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大江戸オブ・ザ・デッド〜魔法全盛の江戸で、弓しか取り柄がない私ですが兄を探してます〜  作者: 森戸ハッカ
第四章:土の段『土は国なり。人はそこに立ち、そこへ還る』

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48. 時の回廊

 半年前。  

 バベル王国の犯罪者五名が、突然ミカド皇国の国境を破り、凶行に及んだ事件があった。


 首謀者は皇国に入ってすぐ寿命を使い切るように死亡し、残りの者たちも自死。


 不自然な点はいくらでもあったが、蓼丸備悟という強力なとりなしがあり、ミカド側の調査では“屍毒の影響なし”“噛傷なし”と結論づけられ、遺体をバベル王国に送致し、事件はひとまず幕を閉じた。


 だが、事件はそこで止まらなかった。


 バベル王国に運び戻された五つの遺体は、裁判が終結し、葬儀の準備が整う頃――突如として屍人化したのだ。


 彼らは皆、闇属性ではなかった。

 水系能力者である。

 ミカド皇国の屍毒に触れた痕跡もない。

 それは常識を覆す現象であり、バベル王国の医学者たちは頭を抱えた。


 ちょうどその頃、両国間で魔術医療の共同研究が始まったばかり。


 しかし言語体系も魔力単位も測定基準も違う二国で、研究体制が整うには時間がかかっていた。


 そこで、ひとりの男が立ち上がった。


 バベル王国第一王子、レイ。


 闇属性の希少な才能を持つが、幼い頃に魔力障害を負い、本来は特級である魔力を溜め込めない体質となった、悲劇と天才を併せ持つ存在。


 現在は魔法大学の講壇に立ちながら、理論魔術の最先端を歩く才子である。


 ーーその情報を玄蕃は、数秒で見た。


 そこは光でも闇でもない場所だった。


 空間と時間が棚のように折り重なり、無数の記憶の断面が漂う場所。


 玄蕃は足場すらない空間に浮かび、辺りを見回して気づく。


 ここは――概念そのものの世界だ。


 レイ王子が静かに告げた。


「ここは『時の回廊』。思考に耐えうる者だけを連れてくる場所だ。ここに来れば、私の記憶、知識、理解した法則……そのすべてにアクセスできる。ーーそして、私は君のそれらの全てに」


 茫洋とした印象だったレイ王子がこの空間では際立って見えた。


 異次元図書館の主である王子は、玄蕃の記憶に躊躇いなく触れていく。


 スワイプし、要らぬ情報は鮮やかに避けて。


 その中に彼の自由を奪い続けた家族の景色があり、玄蕃は笑った。


 震えるような、歓喜の笑みだった。


「……最高だ。バベル王国は、こんなとんでもない魔術を隠してたんですか」


「隠していたわけではない。バベルでも何故だか私しか扱えないし、理解できる者がいなかっただけだよ」


 言葉が重なる。

 思考が重なる。

 知識と知識が触れ、火花を散らす。


 知の共鳴。

 共感、共振、共有ーー共犯。


 レイの理解した法則が、玄蕃の脳に流れ込む。玄蕃の独自理論が、レイの思考を刺激する。


 互いに足りないものを補い、膨張し、結合し、新しい法則の形を生み出す。


 人間の知性が限界を越えるとき――それは快楽に似ている。


「……そろそろ戻ろうか、ゲンバ氏。ドクター東雲も戻る頃ではないだろうか?」  


「はい。たぶん、今必要なものは見えたので」


 そこで言葉を止めた玄蕃は、縋るようにレイ王子を見た。


 迷うように口を開いては閉じ、ようやく言葉にしたのは、飄々とした自由人の彼らしからぬ懇願だった。


「ーーまた、ここに連れてきてもらえますか?」


 ふ、と笑ったレイ王子は「私は魔力障害治療で数年単位ミカドに滞在する予定だ。君もどうやら闇属性のようだしーーこの部屋に自由に来れるようにする方法を探してみるのはどうかな?」と、誘うように手を広げた。


 唇を震わせて、玄蕃は顔を覆った。


 ーー生まれてきてよかった。


 全てを手に入れたように見え、神と崇められてきた男は、この時初めてそう思ったという。



◆◆◆



 庭の空気が揺らぎ、二人は地上に戻ってきた。


 ハンナによる索敵とソルの転移で小石川療養所に連れ戻されていた東雲玄斎が呆れたようにソルを見た。


「玄蕃殿を本当に行かせていたのか。得体の知れぬ空間に」


 ソルは肩をすくめた。


「だって、白濁⭐︎駅センセが行きたいっていうし。俺も王子先生が『時の回廊』を開いてる時なら行けるんだけどさ。あそこ一回行けばいいかなーって感じ」


 ガーデンキッチンは人払いがされ、東雲玄斎、ソルとハンナ、シノがレイ王子の執事セバスのサーブでテーブルでアフタヌーンティーを楽しんでいた。


 このクソ忙しい時に目撃した国賓のお忍びを『聞かなかったことにしたい』と備悟は幕府に逃げ帰り、アテンドしてきたセミマルはいい機会だと故郷の吉原へ向かったという。

 

