47. 金のスプーンと来訪者
闇ワクチンは神保ガンズの成功例をもって、ついに量産体制へと移行した。
喫緊の問題は「初期ロットを誰に打つか」である。
怜悧な知能をもって即断即決を掲げる蓼丸備悟は珍しく腕を組み、悩んでいた。ワクチンの接種事業は渡辺家の管轄だが、製造元として提言はしたい。
士族階級から、というのが本来の筋だが、未知の闇ワクチンに対し彼らは慎重すぎるあまり、かえって逃げ腰になる未来が容易に想像できた。
先ほど自分も打ってきた。
しかし正直、怖かった。
水系五級程度の力しかない自分が、闇魔素を体内に入れるのだ。
違うとわかっていても、黒みを帯びた薬液は屍人の血のように思えてしかたなかった。国のため、民のためと鼓舞しても震えが止まらず、何度も針を刺し直すことになって腕は絆創膏だらけになった。ハンナに精神麻酔をかけてもらわねば担当医を蓼丸式に処していたところであった。
ーーあれがおそらく大半の国民の感情だろう。士族から、というのが喜ばれるとは思えぬ。
小石川療養所の応接室で備悟の思考は続いていた。
向き合う東雲玄斎は、ワクチン製造工場からのレポートを見ながら備悟の回答を待っていた。
沈黙が続く。
東雲玄斎は、静かに帳面を閉じて備悟へ向き直った。
「備悟様。初期ロットの接種対象について、ご提案があります」
「聞こう」
玄斎は躊躇なく核心を述べた。
「下級隊士と町火消し。それに小石川療養所の一部職員を第一弾に」
備悟は眉をわずかに動かす。
「……士族ではないのか?」
「左様。未知のワクチンです。士族は実験台にされると受け止めるでしょう。しかし、下級隊士や町火消しは国のために危険に身を晒す者たちです。彼らが進んで受ければ、美談になり、反発も出ない」
玄斎の声には淡い熱が宿っていた。
かつてその前線で医師として働いていた男は、既にこの答えを決めていたようだった。
「それに、彼らが元気に職務へ戻れば――『ワクチンは効いている』という確実な証拠になります。消禍隊は江戸庶民からの信頼も厚い。世論への波及力は大きいはずです」
備悟は腕を組んだ。
「なるほど……世論形成という点でも合理的だな。悪くない」
玄斎は続ける。
「私は医師として、最前線にいる者を優先したい。下級隊士は感染リスクが高い。そして町火消しは、火事場や避難先で最も多くの人と接します。医学的にも、彼らが最優先です」
「小石川療養所の者は?」
「私の管理下です。副反応が出ても即座に対応できますし、医療従事者がまず接種すれば、人々の安心材料にもなる」
備悟はしばし黙考したあと、静かに息を吐いた。
「……強制ではなく志願という形にすれば、士族も文句を言えまい。士族も希望者は打てばよい。庶民にも寄り添う政策として映える。医学的にも、政治的にも整っているな」
玄斎は深く頷く。
「はい。医と政治、どちらにも無理のない最適解だと考えています」
備悟は決断する声で言った。
「よかろう。初期ロットは、消禍隊の下級隊士、町火消し、療養所の志願者……その三者優先だ。東雲殿、準備を頼む」
「承知しました」
玄斎は立ち上がった。
「接種会場は小石川療養所としましょう。万が一強い副反応が出た場合は、私とソルが対応しますので」
これから製薬プラントに行き、初期ロットの最終確認を行うという玄斎に備悟が鷹揚に頷いた。
それを遠巻きに見ていた観衆からソルがピョコンと手を挙げた。
「はぁい、じゃあ俺も――」
ふわふわと浮かび上がり、東雲に続こうとした瞬間だった。
「ソル君は、だめよ」
