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大江戸オブ・ザ・デッド〜魔法全盛の江戸で、弓しか取り柄がない私ですが兄を探してます〜  作者: 森戸ハッカ
第三章:風の段『風は動なり。鎖を持たぬ』

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37. それぞれの道へ

37. それぞれの道へ


「いいものを礼に見せてやろう。ルイ、来い」


 聞き慣れぬ名に呼びかける麟五の声に応える気配がないことを不審に思った飛梅が辺りを見回した。


 すると鉱山の手前、かなり集団から離れたところに特別消禍隊のトレーニングウェアを身につけた金髪の男性を見つけた。


(胸に第七って書いてあるけど……初めて見る顔だな)


 一連の騒動の間、空気と化していたルイは麟五の声に気づかない。巨大な身体を縮めて鬼気迫る顔で小さな紙を見てブツブツと言っていた。


「ルイ!」


 魔圧を込めて呼ばれたルイはバッ!と麟五を見て、身体強化で風のように素早くルイの前に来て気をつけをした。


(でっか……神保先輩達の通常フォームよりデカい……)


 魔力を漲らせた異国の巨体を見上げながら、飛梅の指は無意識に今はない背中の弓を探した。


「はい! 準備できてます!」


 ルイと呼ばれた青年が声を張る。


 徹夜して青ざめた顔を緊張でみなぎらせた一族の息子に、ヴォルフガング陣営は揃って顔を曇らせた。


「フォルクス殿、御老公。あの岩山を5万トン分砕けば貴殿らの祭りに役立つと聞いたが、相違ないな?」


 職人たちにも確認したが、と麟五が山を指差すと、離れた場所で待機していた安全ヘルメット姿の職人たちが両手で丸を作ったり、大きく頷く。


 ヴォルフガング翁も頷いた後、やはり不安そうにフォルクスとヒューを窺った。


「そりゃありがたいが……まさかルイにやらせるのか?」

「3日前まで狙った小石も動かせなかったっすけど……」


 顔を見合わせたフォルクスとヒューにフッと笑うと、麟五はルイの背を叩いた。


「ーーいいな、カルマじゃない。鬼道だ。型に力を流せ。まず水鈴だ」


 飛梅も見慣れた訓練用水鈴だった。


 大人の掌サイズ、ルイが持つとやたら小さく見えるガラス製の球体をポケットから取り出したルイが慎重に上部についた赤い紐を摘んで目の前にぶら下げて中を覗き込む。


 中には半量ほどの無色透明の液体が入っており、振動に合わせて微かに揺れていた。


『……ハナ』


 翻訳魔術のかけられた飛梅は気づいていなかったが、ルイが口にしたのはミカド皇国語であった。


 怪訝な顔をして身体強化した眼で球体を注視していたフォルクスがピクリと動いた。


 信じがたい現象に、突発性の老眼を疑った。


 土系でありながら砂粒一つ満足に操れなかったルイが水を操っていたのだ。


 鈴の中の液体は無数の小さな粒になっていた。


 『トリ』と言うや否や、液体は左上から右下に降る形で美しい傾斜をつくる。


『カゼ』の声で回りだし、小さな渦を作った水は『ツキ』という声で再び凪いだ。


 ホッと安心したように一息ついたルイは呼吸を整え瞑目する。


 ルイの中で激しい勢いで高まっていく魔圧にフォルクスとヒューが慌てて迎撃態勢を取った。


「え、このままここで!?」

「大丈夫かよ!?」


 パン!と分厚い両手をあわせ、ルイが開いた瞳で岩山を睨む。瞳は高魔圧で虹色に揺らめいていた。そしてまたしても流暢なミカド皇国語が口から滑り出していく。


『捲いてきたれ 

 捲いてきたれ

 黒白の檻 

 煌々の影 

