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大江戸オブ・ザ・デッド〜魔法全盛の江戸で、弓しか取り柄がない私ですが兄を探してます〜  作者: 森戸ハッカ
第一章:水の段『水は道なり。行くべき先を拒まぬ』

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4. 特別消禍隊第七局専用寮〈サンクタム1〉

 先進的な佇まいのビルの前で撮影はスタートした。本日は吉原書房出版部の紹介で吉原アミューズ芸能事務所のスタッフが現場を仕切っていた。


 日本の文化が伝来して発展したミカド皇国のファッションについて、玄蕃は『江戸パンク』と名付けていた。


 髷を結っている者こそほぼいないが、着物を好む者は多く、洋装と上手に組み合わせている印象だ。


 人気動画配信者となった玄蕃白が人懐こい笑顔をカメラに向かってつくる。日本にいた頃に愛用していたヨウジヤマモトを意識したファッションを身に付けている。「着たい服が着たい!」とミカド国内で立ち上げたブランドのものだ。それも吉原グループが後援についている。


 異世界転移してきた日本人は古来より様々な恵みをもたらしてきたため、ミカド皇国で神として扱われてきた。


 エンターテインメント界の覇者でありBL作家であるという異色の玄蕃は幕府にとっては持て余し気味の外れ神であったが、国内随一のコングロマリット企業である吉原グループにとっては紛れもなく福の神であり、本日もスタッフは陶然とした面持ちで彼を囲んでいた。


「はい、どうも〜! 今日も始まりました、ゲンバチャンネル『マシロのタテモノ探訪』! ボクが楽しいだけのこのシリーズ、本日は……見てくださいこの建物、やばくない!? “未来の城”って呼ばれているらしいよ。みんなの憧れの寮! 特別消禍隊専用寮〈サンクタム〉だよ〜!!」


 カットが入り、カメラは寮の外観を映した。全面防弾魔法陣入りのガラス張りにウッドフレームという洗練された近代的なファサード。植栽が美しく配置されたセキュリティゲートの向こうには水の流れる中庭が見える。まるで高級ホテルのようなエントランスだ。


 スタッフが玄蕃にカンペを出した。


『倍率のPRをお願いします!』


 スタッフの横にいる特別消禍隊広報部の人間が真摯な顔で見つめている。彼の手は祈りの形できつく握られていた。


 カンペに視線を滑らせた玄蕃は子犬のような笑顔でナレーションを続けた。そこに迷いは全くない。幼い頃から『初体験でも、それっぽいことを行う』ということは得意だったなと振り返る余裕すらあった。

 

「ここ、実は全国から入居希望が殺到してて、倍率20倍なんだって! 特別消禍隊寮サンクタムは15歳以上で独身の優秀な能力者が入れる場所。今日は特別にお邪魔しちゃいましょうね〜!!」  


 ホッとしたように広報部の隊員が頷いている。眼鏡姿の実直なサラリーマンのような男性だ。


 高能力者ばかりを集める特別消禍隊だが、屍人と戦うという性質上、命の危険と隣り合わせであり、年々志望者が減っている深刻な状況なのだという。


 今回、玄蕃が伝えたのは寮の倍率だ。嘘は言っていないが、ギリギリの優良誤認を招く話法だ。


 自動ドアが開き、カメラはロビーに切り替わった。玄蕃が持ち込んだインテリア雑誌や旅行雑誌を参考に高次元の能力者たちによってつくられた寮は、確かなクオリティであった。


「おお〜……!? 見てこれ、ラウンジ! 完全に外資系高級ホテルのロビーだね。植物の香りと……あー、これ、俺好きなんだよね。マンダリンだ。アロマ最高〜!」


 エントランスロビーの奥には黒エプロンをつけたバリスタが微笑むカフェの併設された談話ルームがあり、隅には卓球台やボードゲームエリアも設られていた。玄蕃が興奮でふるりと震える様子をカメラはしっかり捉える。


「見事だよぉ〜! ここ造ったシェフを呼んで〜!! ロンドンとNYと東京のいいところが絶妙なバランスで箱におさまってる!!」


 感性が赴くままに玄蕃がレポートを続けていく。完全にゾーンに入っており、言葉は流れるように飛び出していく。


「今回はなんと特別に、一番人気の2人部屋タイプを見せてもらえることになってます! さっそく行ってみよ〜!」

  