むんず、と猫の子を掴むように首根をおさえたシノのにっこりとした――だが絶対に逆らってはいけない種類の怖い笑顔がソルを地面へ縫いつけた。
「ひっ」
思わず反射的に着地し、魔力の浮遊が途切れる。
シノは優しい声で告げる。
「あなたねぇ……東雲先生の指導で魔法のお勉強はできるようになったみたいだけど。息子たちから聞いたわよ。生活態度が悪すぎるんですってね。ーー特に食生活が」
糧母神と崇められる食の化身シノの顔はもはや般若であった。
母からの叱責という体験のないソルがオドオドと視線を迷わせる。
「しょ、食? 僕、ちゃんと食べてますケド……」
「毎食マックのポテトで、飲むのは魔石シェイクだけでしょうが」
「えっ、だってあれが世界一うま……」
シノの笑顔の光度だけが上がる。
「ソル君。あなた、いつか倒れるわよ?」
東雲は横で腕を組み、小さくうなずいていた。
常に身体強化を施せる特級能力者とはいえ、基礎体力に食は不可欠である。ましてやソルは成長期。一度灸を据えねばならぬと思っていたところであった。それを看過せぬとは、やはり敬愛するガンズ隊長の奥方様は格が異なっていらっしゃる、と玄斎は深く感じ入った。
「いや、その、有難いんだけどぉ……俺東雲のオッサンと製薬プラントに行かなきゃでぇ……」
必死の視線を送られた東雲玄斎は、しっかりと首を横に振った。
「否、必要ない」
「ひっ!?」
魔力はあっても未だ医学知識の無い素人の子供にウロチョロされるほうが迷惑だと吐き捨て、玄斎は弟子に最後通牒を突きつけた。
「シノ様の言うことを聞き、きちんと食事をとるように。その後で渡した課題をやりなさい」
部屋を出て行く玄斎をニコニコと見送った糧母神シノは立ち上がった。
そして、引かず媚びぬ瞳で断言した。
「今日からあなたにまともな食事を食べてもらいます。食に代わって、お仕置きよ」
その言葉に、ソルの顔が真っ青になる。
主人に悩まされてきた従者であるハンナとハキムは揃って拍手をしていた。
「え、や、ちょ、ま……僕、野菜アレルギー的な……精神的な……」
「問答無用♡」
完全に逃げ道は塞がれた。
そこへ――もっとも面倒な男が、まるで狙ったかのように現れた。
玄蕃白。
ぽん、と手を打ち、満面の笑みで叫ぶ。
「話は全て聞いたよ! ねぇねぇ! こんな堅苦しい空気やめよ!? もっと楽しいことしよ⭐︎」
玄蕃は、高く金色のスプーンを掲げた。
「――第一回! 金のスプーンバトル、開ッ幕だァ!!」
「はあああぁぁぁぁぁ!?!?」
ソルの絶望した声が、廊下中に響きわたった。
◆◆◆
カメラが回り始める。
白い歯をこぼした笑顔で玄蕃が手を振った。
「はい⭐︎どうもみなさん、おはこんばんは〜!! ゲンバチャンネルのお時間がやってまいりました!!」
玄蕃が大きな金のスプーンをマイクのようにかざし、キラッと笑う。
土系特級能力者のテッサに急いで作ってもらった特別製だ。
会場には特別消禍隊から鉢屋テッサ、南海ノック、神保兄弟、そして飛梅音が揃っていた。
回復したばかりの神保ガンズは能力値が高く、暴発すれば小石川療養所の者ではおさえられない。そのため特別消禍隊の上級隊士たちが昼夜交代で護衛についていた。
といっても、ガンズの目覚めに1番喜んだ山本総局長が真っ先にその任を負ったことからもわかるように、見舞いの色合いが濃いものではあったが。
ようするに“金のスプーンバトル”とは、ちょうど入れ替わりの合間に生まれた、ささやかな休息の時間というわけである。
テッサは玄蕃の希望で小石川療養所中庭にガーデンキッチンをつくってやり、さらに植栽も指示通り叶えてやっていた。
