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大江戸オブ・ザ・デッド〜魔法全盛の江戸で、弓しか取り柄がない私ですが兄を探してます〜  作者: 森戸ハッカ
第三章:風の段『風は動なり。鎖を持たぬ』

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25. 神のいたずら

 バベル王国との折衝は、特別消禍隊の施設で行われることになった。場所は広大な敷地面積を持つ訓練施設孝悌苑である。


 そこに転移門が現れるらしい。門を開くのは、向こうの闇属性能力者だという。


 麟五が実家から戻るや否や、幕府は「重要な外交の警護」を隊に要請した。早晩、特別消禍隊とも関わる事案であると含みおき、蓼丸麟五を名指しで。


 蓼丸家の名を出せば、拒む理由などない。 

 あまりに手際が良すぎる――まるで、最初からこの展開を待っていたようだ。


 どこまでも準備のいいことだ。

 命令書も、通達も兄が語った内容と寸分違わない。整然とした悪意ほど、息苦しいものはない。


 私室に戻ると、がらんとした空気が出迎えた。壁際の寝具も、机の隅の小物も、そのままなのに。飛梅の気配だけが、欠けていた。


 麟五は無言で準備を進めた。

 外交折衝とのことで蓼丸家の家紋が入った官服が渡されたが、隊の訓練服を選ぶ。


 駒に正装など必要ない。

 布の擦れる音がやけに耳についた。


 この国は今日も正しく動いている。こうして、誰かの犠牲を礎にして。


 胸の奥で、鈍い痛みがじわりと広がる。感傷を押し殺し、服を手に取ったそのとき。


 扉を叩く音がした。

 ひとつ、ふたつ。

 間を置かず、さらにリズミカルに三度。


 しつこい。


「今は取り込み中だ。用件なら後にしろ」


 乱暴に言い放っても、ノックは止まらなかった。


 眉をひそめ、麟五は手を止める。


 このタイミングで自分の部屋を訪れる者など、そう多くはない。しかも蓼丸家の名を知る者なら、無礼なほどの連打など——。


 訝しみながら戸を開けた。


 そこに立っていたのは、まったく予想外の人物だった。


「ハロー、王子様⭐︎」


 軽やかな声とともに、オレンジがかった茶髪がふわりと揺れる。


 日本人の玄蕃白——その理性を好奇心に殺されたような笑みが、静寂を破るように部屋へ入り込んだ。


「……何しに来た」


 麟五が眉をひそめると、玄蕃は軽やかに部屋に上がり込む。


 その後ろで素早く扉を閉めると渡辺塔が慌てて頭を下げた。飛梅の元同室、もう1人の第七局新人だ。


「す、すみません蓼丸隊長! 止めたんですが、どうしてもと言い張るもので……!」


 玄蕃は肩をすくめる。


「止めるなよ、渡辺くん。人生は好奇心でできてるんだ。それに、王子様もひとりじゃ無理って顔してる」


 来てよかったね!と肩を叩かれた渡辺は、白目を剥きかけながら長身を虚しく揺らした。


「僕の名前、知ってるよね? 玄蕃白。リンゴくんとは初めましてだけど、タデマルって、幕府の偉い人の中にいるよね? お父さんかな? ミカドに来たばっかりのとき、話したよ」


 勝手に椅子に腰かけ、足を組んだ。


「いやぁ、ここ、やけに片付いてるね。女の子の匂いがしない。……あぁ、もう居ないのか」


 麟五が怒りで魔力をにじませた。


「……出て行け」

「ちょっと待ってよ王子様。僕ね、ニュースを聞いたんだ。ーー“闇の娘を囚えた”って」


 麟五が唖然として口を開いた。

 山本総長すら知らぬ情報を、目の前の人間が、なぜ。


 玄蕃白と面識はなかったが、久々に渡来した日本人であり、当然プロフィールは把握していた。


 食の改革を齎して糧母神と崇められている斎藤シノと異なり、エンターテイメントという直接幕府と関わらない分野で名を上げていたはずだ。


 飛梅が熱を上げているゼンリョクジャーの原作者とも聞いている。


 渡来して数年しか経っておらず、情報筋を構築できるはずもない。


 思案を巡らせる麟五の前で、にこにこと玄蕃は続けた。


「シノさんが小石川療養所にしばらく入れなくなったって嘆いててさ。東雲所長が立て込んでるって。それで僕も気になって、若い子捕まえて聞いたら“闇の娘を囚えたらしい”って。で、思い出したんだよ、ほら、前に僕の番組に出てくれた子。弓の名手で、声が低くて、笑うと可愛い子。トビちゃん! あの子、もしかして——」