 土崩連天

 否定せよ 繚乱の理を

 “鬼道土ノ八 土蜘蛛観音”』


 ルイが右手を動かすと、ドゴォォッ!っという地響きと共に、岩山が崩れて大きな掌となった。


 そのままルイが砂山を崩すように手を動かすと、岩掌は連動して山を崩し出す。


 呆気にとられていた職人達は、濛々と流れてくる土埃の中で弾けるような大歓声を上げた。


 断続的な轟音を上回る喝采は鳴り止まない。まるで歓喜が山を崩しているかのようだった。長年ルイの苦悩を見てきたのであろう年嵩の男は滂沱の涙を流して頷いていた。


「おっちゃん達! あの山の半分まで削りゃいいんだな!?」


 ルイの問いに、男達は口々に返す。


「半分以上、だ! 坊ちゃん!」

「全部やってくれてもいいんだぜ!」

「砕いたら穴に入れてくださいよ!」


 一つ頷くと、ルイは自信に満ちた表情で左手に力を込めて、もう一つの岩掌を作り上げる。


 両の岩掌は容易く山を削り、砕き、砂礫を山の手前に設置されていた運搬用の穴に落としていった。このまま地下を通り、ベルトコンベアに乗せられて麓の工場まで辿り着くはずだ。


「壮観じゃのう」


 末孫の活躍にヴォルフガング翁が鼻を啜っていると、眼前にヌッと血判の捺された契約書が備悟から差し出された。


「ーー両国の縁を結ぶ今日この日が佳日となりましたこと、祝着至極にございまする」


 胸元から小さな金色の折り畳みナイフを取り出し、指を切ったヴォルフガング翁は破顔して捺印した。


「まっこと、今日は佳い日じゃ」


『解〈カイ〉!』


 作業を終えたルイが再び手を合わせると、魔圧がたちまち下がり、汗を拭うことも忘れて呆けた顔で天を仰いだ。


 フォルクスとヒューが歓声を上げて駆け寄る。頭を撫で、背中を叩き、もみくちゃにされている中でルイは麟五が頷いたのを見た。


 そして確かな意志を持った足取りで祖父の元へ向かい、前に跪く。


「ーーサー・ヴォルフガング。私ルイ・アーネストはヴォルフガングの名を一時お返しします。ただのルイとしてミカド皇国に行き、留学生2人をお護りしたい。また蓼丸教官の御指導のもと、一族と国の八重なる繁栄のため一層の研鑽を積みたいと存じます」


 ルイが不安そうに伺うと、麟五は何ということもない顔で頷いた。


(すごい! 蓼丸教官はバベル王国との折衝だけでなく、外国人のリクルーティングまでやるなんて! そして第七に来るってことは、ルイ君は私の後輩にーー!)


 キラキラ輝く瞳で2人を見つめる飛梅の横で、勝手に決められた追加留学生に備悟は目を剥いていたが、反対の声を上げることはなかった。


 トレードマークであった金髪のリーゼントをやめ、表情まで変わったルイは、他国のトレーニングウェアを身につけていたが今までで1番騎士団員らしく見えた。


 見本のような姿勢でフォルクスとヒューの前で腰を折る。


「わがまま言ってすいません。ノーマン顧問、副長。俺の騎士団の服は観月宮から隊に送ってもらいました。ボスに謝ってたって伝えてくれますか。5年経ったら戻ってくるんで……そのときまた入団試験受けさせてください」


 フォルクスとヒューは顔を見合わせて笑った。


「大丈夫。カザンはお前の教育を持て余してたことを反省してたから怒るはずないよ」「おう、頑張ってこいよ。それはそうと、リンゴ! ルイを連れてく代わりにオトを置いてったらどうだ」


 麟五の横に立つ飛梅を親指で指すフォルクスに、飛梅は眼を瞬かせた。


「あ、それはいいっすね! アボット家じゃない闇系高能力者は興味あるっす。オトは攻撃系なんだよね? 闇の魔素が少ない土地にいるより、バベルの方が訓練もしやすいと思うけど」