 国防機関施設であるため、居住スペースへの移動シーンは機密情報となり全てカット。


 スムーズに場面は移り、絨毯と間接照明で美しく演出された廊下の手前側にある一つの扉にフォーカスされると、玄蕃は指示通りにノブに手を掛けた。


「このドアが……あ、開いた〜!」


 部屋に入ると視界は一気に明るくなった。ベッドが両サイドの壁にめり込むように設られており、十分な広さを持つ本棚や衣装棚がインテリアに溶け込んでいる。全面窓が見える中央のリビングは快適なカフェスペースになっていた。


「……え、これが寮!? すっごいよ! 予想以上!! 広っ! 床が無垢だし、天井も高い! コンクリートの壁もおっしゃれすぎない? で、この窓よ!! 見晴らし〜!! この寮は新人さんを中心に若手が対象だから孝悌苑っていう訓練施設に併設されてるんだけど、この高さから見たらタダの森! あれ、これベランダ出れるんじゃない? 出ていい?」


 カメラ越しに特別消禍隊広報部に確認した玄蕃は歓声をあげながら扉をあけて「……ちょっと新米のくせに贅沢すぎん?」といたずらっぽい顔でカメラに顔を寄せた。あまりにメロすぎると、後日100万回再生されたシーンの次はこの部屋の住人の紹介だ。


 この部屋は第七局の期待の新人2人が利用しているという。本日の撮影ではそのうちの1人がベランダに呼ばれていた。

 

 玄蕃が自らより遥か長身の隊服の男を見上げる。


 生まれながらのセレブリティを思わせる佇まいの男だった。艶を帯びた長い黒髪は無造作に一つに束ねられ、その整った横顔と共に隙のない硬質さを演出している。


 完璧に着こなされた隊服、感情の読めない理知的な眼差し。生まれつきの品位と落ち着きが、彼の輪郭をくっきりとさせていた。


 一目で彼を気に入った玄蕃は、ニコリと微笑んだ。


「渡辺塔さん、でいいのかな? トー君?」

「……ハイ」


 後手を組み、視線も合わせぬ様は面倒くさそうですらある。転移してきた日本人という希少な存在を前に興奮するか畏怖するミカド人ばかりと接触してきた玄蕃の心は踊った。


「この寮、めっちゃいいね! インテリアだけじゃなくて、見晴らしまでいいよね! この庭で花火あげたり、野外映画館とかやったらいいと思わない?」

「……ハイ」

「こんなに素敵だと、女の子連れ込みたいな〜とかなったりする?」

「……」


 動画配信プラットフォーム武威チューブの軽快なノリに全く沿おうとしない塔のふるまいに心を深く射抜かれた玄蕃がひとしきり爆笑すると涙を拭いながら言った。


「受けにしか優しくしない感じ、最高だね〜〜! 君、僕のBLに出していい⭐︎?」


 顔面蒼白になった広報部が背面に倒れ込むのを支えたプロデューサーが「カット! カットでお願いします!」と大声を張ると、現場は5分の休憩時間となった。


 広報部の御手洗(みたらい)は普段はシワひとつない黒いスーツが乱れるのも構わぬ様子で、水を持ってきた飛梅に縋りついた。


「と、飛梅君、君がやっぱり出られないのですか!? 渡辺君はその、あまりこういった広報活動には向いていないようなのですが!?」

 