その出来に、言い値でいいよ⭐︎と大層喜んだ玄蕃が言うので「1000万」と言ってみたところ即金で支払われたのでご満悦のテッサが会場で拍手をしていた。
「今回は特別企画! 『バベル王国からの留学生ソル君を健康にしよう☆料理バトル』を小石川スタジオからお送りしま〜す!!」
ウキウキとした様子で、ガーデンキッチンを玄蕃が紹介していく。
好きな英国のテレビ番組のセットを模したもので、彼のテンションは否応なく上がっていた。
「本日の審査員は〜? あっ! ごめんね! 幕府NGが出たので審査員のお顔はゼンカイジャーのお面を被って頂いております。ゼンリョクブラックのお面は闇医療界の新星ソル君! ゼンリョクブルーのお面はミカド幕府の重鎮にして華の独身貴族T丸様! そしてゼンリョクレッドはハラペコたちの神様、糧母神様だよ!! 拍手〜〜!!」
拍手が集まり、玄蕃は審査方法を簡単に説明していく。栄養バランス、見た目、味などを総合的に判断し、10点満点で審査するシンプルなスタイルだ。
「はい、もう審査員からしてメンツが強すぎて企画が負けてるね!! じゃあ、さっそくバトルに入っていくよ〜!!」
ファンファーレのSEが入り、競技はスタートした。
玄蕃は1番手前側の選手に寄っていく。
「今日の挑戦者は3組! さあまずは我らがアイドルotoちゃん〜〜!! 今日の姿はですね、なんと……魔法令嬢⭐︎プリンチペッサ!の主人公プリンちゃんコス! しかも日常モードの聖ステラ学院の制服だ~~!! うちのチャンネル視聴率、今跳ね上がりましたねぇ!!!」
玄蕃、ニコニコしながらカメラを寄せる。
制服姿にエプロンをつけたotoちゃんがアルミの弁当箱にタコさんウインナーを詰め終えたところで「よしっ♡」とカメラにウィンクした。
審査員席では感涙にむせぶ備悟が既に『10』の札を上げていた。
カメラがお弁当に寄る。
鳥ささみのチーズフライ、タコさんウィンナー、ハート型ニンジングラッセ、ほうれん草のおひたし、ふんわり卵焼き。そして梅しそご飯のおにぎりだ。
カメラがズームアップすると、otoちゃんはあざとく潤んだ瞳で見上げた。
「oto、先輩のために一生懸命つくりました! 食べてくれますか♡?」
本日は生放送ではないのでコメント欄を見ることができないのが残念だ。玄蕃はにんまりと笑った。
「きたぁぁぁぁ!!! タコさんウインナー……ハート人参……卵焼き!! かんわいい〜!!! 視聴者のみなさん、これが愛情の暴力でーす!! さーて、審査はいかがでしょう? レッツ⭐︎ゴールデンスプーン!」
審査員の3人はそれぞれ手札を上げた。
ソル5点
備悟10点
シノ7点
備悟が手札を組み合わせて109876549210点を勝手に作っていたがソルの背後に立つハンナに素早く奪われていた。
■ソル(5点):
ソルはタコさんウィンナーの脚の数を興味深そうに数えた後、申し訳なさそうに5点の札を出した。
「うーん。ベントーはアニメや漫画で見て憧れはあったからテンションは上がったかな。でも『先輩のために』って言われたけど、俺ポテトじゃないと脳みその動き悪くなるんだけど……? なんか他の『先輩』の匂いを感じました……ということで、5点」
■蓼丸備悟(満点10点):
採点前から泣きながら10点札を掲げていた備悟が白いハンカチで涙を拭い、メガネを直してから語り始めた。
「まず、尊い。包丁を握った瞬間、人間はここまで神々しく光れるのかと悟った。タコさんウインナー……あれは芸術だ。ハートの人参? 国宝にすべきだろう。あと弁当の色彩が完璧だ。otoちゃんの作るものには誰かを思いやる心がある。当然10点。何としても競り落としたいのだが、このままオークション形式で良いか? 何円スタートだ?」
