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大江戸オブ・ザ・デッド〜魔法全盛の江戸で、弓しか取り柄がない私ですが兄を探してます〜  作者: 森戸ハッカ
第三章:風の段『風は動なり。鎖を持たぬ』

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37. 5 【幕間】ナリヒラの受難2

 時は少し戻る。

 

 ハンナのアンヴェールによって胸元に隠された微笑みの爆弾が披露されてしまった飛梅は、半分気を失いながらタイヨウに連れられて、何やら豪奢な和風建築の空間に転移した。


 カグヤ妃の住まう観月宮の内宮、大広間。


 障子からこぼれる柔らかな光の中で、観月宮重臣の息子ナリヒラが敷き畳にごろりと寝転んで居眠りしていた。


 昨晩は結局朝までルイの稽古に付き合わされ、少年は精も魂も尽き果てていた。何より、悪夢のように顎が痛い。


「……君! ナリ君! 起きて!」


 泥のように眠る身体をゆさゆさと揺さぶる少女の声に、ナリヒラは苛立った。


「……ん? 何だよ……」


 まぶたを開けた彼の視界に飛び込んできたのは――


 自分を揺さぶる主人の想い人のタイヨウではなく、その背後から覗き込んでいた淡い紫色の髪をした少女だった。


 透明感のある白い肌。


 吸い込まれそうなサファイア色の瞳。


 白い軍服のような衣装はなぜか胸元が大きくはだけ、目を疑うほど豊かな乳房がまろびでそうになっていた。 

 

 その上、小さく息をのむ少女の顔にピントが合った瞬間、目を見開いた。


(ま、まさか……!)


 あの新進気鋭のカメラマンAnemoneがプロデュースする『えっちすぎるコスプレ天使 ♡otoちゃん』が、息をして、そこに立っていた。


 2年前に流星の如く現れ、イベント等に登場するわけでもない謎多きコスプレイヤーだが、吉原書房の写真集の売り上げランキングの頂点に君臨し続ける天使。


 コスプレ用のウィッグも、濃い化粧もしていないが、俺にはわかる。


 毎晩のようにタブレットで最新情報をチェックして、写真集は布団の中に隠してきた俺にはわかる。


(otoちゃんが、いま目の前で呼吸しているーー……! すっぴんのが可愛いってやばい!!!! そしておっぱいやばい!!!!!!!)


「起きた? ねぇ、ホタルさんがどこにいるかわかるかな!? トビ……こちらの音ちゃんに、大至急リンゴ君の洋服をもらわなくちゃいけなくて」


 男達に己の口を蹂躙させた蓼丸麟五の名は当分聞きたくなかったが、(オトちゃん……otoちゃんって言ったな!? やっぱり本物! 夢じゃねぇ!!!)とナリヒラは瞬時に立ち上がった。


 事情はわからないが、えっちすぎるコスプレ天使の危機を救えるなら本望だ。


「……案内、するよ。ついてきな」


 声は低く、クールに。

 だが耳まで真っ赤だった。


 タイヨウがいつもと違う少年の調子に首を傾げていると、そこへナリヒラの母ホタルの声と襖を開ける音がした。


「ナリヒラー? 起きたの? あらっ、来てたのタイヨウちゃん。あらまあ、かわいい女の子まで――」


 otoちゃんを見て目を丸くした母の顔に、ナリヒラの背筋が音を立てて凍りつく。


「きゃーーー! もしかしてこの子、ナリがいつも見てるあの子じゃないの!? なんで!? お忍び!?」


 恐ろしいスピードで近づいてきた母は口元を手で覆いながら、しかし声はでかい。


「お、おかあっ、やめて、ほんとやめて!!!!!」


 人生最大の羞恥にナリヒラは白目を剥いた。


「思い出した! otoちゃんね! ほらアンタがベッドの下に隠してる写真集の——」


「言うなああああああああああああ!!!」


 大広間に響く悲鳴。

 タイヨウが肩を震わせ、飛梅はキョトンとした。


「コスプレの時はいっつも濃いメイクしてるから、バレたの初めてです……」

「あら〜! こちとら吉原の人間だもの! わかるわよ。私達がいつもどれだけ濃いメイクしてると思ってるのよホホホホ」


 追い打ちは止まらない。

 全世界共通で、いつの時代も、思春期男子の敵は母なのだ。


「ねえねえ、あなた、サインしてくれない? 旦那もツテを使ってくれたんだけど、Anemoneさんしか窓口ないんでしょう? 事務所入らないの? ヨシワラグループ興味ない? うちの子ねぇ、ほんっとにあなたのこと好きで、もう、毎晩──」

