41. 遭遇
巨大生物および超常現象対策本部の監視室、『百目』はかつてないほどに緊迫していた。
壁一面に設置されたモニターには、まさに怪獣かのような巨人達が自国の領土を蹂躙する様子が映し出され、係員たちは緊張感に包まれていた。
月の明るい秋の夜だが、その美しさに今夜眼をとめる者はいない。
その中で、一人の係員が冷静にアナウンスを始める。百目頭目の西門だ。
特別消禍隊の索敵担当、50歳の少尉格。背筋はまっすぐだが、どこか柔らかさを含んだ佇まいがある。かつての戦いで失った片目は、今や彼の存在の一部として、年輪のような深みを感じさせていた。
深川殲滅戦の生き残りで、唯一軍務を続けている彼は、注意深くモニターを見上げている。
見えているはずのない視界にも注意を払うその様子は、経験と鍛錬によるもので、若者には真似できない老練の技術がそこにあった。片目を覆う黒い眼帯の奥には、失われた視界の代わりに、時代の変化をも見抜く洞察力が宿っているかのようだ。
口数は少なく、必要以上の言葉を使わない。それでいて、放たれる声には重みがあり、聞く者に安心感を与える。それは必要なときにそこにいることを心得ている男の、生き方そのものだった。
「――現在、孝悌会館神苑にて、謎の飛空物体の到来を確認。岩の城のように見えるが、詳細は不明。内部より3m前後の巨人兵が複数降下。全員、モニター確認を怠らないように。繰り返す、孝悌会館神苑に謎の飛空物体が到着」
西門の声が部屋に響き渡ると、別の画面に謎の飛空物体が映し出される。
城だった。
それはまるで岩の大地そのものが姿を変えて城となったかのような異形。元は切り立つ断崖を削って築かれたのであろう城壁は、鉄壁の守りを象徴するかのごとく高くそびえ立ち、見る者を圧倒していた。
――だが、それだけだ。
西門は再びマイクに向かって声を発した。
「敵の能力は不明。しかし、対策本部はこれを“レベル虎”と認定する。各部隊は対虎レベルの対応を行うように」
初めて見る異常事態に動揺していた隊員も、司令官の判断にたちまち冷静さを取り戻した。周囲の隊員達がすぐさま動き出し、指令が素早く伝達されていく。
「周囲の民間人を速やかにシェルターへ避難させよ。この任務は第五局が担当する。繰り返す、民間人避難は第五局に一任」
五局係員から即座に了という返信が来る。伝令の指示に従い、離れた場所にいた第五局のメンバーたちが避難指示を迅速に準備し始めるだろう。
「第七局、君たちには被害を最小限に止める任務を命ずる。繰り返す、第七局は被害を最小限に」
特別消禍隊の頂点に立つ第七局の伝令は、歌うように了を告げ、通信を切った。
最後の指示を終えた西門は、再び画面に視線を戻す。
モニターでは相変わらず巨人たちによる蹂躙の様子が映し出されていたが、第七局の即答は迷いや不安といったものを一切霧散させた。
『“虎”ごとき第七の敵にあらず』
そう言って部下を守り抜いた、かつての第七局長神保ガンズの偉大な背中と、この十数年でミカド皇国が失ったものを想い西門が静かに目を伏せたとき、司令官同士をつなげる専用木札がリィン!と高音質で鳴り響いた。
「はい、西門」
「西門さん、第七の蓼丸だ。確認したいことがあるんだが、いいか?」
特別消禍隊第七局長、蓼丸麟五。
未だ底の知れぬ魔力を持つ麒麟児。
彼のような名家の出身で目覚ましい才能を持つ若者は上層部にとってはまるで制御不能の嵐のような存在で、巻き込まれることを恐れて避けられることが多かった。また本人も傲岸な態度を隠すこともない。
しかし蓼丸はかつての第七局伝令である西門に対しては昔から誠意ある態度を徹底していた。そのことに、そこはかとない面映さを感じている自分を西門は自覚していた。
「問題ない。どうぞ」
西門の返事を待ってから、木札ごしに七局の者達とやり取りをしている声が聞こえてきた。
『もう一度、正確な数字を言え。飛梅』
『……2025、です』
『だからトビお前、適当なこと言うなって言ってんだろ! 局長と共に死線を潜ってきた“第七百目”を馬鹿にするのも大概にしろよ。毛唐女に誑かされてんじゃねぇよクソだらぁが』
『なっ……!! え、はい、何ですか? ハンナさん……今?? “局長と一緒に死線を潜ってきた第七百目が”って……プフッ!!……待って、ハンナさん、酷!……言えるわけないじゃないですか!』
『なんて言ったんだよォォ!!! あと、そのバッタを見るような眼を止めろよォォ!』
漏れてくる喧騒を西門は呆然と聞いていた。かつて自分がいた第七とも、これまで耳にしていた蓼丸の第七の噂とも異なる気配に面食らう。
西門の戸惑いは、涼やかな蓼丸の声で打ち切られた。
「西門さん、敵の巨人の数はわかるか? ご存知の通り、今ウチには“留学生”がいる。その留学生の指導の元、若いのが“視た”と言っている」
「視た?……第七は今どちらに?」
蓼丸の言った位置は孝悌会館に程近い公道だったが、それでも20㎞以上はある。索敵集団百目がミカドの重要施設に仕込んでいるカメラならともかく、敵勢力の正確な数がわかるはずもない距離だ。
だが百目には“バベル王国の留学生”の情報がすでに入っていた。闇属性能力のみを練り上げたという彼らとは早期の交流が予定されていたが、西門の本能が期待で戦慄する。
百目は水系の力で索敵を行う。
闇系の彼らが、水系の“視界に入れる”という索敵の縛りを破ってくれるとすれば?