■シノ(7点):
ミシュランガイドを愛し、食に愛された女、斎藤シノ。糧母神と讃えられる彼女は可愛いだけでは採点しない。
だが、愛情は確実に評価する。
「まず、見た目が素晴らしいわ。お弁当はね、開けた瞬間に心が元気になるのが何より大事。ハートのグラッセは火入れも丁寧。卵焼きも焦げひとつないし、栄養バランスも悪くない。……ただし。ソル君の胃袋と癖の強さを考えると、もう少しジャンク味を混ぜてもよかったかも。いきなり健康食オンリーは反動が出ますからね。でも、誰かを想う気持ちは何より尊いと思いました。7点です」
快調な滑り出しにご機嫌な玄蕃が空中でトリプルアクセルを決めた。
「初回から高得点でしたね! ありがとうotoちゃん! 続きまして、特別消禍隊 華の第七より南海ノック&鉢屋テッサ!! 南国出身のノック君はね、とにかく器用で料理スキルも超期待です。今回も地元の新鮮な海の幸で優勝ペスカトーレをつくっております!」
魚介を手際よく捌くと、パスタを茹でる湯を大釜でわかし、クセのない薬草とミックスリーフをあえたサラダをつくるノックの横で、テッサが優雅な手つきで皿を並べている。
気に入った皿に手頃なサイズがなかったようで、その場でリサイズしてみせるという土系特級能力者ならではの鮮やかなパフォーマンスにシノが興奮していた。
「えっ、うまそう。普通にうまそう。そしてテーブルコーディネートが完璧! これ食べたい! 僕この店通いたい! これはもう優勝ロードを爆走……」
ーーその時だった。
テッサが粉末魔石を豪速で投下したのは。
「!!!!!??????」
一同は絶句した。
そして初めて知った。
四元魔力の魔石を砕いて混ぜると、限りなく黒に近づき、ただの砂に見えるということを。
玄蕃のアナウンスは一挙に地下闘技場のような色合いに変化した。
「おぉおおおおおおい!!! 何の早技だテッサァァァ!?!? それは料理じゃない!! 粉砕魔石!! 医薬品!!」
テッサは動じない。
さらに薬草、地脈粉、謎の黒い液体を投入していく。
「ストーップ!!! えっ!? 止まらないんだけど!? テッサさん、自分の意思持ってる!? これ止められる人……あ、ノック泣いてる!!」
南海ノックは慟哭して天を仰いだ。
「やめろぉぉぉぉぉ!!! なんでだよぉぉぉぉぉぉっ!!?!?!」
テッサは肩をすくめて手を払った。
「ーーまだわからないようですね。至高の領域の栄養バランスというものが」
会場はざわめきに包まれた。
ハンナはカメラ前から外れていた玄蕃の袖をそっと引く。
そしてそのまま認識阻害をかけて囁いた。
「……もしや、テッサ様は料理が苦手でいらっしゃるのでは……?」
「いや、あれ、苦手ってレベルじゃなくない?」
「はい。それが『特級欠損』の特徴にございますーー」
ハンナは説明を始めた。
特級能力者には、能力値の尖りの代償として日常生活に大きな欠陥が出ることがある。
ある者は顔に水がつけられぬほどのカナヅチ、ある者は聴いた人間のメンタルを著しく損傷するほどの歌唱力壊滅、別の者は自宅に帰れぬほどの方向音痴などなど……。
鉢屋テッサの欠損は「味覚崩壊」なのだろうとハンナは言った。身内にも1人いるそうだ。
それを裏付けるように南海ノックは吠えた。
「だから特級超えるのをやめとけって言っただろ!! この味オンチ!!! どうすんだよこれぇぇぇ……っ!!」
パスタは完全なる暗黒物質と化していた。
ハンナは退きながら玄蕃に囁く。