 特別消禍隊からは飛梅と南海が残っていた。


 神保兄弟は父ガンズの護衛へ、テッサは麟五の代わりに隊の詰所に戻った。


 “患者”であるレイ王子と執事セバスは闇属性特級だと開示された。


 彼らが無体なことをするとは考えてはいないが、抑えられるとすれば麟五をおいていない。


 その麟五も、もうすぐ到着する。


 それらの説明を、どこか夢現で玄蕃は聞いていた。


 一瞬だったのに、数年分の思考が巡ったような感覚だった。


 彼の額には汗が浮かび、息がかすかに上がっていたが、瞳は異様に澄んでいた。


 転移陣を使って移動してきた麟五に両手を振って呼び寄せると、「……玄蕃様、どうでした?」と飛梅が玄蕃に問う。


 撮影も終わったので、otoちゃんのコスプレをすぐに脱ぎ、今は隊服姿だ。


 すると玄蕃はぜんぜん別の方向を見て、口を開いた。


「話は見せてもらった! 人類は滅亡する!!!!!!」


「ええええええ!!!!???」


 絶句したのは絶叫した飛梅だけではない。

 『時の回廊』に連れて行った張本人であるレイ王子も、青ざめて尋ねた。


「あ、あそこにそんな情報なかったと思うけど……?」


 目をぎらつかせた玄蕃が怖い。

 『時の回廊』はBL作家には副反応が強く出るなどがあるのだろうか?


「ありました! 僕は見た!! 僕にはわかった!! 僕が僕だから!! 僕は僕でよかった!!」


 国賓を前に常軌を逸した行動に「……眠らせますか?」と麟五が東雲に尋ねた。右手に魔力を集めながら。


「やむを得まい。薬を取ってくるより早いだろう」


 所長の無慈悲な言葉に玄蕃はキッ!と視線を送るとソルを指差した。


「ソル君――トビちゃんでもいいけど。バベルにいる日本人、タイヨウ君を呼んでよ」


 その言葉にピリッと目を細めたのはハンナとセバスであった。


 バベル王国の御庭番一族であるアボット家の彼らにとってタイヨウは救国の天使であった。


 ある意味で替えがきく王族よりも上をいく、唯一無二の最も崇高な存在である。ミカド皇国で神とされる玄蕃白の立場をもってしても、気軽に扱われては困る。


「ーーそれはいかがなものでしょう。ゲンバ殿と申されたか。タイヨウ嬢は未成年ですが、先日の洗礼式で特級認定を受けられました故、国外に連れ出すことは出来ませんな」


 元アボット家当主セバスは、礼儀正しくも、言葉に薄く魔力を流し、言下に拒否をした。


 ハンナも頷き、妥協策を提案する。


「通話では支障がございますか? そして、時差がございますので、現在バベル王国は夜です。タイヨウ様はお休みになられているかと思いますので、数刻程のお時間を頂戴できればとは存じますが……」


 玄蕃は2人の言葉に首を振った。


「理由はあとで全部説明するよ。でも急いだほうがいい。『時の回廊』で見えてしまった。あの五体の屍人化だけじゃない。ここ15年ほど激化しているというミカドの屍病も……鍵を握っているのは、日本人の転移者だ。ーー皇だよ。彼女がもう限界なんだ」


 激しく動揺する特別消禍隊の若者達とは違って、東雲玄斎はきつく目を閉じた。


(予感していたが、元凶であるといわれるとーー……)


 闇魔素が毒化していたなら、それを対処すればいいと割り切れる。


 医学者として、部下達も心魂を尽くしてワクチン開発に取り組んでいた。


 だが、国民の魂に根差した神が毒化していたら?


 その手は、それでも動き続けるだろうか?


「夜ならちょうどいい。僕たちがバベル王国に行こう。ソル君、一時間でいいんだ。いや、30分もかからないかも知らない。頼むよ」


 転移させろということか、とソルはその場にいる人数を目で把握する。


 容易い作業だ。


「夜ったって、バベルはまだ22時かそこらだろ? タイヨウが寝るのが早いだけだ。30分なら起こしても問題ないだろ」


 ソルが首をこきりと鳴らした。

 五年間は戻るなと言われた祖国だが、ミカド皇国の闇魔素の少なさにはうんざりしてきたところだ。


 空魔石をもってチャージしてこよう。


「ソル様!!」


 目を尖らせたハンナに、思考で裏の意図を伝えながらソルは肩をすくめた。


「タイヨウに念話で電話入れろよ、ハンナ。エリア3ならどうだ? ゲヘナはアボットの網がないんだろう?」


 ソルの拙い念話を盗み聞いたセバスは、ある意味でタイヨウと同じ程度の恩人であるソルの悩みを聞いてやることにした。


 盛大なため息付きであったが。


「それでしたら、エリア4になさいませ。渦中の蘇り遺体が繋がれた城が、魔の森の奥深くにあります。ーーそれにしても、ここにいる者全てを連れて行くのですか?」


 老執事は長い人生でも記憶にないレベルの特級能力者の麟五に目を細めた。


(彼は問題ない。その他、同じ軍服を着ている者達は練度も魔力も十分だ。しかし彼らは……)


 セバスが視線を止めたのは、東雲玄斎とシノであった。


 水系一級で、戦闘の鍛錬も詰んでいないようだ。魔の森の深奥部は魔力が濃い。平民では5分と生きられぬ濃度だ。


 彼らも通常なら半日は過ごせるはずだが、夜のゲヘナは危険だ。


「上限は60分。それ以上は危険です。ハンナ、この転移陣に座標がある。タイヨウ様に伝えなさい。10分後に現地集合で、誰にもバレないようにと。左様な事、天使には難しい相談かも知れぬが……」


 虫も殺せぬどころか、薔薇を手折るのにも涙しそうな黒天使の嫋やかな美貌を思い出し、老紳士は重いため息をついた。


 それを見ていたソルはニヤリと笑う。


「いや? あいつ、あんな顔して夜抜け出して彼氏といちゃついてるみたいだから問題ないと思うけど」


「ソル様!!! それどういうことです!?」


 国家秘密を超える天界秘密の漏洩に再びハンナが目を尖らせ、緊張した場は束の間の笑いに満ちた。


 




 


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