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【最終章】大江戸オブ・ザ・デッド〜魔法全盛の江戸で、弓しか取り柄がない私ですが兄を探してます〜  作者: 森戸ハッカ
第三章:風の段『風は動なり。鎖を持たぬ』

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29. ミカド皇国側の要求

バベル陣営が設置した荒野に巨大なベースキャンプ型結界へ向かうと、交渉の場が整っていた。


 テーブルの向こうには、バベル側――ヴォルフガング領とノーマン領、そして騎士団だ。ミカド人でありながら、カグヤ妃達、観月宮の面々もその列にいる。


 彼らの要求は『バベルジャンボ富籤』に関する一式。富籤一億枚と、その鑑定機だという。


「――カグヤ様から伝えていただいていると思うが、我々の要求は以上じゃ。こちらはそれに対し、五億ゴールド相当をお支払いする準備がある」


 ヴォルフガング翁の声は年齢を感じさせぬほど明瞭だった。


 麟五は一瞥し、軽く足を組む。背後に立つルイとメイの気配が視界の端で動いた。


(なぜ俺の背後に立っている……?)


 問いを発するより早く、末席のヒューが低く呻いた。


「ルイ、メイ。何してるの、こっち来なさい」


 ヒューはバベル王国騎士団の副長らしい。


 出会い頭に麟五を殺そうとした風使いだが、指揮官というより、疲れた司令官の声だった。


 ルイは背筋を伸ばし「いえ、自分はリンゴ君に迷惑かけたんで!」と主張し、メイは目を輝かせて「まだ分析が終わってないんで」と返す。


 意味がわからぬ。


 ヒューが頭を抱えた。隣のタイヨウは、その様子に胸を高鳴らせているようだ。


 まだ幼そうに見える姫には中間管理職のようなヒューの苦悩が目新しいのかもしれない。


 蓼丸は心中で息を吐き、話を戻した。


「そちらのプランに我が国は概ね合意している。対価を提示する前に、まずサンプルをご覧いただきたい」


 サンプルを、と麟五が手を背後に出す。


 その一言にルイが勢いよく返事をし、次の瞬間には服のポケットをすべてひっくり返して青ざめた。


「すんません! 自分、持ってないっす!」


 会議場の空気が一瞬で凍る。


 バベル側の一同が、まるで珍しい動物でも見るように麟五を見た。


 沈黙の中、麟五は顎に手を添え、低く呟く。


「そうだった。サンプルを持っていた者は、国へ吹き飛ばされていたな……」


 タイヨウが慌てて立ち上がり、あわあわと両腕を振った。


「うわぁ〜! ごめんなさい! 僕がカッとなったばかりに……!」


 その姿に、蓼丸はふと口元を緩める。


「とんでもございません。姫の前で配慮の足らぬ行いをした我々の落ち度。大変申し訳ございませんが――再度開門して頂いて……」


「あ〜……それなんですが、今日はもうあの門は無理です」


 頭を下げるタイヨウの後ろで、彼女の側仕えらしい黒服のメイドが静かに頷いた。


 片目を隠すようにした鈍色の金髪に、鉄仮面のような無表情。整ったドールが動き出したようなメイドが、開門は不可だと氷のような視線で圧をぶつけてくる。


「門は、無理」


唖然とした蓼丸に、タイヨウが早口で補足する。


「あれ、思ったより魔力使うみたいで。僕が一旦ミカドにお邪魔できればポートをつくれたんですが、えーとえーと……とにかく明日にならないと!」


「明日……」


(国交門はその昔、半年間アボット家の一級以上が魔力を蓄積して開いた門だと聞く。特級能力者であっても、そう簡単に開くものではないということか)