「バベル王国では『特級欠損』は特秘事項です。出来れば編集でカットを……」
「りょーかい⭐︎ せっかくの戦力の痛いところを突かれたらお互い嫌だもんね。ただの料理下手って処理にしとくねぇ」
ハンナがソルの奥に戻るのを確認し、再びカメラの前に戻った玄蕃は「さーて、ペスカトーレが一気にダークマターになってしまったわけですが、判定は……!?」
審査員の3人はそれぞれ手札を上げた。
ソル5点
備悟0点
シノ0点
南海は「あんまりだァァァァァァ!!!」と泣き崩れた。
■ソル(5点)
「やっぱり魔石は早いよね。エナジーがすごいよ。噛めば噛むほど脳にキマる感じが……。え、パスタ? 食べてないよ。でも魔石の砕け具合は良かったから5点」
■蓼丸備悟(0点)
「……申し訳ないが、otoちゃんの繊細な感性が今まさに傷つきそうなので、その皿を下げてもらってもよいか? 蓼丸NGだ」
■シノ(0点)
「ノック君、あなたのパスタは本当に美味しそうだったのよ。だけど……テッサさん、あなたの粉砕魔石ぶっかけは料理ではありません。次回は、ぜひノック君だけで参加してくださいね? 金のスプーンの可能性は感じました。テッサさんは出禁です」
糧母神の名に相応しく、常日頃は春の陽だまりのように穏やかなシノの額に青筋がいくつも走っているのを見て、玄蕃は急いで切り替えた。
「ソル君が魔石だけ食って5点!! 2戦目にしてなんという大波乱!! 江戸の平和を守る特別消禍隊は、食卓の平和は守れないのか!? さあ、最後の一組は蘇った最強の隊長『不動明王のガンズ』の息子達、神保烈&剛だーーー!!!」
玄蕃が満面の笑みでカメラに寄る。
「まだまだバトルは続きます! チャンネル登録&高評価よろしくね⭐︎ コメント欄も盛り上げていこ〜!!」
軽快な音楽のSEが入るが、屈強な双子がキッチンステージに現れるや否や、会場の空気が変わった。
「さぁ!! 来ました!! みんな大好き、神保家の食いしん坊兄弟烈&剛!! 仁王フォームは封印しているが、通常フォームでも十分でかい! その筋肉は、すべて食のために!! これは期待できそうだ!!」
背中に“食のゴッド”である母シノの気配を背負い、“闘のゴッド”である父の魂を抱く烈と剛は堂々としている。
彼らは淡々と料理を続けた。
湯切りの音。
魚介の香り。
はじける油の音――。
流れるような作業に、2人の会話はない。
双子はまるで4本の手がある食の闘神のようだった。
玄蕃白がカメラを寄せる。
湯気の向こうから現れた丼に玄蕃が目を輝かせた。
「え!? ラーメン!? ここでラーメンだァァァッ!!!! 留学生を健康にするテーマで食の仁王が選んだメニューは『ラーメン』のようです!!! いやでも見た目はジャンクですが、中身……めっちゃ健康的なんだけど!?!?」
カメラがズームする。
煮卵と淡い塩気のハマグリ。
鶏胸肉チャーシュー。
色鮮やかに炒められた野菜達。
黄金色のスープ。
「整った!!! 丼で全てが輝いている! もはやラーメンという名の完全食だァァァ!!!!」
玄蕃の声に、ソルが目を輝かせて審査員席から身を乗り出した。
そして兄の烈が叫ぶ。
「ラーメン道に終わりはねぇ!!! 今日はハマグリベースの魚介出汁だが、とんこつ、醤油、味噌……バリエーションは無限大だ!! 毎日おあがりよ!!!」
玄蕃が叫ぶ。
「ちょっと待って、名言出た!!! これ食アニメの主人公が言うやつ!!!!」
いつの間にかギャラリーが増えていた会場は大歓声に包まれた。
審査員達は満面の笑みでそれぞれ札を掲げた。
■ソル(10点)