西門はモニターを監視している部下に素早く確認した数字は、蓼丸が伝えてきたものの近似値。それだけで十分に二の腕が粟立つ。誤差の範囲だ。
そして彼は命にも代え難い存在であった上司や仲間達、自身の左目を奪った災厄を改めて憎む。群れていれば視界に入れることすら危険な場合が多い屍人との闘いに、この一手は間違いなく朗報だ。
「こちらでは2019という数字が出ている。実に興味深い。……“留学生”と早く会えることを百目頭目として心から望むよ、リンゴ君」
蓼丸は西門の声に曖昧に応えると、通信を切らずに再び周りとの会話に戻った。改めて通話に出たのは、聞き慣れない女性の声だった。
水の壁越しに聴こえるような、不思議な声。脳に直接流し込まれているような若干の不快感が耳から骨髄を走る。それは西門が初めて体験する念話だった。
「――初めまして、ミスター西門。2019体ではありません。敵勢力は首魁2人を除けば2025体。巨人二体は城内に、四体は通常のヒト型。あなた方は戦場に録画玉を浮かせていますね? そして浮かぶ玉には基地がある。 ヒト型は四機の録画玉基地に向かっている。施設内周縁部の録画玉が狙われています」
謎の巨城はバベル王国のものだという。それが真実であれば、この念話を行う留学生は奴らの仲間で、既知の情報を発見したように伝え、スパイとして信頼を勝ちとろうとしているという可能性もあった。
しかし女性が伝える情報は百目しか知らないものが含まれていた。ドローンカメラは導入されたばかりの新技術で、本日が試運転。
蓼丸すら知らないはずだ。もちろんバベル王国の人間が知るはずはない。
ーー間違いなく、声の主は見えている。
迷わず西門は部下に指示してカメラを切り替えさせ、ドローン基地に向かう人影を確認。充電塔《蟻塚》を地に隠すよう手配をした。蟻塚はドローンカメラを狙われるより遥かに厄介だ。
「詳細な情報、感謝する。……君の名は?」
「いずれ、また。今は主人を待つ身。その日までご挨拶を控えさせていただいております」
「名も聞かせてもらえないのか。女性にここまでつれなくされたのは初めてだな」
燻し銀の声に似合わぬ軽口に、微かに女性が笑ったのが感じられた。
「お嬢さん、これは念話かな?」
「左様でございます。貴方は闇の力をお持ちだと判断しました故」
「俺が……?」
口角が上がるのが止まらない。
明日が待ち遠しくなったのはいつぶりか。早く会いたい。そう心から願った。
「――最後に教えてくれ。さっき、第七の百目に何と言ったんだね」
「ヒャクメ?」
「索敵担当だ。確か緑の髪の……」
「……ああ。トビウメ一士曰く、彼は“死線を潜ってきた”そうなので。“死線を潜ってきて太っている方は初めてだ”と率直な感想をお伝えしましたが」
肉まん君とあだ名されていた第七の部下の姿を思い出し、たまらず西門は大口を開けて快笑した。
寡黙な司令官のいつならぬ姿をギョッとしたように周囲の部下たちが見るのを感じたが、構ってなどいられない。西門の全意識は通話の向こうにいる女性に注がれていた。
「無事を祈る。蓼丸の第七にいる限りはミカドで一番安全なので安心するといい」
「ありがとう存じます。……敷地内にバベル王国から観月宮の方々が到着されたようです。集団は城を目指していらっしゃいます。城とポート、どちらに合流しますか?」
西門に聞かせながら蓼丸に問うという器用なことをしてみせた女性に、第七の若い隊員が明るい声を上げた。
確か、名は飛梅音。ここ最近何かと話題になっていた新兵だ。留学生から闇系索敵技術を教わっている様子が伝わり、西門の胸は柄にもなく嫉妬に騒いだ。
「ハンナさん! タイヨウさんが……あと、こ、これはもしかして」
「――ええ、お待たせしました。主人が到着したようです」
