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【最終章】大江戸オブ・ザ・デッド〜魔法全盛の江戸で、弓しか取り柄がない私ですが兄を探してます〜  作者: 森戸ハッカ
第四章:土の段『土は国なり。人はそこに立ち、そこへ還る』

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45. 報告書


◆◆◆



「屍病と闇魔素安定化処置(暫定名:闇ワクチン)について」


提出先:幕府外政参議 蓼丸備悟殿

提出者:小石川療養所 東雲玄斎




一、屍病の最新所見


屍病は瘴気のみの作用ではなく、宿主の魔素と闇エネルギーとの不均衡により発症・進行が左右される。


闇属性素質者が屍病に対し耐性を示すのは、闇魔素が瘴気に中和的に働くためである。



二、闇魔素安定化処置、闇ワクチンについて


闇属性者の魔素を採取し、毒化を起こさせずに安定化させる術式により、以下の効果を確認した。


・屍病初期症状の抑制

・黒斑の進行遅延

・瘴気曝露への耐性上昇


本処置はあくまで 闇魔素の安定維持 を目的としており、加工過程で生成される闇毒素とは一線を画す。


これまでの屍人個体の解剖・分析では、闇毒素と推定される残留物が一切検出されなかった。


これは屍人が活動中、体内の闇魔素を空気中へ放出してしまう 特性によるもので、原因物質が残らないという構造的な盲点があった。


状況が変わったのは、飛梅楽の昏睡症例を調査した際である。


その症例は既存の瘴気理論では説明がつかず、原因は不明であった。


とりわけ体内、とくに魔素経路(経絡)から、極めて微量ながら 闇魔素の非正常な変質を伴う残留物が確認された。


闇属性者の血由来と見られるにもかかわらず、自然生成では起こりえない構造的ゆがみ をもち、既存の魔素学の枠に収まらない成分であった。


飛梅音ほどではないにせよ、兄・楽にはわずかながら闇属性素質が存在したため、その受容残渣が体内に留まり、初めてこの変質物質――俗称 「闇毒素」 の痕跡を確認することができた。


この症例が突破口となり、屍病が闇毒素暴露と一致する可能性が高いと判明した。


本件は重大であり、追加調査を要する。



四、毒闇感受体欠損症について


ミカド皇国における大半の国民は、闇魔素を受け取り・分解・排出するための生得的器官、いわゆる 「毒闇感受体」 を有しない。


この体質的欠損を、医務局では 「毒闇感受体欠損症」 と呼称する。


特徴は以下のとおり。


分解不能体内に入った毒闇魔力を化学的にも魔術的にも分解できない。

排出不能通常の浄化術、解毒器官では対処が不可能。

闇の器官の不存在闇属性素質者にのみ存在する自己浄化機能を持たない。


以上の理由により、ミカド皇国の人間の大半は毒闇魔力に対して完全無防備である。


この体質的弱点こそが、屍病の一因であると推察される。


五、市中の闇毒素残留について(暫定指摘)



最近、瘴気汚染の可能性が極めて低い区域にて、屍病の症状が散発している。


調査の結果、市中流通する一部の電票の表面加工から、闇毒素と酷似した残留物 が検出された。


事実のみ記す。


・電票の常用者に症状が集中

・発症地域と電票大量流入区域がほぼ一致

・電票護符印影に闇魔素凝結材が使用された痕跡あり


加工意図については本報告書では論じない。


ただし、瘴気のない区域で起きた闇毒素症状 は、毒闇感受体欠損症と組み合わさることで被害が急速に広がる危険がある。



六、提言


1.電票製造工程の精査と一時停止


2.闇ワクチンの早期量産に向けた協定整備(闇魔素の安定輸入含む)


3.闇毒素症例の長期的観察体制


文書化に適さぬ事項については、後日直接説明したい。


以上、現時点で文面に落とし得る範囲にて報告する。


参議殿におかれては、外交交渉および闇魔素輸入の選定に、本資料を参考としていただければ幸甚である。



医務局長 東雲玄斎



◆◆◆


 