「それ以上言うな」


 玄蕃は軽く手を上げて笑う。


「うんうん、察しの通り。でね、面白いことが起きたんだ」


 彼は指先で空中をなぞる。

 その瞬間、麟五の背後にあった官服がふっと消え、玄蕃の手元に現れた。


「……っ!?」


「転移。闇属性の基本技なんだってね——どうやら僕も、あの子と同じらしい」


 オレンジ色の髪が光を反射して揺れた。いたずらっぽい笑みの奥に、獣じみた好奇心が見える。


「君の部屋子さんを助けたい。いや、正確には——闇という力をもっと知りたい、かな。だって、日本人だっていうだけで神だなんて祀り上げられても、退屈なんだよ。知りたいことも触っちゃいけないなんて、つまらないじゃないか」  


 そこで、そこまで黙っていた渡辺が苦渋の顔で経緯を説明した。


 闇の娘、という言葉から闇属性能力者の存在を知った玄蕃が、能力についてよく知っているはずの“能力者のお友達”である特別消禍隊の渡辺塔に連絡してきたらしい。


 それは渡辺が、飛梅が感染疑いで隔離されたと聞いたばかりで動揺していたタイミングでもあった。そして本家ではないとはいえ、御三家の一角である渡辺家の青年は世慣れてはいなかった。

 

 結果、好奇心モンスターの日本人BL作家にたちまち手玉に取られ、今に至るという。


「玄蕃さんの武威チューブに出た時に語ってたトビの考え方が、この半年、俺の信念になってて。ーーあいつ、いいやつなんすよ。本当に、いいやつなんです。でも、女だって。嘘ついて隊に入ってたわけで……」


 聞いていた玄蕃が吹き出した。


「見てわからないほうがどうかしてるよ! あんなに“クリィミーマミ”に似てるのに」

「クリ……?」

「ああ、まだ公開してなかったっけ。今日のお礼に、今度見せてあげる。薄い本もあるよ⭐︎」

「……???」

 

 玄蕃の言葉に困惑した渡辺は、頭を振って麟五を見つめた。


「俺、トビのこと……人として尊敬してます。矢筋も真っすぐで、迷いがなくて。嘘ついて入隊して、しかも隊長の部屋子になって……。でも、あいつ悪気があったわけじゃないと思うんです」


 渡辺が連呼する“あいつ”に、麟五のこめかみがぴくりと動く。


 まるで誰よりも飛梅を知っているような口ぶりだ。

 

 麟五が苛立ちに目を細めたのを勘違いした渡辺が、勢いよく腰を折った。


「し、信じてます! トビはきっと生きてる! だから帰ってきたら、あいつを許してやってください!」


 横で玄蕃が吹き出す。

 そして小声で麟五に囁いた。


「おやおや、王子様、顔が嫉妬してるよ⭐︎」

「してない」

「してるよぉ。目が執着攻めの縄張り主張モードだもぉん」


 麟五は無言で額を押さえた。怒鳴ることもできない。飛梅の性別詐称を知りながら黙っていた身としては、完全に負けだ。


「……渡辺」

「は、はい!」

「詰所に飛梅の弓がある。明朝まで弦を張り替えておけ」

「えっ!? なんでですか!?」

「ーーあいつが戻ってくるからだ」


 その言葉に、渡辺は希望を見出し、顔を明るくした。


「わからなければテッサに聞くといい。行け」


 失礼します!と頭を下げた渡辺は、足取り軽く出て行った。


 手をひらひらと振りながら見送っていた玄蕃が楽しげに笑う。


「わかりやすくていいねぇ、王子様。嫉妬を業務命令に変換するタイプ。君も僕のBLのモデルにならないか⭐︎?」

「黙れ」


 そのやりとりに、室内の空気がやっと緩んだ。


「……で? 飛梅を助ける代わりに、闇属性を研究させろとでもいうのか?」


「いやいや。そんな堅い話じゃないよ。君の目的は彼女を救うことで、僕の目的は闇を知ること。利害は一致してる。ね?」


 玄蕃はにやりと笑ったまま、麟五の机の上に置いてあった扇子をひょいとつまみ、軽く扇いだ。


「ねぇ、王子様。小石川療養所の東雲所長が誰よりも敬愛するシノさんを差し置いて動いてるってことは、闇属性能力者は屍人に関連するんだろう?」

 

 麟五は戦慄した。

 こいつは、ただの色物漫画家ではない。

 