 麟五が頭の中で計算をしていると、申し訳なさそうにタイヨウがすぐに方向を切り替えた。


「門は無理ですけど、このくらい……腕が通るくらいのサイズだったらなんとかなる、と思います」

「タイヨウ様」


 メイドがたしなめるように肩へ手を置いたが、麟五の背後に立つメイがそれを遮るように言った。


「ハンナ、赤子のように守ることがアボットの役目ではありませんよ」


 蓼丸は冷静にやり取りを見ていた。ハンナと呼ばれたメイドとメイは声音までよく似ていた。


 そして一度、メイに視線を移す。


「身内か?」

「お分かりになりますか?」

「一目でわかる。よく似た姉妹だ」

「よく言われます」


 ため息をつくヒューとハンナを横目に、蓼丸は頷き、携帯木札を取り出した。


 ミカド皇国に強制送還された南海ノックに短く指示を出し終えると、タイヨウに向き直る。


「姫、お手数ですが、先ほどの場所に繋げていただけますか」


「……30cm大までですよ。15分以内でお願いします」


 ハンナの忠告に頷いたタイヨウが立ち上がり、セミマルから木札を受け取って結界を開く。


 淡い光が走り、ミニマムな国交門が現れた。


 蓼丸は静かに立ち上がり、覗き込む。


 神保兄弟が1番に顔を覗かせた。


『リンゴ君、大丈夫か!?』


 白い面布をつけたままの隊員たちが向こう側で押し合いながら覗き込んでいた。


 翻訳術をかけられても、母国語は全く問題なく聴こえた。横に立つルイとメイには麟五以外のミカド皇国語はわからぬようで、穴を驚いた目で見ていた。


「問題ない。ブツを出せ」

『でもよぉ……』

「騒ぐな。備悟兄とも話が出来ている。こちらには御老公もおられる。あと……日本人の姫も御同席だ」

『日本人が!? 見たい!』


 蜂の巣を突いたような喧噪。

 蓼丸は軽く放水して黙らせた。


「ブツを出せ」


 次の瞬間、赤い紙片が風に舞うように現れた。


 光を反射しながら、見えない壁にピタリと整列していく。富籤の紙が、まるで意思を持つかのように。


 巨大な壁面のように辺りを覆い尽くすその光景に、タイヨウが歓声を上げた。


 蓼丸は手を挙げ、風に静かに命じる。


 バベルの人々の目の前に、それぞれ一枚ずつの富籤が現れた。


 ヴォルフガング翁が感嘆の息を漏らしている。


 紙の斤量、箔押し、印刷の精度――そのすべてがミカド皇国の卓越した技術を物語っていた。


 やがて、観月宮の侍従であるセミマルがその紙片を見上げ、喉を震わせた。


 『バベルジャンボ富籤』


 そう書かれた富籤には赤く染め抜かれた“狐 葛の葉”の紋が記載されていた。


 麟五も詳しくは聞いてはいなかったが、バベル王の誕生祭では人気の催しをすれば褒美が得られるらしい。


 バベルジャンボ富籤は、その誕生祭で一番を取るための策だという。観月宮は褒賞として、領地を獲ることを望んでいた。子供の陣地取りでももっとまともなルールだろうと思うが、変わった国だ。


 ともあれ、“狐 葛の葉”は、そのために必要な領章のデザインだった。


 麟五は兄からの文言を淡々と告げる。


「ゆくゆくは領が立ち上がるのであれば、観月宮は我らの門となる。ならばこちらも相応の支援を致そう」


 指示ひとつで、門の向こうから白布が差し入れられた。


 広げられた布には、大きな赤い狐と葛の葉、そして“天道”の二文字。


「天、道……」


 扇のような睫毛を瞬かせ、カグヤ妃が呟く。


 蓼丸はその顔を見つめ、静かに言葉を継いだ。


「お上に代わり言い渡す。そなたらはもはや月ではない。太陽となれ――天道領よ」


 それは命令でも祝辞でもなく、決定だった。


 何の冗談だ、と密かに思っていた誕生会での陣地取り。だが、眼前の者達にとってはそうではないようだった。

  

 歓喜が溢れていた。


 セミマルが泣き崩れ、もらい泣きしたゴリラ、もといゴーンが鼻を噛んだ。


 カグヤ妃は喉をそらして笑い、毅然と蓼丸を見た。


「承った。良き名じゃ。礼を言う」


 蓼丸は無言で頷きつつ、胸中でひとつ思い当たる節を得た。


 観月宮。王に見そめられ、異国から輿入れした愛妃カグヤが政変に敗れ、王都の片隅の宮に篭って二十年。


 本来、王妃はそれぞれの領を治めるそうだが、彼女たちには土地も民もない。だが聖誕祭――王の誕生を祝う一大祭礼――で功績を上げれば、新たに「開領」を許される。 


 彼女らが富籤を求めたのは、祭りを盛り上げるための興行具ではなく、領を得るための武器だったのだ。


 兄の備悟は、おそらくミカド皇国人で唯一それを理解していた。


 遠く離れたミカド皇国にありながら、細切れの情報を繋げ、理解した上で「天道」の名と領章、“狐葛の葉”の紋を与えた。


 カグヤ妃の要望から数日しか経っていないにも関わらず、ここまで準備するのは蓼丸家であっても決して軽い仕事ではなかったはずだ。


 しかし兄は当たり前のように、こうしてカグヤ妃の前に未来を差し出した。


 未来を読み切ったうえで、観月宮を再び王国の盤面に戻すための布石として。


 闇属性エネルギーを手にするための足掛かりとして。


 一体何手先まで見えているのだ。

 全く、性格の悪い男だ。


 だが、その悪辣さは往々にして、凡庸な者には届かぬ高みを見ている証でもある。


(……兄上らしい)


 備悟の文官としての天才性には、改めて薄寒い思いがした。


 麟五はどこか救いを求めるように、視線の先で新たな名を授かったカグヤ妃たちが眩い陽光のように笑うのを見ていた。


 そして、卓上に目を落とす。


「1〜100組、それぞれ10000〜19999番で一億枚。今日見せたのは“1組”全てだ」


 麟五が言うと、背後に広がり壁になっていた富籤がストトトトッ!と小気味の良い音を立てて卓上に積み上げられ、5つの塔になった、


「商談が成立すれば残りを刷ろう。そして封筒、店頭幕、あと……めんどくせえ! とにかく富籤に要り用になりそうなもんは一式揃えるそうだ」


「ほう、剛気だな」

「ね、とっても親切ですねぇ!」


 タイヨウとカザンの天然カップルが花を飛ばして微笑みあっている横で、ヴォルフガング翁を筆頭に大なり小なり世俗に慣れた他の者たちは身に緊張を走らせた。


「……して、ミカド皇国は対価として何をお望みなさる」


 呪符に包まれたヴォルフガング翁の赤褐色の瞳が相手を見定めるように冷たく光る。


 蓼丸はカラリとした調子でその問いに答えた。飛梅の命の対価を。


「闇属性魔石を5億バベリウム分、もしくは闇系特級能力者の派遣50年、だ」





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