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大江戸オブ・ザ・デッド〜魔法全盛の江戸で、弓しか取り柄がない私ですが兄を探してます〜  作者: 森戸ハッカ
第三章:風の段『風は動なり。鎖を持たぬ』

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31. 全属性

「そうと決まれば話しましょう! どこにしますか? 父様、リンゴ君をウチに呼んでもいいですか?」


 タイヨウがはしゃいだ声を上げると、フォルクスが苦い顔をした。何やら開示できぬ事情があるらしい。


「あ~……常時ならそれが一番だろうが、ウチは今タウンハウスだからダメじゃないか?」


 フォルクスがちらりとメイドのハンナを見やる。癖のない所作だが、家族間の呼吸のようなものがあった。


 バベル王国ではメイドの地位が高いのだろうか? アボットの名を名乗ったメイとハンナは身内だというし、ハンナだけ例外なのかもしれないが。


 ハンナはすぐに頷いた。


「はい。タウンハウスは斯様に膨大な魔力をお持ちで、尚且つアボットに知られていない方を隠せる環境ではございません」


 穏やかに釘を刺す声音。その背後から、ヴォルフガング翁が鷹揚に名乗りを上げた。


「ならば我が家に――」

「ノン! ヴォルフガング領施設は干渉に対して屈強ですが、内からの魔力に対しての防衛が脆弱です。タデマル様の多少の感情の揺れで危険が生じるでしょう」


 メイが平板な声で遮った。冷静すぎるほど冷静だ。仕草までハンナまでそっくりで、アボット家の血の濃さというものを感じる。


「そしたらよぉ、騎士団の訓練室がいいんじゃねえか? 暴発に備えてあそこは頑丈だし、隠蔽もかけられてる」


 どうやら騎士団の関係者らしいゴーンの提案に、ルイが食い気味に頷いた。


「さすがゴーン先輩っす! それいいっすね!」


 盛り上がる軍人2人に、麟五はため息をつく。どうやら彼らは神保兄弟と似たような性格のようだ。


「正気か? 秘密裏に来ている俺が国家防衛の中心に行くわけにはいかない」


 麟五が低く制した途端、ゴーンとルイの肩が同時に落ちる。


 ならばどこに投宿させるか?と、まるで捨てられた犬の相談でもしているような空気に変わっていくのを、彼自身少し呆れながら眺めていた。


 沈黙を破ったのはカグヤ妃だった。


 パチンと扇子を閉じると、隣のタイヨウを指さす。


「タイヨウ、無量庵への入り口を作りゃ。わかるか? 鰻を食うた飯所じゃ」

「りょ! です~」


 タイヨウが立ち上がり、両手で大きな円を描く。


 空気が変わった。

 瞬く間に開いた開口部から、それがエリア3へ流れ込む。


 穴の向こうは日本庭園のようだった。岩屋の奥から深い森の匂いと、涼やかな気配がした。


「この岩屋は結界で外からは見えん。好きに使え」


 顎で示す仕草すら絵になる。

 紅眼が愉快そうに煌めいた。

 “施してやる”という気配を隠そうともしないその物言いに、蓼丸は小さく息を吐く。


 ミカド皇国では許されなければ直言すらできぬ蓼丸家の者に対し、施しの形を取ることが、この女には痛快らしい。


 従者のセミマルがそれを止めず、むしろ目を細めて見守っているのも印象的だった。


 観月宮の者たちは花街の生まれ。人の機微と駆け引きに長け、身分というものの虚飾をよく知っている。この流れは、まさに本領発揮というところなのだろう。


 彼らが長く社交の場から遠ざかっていたことを、女主人の輝く瞳が物語っていた。


「我がアボット家当主により、観月宮全体には侵入防止策がかけられ、許可なき者の立ち入りはできないとお伺いしております。その最重要ポイントが無量庵なのですね?」


 メイ・アボットの問いは、明らかにこちらに聞かせるように投げられた。まるで南海ノックのようだ。


 蓼丸は心中で「諜報官の顔だな」と評しつつ、向かいでカザンがぼやくのを見た。


「お前は誰の諜報官だ……」


 それを無視してセミマルが口を開く。


「無量庵はウチの避難所だから、風呂や便所も寝床もあるぞぅ」


 女主人は鷹揚に頷きながら指を折る。


「闇系能力を避ける策は幾重にも張られておる。侵入、傍受、思念操作……外に出なければ、主の膨大な魔力量も隠せよう。まぁ、そんな対策も、あいにくコレには無駄だったでありんすが」