「うま……うま!!!! これなら食べる!!!! ラーメン好き!! 毎日食べる!!」
初めてまともな食事を「食べたい」と叫んだ主人の姿に、ハンナとハキムはそっと涙を拭った。
後にソルの叔母で四貴家当主夫人マーレはこのエピソードにいたく感動し、『食の伝道師レッツ&ゴー』というタイトルで仁王像をバベル王国に乱立させたという。
■蓼丸備悟(10点+おはだけ)
気づくと備悟の上半身の衣服はすべて消えていた。ラーメンに忍ばせられた回復系水魔力、そして感動のあまり“おはだけ”が発動したらしい。
「T丸様!?!? 脱げるほど美味いラーメンだったってこと!?!?」
玄蕃の問いに、備悟は震える声で詩を紡ぐ。
「……ああ……。このスープ……澄み渡る潮風が、胸の奥まで染み渡る……ハマグリの出汁はまるでひと晩語り合った恋人のため息のようだ。麺を啜れば、海原がたわむれに舌を撫でていく。烏賊も帆立も……まるで琥珀色に溶ける幸福な記憶のようだ……美味……この世に生まれてよかった……10点だ……」
「ポエムいただきましたぁぁぁぁ!! T丸様のラーメンポエム爆誕だぁ!!!」
会場からは大歓声が上がった。
■シノ(9点)
「とても良い出来よ、烈、剛。栄養、香り、食べやすさ……すべてよく考えられているわ。ただ――盛り付けのこだわりが、あと一歩足りなかったわね。料理はまだ高みに行ける。次を、楽しみにしているわ」
「糧母神の9点はガチの期待だ!! これは実質10点ですよ!!!」
玄蕃が高らかに叫ぶ。
「とういうことで、第一回優勝はぁぁぁぁ!! 神保烈&剛の海のラーメン兄弟!!! 金のスプーン、贈呈です!!! おめでとう!!!」
ギャラリーからも盛大な拍手とカメラ音が贈られた。
烈&剛はマッスルポーズを撮りながら記念撮影に応じている。
玄蕃はにこやかにカメラの前にもどった。
「いや〜〜もう最高!! 小石川がラーメン屋になってましたね!! 武威チューブで香りが届けられないのが残念だよ! 次回のゲンバチャンネルも絶対に見てくれよな〜⭐︎ チャンネル登録、高評価よろしく〜!!」
放送が終わり、烈&剛のラーメンを皆が楽しそうにすすっている。
otoちゃんに扮したまま飛梅は「おいしい……」と目を輝かせ、ソルは替え玉を頼み、備悟はスープを飲み干して天を仰ぎ、静かに頷いていた。
そんな空気の中で、玄蕃がふわっと空中に浮かび、足を組んだ。
「みーんなおつかれ⭐︎ いやー、助かったよ。最近さ、僕のコメント欄……粘着質な荒らしが増えててさぁ。“闇ワクチンは陰謀だ”とか、“玄蕃は本当はバベル人なのでは?”とか。たまに賛同しちゃう子もいて、もううんざりしてて! 今日は闇系じゃない話がしたかったんだよね〜〜」
飛梅が箸を止めて驚く。
「えっっ!? 日本人の玄蕃様のところにも荒らし、つくんですか!?」
玄蕃は肩をすくめて笑う。
「いるんだよ、最近。荒らしってさ、光に寄ってくる虫みたいなもんだからね」
そして、スープをひと啜りする皆を見渡してから、すこし声のトーンを落とし、しかし軽く言った。
「僕さ、陰謀論って、弱者の風俗だと思っててさ」
飛梅がきょとんとする。
玄蕃は続けた。
「だってね、“自分が不幸なのは、自分のせいじゃない”“世界が悪い、誰かが裏で操ってる”って思えると、すっごく楽になるじゃない? 自分を変えなくていいし、努力しなくてもいいし。何より、“自分は真実に気づいてる!”って酔えるんだよ」
彼は空中でくるりと回転しながら、軽く笑った。
「だから陰謀論って、現実に勝てない人間が心を慰めるための娯楽みたいなもの……そういう側面があると思うんだよね。僕にはどうもしてあげられないから、距離を置きたいんだよ」