 特別消禍隊の戦闘部隊に属さない、広報部など裏方の人間たちは、基本的に選抜試験に落ちた者達から選ばれている。


 御手洗の頬のこけた痩身からは誠実さと、優秀故に性格破綻が看過されている隊員達を裏方から支える苦労が滲み出ていた。


「御手洗さん、何度も言いましたが、自分はちょっと……顔を出したくなくて……」

「なぜ!」

「じ、事務所NGで……」


 目を白黒させて泳がせる音と、それに縋る御手洗のやりとりを面白そうに見ていた玄蕃が音もなく忍び寄ると、ニコニコと笑いながら2人の肩に手を置いた。


「ねぇ、僕は玄蕃。君の名前は?」


 人の良い笑顔で覗き込まれた音は、思わず微笑み返した。


「はい。自分は特別消禍隊第七局一士飛梅音です!」

「音……。音、ねぇ。渡辺君と同室ってことは、男の子、なんだよね? 動画は嫌なの?」

「はい、そうです。そのぉ……家が商売をやってまして、動画配信は家業的にNGで……」


 飛梅は指でバッテンを作り、上目遣いで申し訳なさそうに謝った。


 バイトのコスプレイヤーの時は体感1cmの厚化粧をしているから問題ないが、素顔はまずい。


 弓道場を営む飛梅家は、地元の流鏑馬(やぶさめ)大会などのイベント参加や消防団による屍人狩りへの協力など顔が知られる機会が多い。顔を見ればバレる確率が跳ね上がる。


 兄と入れ替わる8ヶ月間、動画や広報には一切出ないというのが母と決めたルールであった。圧倒的な人気を誇る日本人の動画などもってのほかだ。


「僕はともかく、塔君も塔君だよ。御手洗さんも言ってたでしょう? 新人勧誘の動画なんだから、もう少しにこやかにしたほうがいいよ」


 塔はパイプ椅子にどっかりと太々しく座って王のように片眉を上げた。


「……そういうのは苦手だ。トビが出ればいいだろう」

「聞いてた!? 僕は無理なんだよ! そういうところあるよ、塔君。何回言っても、便座も下げてくれないし」

「……ウチでは自動だったから」

「そんな話してないよ! 掃除と整頓は隊のルールじゃん。カイロ教官にも叱られてたでしょう。 道場でもやっちゃだめなんだよ」

「飛梅君〜! 便座も下げない渡辺君じゃなくて、やはり君が〜!!」

「ごめんなさい〜! 事務所NGです」


 丁寧な物腰ながら断固として受け入れる気配を見せない音を面白そうに見ていた玄蕃は指をパチンと鳴らして注目を集めた。


「ねぇ、みんな! 僕、いいもの持ってるよ⭐︎!」


 ウィンクをした玄蕃に、嫌な予感がした飛梅はサッと鳥肌が二の腕に立つのを感じた。



◆◆◆



「はい、ということでねぇ! 今日はこの部屋の主、特別消禍隊の期待の新人サンに来てもらっています! 隊には機密情報も多いということで顔出し&名前出しはNGだけど、寮の住み心地なんかはオープンに聞いてみましょうね〜」


 舞台はベランダだ。明るい太陽の下で大きな笑顔をつくる玄蕃の白い歯が輝く。

  

 その横で、ひょっとこの面をつけた飛梅が背筋を伸ばしたままの姿勢で綺麗な礼をした。頭部は手拭いで覆われており、特徴のある紫の髪の癖毛も隠されている。


「お越しいただきありがとうございます。本日はよろしくお願いします」

「うーん、硬い! でもそこがいいね。早速なんだけど、この寮とっても素敵だね。住み始めてどのくらい?」

「自分達新人は、ちょうど1ヶ月になりますね。とても素晴らしい寮をご用意頂いて、隊の活動の励みになっています」

「淀みないねえ〜! さすが特別消禍隊ルーキーは優秀だね。ひょっとこだけど。あ、このお面は僕の私物で、隊の方針じゃないよ! 念の為⭐︎」

「ご配慮いただきありがとうございます」


 飛梅が再び美しい礼をするが、その姿がひょっとこ面に手拭いの頬かぶりというシュールさがツボに入ったらしく、渡辺が唇を噛んで上を向いて笑いを堪えていた。


「ねぇ、新人研修はどんな感じ?」

「そうですね。今は集団での総合研修ですが、今後は担当教官がついたOJTに移行するそうです。新人それぞれの能力が異なるため、適性を見極めて教官をつけて頂けるそうで、今から楽しみにしています」

「そっかぁ。江戸特別消禍隊はタスクフォース的な意味合いが強いから、隊によっても特色が分かれてるんだもんね? さらに個人の能力にあわせてってなると、かなり手厚いね」

「はい、成長できるという期待でいっぱいです」


 珍妙な見た目を忘れるほどに期待を上回る回答に御手洗は感涙で咽び泣いていた。


 打てば響くといった飛梅の応対に目を細めていた玄蕃が、唐突に、そして大胆に笑顔のまま核心に切り込んだ。


「……ちょっと聞きにくいことを聞いていいかな? 君達が駆逐対象とする屍人は、いわゆるゾンビだよね」


 一斉に緊張する周囲とは裏腹に、飛梅は小石を投げ込まれた湖より早く落ち着いて返事をした。


「ーーはい。屍人は動く屍です」


 玄蕃はチェシャ猫のように一瞬笑った。


 それは、まるで熟練者のフェンシングのようだった。


 国内随一の国防組織の人間に対して、民草が聞きたくても聞くことができない問いを、異世界から渡来した日本人という治外法権を許された身分を刀にした玄蕃が斬り込んでいく。


「時間が経ってから、っていう討伐はほとんどないって聞いてるよ。つまり直前まで『人』だったわけだね」

「はい、近年は屍人化から48時間以内の制圧率は9割を超えています」

「それは……屍人というには、あまりにも生々しいだろうね。そんな過酷な組織を、若い君が志望した動機を聞いてもいいかな?」


 そのとき草原を清涼な風がなでるように、飛梅の心中に風が吹いた。


(ーーできる。やっぱり、私にはできる!)