 音もなく降り立った影が、ひらりと報告書をつまみ上げた。


 転移直後の余韻が淡く揺れる男を東雲玄斎はほとんど睨みつけるように見上げた。


 玄蕃白は目を細める。


「ふむ……これは、なかなかのものですねぇ」


 声は軽い。しかし読み込む眼は鋭く、数ページをめくる手は迷いがない。


 闇魔素の安定化処置、毒闇感受体欠損症、電票への闇毒素残留――複雑な論を一瞬で把握していくその様子は、もはや才能というより異能に近い。


「闇毒素と瘴気の逆相関かぁ……面白い。それに、電票加工のこの術式。天才だ。東雲先生は若いのに優秀だね! 見た目はおじいちゃんだけど、僕と同い年くらいなんでしょう?」


 玄蕃はページを閉じ、無邪気な笑みを浮かべた。

 

 玄斎はむすっとした顔のまま、玄蕃の手から報告書をひったくった。


 その動きだけは、天才でも何でもなく、ただの苦労人のそれだった。


「君がどこにでも現れるのは知っている。だがな、これは幕府宛の正式文書だ。勝手に覗くな」


「やだなぁ。覗いたわけではなく、出現したら目の前にあっただけですよ⭐︎」


「それを覗いたというんだ!」


 玄斎の語気が強まるが、玄蕃はまったく気にしていない。


 すでに室内の別の場所へ瞬間転移しており、棚の上に腰を下ろして膝を組んでいる。


 ソルから転移術を教わった玄蕃は、最近自在にどこにでも現れるようになった。まるで神か悪魔のように。


 夜型のソルとは相性がいいらしく、執筆活動の合間に新技術を身につけてくるからタチが悪い。


 東雲玄斎の手にある報告書を見つめていた玄蕃は、一拍、唇に指を当てて考え込んだ。


「……しかし、ちょっと妙じゃない?」


 玄斎は嫌な予感とともに顔を上げる。


 この男が“妙”と言うとき、往々にして面倒ごとの前触れだった。


 上野事変で屍人に襲われながらも変異しない飛梅兄を秘密裏に確保していたときもそうだった。


 ドラマの原作制作のため、と小石川療養所でシノに付き纏っていた頃から“この時間に玄斎先生がいないのは妙”“研究員のシフトが妙”等々……妙と言い出す時は必ず答えに手をかけている。


「何がだ」


 玄蕃は机の上の地図を床に動かすと、転移でふっと天井近くに移動して見下ろした。


「先生、見てよ。屍病が出た街区の位置……集中してるよね?」


 指先が、地図の縁に沿う小さな街区を結ぶ。


 それ第七が春先に処理した枯野村の周辺だった。山を挟んだ近隣の村も3年前に災禍に見舞われていた。


 時期区分シールの色からして数年スパンはあるようだが、そこに確かに屍病の円環が生じていた。


 玄斎は眉を寄せた。


「その地域は瘴気濃度が低かったはずだ。人口も少ない。屍病の自然発生は考えにくいな」


「そうなんだよ。だから自然分布じゃないっぽくない? まるで誰かが意図的に置いていったみたいな形だよね」


 玄蕃の声は明るいが、内容はまったく明るくなかった。


 玄斎はわずかに目を細める。


 この男は本当によく見ている。


 玄蕃は笑った。


「それと……先生。吉原のことなんだけどね」


 唐突な話題の転換に、玄斎は眉を動かす。


「吉原? 歓楽街の?」


「うん。あそこ、闇魔力が他の街区より濃いよね。滞在してる僕がこうして闇属性能力に目覚めるほどに。でね、こないだ備悟サンから機器を拝借して数日前に観測してきたんだけど、魔力が濃いエリアとそうじゃない所の区切りが結構はっきりしてるんだよ」