「今は女が隊長の隊もあるぞ。タイヨウちゃんもいるウチから通いにしたっていい。ホームステイだ。ビンゴ君はもう悪さしないと思うが、バベルにいた方が安心なんじゃないか? オト」


 やたらフレンドリーで人好きのする美青年と美中年という2強にキラキラとした笑顔でにじり寄られ、「へぁっ!? はぇっ!?」と困惑しながら頬を染めた飛梅に地の底から湧き上がるような声音で麟五が言う。


「飛梅、姿勢」

「ハイッ!」


 焦り顔で気をつけの姿勢をとった飛梅を隠すように取り繕った笑顔で蓼丸が立つ。


「心配には及ばない。隊の者の面倒は俺が見る」

「隊長が新米に一日中引っ付いてるわけにもいかねぇだろうが。なんかあったらタイヨウちゃんが悲しむからな。ヒュー、お前の御霊石でも持たせといてやるか? 鳴ったらタイヨウちゃんに連絡するとかさ」

「あ、いいっすよ。小さいやつでいいならすぐ……」


 ミタマイシとは何だろうか?

 天使タイヨウがハンナに持たせたという国宝級の防犯ブザーのことを指すのかもしれない。


 短剣を抜いて毛先を切ろうとしたヒューの腕がギシリと止まる。指一本で肘を押さえた麟五が笑顔で手を差し出して剣を奪った。


「なるほど、大体わかった」


 そのまま左側の髪を掴み、掌から溢れるほどの量をざっくりと切り落として握りしめた。


 カッ!と虹色の光が漏れた掌を開くと、そこには虹色の光を放つ魔石が輝いていた。髪を払うように頭をふるりと震うと、切られた髪は元の長さに回復している。


 ポンと無造作に投げられた魔石をキャッチして飛梅は眼を丸くした。


 それを横からひょいとタイヨウとハンナが覗き込む。


「リンゴ君の御霊石はダイヤモンドそっくりだね!」

「虹色魔石なので価値は比較にもなりませんけどね。トビウメ一士、私もタイヨウ様から頂いたものをアクセサリーにしたいので、ミカドに着いたら金属加工屋をご紹介いただけますか?」


 飛梅はただ呆然と手元の魔石と麟五の顔を交互に見ていた。


 そこにリリガルドがパンパンと手を打ちながら割って入る。


「はい、はーい! じゃあ1時間半マキで終わったと言うことで。撤収〜!! タイヨウ、開門して!」


 それを聞いた備悟が携帯木札を取り出し、どこかへ指示を出しはじめた。


 タイヨウが「ひらけ! ゴマ!」と木札を中空に投げる。


 再び開かれた国交門の向こう側は、無人ではなかった。


 銀色に赤いミカド皇国の国章が記された10の銀色の大きなコンテナが月光に輝き、その前には身長3メートル程の仁王像のような男達が腕組みをして2人立っていた。


 神保兄弟だった。


 麟五と飛梅の安否を確かめるよう、彼らから発された極薄い水魔力が地を這ったのをハンナとメイは感知した。


 ふよふよと転移門の手前まで飛んだタイヨウがギリギリ上空まで飛び上がって数を数える。


「こんにちは! お荷物はそれで全部ですか? リリガルド君、一旦あそこら辺に詰んでいいかな」

「うん。その後、王都のオータム商会のビルあるじゃない? あそこの屋上にアタシごと移動させて。ビンゴさん、内積付表あります? あ、コンテナは縦積みできるわよね?」

「これです。積めますが天地無用です」

「ありがとうございますぅ。中身はウチの者が急ぎ確認致しますね。ヴォルフガング様、後はオータムが巻き取ります。タイヨウ、午後に各領の支店に転送するから手伝って」「りょーかいですっ!」