 ひょっとこの面の奥で、飛梅は不敵に笑った。


 性別を偽った入れ替わりなど不可能だという一筋の不安がこの瞬間まであった。それがするりと取り除かれたのを感じる。


 しかし彼女が口を開けば、『飛梅音』という18歳の青年が完全に憑依していた。


「ーーはい、志望動機は大きく三点ありました。


一つ目は、人の命を守ることに自分の人生を賭ける価値を感じているからです。


……自分は幼い頃、屍人の発生で隣村が壊滅した際、命からがら避難してきた人々の姿を目にしました。そのとき、こんな酷いことは誰かが止めなくてはならないと強く感じました。それ以来、持ちうる能力の全てをこの目的のために鍛えてきました。


二つ目は、この特別消禍隊こそが最前線であるからです。幸い、自分には屍人を倒せる能力に恵まれました。国家の危機を真正面から食い止めるこの組織に身を置いてこそ、自分の力を最大限に活かせると確信しています。


三つ目は、自分の限界を試したいという覚悟です。私はまだ、諸先輩方のように強いわけではありません。しかし、強くなれることを証明するために、特別消禍隊を目指しました。この組織の一員として成長して、仲間と共に人々の安心と未来を守る力となることが自分の志望です!」


 広報部長である御手洗はあまりの感動で立っていることもできず、震えながら膝から崩れ落ちた。


 それは翌年以降、複数の予備校が面接対策の模範解答として盛り込むことになるほどの見事な回答だった。


 飛梅は、自分が成りすましている兄のエントリーシート作成を手伝っていた。二つ年上の兄の体験は、自身の実体験と重なる部分が多く、そのために語ることができるのだとこの時は考えていた。


 しかし、それは事実とは異なっていた。


 この日、発現したのは闇属性能力の『模倣(コピー)』だ。


 彼女の一族が連綿と受け継いできたのは、ミカド皇国にはいないとされていた闇属性の能力。


 海を遠く隔てた大陸にある魔法大国、バベル王国にしかいないと考えられていた闇属性能力は『転移』を主としている。


 彼女も、世界もまだ知らない。


 物や人の移動だけでなく、認識を転移させれば認識阻害に、言語の意図を転移させれば翻訳呪文に、と多岐にわたるこの闇属性の、飛梅は紛れもない天才であった。


 そして今、動き出した飛梅の運命の歯車は目の前の玄蕃の才能を目覚めさせた。彼もまた闇属性能力者であった。


 同じ属性の者は引かれ合う。

 

 共鳴、共振、共同、ーーそして、共犯。


 もっとも、この瞬間は互いに「今日はやたらと調子がいいな?」という認識しかなかったが。


 『模倣』力を引き出された玄蕃は、有名なハリウッド映画のーー貧しいながらも天才的な数学の才能を持つ青年を対話しながら導いていくという物語のーー精神科医を宿らせて飛梅に向き合った。


 オーディエンスは目を疑ってざわめいた。


「ひ、髭の男が見える……!? 親しみやすさと共に傾聴力が類稀なことが一目でわかる高明な精神科医のような髭の男が……!」

「待って。ひょっとこって、あんなに凛々しかった……?」


 刹那、玄蕃に戻って唇に人差し指を当てて周囲を黙らせると、インタビューは再開された。


「教えてくれてありがとう。次に、少し聞きにくい質問をいいかな?」

「ええ、どうぞ」

「屍人はヒトであったものだね。そして近年、屍人化から48時間以内の制圧率が9割を超えていると。腐るにはまだ早い。ーーつまり、かなり『人』に近いという印象を受ける。そこに抵抗はないのかい?」


 跪いたままの広報部長の御手洗は青ざめ、隣に立つ渡辺塔のズボンの裾を握りしめた。塔もまた、まるで戦場の成り行きを見守るような真摯な眼で見つめていた。


 特別消禍隊の門を叩く新人の離職率は決して低くはない。


 その理由の一つが、まさにこの問いにあった。彼らが対峙する屍人は試験で使用されている検体屍人ーー屍人討伐の研究と実習に役立てるために生前に検体登録を行い、遺族の承認を得たものーーとは異なる。