ハンナと呼ばれた女性は鉄仮面のような声音を揺らさなかった。
しかし、その声には隠しきれない喜びと誇りがほころびを見せた。
それはまるで霞草の花畑が瞬く間に広がり、一面を純白に染めていくかのようで、通話越しのこちらの空気さえも柔らかく包み込むようだった。
「ミスター西門、ごきげんよう」
切られた通信機を名残惜しく西門はしばらく見ていたが、未来に目を向けるようにモニターを見上げた。
◆◆◆
通信を終えたハンナが飛梅の肩にそっと触れる。
『もう目を開けてよろしいですよ、トビウメ一士』
「ぷはっ……! これ結構しんどいですね」
『慣れるまでのことでございますよ。しかしここはとりわけ闇魔素が少うございますし、魔石を持って索敵を行ったほうがよろしいかもしれませんね』
潜水から上がったように洗い息をする飛梅に、そっとタイヨウの御霊石を当てた。基礎を持たせず魔力だけで作られたそれは、膨大な魔力がこめられてはいるが、幼い主人が見様見真似で作った物であるためロックが甘く“漏れ”が生じてしまう。
本来、所持者の生命の危機に陥った時のストック魔石となるはずだが、闇魔力の薄いこの地では有難いミスとなっていた。
闇属性の索敵は周囲に薄く魔素を広げて状況を把握するというものだ。そのため、三級能力者以上でないと満足に扱えない。
一方、ミカド皇国で普及している水属性の索敵は体内の微量な魔素を感知するらしく、必要魔力量も少なく精度も高いが、対象を視野に入れなくてはいけないという縛りがあるようだ。
実際、テッサの護衛の元で索敵を行ってきた南海ノックが行った巨人達の索敵数は正確だった。常に動く巨人達を見て計ることができるとは、正直驚いた。
飛来した岩石城は闇魔法の隠蔽がかけられているため見えなくても仕方がない。
闇系のアボット家がいるためバベル王国では育たなかった水系索敵に感心していると、当のノックは地団駄を踏んで憤っていた。
「侮るなよ! 先ほどは場外に逃げていた輩がいたようだが、現場したのが私1人であったからだ! 私の未熟さ故! 本来百目の眼は誤魔化せんぞ!」
西門に流していた念話の名残で、翻訳されていないミカド語であるにも関わらず意味は伝わった。
ハンナは目を細める。
(恐らく、この鑑定士も闇属性の素質をお持ちですね……)
だがノックの伸び代など今はどうでもいい。
ハンナは麟五と飛梅を見た。
『リンゴ様、我々が向かう先をバベル側に確認します。トビウメ一士、主人と念話いたしますので、それを黙らせていてください。気が散ります』
麟五は頷いたが、ノックを指された飛梅は「ええっ!?」と青ざめた。
薄く認識阻害をかけながらバベル語で念話を始めたハンナを見て、テッサが飛梅の袖を引いた。
「トビさん、ハンナさんは何と?」
「あっ、その〜……念話に集中したいからノック先輩をちょっと静かにさせてほしいって」
テッサは静かに頷くと、憤る南海ノックに向かい音もなく移動し、ノックは「なんだと!? おのれ、毛唐……」と言いかけるも手刀を叩き込まれて地に伏した。
しばらくして念話を終えたハンナは麟五と飛梅の前に戻った。
『敵本体は孝悌苑神苑におりますが、ヒャクメの新兵器カメラを狙って4人ほど手練れが散会しております。バベル陣営は本体を叩くので、その周辺に散った敵を地理をよく知るタデマル様たちにお任せしたいとのことでございます。いずれも水系単体特級であるようですが、問題はございませんね?』
麟五は鷹揚に頷くと、テッサに顎で指示をした。
「承る。テッサ、南海を起こして今の指示を伝えろ」
その時、飛梅はぞわり、と背筋が粟立つのを感じた。
ハンナに向かって、何かエネルギーの塊が流れ込んでいる。攻撃ではない。しかし未知の圧がそこにあった。
(何か、来るーー!)
