特別消禍隊 華の第七
備悟の涙の祝詞が響いた直後、カグヤは静かに扇を閉じ、再び口を開いた。
「念のため伝えておくが――」
白髪の花魁は、神の声のような静けさで告げる。
「バベル王国では、特級能力者は他国に出られぬという理がある。ゆえに、トビと生きていくと決めれば、主もミカド皇国には一歩たりとも戻れぬえ」
麟五の胸がひりついた。
飛梅は知らぬうちに、その鎖に繋がれたということか。
しかし、カグヤは続けた。
「逆に、ミカドからこちらへ来ることはできる。領も拓いたため、観光なら最大一年、政務・学術・商業であれば延長もできよう」
それを聞いて、麟五の胸に救いが落ちた。
飛梅は家族に会えなくなるわけではない。
危険を犯して兄を取り戻そうとしたあの家族想いの少女に、未来がまだ残されていたことへ胸がじんわりほどけていく。
だが次の瞬間。
(……俺は、特別消禍隊だ)
その現実が、容赦なく胸に突き刺さる。
闇ワクチンが普及するまで、屍人の脅威は決して消えない。
そんな時期に、自分だけ離れてよいのか?
麟五は答えを求めるようにプロジェクターの向こうを見た。
山本総局長。
百目頭目西門。
ふたりは――なぜか笑って、視線を横へずらした。
ヌッ!と現れたのは、神保兄弟の父、ガンズであった。
小石川療養所にいるはずの男は、ベッドの上で着ていた黒い浴衣姿のまま。
しかし仁王と呼ばれる双子が小さく見えるほどの巨躯には、画面越しでもわかるほどの覇気が漲っていた。
「ありがとうよ、リンゴ君!」
意外なほど、柔らかい笑み。
だがその背筋は、復活した烈火の不動明王そのものだった。
「お前らのおかげで、すっかり全開したんでな! このままじゃ体力が有り余る無職中年で、シノさんに嫌われちまう」
にかっと笑うその姿に、かつての歴戦で前線を駆けた将の光が甦っていた。
「ーー華の第七は返してもらっていいか?」
その瞬間、麟五の胸で張りつめていたものがふっと軽くほどけた。
(……ガンズ隊長が戻るなら、問題ない)
深川殲滅戦の頃とは組織体制も違う。
第七局に彼が戻ったなら――それはミカドにとって、何よりの僥倖だろう。
山本総局長が画面の奥で腕を組み、低く言う。
「二十四時間の猶予の間、そこにいるお前さんの元部下を貸そう。元部下、だ。今はもう、ガンちゃんの部下だからな」
南海達がびくりと背筋を伸ばす。
「闇属性能力者の索敵が狂う場所じゃ。闇魔素に頼らぬミカドの能力者の方が動きやすいだろう」
そしてガンズが釘を刺すように、しかし温度のある声で続けた。
「貸すだけだぞ。皆を必ず返せ。南海とテッサを隊に、そして烈と剛をシノさんの元へ返さねば、俺がお前を全力で殺す」
そこには隊の父としての温かさと、国の未来を託す覚悟が宿っていた。
そこまで聞いて、麟五の胸に湧いたのは安堵と責務だった。
国は自分がいなくても回る。
代わりに立つ者たちがいる。
「全力ださずに、何が特別消禍隊だ! 全力で行けよ!」
ガンズの発破が背中を押す。
麟五の選択の時は、もう目の前にあった。