 屍人化から間もなければ、特有の腐敗臭もまだ弱く、魔力の検知が出来ない人間から見れば緩慢な動きをするだけの怪我人に見える。

 

 それを屠るは、本能が忌避する同種殺し。


 容易に想像ができるその壁を、飛梅の回答は自身が放つ矢の放物線がごとく高らかに飛び越えた。


「ーー率直に申し上げますと、抵抗はあります。ですが、それでも私は弓を引く覚悟があります。


 屍人がヒトであったものという現実は、決して軽んじてはならない。だからこそ、私は命令で動く戦闘員という歯車ではなく、判断する覚悟を持った戦闘員でありたいと考えています。


 ここに来るまで、地元の消防隊にも協力してまいりましたが……制圧の瞬間、その個体が誰かのご家族であったという事実を私は忘れたことはありません。


 ただし、それを情として迷いに変えるつもりはありません。むしろ、その重さを背負うからこそ、無駄な犠牲を防ぐための最速かつ最適な行動ができるのだと信じています」


 見事な回答であった。

 しかし、思わず拍手をしようとしたプロデューサーを一瞥で制止すると、玄蕃は微笑んで最後の質問をした。


「すばらしいね。最後に、少々厳しい質問をするよ。制圧化の時間短縮が進む一方で、屍人化した御遺体の御遺族の抵抗も増しているでしょう? 


 ーーああ、否定しなくてもいい。僕も物書きの端くれとして、人々の気持ちの動きは少しはわかるつもりだ。現場に出ていくあなたに、心無い言葉が投げられることもあるでしょう。そのとき、どう乗り越えますか?」

 

 否定などできるはずもない。


 飛梅は唇を噛んだ。

 そのとき、彼女の脳裏には幼い子供が被害にあった母親の慟哭が蘇っていた。


 回答は、自然と口から飛び出ていった。後に歴史に残る隊員となった彼女の煌めきは、間違いなくこの瞬間から発露されていた。


「ーー遺族の方々の怒り、悲しみ、そして混乱は決して心無い言葉ではないと私は思います。むしろ、それだけの喪失を背負ったからこその言葉です。だからこそ、私はその言葉を責めではなく、託された声として受け止めたい。


現場ではおそらくこう言われるでしょう。


『なぜもっと早く助けてくれなかったのか』

『お前達が殺したんじゃないのか』

『本人はまだ意識があったはずだ』


……我々、消禍隊能力者は屍人とヒトを見間違えることはありません。それでも、その声に反論するつもりはありません」


「ーー反論はしない、と?」


「ええ。私がすべきことは言い訳ではなく、次の命を守るという実績で返すことです。


 ご家族の慟哭は、苦しいです。でもその苦しみから逃げた瞬間、私はただの武器になってしまう。ーーならば私は痛みと共に、人であることをやめずに、人を守る存在でありたい」


「なるほど、痛みを感じられるのが人間……深いね」


「はい。だから私は遺族の声を罵声として受け流さず、記憶として胸に刻みます。その積み重ねが、私という人間の軸となっていくと信じています。そしてそれが、特別消禍隊という組織の根幹であると考えています」


 飛梅が回答を終えると、一拍おいて玄蕃が拍手をはじめ、すぐに一同が大きな拍手と歓声で称賛した。


 広報部長の御手洗は歓喜のあまり合掌したまま気を失って倒れており、その横では同室の渡辺が見事に場を切り抜けた同期を誇らしい目で見守っていた。


「『マシロのタテモノ探訪』でした! 次はあなたのおうちにお邪魔しちゃうかも!? 高評価とチャンネル登録、よろしくね〜⭐︎」


 ウインクをしながらカメラに近寄った玄蕃が、この日の撮影をクローズさせた。



◆◆◆



「痛みと共に、人として、人を守るか。うれしいことを言ってくれる童だ。なかなか面白いのを獲ったじゃないか。のう、第七の?」


 江戸特別消禍隊の各隊長が集まる隊長会議。


 玄蕃の動画の再生が止まると、楽しそうに第七局長蓼丸麟五に呼びかけたのは総長の山本ジョージだ。


 彼は長い禿頭と白い眉と長い白い髭を持つ福禄寿のような神々しい容姿だった。長い耳たぶの太いボディピアスの穴が、指に1文字ずつ“GEORGE”という入れ墨が、“零”と背に記された黒い消禍隊服の上に無数のごついシルバーアクセサリーが、そして派手なサングラスが顔にのっていなければ。

 

