合図もなく、猟犬のように走り出した麟五とテッサ、そして神保兄弟は水脈羅眼の蒼い筋を追い、三方向から包囲に入る。


 麟五は最短距離を突き、テッサは右舷の高台を回り、神保兄弟は左端から大きく円を描くように回り込んだ。


 ――そのはずだった。


 突然、双子の真正面にそれは現れた。


 巨大な闇の塊が、かさり、と音を立てる。


 光のささぬ森とはいえ、それのまわりだけ一層暗い。いや、黒い。まるで塗りつぶしたかのように、空間が歪んで見えた。


 神保兄弟は、足を止めた。止めてしまった。


 そして見上げた。

 自らの仁王フォームを遥かに凌駕する、10メートル以上の影を。


 のろのろと、互いの眼を見た。


(……コイツ、なんでこっちに来た?)


 弟は目を見開き、顔がこわばっていた。

 死ぬ前から死体のような顔になっている。


 それを見ていた兄は、喉の奥で乾いた音を立てる。


(……俺たちが一番、弱いからだ……!)


 その瞬間、互いの瞳に映っていたのは、同じ影――怯懦の色。


 神保兄弟、烈と剛は、レギナを見上げながら静かに立ち尽くしていた。


(なんで、こうなっちまったんだろうな--…)


 兄の烈は、静かに視線を下げる。


 俺たちは南海のような探索もできない。

 テッサのように道も切り拓けない。

 ましてや麟五のように森の悪意をねじ伏せることなど夢物語だ。


 だが、それを口に出したことは一度もない。


 ミカドの英雄・神保ガンズを父に。

 そして糧母神と讃えられる母シノを持つ自分たちだからこそ、弱さを認められるはずはなかった。


 烈と剛は覚えている。


 特別消禍隊の入隊合格通知を、震える手で2人して開いた川辺。


 夕焼けに照らされた水面を見つめながら、剛がぽつりとこぼした。


「……親の七光り、かな」


 烈はうつむき、石ころをひとつ川に投げた。


「言うなよ……言わせないでくれよ……」


 あの日、誰よりも大きな体のくせに、ふたりの心は小石のように沈んでいた。


 深川殲滅戦で倒れ、小石川療養所の奥深くで眠り続けた父。


 年に一度、ガラス越しに15分だけの面会が許された。


「お父さんはミカドを救った英雄なんだよ」


「世界を守ったんだよ」


「あなたたちも、きっとそうなれるよ」


 周囲の善意が、いつしか兄弟の胸を締めつける縄になった。


 特別消禍隊も、望んだわけではない。

 そうなるしかなかった道だった。


 そして父が華の第七に復帰した今、自分たちの存在価値は何なのか──彼らはその答えを見失っていた。


 そして今、兄弟は肩を並べたまま、探していた存在価値が流星の如き速さで遠ざかるの感じていた。


 飛梅の異様な動きを見上げ、心のどこかで思った。


 こんなバケモノ相手に自分たちに、何ができる?

 ここで散っても、名誉の戦死だ。

 両親には悪いが、俺たちには上々な末路じゃないか。


 不甲斐なさ、情けなさに胸が押しつぶされそうになった刹那。


 烈が、ふと呟いた。


「ーーいや。違うだろ、剛」


 剛が目を向ける。


 烈の瞳は震えながらも、その奥に光があった。


「俺たちには、まだ巨大化があるだろ。デカいやつからデカさとったら何が残るんだ」


 剛の瞳も輝き出した。


「そうだな、兄貴。デカいやつの生きる道は、巨大化しかないな」


 次の瞬間。


 兄弟は深黒の森を見上げるように立ち、その仁王のような胴間声を重ねた。


「仁王フォーム……ギア5!!!」

「ゴジラァァァァァ……ブーストォォォッ!!!」


 ドォォォン!!!