 携帯木札を取り出したリリガルドはもうタイヨウを見ることもなく、備悟から冊子を受け取るとウィンクをして歩いて行った。


『リンゴ君! 俺たちが運ばなくていいのか!?』


 ミカド皇国語を話す美少女を見上げながら警戒していた神保兄弟は、自分達の背後にあったはずの巨大コンテナ群が、音もなく視界の奥、バベル側に移動したのを見て慌てて振り返った。


 あるはずのコンテナ群はそこにはない。


 そして、彼らは戦慄して息を呑んだ。


 そこには月を見上げる、この世のものとは到底思えない美しい少女がいた。


 舞うようにその場でクルリと回ったタイヨウは、空気がいいね、と眼を細めた。


 そしてそのまま、ゆっくりと、重力を感じさせない足取りでバベルに戻っていく。


 ほのかに発光して見える白い顔に浮かぶ笑顔は恐ろしいほど魅力的で、まるで月の光が闇を照らすように彼女の存在が周囲を包み込んでいた。


 その瞳は深淵。底には魂を奪いそうな魔力を秘めており、微笑みは永遠の誘惑と死の約束を宿しているかのようだった。


 そんな魔性の黒天使は、バベルに一歩入った途端に破顔してハンナに駆け寄った。


「ミカドの地を踏めました! これで僕、いつでも助けに行けますよ!」


 一度足を踏み入れた地には自在に転移ができるタイヨウのいじらしい主張に、ハンナが何度も何度も頷いた。


「帰るぞ、ミカドへ」


 その様子をしばらく目を細めて見つめていた麟五が、バベル王国側に一礼すると転移門に向かって歩き出した。


 風のように素早く動けるはずの彼が徒歩を選んだことがうれしく、飛梅はにっこりと笑った。


 ヴォルフガング翁とカグヤ妃に挨拶をした備悟も続いたのを見ると、飛梅はハンナの両手を握りしめているタイヨウの元へ駆け寄った。


「タイヨウ様。ハンナさんは、飛梅がお連れします。その……」


 家族のように慕うメイドを手放す天使の目に涙が滲んでいるのを見て、思わず口ごもった飛梅の横からルイがぬっと顔を出した。


「俺も行くんで! ハンナ先輩、大丈夫っすよ! フォルクス先輩の大切な娘さんの大切なメイドさんなんで、俺命賭けて守りますから!」


「頼んだぞ」と言いながらルイの頭をごりごりと撫でるフォルクスの横で、ヒューが淡い水色の宝石を差し出す。


「これ、俺の御霊石。お前が念のために持っていけよ。即席で作ったから小さいけど、ブザーにはなるから」


 あざす!と頭を下げたルイがニッカリと笑って祖父とその背後の人集りに手を振ると、頑張れよ!!とヴォルフガング陣営が大喝采を上げた。


「参りましょう、トビウメ一士」


 いつの間にか、ハンナの手にはボストンバックが下げられていた。


 先程までは、確かに影も形もなかったはずだ。


 闇属性の転移か、それとも認識阻害か、両方か。


 自分の血に流れているという闇属性の力への期待がぐんと高まった飛梅は、だらしなく顔を綻ばせた。


 怪訝そうに片眉を上げたハンナから荷物を受け取ると、飛梅は手を取った。


 白手袋に包まれたその指は、ほのかに温かく、当たり前に人の温度をしていた。


 そしてハンナからはほのかに、懐かしい甘い香りがした。


「えへへ、私、もうハンナさんが大好きです。ご一緒できて、とてもうれしいです」


 飛梅!と、既にミカド皇国側に戻った麟五に呼ばれ、3人が歩き出すとタイヨウは両手を大きく振った。


「トビちゃん、ルイ君、またね! ハンナさん、ソ……あの人にもよろしく!」


 ハンナはミカド皇国側に入ると、振り返って深々と辞儀をした。


 淑女の礼はカーテシーが基本の国で、その礼は珍しく、しかし、とても美しく映った。


 日本人への自分への最後のメッセージだと悟ったタイヨウは、溢れる涙を見られぬよう転移門を急いで消滅させたのだった。


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