 朗らかで豪放磊落。音に生き、音で人を救う“鼓神(つつみがみ)”ジョージ。『音無村の解放戦』と呼ばれる伝説の戦いで小柄な体に背負った大きな鼓で共鳴破砕術を編み出し、屍人の群れを一撃で壊滅させた戦績は巷でも有名だ。


 生きるレジェンドに返事もせず、うとうとと頭を揺らしていた麟五の背を灰炉が素早く軽く叩く。そして代わりに彼が頭をかきながら愛想良く答えた。


「そうなんすよ。飛梅もですが、もう1人の渡辺塔も優秀です。五局サンが今年は不採用っていうから、一枠譲ってもらえた結果なんですが」


 十帝会議は多忙を極める隊長格の日勤と夜勤が入れ替わるタイミングの早朝に行われるが、直前に出番があれば不参加でもよいという緩さのため、無遅刻無欠席は総長の山本のみで、本日も半数が不在だ。


 名指しされた五局の隊長は白魚のような指で茶を置き、にっこりと微笑んだ。


 神楽坂マリアは「とんでもございません。今年はめぼしい癒やしの子がいなかっただけですわ。来年、うちの箱庭から二羽巣立ちますので、調整いただけるとうれしいわ」とさりげなく要求した。

 

 神楽坂マリアーー白に近い水色の髪と細い瞳に柔和な笑みを絶やさない彼女は、水系能力の癒術の使い手が集まる五局を率いている。


 従来の隊員の治療だけでなく、屍人に噛まれた箇所を素早く切り落とし、瞬時に回復させることで屍人化を防ぐという技術を編み出した偉業により“癒母マリア”と民衆から崇められている傑女だ。


 彼女が盆の時期に人が集まる霊園での屍人発生拡大を食い止めた通称『旧芝霊園の魂鎮め』は、癒術塾〈箱庭〉の教科書に記され、同系統の若い能力者達の道標になっていた。


 金色の瞳に紅い星『護芒星』ーー現代能力者の頂点に立つという証ーーを輝かせた蓼丸は寝惚け眼で呟いた。


「ーー俺の部屋子は飛梅にする」


 それだけ言って、再び船を漕ぎ始めた麟五の横で頭を抱えている副将に山本は尋ねた。


「ほう? リンゴ君は随分気に入ったようだのう。して、カイロよ。主は蓼丸家にいつから入るんだったか」

「来週が予定日です。珊瑚様に出産の兆しが出てから最低でも1ヶ月は本家詰めとなります。ご迷惑をお掛けしますが、何卒よろしくお願いします」

「珊瑚嬢も連れ合いも、五級程度なんじゃろう? それが腹の子は特級見込みとは」

「は。蓼丸家ではコレのようにたまに起きる事象でして……」


 麟五を指して、カイロが首を傾げる。

 この時期、困ったような、それでいて誇らしいような表情は蓼丸本家に支える者達に共通していた。


「それはワシも知っとる。ーーしかし“蓼丸の麒麟児(たでまるのきりんじ)”は、多くて一世代に1人じゃろう? 期間が開くことも多いと聞くが」


 カイロが顔をこわばらせ、麟五は金色の瞳を静かに開いた。

 

 水、風、土、火。全ての属性で特級を超える破格の能力者を蓼丸家では度々排出してきた。護国の任に就いたことから、瑞兆として彼らは“蓼丸の麒麟児”と呼ばれるようになった。


 幼少期から高い魔力を持つ麒麟児達は、高級魔石のように魔獣や悪漢から狙われてきた。そのため、出産のタイミングでは筆頭近習の佐々木家をはじめとする者達が警護につく慣わしだ。幼い麟五の警護は灰炉の父や祖父が就いた。


 しかし山本が指摘したように、その数は少ない。長い歴史の中でも、これまで同世代に誕生したことはなく、当主家も含めて口端に上げぬまでも微かな不安を抱えていた。


「同世代に1人しか産まれぬはずの麒麟児がまた、とな。瑞兆か、凶兆か。死ぬんじゃないか? リンゴ君」


 カカカ!と笑いながら、山本が紫炎をあげるキセルを麟五に向けた。ミカド皇国史上最高と呼ばれる人類最強の男、蓼丸麟五だからこその冗談であったが、カイロは紙のように顔を青ざめさせた。


 麟五は腹心の部下の顔を窺うこともせず、背越しに語りかけた。


「……この国に俺が必要なくなるなら、それもいい。瑞兆さ」


 その声音に含まれていた本音を、カイロはずっと後になって知ることになった。


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