「毎晩とか言うな!!!!! やめてくれよ母ちゃん!!!!! 死ぬって言ってんだよ俺は今!!!!!」


 母は息子の悲鳴など聞こえていない。しかし主人カグヤ妃の息子の恋人タイヨウが袖を引くとさすがに止まる。


「ホ、ホタルさん! お話し中、ごめんなさい。音ちゃんがトラブルで洋服がやぶれちゃって。ここにリンゴ君の服があるって聞いて取りに来たんです。僕達、すぐに戻らないとで……」


「あらまぁ、大変。ちょっと待ってて、すぐ用意させるわ」


 鈴を振って侍女を呼ぶと、素早く指示を出して、ホタルは再び母マシンガンを装填した。


「ねえ、otoちゃん。待ってる間にね、あのポーズ取ってもらっていい? ほら、あの!ゼンリョクジャーのポーズ! せっかくだから生で見たいじゃない!」

「母ちゃん!!!!!!!!!!!!???」


 飛梅はよくわからないまま、とりあえずゼンリョクピンク春風モモカのポーズをした。


 胸元で指ハートを作り、あざとくウィンク。片足は内股で、つま先をちょこんと揃えて。


 ーー飛梅流師範として、恩には礼を尽くさねばならぬ。


 「春風モモカ! ゼンリョクスマイル、届けちゃいますっ!」


 ナリヒラは衝撃に天を仰いだ。

 鼻の奥で血の香りがした。鼻血だ。

 かわいい。かわいすぎる。かわいいは暴力だ。


(やばいやばいやばいやばいやばい、死ぬ、無理!!!!!!!!)


「きゃ〜〜!! 可愛いわぁ!! もっと見たいわぁ!」


 ホタルの喝采に、飛梅は流れるように次のポーズをとる。


「心も身体も癒しますっ♡ あなたの心に、やわらかピンク!」


 胸の前で両手をそっと重ね、腰を少しひねりながら微笑む。視線はナリヒラだ。何という確定ファンサだ。泣きそうだ。


「これ知ってるわ! あんたが隠してる写真集の7ページ目のアレでしょう!!!」

「母ちゃんほんっっっっっっと黙って!!!!」


 ノッてきた飛梅は、やはり特撮はバンクシーンを決めないと、と片足を背後に上げ、手をハート型にして真上に掲げた。


「心ときめく、桃色戦力! ゼンリョクピンク!」


 そしてあざとく上目遣いをすると「ですわ♡」と唇の横にハートを添えた。


 その瞬間、ナリヒラは心臓を撃ち抜かれ、大広間の畳に膝から崩れ落ちた。


「ああああああああああああああああ……」


 ありがとうございます。

 その一言すら口にできなかった。


 飛梅に拍手していたタイヨウが、生暖かい半眼でその様子を見つめていた。


 侍女が持ってきた替えの服に飛梅を素早く着替えさせると、ホタルは「今着けたの、ウチが最近プロデュースしてる闇魔術具ブラジャーなの! 認識阻害効果バツグンよ。そんな綺麗なお胸なのに、サラシなんてだめよ。替えもたくさん入れとくから持ってきなさい。カグヤちゃんがお胸が大きすぎて洋服が似合わないって文句言うから開発したのよぉ」と唐草模様の風呂敷に土産をどんどん詰め込んでいった。


 飛梅が頬を染めて頭を下げた。


「ホタルさん、ありがとうございます! 本当に助かりました。お礼は必ず……!」


 ホタルはその言葉に相合を崩した。


「お礼なんていいのよぉ。困った時はお互い様。またいつでも来てね。息子も喜ぶわ」


 タイヨウが笑って手を振ると、来た時と同様に、ふたりは夢か幻かのように消えた。


 ーーその晩、布団の中で、ナリヒラはうつ伏せのまま、動けなかった。


(……無理……無理……無理……あれは……夢じゃ……ない……)


 顔が勝手に熱を帯びる。


 otoちゃんが見せた、あのポーズ。あの声。


 その一瞬だけ、自分のために向けられたように見えた、あの笑顔。


(ゼンリョクスマイルって……言った……言ったんだよ……俺の目の前で……)


 枕に顔を埋め、転がる。


(なんで俺は「ああ」しか言えなかった!? もっとなんかあっただろ!? いや無理だった!!! 生身で来られたら死ぬ!!! 尊死!!!!!)


 布団の中が熱い。顔も熱い。心臓が走っている。


 ふと、思い出がさらに刺す。


『ねえ、ちゃんと見ててくださる?  ゼンリョクピンク、いっきまーすっ♡』


 人差し指を唇に当てる、あの甘やかな仕草。


 実際はやっていなかったかもしれない。もはや妄想と現実の境が少年にはわからなかった。


 ナリヒラが布団の中で悶絶した。


「……っっあああああああああああ!!!」


 やっぱりサインもらっておけばよかった。


 そう後悔するナリヒラは、まだ知らない。

 

 最大の後悔がまだであることを。


 しばらく後になって蓼丸麟五にotoちゃんのサインをねだり、心胆寒からしめるという言葉の意味を知るほどの後悔することになるということを。



 


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