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大江戸オブ・ザ・デッド〜魔法全盛の江戸で、弓しか取り柄がない私ですが兄を探してます〜  作者: 森戸ハッカ
第三章:風の段『風は動なり。鎖を持たぬ』

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23. 幕府評定集 蓼丸備悟

 静寂の中、灯明がひとつ、ゆらりと揺れた。


 備悟は腕を組み、低く問いかける。

 若くして幕府の中枢を駆け上がった彼は、立ち姿から自信が滲み出ていた。


「闇属性、というのは本当に存在するのか?」


 正面に控えるのは東雲玄斎。

 白衣の上の顔は頬に皺を刻み、髪は総白だ。


 しかし実年齢は三十五。備悟は知らなかったが、実は同級生であった。


 東雲は十五年前の深川殲滅戦で癒者として参陣し、隊員四十六名を失った。目の前で自分を守り、屍人に喰われた隊長を救うため、己の全魔力を注ぎ込み凍結。その代償として若さを置き去りにした男だった。


「ーー存在します。正確には、バベル王国にしか存在しないと思われていた、のですが」


「ふむ。つまり、我が皇国にも“異血”が紛れ込んでいると?」


「ええ。島国であるミカド皇国は水の気が多い国。能力者も水系統が最も多い。闇の因子など想定すらされていなかった。ですが、屍病が蔓延して以降、一部の人間にだけ感染の兆候が見られないという現象があり、調べたところ彼らの魔力波長は――闇属性でした」


 備悟の眉がぴくりと動く。


「……屍人は、その闇エネルギーで動いていると聞いたが?」

「その可能性が高いですな」


 東雲は顎に指を添え、淡々と続けた。


「屍人は死してなお活動を続ける擬似生命体に近いのでしょう。心臓も脳も動かぬのに歩くのは、体内で微量に残る闇エネルギーが自己複製を繰り返すため。……例えるなら、深海に棲む寄生性の吸血生物に似ています。闇エネルギーは屍人を操り、噛みつかせ、他者の生命力を摂取しながら滅びを先延ばしにしている」


 備悟は鼻で笑った。


「気味が悪い。そんな穢らわしいものと同じ属性だと? 虫唾が走る。バベル王国は蛮族が多いと聞くが、さもありなんだな」


 その声を聞きながら、奥の暗がりで飛梅は身をすくめた。


 鉄の鎖がきしみ、灯明の影が揺れる。

 人としての尊厳という言葉が、もう遠い。


「それでも、我々にとっては僥倖です」


 東雲は穏やかに続けた。


「二千年、屍病を前に手も足も出なかった我が国に、ようやく突破口が見えた。闇の血を分析できれば――ワクチンが作れる。治療薬も、理論上は可能です」


「ワクチンとは?」


「屍病のウイルスを、死なない程度に弱めたものです。それを体内に入れ、免疫に敵の形を覚えさせる。二度と発症しない。飛梅兄妹の身体のようになるのです。闇の血には壊死した細胞を蘇らせる因子がある。感染初期なら救える可能性があります」


「……つまり、その開発に必要な闇エネルギーを手に入れれば、この私が屍病を終わらせた男になるわけだな?」


 堪えきれないというように、備悟の口元に笑みが浮かんだ。


 対する東雲は、能面のように返した。


「理論上は、ですが」


「理論上で十分だ。実現すれば我が名は後世に残る。蓼丸の麒麟児ではなく、な。古来より、兄より優れた弟など存在しない」


 備悟は薄く笑い、ふと鎖の少女を見た。


「それにしても、男のふりをして特別消禍隊に入るなど――狂っているな。闇属性というのは、やはり理性より獣が勝るらしい」


 飛梅の肩がびくりと震える。


「聞けば、弟の麟五と同室であったとか。あの男、稀代の麒麟児と持て囃されているが、まだ世間擦れしておらん。だから気づかなかったのだろう。もっとも色香も何もないその姿では、誘惑もできなかったろうが」


 くつくつと笑う備悟。

 東雲はその笑いをやり過ごすように、目を伏せた。


「さて――あとは計算だ。東雲、創薬に必要なエネルギー量を推算せよ。明日までに数値を出せ」


「……かしこまりました」


 備悟はふと思い出したように言葉を続ける。


「そういえば、バベル王国から文が届いてな。二十年前に王妃として嫁いだ輝夜太夫が、祭礼用に富籤の機材を求めている。丁度いい。あの国には闇エネルギーが満ちている。対価としてそれを要求すればいい。こちらが与えるのは器物、あちらが寄越すのは闇。悪くない取引だろう」


 東雲は短く頷くだけで、何も返さなかった。


 灯明の炎が、備悟の横顔を鋭く照らす。時の神は彼に微笑んでいるように思えた。


 その笑みは、計算そのものだった。


 2人は飛梅を残して去り、扉が閉まった。 


 残されたのは、冷たい灯りと、鎖のきしむ音だけ。


 飛梅は俯いたまま、唇を噛んだ。


 悔しさ、恥ずかしさ、情けなさ――それらが胸の奥で渦を巻く。


 けれど、それよりも、どうしようもなく苦しいものがひとつあった。


 胸の奥が、痛いほどに脈打つ。


 生きたい―それだけが、はっきりしていた。


 自分の血が名も知らぬ薬の材料として計算され、取引の駒にされる。いや、駒にもならないのかもしれない。兄も、自分も実験材料として生きるしか道はないように思えた。


 それでも、消えたくなかった。


 生きたい、と思った。どうしてかはわからない。


 けれどその思いだけが、確かにあった。


 激流に呑まれた木の葉のように、飛梅はただ目を閉じた。


 灯明が最後の火を吐き、ぱちりと弾ける。

 

 暗闇の中で、少女の呼吸だけが、かすかに続いていた。


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