 創作によって異常に考察力を発達させたBL作家は舞台に立つ俳優のように仕草まで堂に入っていた。


「もしそうなら大変だ。このままだと、闇属性能力者は悪者にされてしまう。呑気に闇属性を調べるなんてできなくなるよ。そこで僕だ! 君、君。わかってるかい? 情報は力だ。しかも現代は物語が力を操る。動画で見せ、文章で裏を取って、本で物語を刻めば、人々はその前で膝をつく。動画だって、1億再生くらいなら朝飯前だよ。僕の武威チューブチャンネルって平均5000万再生なんだよね。知ってた?」


 麟五は一瞬だけ驚いたように目を見開く。玄蕃の口元に乗った軽薄さが、この異様な自信を裏付けている。


「……5000万、1億だと?」


 ミカド皇国の総人口は約8000万人。

 1億は、それを凌ぐ再生回数だ。


「例えば、今回は“闇の真実”っていう触れ込みでショートクリップをぶちかまし、次に深掘りする長尺ドキュメンタリー。で、書き下ろしの短編とルポを同時刊行。闇属性こそが屍病を救う!ってね。異世界転移してきた日本人を神と崇める士族が掲げる物語、さしづめ“士族の神話”をぶった切る扇状攻撃だ。タイトルは——」


 玄蕃はさっと懐から小さなノートを取り出し、走り書きの見出しを見せる。


『神々の隙間 — 闇の使い手と新たな信仰』


「神を壊すつもりか」


 麟五が言うと、玄蕃は肩をすくめた。


「壊す? いやいや、アップデートするんだよ。ミカド皇国の神って、旧バージョンの神話OSみたいなもんだ。僕はそのパッチ開発者」

「……何を言ってる」

「つまりね、皇を旗印とする士族は神を護る士族って看板を立てたまま、何百年もアップデートしてない。バグだらけさ。屍人に脅かされてきたミカド皇国を救うのは神じゃないーー自分達だというのに。僕がやるのは、信仰のUIデザインを変えること。人々の信じる形を、物語で再構築する」


 そう言って、彼はポケットから携帯端末を取り出し、笑う。


「大体さ、日本人は神じゃないし、日本も神の国じゃない」


 玄蕃は肩をすくめるように言った。


「文化だって、ほとんどは外から入ってきたものだ。混ざって、変わって、そうやってできただけだよ」


 麟五は黙って聞いている。


「日本人が神なんじゃない」


 玄蕃は少しだけ笑った。


「僕とか、シノさんとか――たまたま“神ってる”のがいるだけ」


 一拍おいて、軽い調子で付け足す。


「神なんて、そんなもんさ」


 麟五は小さく息を吐いた。

 その言葉が、妙に胸に残った。


「で、動画だけどね。コメント欄は祈りみたいなもんさ。神官は不要。演出と誠意があれば、信仰は勝手に生まれる」


 麟五は息を呑んだ。

 この男は狂っている——だが、恐ろしく説得力があった。


「トビちゃん、いや、クリィーミートビがいったい何をしたって言うんだ? 士族が罪もない少女を虐げて尚、神を護る者だと名乗るなら、神たる僕が神話を壊すよ。つまり、神対神。時代を動かすのは剣じゃなく、ストリーミングさ」


 玄蕃の瞳が、蠱惑的に揺らめく。

 その声の底に、世界を書き換える覚悟が潜んでいることを麟五は感じた。


 この男を使えば、この国の神話を打ち砕ける。 


 飛梅を、奪い返せる。


 そう確信した。


「乗ってやる」


 麟五は低く呟いた。


「今晩俺は立つ。同時に第一報を打てるか」


 玄蕃が拍手をした。


「いいね。出立の時にVを回しちゃお⭐︎ いつものクルー、吉原アミューズのお友達に声かけとくよ。バベル王国に行った花魁のお姉さんは、吉原出身らしくてね。僕がDJしてあげるよ。EDMばっちばちにしてさ」


 麟五は笑った。

 この瞬間、士族と作家という二つの世界が噛み合い、古い神話が音を立てて崩れはじめていた。


 玄蕃は片手を差し出す。


「契約しよう、王子様。君は力で、僕は言葉で。古い神話を斬ろう」


 麟五はその手を見つめ、ゆっくりと握り返した。


 玄蕃が微笑んだ。


「神々の隙間にはね、いつだって物語が生まれるんだよ。その裂け目が、いちばん綺麗だ」


 その言葉が消えると同時に、部屋の灯りがふっと明滅した。


 まるで、世界が更新される予兆のように。




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