ラーメンの湯気の向こう、玄蕃の瞳はいつも通り明るかった。
だが多少なりとも世慣れているシノ、そして諜報の任を負うハンナと南海は、彼が珍しく拘泥する様子に過去に何かあったことを感じ取って目を伏せていた。
しかし、またしても何も知らない飛梅が「ええ〜! 大変ですね。なにか実際に危険を感じるような事があったらすぐおっしゃってくださいね! 撃ちますから」と笑うと、玄蕃は破顔した。
「撃ってくれるの? 自慢の弓で?」
「はい、撃ちます。大丈夫です! 飛梅の矢は百射百中です!」
誇らしげに断言する飛梅に、思わず玄蕃が爆笑すると、つられて皆も笑い声を上げた。
すっかり顔が明るく戻った玄蕃は器を置き、空中でゆらりと姿勢を変えた。
「でもさ、ミカドに陰謀論が根付く気はしないんだよね。弱者でも這い上がれるチャンスがそこら中に転がってるし、しかも最近は海の向こうのバベルとも繋がった。やれば報われるって空気がちゃんとある国で、陰謀論にハマるのなんて……結局、一握りのナードだけだよ」
彼は肩をすくめて笑った。
「逆にね、そういうナードが出てきたら、それすら面白いコンテンツに変えちゃえるのが、この国の強さなんだよ。だって、ゴールデンエイジの子どもたちだよ? だからすぐ落ち着くと思ってるよ」
ラーメンの香りの中で、妙な説得力だけが柔らかく残った。
その言葉の直後だった。
ふっと、空気が張り詰めた。
「……ノック様」
「……ああ。来る」
ハンナと南海は同時に立ち上がり、一拍で索敵を開始し、防御体勢へ移行する。
次の瞬間、南海が低く告げた。
「索敵に……何かが引っかかった。複数だ」
ハンナも即座に魔力を展開した。いずれも5級程度のようだが、やけに力が揃っており、隠蔽されている可能性を感じた。
その気配を感じ取ったソルがラーメンの丼を置き、玄蕃と飛梅と視線を交わす。
誰が言い出すでもない。
だが三人はまったく同じ行動を取った。
その場にいた者全員を、自分の背後へと瞬時に転移させた。
その前にテッサと神保兄弟が鉄壁の壁となって立ち塞がる。
緊迫の中、中庭の奥、ガーデンキッチンの向こうから声が聞こえてきた。
やけに呑気な中年男と、燻銀の老紳士の会話だった。
「庭? 庭ってやっぱこっちかも? レイの旦那、もう少し歩けやすかい?」
「……セミマル殿。この国は其方の祖国ではなかったのか?」
「勘弁してくださいよ、セバスの叔父貴〜!俺っちミカド離れて20年すよ。大体、屍人じゃねえし、小石川療養所なんて来たことないんすよ〜!」
次の瞬間、三つの影が姿を現す。
祖国で見慣れた男達の奥にいる青年を見た瞬間。
ハンナは、防御盾を解き、何の迷いもなく跪いた。
ソルは「あれ?」と首をかしげ、「王子先生じゃん。どうしたの? 観光?」と平然と言い放った。
その瞬間――ソルの背後に隠されてきた備悟の目が大きく見開かれた。
(王子……? “王子”先生?)
煙のように軽く見える地味な青年。
しかし、確かにその顔は。
バベル王国第一王子、レイ・アーシリア・バベルその人だった。
静寂が、中庭を支配した。
茶色い髪の青年――バベル第一王子レイは、眼鏡を押し上げながら穏やかに微笑んだ。
「ソル君、久しいね。……すまない、ドクター・シノノメはいらっしゃるかな? 火急の相談でね。お忍びで来たんだが……」
そのお忍びの真後ろには、ミカド中どこへ行っても目立つ忍び姿の観月宮護衛官セミマルとモノクルをつけた白髪の執事セバスが堂々と並んでいる。
ーーお忍びとは?
そう一同は首を傾げた。




