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大江戸オブ・ザ・デッド〜魔法全盛の江戸で、弓しか取り柄がない私ですが兄を探してます〜  作者: 森戸ハッカ
第四章:土の段『土は国なり。人はそこに立ち、そこへ還る』

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44.5.1【幕間】ゼンリョクジャー第39話『シズクのお正月! 忍び寄る闇堕ち!』より

 新年。

 朝日が差し込むゼンリョクイエロー黄島タクマの実家は、普段よりもさらに賑やかだった。


 江戸の田舎で話題のオーベルジュを営む貴島家だが、本日は貸切だ。


 客向けではない、裏口。

 貴島家の玄関の扉がガラリと開いた。


「お、おじゃまします……新年、あけましておめでとうございます……!」


 黒野しずく――ゼンリョクブラック。


 地球の文化にはまだ慣れない彼女が、ぎこちなく深々と頭を下げると、奥からタクマの母が明るい声で迎えた。


「まぁまぁ、しずくちゃん! よく来たねぇ! 寒かったでしょう?」


 今日は朝から雪が積もっていた。

 しずくのダウンの肩から雪を払ってやりながら、タクマの母はタオルを差し出した。


 ペコペコと頭を下げながら、“庶民の暮らし”を精一杯馴染もうとする元王女は「恐縮です……! これ、つまらないものですが……!」と言いながら、紙袋を差し出した。


 『初めて訪問するお宅には、ちょっとした手土産を!』と、人気女性誌mon-moのマナー講座ページに書いてあったのだ。


 タクマの母はたちまち相合を崩した。


「も〜! 気を遣わなくていいのに! いつもタクマと仲良くしてくれてありがとうねぇ。あれ、この袋やけに重……」と中を覗き込んだ母は絶句した。


 袋の底に輝いていたのは、ダラケルド王家の紋章の刻まれた金の延棒であった。


 しずくは初めての訪問に張り切った。


 しかし雑誌mon-moおすすめのお店に彼女の知るものはひとつもなく、『消え物は最低限のマナー♡ 手作りする時は、気を遣わせないバランス感覚が大事だよ♡』という文言に力強く頷き、宇宙船に転がっていた金の延べ棒をダラケルド技術でミニサイズにし、手土産にしたのだ。