起き上がったノックも、瞬時に集中の光を目に宿らせた。
『ーー失礼。我がアボット家当主が情報の共有を行うようです』
ハンナが素早く白手袋を外し、右手を麟五の前に掲げた。
本能に突き動かされ、飛梅と南海がその間に素早く入った。
そして瞬きを終える前に、彼らの目の前に複数のモニターのようなディスプレイが浮かび上がった。
どの画面も無機質なモノクロ表示でありながら、光の波紋が広がるように情報が更新され続けている。
最初のモニターには戦場のマップが映し出されていた。地形は単純な線と影で表現され、地形情報がわかりやすく配置されている。味方勢力は点、敵勢力は三角で表され、それぞれがどこに潜んでいるのかが一目でわかる。
次のモニターでは敵勢力のステータスが確認できた。「等級」そして「属性」だ。数値化された情報が淡々と記録されており、敵の個々の顔やサイズといった情報は表示されていないが集団としての戦力がどういう状態かが直感的に捉えられるようになっていた。
惚けたように見つめていた南海が「すごい……百目本部のモニターより精細だ」とディスプレイに手を伸ばした。
ハンナですら見たことのない、王家御庭番アボット家最高峰の技法に躊躇わず好奇心の目を光らせる南海に、麟五は目を細めた。
「おい、トビ。これはバベル語だな? 何と書いてある? 数字か?」
「あ、そうなんですね!? 私にはミカド語にしか見えなくて。 はい、等級です。横にあるのは属性ですね、この字が“水”なのでーー」
「これは?」
「こっちは魔力量かな。これが“1”、“0”なんで……」
乾いた砂に水が吸い込まれるより早く、南海はアボットモニターを理解していった。
モニターの維持に集中したいハンナは、彼の気の済むようにさせていた。
南海の異文化に対する順応性は、後年の両国の交流と発展に大きく寄与していくことになる。
ミカド語を理解しない留学生ルイに、彼が愛する『バベル純愛爆走組!』のアニメを見せて語学を叩き込んだのも南海だった。音声に薄く水魔力を流すことで吸収力を高め、わずか2日でルイを日常会話に苦労しないレベルまで成長させた。
ちなみにバベル王国に作者がいる『バベル純愛爆走組!』は、「どうせマトモに国交開いてないしバレないっしょ」と著作権を無視してヨシワラアニメスタジオが勝手に放映していたものであったが、バベル側のメディアを牛耳るルイの祖父が、この快挙を聞いて全く咎めることはなかったという。それどころか、寧ろ喜んで続編の資金を出したというエピソードはオタクたちによって後年まで語られることになった。
ちなみにステータスモニターに関しては、後年両国の共同研究により士気や指揮能力といったものまで把握できるようになるなど飛躍的に向上することになる。
その中心となったのは、後にミカド史上最強と呼ばれる百目頭目となり、歴史に名を刻むことになる南海だったが、今はそんな未来を知らずに眼を輝かせてモニターをスワイプさせていた。
「南海、状況を」
リアルタイムで敵の密度や移動の方向が反映されるたびに食い入るように見つめていた南海が背筋を伸ばし、ブリーフィングを始める。
「はい、バベル側から共有のあった通りです。4人が本隊と分かれ録画玉の基地に向かっているようです。我らはそこに向かいましょう。このモニターがあれば斥候はいりません。ーーテッサはハンナ殿を抱えていくように。こちらの御仁は水系に慣れていらっしゃらず、些か遅い」
南海の言葉をハンナに通訳していた飛梅が、一つ頷くと南海に告げた。
「相手は毒を使うそうです。ご注意を、とハンナさんが仰ってます」
それを聞いた南海が鼻で笑う。
「笑止! 特級水系の攻撃が毒とは聞いて呆れるな。敵はいずれも単体水系で一万かそこらだ。かき集めの特級でしか無い。ここにいる者たちより能力は低いが、油断せぬように」
そこで南海は麟五に向き合い、自信に溢れた目で不敵に笑った。
「ーー我らが庭を荒らす蛮族共に、“華の第七”を見せつけてやりましょう」