 カグヤ妃が楽しげにタイヨウを見た。


 先程は国交門を。

 そして今、王家の盾アボット家当主が張り巡らせたという結界を、易々と開いてみせた少女。


 だが本人はといえば、“頼まれたからドアを開けた”程度の認識のようで首を傾げていた。幼いながら、相当な闇属性の使い手らしい。


 ――無自覚とは、時に恐ろしい。


 見定めるようにタイヨウを見つめる麟五の前で、カザンが母妃にニヤリと笑った。


「嫁が旦那の実家に入れん道理はないからな」

「そういうことえ」

「坊、たまにはいいこと言うなぁ」


 笑いが広がる。


 そうして、蓼丸の24時間の滞在先が決まった。


 無量庵――寝食以外はエリア3に留まるという条件つきの逗留である。


「リンゴ君! お願いがあるんですけどいいでしょうか!!」


 唐突にルイが立ち上がり、声を張り上げた。その熱量に、麟五は無意識に片眉を上げる。


「ご挨拶が遅れました! ルイ・アーネスト・ヴォルフガングっす! 自分も土系能力なんす! 稽古をつけてもらえないでしょうか!」


 名門の名を惜しげもなく晒し、つま先まで緊張している。


 しかし、それを聞いていたヒューが怪訝な声を上げた。


「待ちなよ、ルイ。彼はさっき風系だったと思うけど?」


「いや、絶対土系だと思うっす!! 自分はリンゴ君が来たとき、足場を崩してやろうと地面狙ってたんですが、ぶわって止められたんす! その後も何回か試したけど、リンゴ君1人になってもドゥワッって感じで弾かれるんで間違い無いっす!」


 熱弁するルイ。


(風と土ーー? 主属性の話か? それなら水だが……)


 鑑定自体は得意ではないが、麟五がルイとヒューの魔力を探ってみると、バランスは極端だが四元魔力が散っていた。両者とも全ての魔力がきちんと動いている。


 麟五は無言でカグヤ妃を見やった。眉間に皺を寄せて問う。


「吉原の。どういうことだ? こやつらは何の話をしている?」


 麟五には、彼らのやり取りの前提そのものが違って見えていた。


(まさか、バベルの者たちは四元をそれぞれ独立した力とみなしているのかーー?)


 風は風、土は土。ひとつを極めれば他は絶たれると考えているようだ。


 だが、ミカドの理ではそれは誤りだ。人の内に流れる魔力は一本の川のようなものであり、属性とはその流れの分岐にすぎない。


 例えば基礎出力が一万であれば、水六千・火四千といった具合に他属性へ「振り分け」ることができる――鍛錬と精神制御さえ伴えば、だが。


 ゆえに、どれほど異なる系統に見えても、根は同じ「気」に通じている。


 ちなみに麟五自身の総魔力量は百万だった。


 火・風・水・土のいずれにも分け与えてなお余りあるその器ゆえに、彼は護芒星を戴いている。属性の違いとは血統ではなく、ただの流儀の違いにすぎなかった。


 妃とセミマルが顔を見合わせ、困ったように笑った。


 そこへメイ・アボットが一歩進み出る。


「主は騎士団の……なんじゃろ? Jに聞いてくりゃれ。伝えていいものかわっちでは判断ができぬ」

「国防がどうとか後から言われんのは嫌だぜぇ」


 それを聞いた眼鏡の奥で鑑定印を光らせたメイが陶然と微笑む。


「許可します。私、王家御庭番アボット家次期当主ですから問題ないでしょう」

「は!? 聞いてないんですけど!?」


 ハンナの悲鳴を無視し、メイは淡々と続けた。

 