「だ、ダメでしたでしょうか……? 金なら“日持ちする消え物”かと思ったのですが……」


 オロオロと手を上げ下げするしずくの肩を、ゴリラのような大きな手がガシッと掴んだ。


「母ちゃん、玄関先でなんだよ! ほら入れ入れ! みんな揃ってるぞ」


 エプロン姿のタクマに連れられてリビングに向かうと、ゼンリョクジャーのメンバーが揃って笑いかけてきた。


「おう、しずく! 今年も全力でよろしくな!」

「めでたい一年にしていけるよう、食当たりの薬はバッチリですわ。ご安心を」

「フン! お年玉は期待するなよ? こ、ここあタン♡の新年ご挨拶ボイスCDは千枚買ったがな!」


 その様子を見て、しずくは蕩けるように笑った。


 座卓には色とりどりのおせち料理。黒豆、数の子、伊達巻、栗きんとん。大皿にはタクマ家特製の巨大なミカド海老の姿造りが堂々と鎮座していた。


 しずくは目を丸くする。


「……こ、こんなに美しい料理……! ダラケルド星にはなかったので、とてもうれしいです……!」


「だろ!? タクマ母ちゃんのおせちは最高なんだよ!」とレッドが胸を張る。


「しずくさんも、いっぱい頂きましょうね」とピンクが笑うと、ブルーはいそいそと取り皿に取分けはじめた。


「これは……料理というより文化の宝石箱……!」としずくは震える。


 ぱく、ぱく。

 食べるたび、しずくの瞳がさらに潤む。


「……幸せです……ミカドに来てよかった……こんなに心が温かくなる味、初めてです!」


 それを聞いたタクマ母とメンバー全員が、ちょっとほころぶ。


 戦い続きだったゼンリョクジャーに訪れた、束の間の平和。


 笑い声がゆっくりと部屋に満ちていく。


 ――だが、その頃。


 静かにカメラがズームアウトし、別のシーンへ移行する。


 薄暗い部屋。


 闇の中で一つの電票だけが青白い光を放っている。


 その画面には、匿名掲示板の書き込み。


 誰かが薄ら笑いを浮かべながらSNSのコメント欄に入力する。


『ヤミワクチンはゼンリョクジャーの陰謀。みんな騙されるな』


 その指先は、まるで炎の前で踊る影のように揺らめいていた。


 ――平和の裏で、確実に何かが動き始めていた。



〜予告SE♪


 熱血ボイスのナレーション:


「タクマの実家でほっこりお正月! しかし平和は長くは続かない! ネットに流れた不穏な噂がゼンリョクジャーに牙を向く……!?」


 映像カット:


 画面に映る《ヤミワクチン陰謀説》の文字


 しずくが極太伊達巻きを抱えて困惑し、ブルーが神社の階段をPCを開きながら全力疾走している。


 責め立てる人衆の中、全裸で青ざめながら獅子舞の頭で股間を隠すイエロー。


 ピンクが「ヤミワクチンの供給停止ってどういうことなんですの!?」と悲鳴を上げ、レッドの真剣な眼にカメラが寄る。


 ナレーション:

「現れたのは、人の心を闇堕ちさせる闇の神官ダラダス! ゼンリョクジャー最大の危機が迫る!」


 映像カット:

 満身創痍のメンバーを背に、レッドが叫ぶ。


「全力で立ち上がれ、みんなッ!!」


 熱血ボイスのナレーション:


「立てるか? 闘えるか? 心の炎を燃やせ、ゼンリョクジャー!」



 全員:


「全力出さずに、何がヒーローだッ!!」



(続)

 


◆◆◆



 テレビ画面に映っていたゼンリョクジャーの次回予告が派手に幕を閉じる。


 音はリモコンを置き、ぱちん、とスイッチを切った。


「はぁ〜……今週も最高だなぁ、ゼンリョクジャーは」


 そう呟きながら、足元のこたつへ戻ってくる。白いニットワンピースでやたらと目立って胸部が揺れていた。効果音を入れるなら『たゆんたゆん』か『ぽいんぽいん』か迷うところだ。


 以前、ハンナが乳に関して飛梅音に問うたところ「弓は大胸筋が鍛えられるから、飛梅家では代々この大きさだ」と言っていた。筋肉はそのように揺れない、と爆巨乳を叩きたくなったのをハンナは必死に我慢したものだ。


 ふわりと温気が足に触れた瞬間、音は「あ~~~生き返る……」と小さく伸びをする。


 飛梅家の居間には、正月飾りと淡い光。


 煮しめや黒豆、雑煮の白い湯気が小さなテーブルに立ちのぼり、穏やかで優しい香りが空気を満たしていた。


 そして――


 それを覗き込む異国人が2人。


「これが、オショーガツの料理というものなのですね」

「資料用に写真撮っとけよ、ハンナ。ニッポンのコンテンツの定番じゃん!? 親の顔より見たやつだぞ、これ」


 メイド姿でこたつには入らず正座で背筋を伸ばしたハンナが、おせちにシャッターを切る。その横では、オーバーサイズの黒いパーカーにパンツ姿のソルが目を輝かせ「すげぇ、マジで伸びるんですけど。意味不明」と餅をつついていた。


「あはは……ふたりとも、ほんとに初めてなんだなぁ」


 音は微笑んで、そっと二人の前に白い皿を置く。


 飛梅音は正月は非番となった。


 それに合わせて、ハンナとソルを文化的体験宿泊させよという命をありがたく頂戴し、2人と一緒にダラダラと過ごしていた。


 その後方、陽の当たる縁側に椅子を出していた兄の楽が穏やかな表情でそれを見守っている。


 音とよく似た相貌の、線の細い青年だ。

 