 玄斎の手が止まる。


「……観測したのか。無断で」


「うん。ソル君と帆南堂先生連れてね。転移の練習ついでに」


 悪びれた様子もない。


 玄斎は頭を押さえたくなる衝動を抑えつつ、続きを促す。


「それで?」


「何百年か前、吉原って大火事があったらしいね。先生、聞いたことない?」


「……屍人の大量発生が原因ではないかと記録にある大火か。700年も昔だし、確証はなかったはずだ」


「そう。でもね、吉原書房に確認してもらったら、闇魔力が途絶えた所は火が回ってないところだったんだよ。ハンナ先生が地図作ってくれたから、興味があるなら渡すよ。ーーねぇ、もし吉原の大火が本当に屍人事件だったとしたら、屍人が大量発生した土地は闇魔力が濃くなるってことにならない?」


 玄斎は反射的に周囲の資料に手を伸ばし、最新の闇魔力濃度の記録と、過去の屍病流行図を必死に引っ張り出す。


「待て……過去の濃度平均は……いや、これは……」


 彼の視線が資料間を行き来し、眼差しが急速に鋭さを増す。


 小石川療養所から派遣されている幕府吉原屍病研究所の部下に連絡し、枯野村周辺だけでなく深川殲滅戦と上野事変の跡地の闇魔力を急ぎ測定し直すように指示を出し終えた頃には、指がかすかに震えていた。


 その横で玄蕃は飄々とした声で、しかし決定的な結論を述べた。


「もし屍人の群発地帯が闇魔力濃度の上昇点になるんだとしたら、屍人は結果として種を撒かされていることになるよね」


 玄斎の手が止まる。


 数字の前では慎重な男でさえ、その比喩の鋭さには一瞬息を呑んだ。


「……種?」


「うん。闇魔力の種。まるで誰かに命じられたみたいに、ね。行った場所に闇の種を置いていくんだよ」


 その声は軽い。


 軽いのに、あまりにも核心に近かった。


 玄斎は資料を握ったまま、ゆっくりと息を吐いた。


「玄蕃……軽々しく言うことではない」


「うん。だから言っただけですよ。まだ証拠はない。でも、数字がそう言ってる」


 玄蕃は指を鳴らすと、別の棚の上へ転移して腰を下ろし、ひらりと足を組む。


「ねえ、先生。みんなが持ってる電票に機構を入れて、誰かが屍人を闇魔素の散布装置として使おうと思ったら、出来ると思う?」


「――玄蕃!」


 そんなことをできるのは、この国でたった1人しかいない。


 東雲の鋭い制止が、深夜の医局長室に響き渡った。


 だが玄蕃の瞳はただ無邪気に光っている。


 その光こそ、天才の証であり、そして――怖さでもあった。


 玄蕃は棚の上で足を組んだまま、ぽつりと呟いた。


「ゾンビってさ……あ、屍人ね。日本ではそう言うの。ゾンビは天才ロメロがホラーにしたから恐怖の怪物ってイメージだけど……元々は違うんだよ」


 東雲が顔を上げる。


 玄蕃は遠い昔を語るように、静かに言葉をつないだ。


「ブードゥー教の司祭の使用人だったんだって。司祭が、死体を蘇らせて――使役してた。命令された場所に行って、働かされて、また次へ行く」


 その語り口は軽いのに、その内容は、深く、冷たく、夜気に落ちていく。


 玄蕃はくるりと報告書を指で示す。


「屍人が行った街が汚染されて、闇魔力が濃くなる。そこにまた他の屍人が寄ってくる。で、また濃くなる。……これ、全部仕組みだとしたら――」


 東雲の心臓が、ひとつ重く鳴った。


 玄蕃は静かに笑い、転移の構えをとりながら言った。


「――この国の司祭は、誰なのかな?」


 音もなく、闇の中へ消えた。


 残された玄斎の背筋を、遅れて冷たいものがゆっくりと這い上がってきた。


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