「次期王は女性のため、同性で最も能力の高いアボット家の者が王の護衛となり、当主となります。要するに、私です」


 まるで事務連絡のようだったが、事前の通達はなかったようで、その場にいた全員が口を開けて固まった。


「我が国における能力について試験から級分け全てひっくるめて魔法局全権を任されているアボット家の、ほぼほぼ当主が言うので問題ございません。さあさあ! ご開示なされませ」


 異様な鑑定欲を隠しもしない。

 メイの右眼が紫に輝く。続いてハンナも諦めたようにため息をつくと、左眼に印を灯した。


「『魔女たちの饗宴〈ワルプルギスエコー〉』」


 空間が静かに揺れた。

 見えない波が頭上を撫でていくような奇妙な感覚。


 メイがにっこりと笑う。


「言葉にできない、という場合もご安心くださいませ。視えておりますから」


 ――やれやれ。

 麟五は頭を掻いた。

 

 両国の差異は彼自身も気になっていた。


 それに文官の術理より拳の方が性に合っている。


 白い歯を見せ、笑って立ち上がる。


 次の瞬間、魔界の空気が震えた。


 麟五が一気に魔圧を解放する。


「水、特級」


 鑑定眼を光らせたメイが機械のように呟き、「魔力、30万」とハンナが続けた。


 麟五は自らの左眼を指差す。紅く輝く護芒星印だ。


「この印は、火・風・水・土を操ることができる者にだけ与えられる」

「ん? 五角あるけど、闇系は?」


 天使のように浮かんで近づいてきたタイヨウが覗き込み、首を傾げる。


「闇はないな。頂点の角は“人”を表す。四つの属性を従える者という意味だ」

「ミカドに闇系はいないの?」


 タイヨウの質問に飛梅の顔がよぎったが、まだ開示できるレベルの情報ではないと頭を振る。


「ーーいない。闇系はバベルにしかない、とされているが……どうだろうな。おそらく我らが分化できていないだけだろうと思う」


 タイヨウが「ふんふん」と頷きながら、ぽんと手を打つ。


「あの~……僕、なんとなくわかっちゃいました。つなぎが何か?みたいなことでは?」


 メイとハンナが顔を見合わせ、「あ~……」と声を揃えた。


 ヒューが苛立って叫ぶ。


「あ〜、じゃないから! わかんないって!」


 タイヨウは一瞬思案し、蓼丸の周囲をひょいと浮かんで一周した。


「リンゴ君、全属性見せてもらっていい? 僕が横で解説してみようと思う」

「構わんが……なんもないところで見せるのは難しいぞ」

「たしかに~! “外国語喋れるなら喋ってみて”って言われる戸惑いあるかも」

「そんなところだ。モノがあるといい。ここは魔界だろう? 一頭魔獣を呼べないか? ある程度強度があって殺してもいいやつ」

「いいね! それ!」


 天使の顔で悪魔の提案を受け入れる少女に、麟五はほんのわずかに口の端を上げた。


 タイヨウが父親たちの前へ転移し、無邪気な声で言う。


「父様、ゴーンおじ様。ワイバーンって狩猟対象ですよね? 巣って遠いですか?」

「ああ、魔石や素材が獲れるからな。巣はすぐ近くだ」

「9時方向に3つある親子岩があるだろ。あの真ん中に立てば見える。お嬢ちゃんなら2回ジャンプでいけるんじゃないか?」

「じゃあ、行きましょう! 一頭ゲット!」


 少女の手が屈強な中年男2人の腕を掴む。瞬間、視界から消失した。


 ――転移。


 わずか数十秒後、彼らは気を失ったワイバーンを担いで戻ってきた。


 そこへルイが涙を流して犬のように走り寄っていく。どうやらフォルクスとゴーンの熱烈なファンらしい。


「わー! 頼む、頼む! 撮らせてくれぇ!!」

「落ち着かんかルイ……」


 情けない孫の姿にヴォルフガング翁が深いため息をついた。


 ヴォルフガング家はバベル王国きっての名家のはずだが、その在り方はミカド皇国とは異なるようだ。


 麟五は目の前の光景を見ながら、微かに肩をすくめた。

 

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