 初対面の時、柔らかな声で迎え入れた彼を見たとき(ド受け顔)(ヤバめの攻めに執着される血筋)とハンナとソルは密かに念話を交わしていたほどだ。


 卒業旅行に向かう途中で災難に見舞われ約半年昏睡してた彼は、学友の多くを失っていたことを知って深く悲しんだ。


 婚約者のアネモネがいつもの姫騎士のような毅然さをかなぐり捨て、泣いて喜ぶ姿を見て、ようやくかすかに微笑むことができたほどだ。


 今日も身体は病み上がりでまだ本調子ではないものの、表情は明るい。


 妹が楽しげに笑い、異国の賓客ふたりが新しい文化に触れている。


 その情景が、彼には何よりの癒しのようだった。


 はしゃぐ妹の声を聴きながら、楽は微笑み、静かに熱いお茶を口にする。


 飛梅家に流れる、柔らかい冬の午前。


 それはどこにでもある小さな幸せで、しかし、ここに集う者たちにとっては、とても特別だった。


「そういえば、ソル様は日本に滞在されていたんですよね?」


 音が、黒豆をころりと皿に戻しながら首をかしげた。


「そこでは、こんなお正月はなかったんですか?」


 問いかけられたソルは、しばし考え、ゆっくりと首を横に振る。


「うーん。俺は半年しかいなかったし、ずっとホテル住まいだったからな。こういう“テンプレなお正月”は、初めてだ」


 その横で、ハンナが小さく頷きながら補足した。


「そもそも、ソル様が滞在されていた時期は正月ではありませんでしたしね」


「へぇ〜〜〜!」


 音の目がぱっと輝く。


「日本ってどんなところなんですか? 今まで“来た”人はいても、“行った”人はいないので……知りたいです!」


 テーブル越しに身を乗り出す音。

 その勢いに、ソルが一瞬たじろいだ。


 しかし、返答しようと口を開きかけたその瞬間——


「音?」


 柔らかだが、芯のある声で楽が制した。


 母が地元の祭事に出ている今、妹を諌めるのは兄の役目だ。戸籍上は姉になってしまったが、音はいつまでも可愛い妹だった。


 彼は湯呑を置き、妹の方に視線を向ける。


「あまり無理を言うものではないよ。ソル様が日本に滞在していたということは、非公表とするよう上から指示があったのだろう?」


「あ……」


 音ははっと肩をすくめた。


 ソルは苦笑し、湯気の立つ雑煮を軽くかきまわしながら言う。


「まあ……一つ言えるのは、ミカドより闇魔素が少ないから、俺たちにはキツい場所だよ」


 その当たり障りのない回答に、ハンナは内心微笑んだ。

 

 以前のソルならば、今すぐに転移して音を日本に連れて行っただろう。


 東雲玄斎の教育は、人としても主人を成長させているようだ。


「そっか……変なこと聞いちゃって、ごめんなさい! お兄ちゃんもありがとう〜!」


 音が素直に謝り、ほわっと笑う。


 楽はその様子を見て、小さく息をついた。


 音と楽、そしてソルの会話が一段落すると、こたつのぬくもりが再び部屋に広がり、場は穏やかさを取り戻していく。


 ……ただ一人、ハンナを除いて。


 彼女は箸を置き、礼儀正しく微笑みながらも——心の奥底にわずかな引っかかりを覚えていた。


(しかし……なぜ、止められたのか?)


 ソルが日本に滞在していた事実を「非公表とせよ」という命。


 日本人は、ミカド皇国にとって神々の化身。

 御霊を運ぶ者たち。

 その来訪は吉兆そのもの。


 ブランド好きの蓼丸兄は、“日本帰りのバベル人”という情報を公開するつもりだったはずだ。


 バベル王国との外交を華々しく展開したい備悟にとって、ミカド皇国では未知である闇属性能力のこれ以上ないアピールになるだろう。バベル王国に開領するという流れからしても、国の利益になりこそすれ、秘匿する理由はわからない。


 そんな彼を止められるほどの上層部、ということがひっかかる。まだ情報が足らなすぎる。諜報一家の人間として、これは中々にストレスな事態だった。


 転移の天才のソルと言えど、日本は容易に行ける場所ではないし、伴えるのはせいぜい1人だ。


 しかし、彼の地は死後の国のように閉ざされているわけではない。


 それは朗報ではないのか?