 爆破のように、魔圧が跳ね上がった。


 地鳴りが森を震わせ、土が跳ね、魔蟲たちが一斉に逃げ散る。


 それは、天賦の肉体(ギフテッド)に玄蕃白が日本のコンテンツという水を与えて咲いた奇跡。


 烈と剛の身体はぐん、と膨らみ、骨が軋み、筋肉が隆起し、衣が裂け、その体躯は──


 一気に30メートルへ到達した。


 深黒の森の天井を打ち破る、巨体の双塔。


 それはまるで、地獄からの仁王の降臨だった。

  

 影が地面に落ち、森全体が震える。


 巨体の烈が拳を握りしめ、空に響く声で吠える。


「俺たちは……英雄の七光りなんかじゃねぇ!!!」


 剛が続けた。

 

「俺たちは……俺たちだ!! 親父の背中じゃなく──自分の力でミカドを守るんだ!!!」


 その叫びは深黒の森の圧をも吹き飛ばすほど力強かった。


 そして二人は、巨腕を振り下ろし、飛梅が逃げる方向の木々をなぎ払い、森に巨大な道を穿つ。


 目の高さまで飛翔してきた麟五が兄弟の姿を見て、頷いた。


「よくやった。これはお前らにしかできない。その道、飛梅まで繋げてくれ」


 その一言に、兄弟は涙を流しながら笑う。


 その烈の巨大な肩に、小柄な南海がひょいと跳び乗った。


「位置、見えたぞ!! あそこだ兄者!!」


 烈が豪快に笑う。


「任せなァッ!」


 その下から、追いついたテッサが顔を上げて怒鳴った。


「こういうのって、普通下半身だけはなぜか脱げないとかじゃありません!? なんで全裸で巨大化するんですか!? ぶらっぶらしてますけど!!」


 ぶらつく双子の股間を見上げるはめになり、テッサははらわたが煮えくり返っていた。


 が──兄弟は腹の底から笑い始めた。


「細けぇこと気にすんなテッサ姐!!」

「巨人は裸が正装よォ!!!」


 笑い声だけで森が震える。


 一方、剛の肩には、蓼丸麟五がふわりと降り立った。


 その瞬間、森の空気が一変する。


 麟五が手で印を結ぶと、澄み切った風が上空から吹き抜けた。


「……エリア3の風……!」


 烈と剛は驚き、その風を肺の底まで一気に吸い込んだ。


 体内の魔力がぶわっと膨れ上がり、筋肉が再び隆起する。


 森の魔素は干渉してこない。

 上空の風だけは森の支配外だったのだ。


 双子のゴジラブーストは、本来なら5分が限界。


 だがエリア3の魔力を取り込めば、その制限はない。


 剛が拳を打ち鳴らし、烈が吠えた。


「リンゴ君! 風の補給、感謝!!」


 麟五は短く頷く。


「行け。南海の指示に従え」


 南海が烈の肩の上で手を広げた。


「位置、変わった! 木の裏! ほら、あそこーー……行け!! 虫取りだ!! レッツ&ゴー!!!」


 烈と剛は叫んだ。


「レッツ!!! アンド!!! ゴオォォォォーーーッ!!!!」


 2人は同時に、家ほどもある巨大な掌を網のように広げ、地面へ叩きつけた。


 ドォォォォォン!!!


 地割れが走り、木々が粉砕され、森全体が巨人の遊び場と化す。


 2度。

 3度。


 魔獣飛梅の逃げ道が、巨人の掌で一つずつ潰されていく。


「こっちだ! 兄貴、右!!」

「任せろ剛!! おっらァッ!!」


 烈と剛は互いの巨体をぶつけ合いながら、森を狩り場に変えていく。


 南海が息を吸い、最後の指示を叫んだ。


「いっけえええええええええ!!!!!」


 烈と剛が、両側から大きな掌を閉じる。


 闇の中を疾走していた飛梅の影は、ついに逃げ場を失い、巨人の掌の中に吸い込まれるように閉じ込められた。


 ガシャァァン!!


 森が沈黙した。


 飛梅、確保。


 南海が拳を振り上げて叫んだ。


「……確保……!!! 飛梅、確保ォォォ!!!」


 烈と剛は、その掌の中に確かな存在を感じながら、ゆっくりと息を吐く。


 その瞬間──彼らは初めて、父ガンズの力ではなく、自らの足で英雄の領域に立った。


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