 神々の国に手を伸ばすなど烏滸がましいということだろうか?


 せっかく舞い降りた玄蕃のような日本人に帰る気を起こさせないためだろうか?


 ハンナの瞳が、ごくわずかに細められた。


(……今は考えても仕方ありませんね)


 音は笑い、ソルはこたつに溶けそうになり、楽はその様子を温かく見守っている。


 この時間を曇らせる権利は、誰にもない。


 ハンナは再び姿勢を正した。


(けれど……“なぜ秘匿されたのか”。この疑念は、後で必ず確認しておくべきでしょうね)


 こうして彼女は知らぬうちに、御三家の一角、髙橋家の影に誰よりも近づいていった。


 その時、遠い目をしているハンナの前に、にゅっと音が顔を出した。


「なんかハンナさん、難しい顔してません? もう一回、ゼンリョクジャー最初から見ます?」


 推し回だけにします? ハンナさんの推しって誰ですか?と言いながらリモコンに手を伸ばした音の手を、ハンナの白手袋がそっと包んだ。


「――で? タデマル隊長とは最近どうなんです?」


「なっ……! なんなんですかいきなり!?」


 飛梅が真っ赤な顔をして慌てていると、反対側のこたつからソルがニヤリと顔を出す。


「吐けよ〜トビ〜。密室で思春期の男女が2人きりなんだろ〜? ときめきメモリあっちゃってんだろ〜?」


「してないです!!」


 それを聞いた楽はたちまち青ざめた。


「本当かい? 音。蓼丸様と同室なのは闇魔力鑑定のためだと聞いていたが、ときめきメモリあってるのかい?」

 

「してないってば!!」


 音は真っ赤な顔で憤ったまま手を握りしめた。


 しかし、視線を落とすと、ぽってりとした唇を尖らせて呟いた。


「……そもそも、教官……婚約者いるし……」


 さっきまでとは打って変わって、沈んだ声。肩はすとん、と落ち、こたつの影に隠れそうになる。


「だから密室に2人きりでも、ずっと紳士ですよ。いるんですよ……すごく綺麗な……超絶名家のお姫様の婚約者が……。隊長は優しくしてくれる恩人ですが、好きになっちゃいけない人なんです……」


 部屋子の自分にも、あれほど優しいのだ。

 婚約者相手にはどれほどだろう。


 あの金の瞳の柔らかな色が、注がれる先は自分ではないのだ。


 音の胸は絞られるように痛み、ぽそぽそと声はしぼんだ。


 ハンナとソルは、視線をそっと交わす。


 ソルはハンナに念話を投げた。


(リンゴ君のヤンデレ狂気攻めに気づかないって正気か? こいつ。アボット家の読心術教えてやった方がいいんじゃないか?)


 ハンナは死んだ魚を見るように音を見て、小さく首を振った。


(手遅れです。トビウメ一士は鈍感力も特級です)


 それを聞いていた飛梅兄は、全てを包み込む優しい微笑みで妹を励ました。


「ーーそうか。邪推をしてすまなかったね。ほら、みかんをお食べ。今年のは特に甘いよ」


((鈍感力は兄譲りーー!!))


 ハンナとソルが戦慄する前で、楽はまだ慣れぬ転移でみかんを妹に渡していた。


 その時、ソルが決意した顔で音の瞳を見た。


「ーーおい、トビ。日本の情報をもう一つだけ教えてやる」


「はい! ありがとうございます」


 音が期待に顔を明るくする。


「ラッコ鍋だ。密室で、リンゴ君とラッコ鍋を喰うといい」


「ラララ、ラッコ!!!!???」


「ああ、有名な書物に書いてあった。ラッコ鍋を喰え」


 ええええ、と困惑する音に、部屋には笑い声が弾けた。


 冬の穏やかな日のことであった。



 


 


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