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大江戸オブ・ザ・デッド〜魔法全盛の江戸で、弓しか取り柄がない私ですが兄を探してます〜  作者: 森戸ハッカ
第一章:水の段『水は道なり。行くべき先を拒まぬ』

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2. 音の旅立ち

 白い背景が床へ滑らかに広がるスタジオの中心で、モデルがポーズを変えるたびストロボの閃光が瞬く。シャッター音がリズムを刻み、カメラマンの短い指示が空気を切り裂くように響いていた。


「次、動きをつけて!」

「otoちゃん、かわいい! 最高だよ!」

「おっぱい! おっぱい映えてるよ!」  


 モデルは指先まで神経を行き渡らせながら、なめらかに姿勢を変える。今日のコスプレは戦隊モノのピンクの私服姿だ。桃色のツインテールにセーラー服をベースとしたあざとい衣装は、モデルのはちきれんばかりの豊満な乳を際立たせていた。


「ほんとにかわいいよ! 次は変身ポーズお願い!」


 女性カメラマンが興奮した様子でモデルに声をかける。


 ミカド皇国は、渡来した日本人によって発展してきた異世界国家だ。古来より日本人はミカドに現れるたびに、言葉、文化、農業、技術、医療などさまざまな恵みをもたらした。


 原住民は渡来する日本人を神と崇め、日本人という神々が来る門として自らを『神門皇国(みかどこうこく)』と名乗り、今に至る。国章も赤い円の下を切り、座りをよくしたものに羽衣のように円が重なっているというものだ。日本、そして門。


 そんな成り立ちの国に、数年前に渡来したある日本人が激震をもたらした。


 自身が『白濁⭐︎駅(はくだくえき)』というペンネームでBL作家として活躍していたという玄蕃白(げんばましろ)が膨大なエンタメデータと共に現れたのだ。転移してきた場所が、ミカド皇国最大の歓楽街『ヨシワラ』であったこともその破壊力の促進につながった。


 エンタメを中心とした超巨大コングロマリット企業であるヨシワラグループはエンターテインメント、金融、不動産、出版などの事業を多角的に運営していたが、彼らは玄蕃のコレクションーーおよそ漫画一万冊、小説五千冊、音楽2万曲、映像160時間ーーで、使えないものがなかった。


 特に綿密な取材に裏打ちされた日本の漫画と小説という創作群は「影響力の推定すらできない」と一旦幕府預かりとなるほどだった。


 転移してくる日本人は、基本的に公家という扱いとなり、最も富裕層に身を置かれ、最大限その意思が尊重される。


 皇と呼ばれる象徴の日本人を含めた多くの公家が住む高級住宅街の“キョート”ではなく「ヨシワラ逗留にしたい♡」という希望も、「音楽とBLに関しては国家高揚になりこそすれ、政府の管理の必要はないです⭐︎」という要望も玄蕃は押し通した。


 また彼はこれまで渡来した日本人達と異なる点として、積極的にメディアに登場した。初の顔出しOK日本人である。


「おれのエンタメデータか? 欲しけりゃくれてやるぜ。探してみろ、日本の全てをそこに置いてきた」


 ミカド皇国の有力芸能誌『暁星(あかほし)』にて“目が合った瞬間に引き込まれる沼の瞳”と絶賛された眉目秀麗な日本人がカメラに向かって大胆に微笑みながら宣言するシーンは、動画共有サイト『武威(ぶい)チューブ』で未だに再生され続けている。

 

 そして訪れたのが、大エンタメ時代だ。


 幕府の検閲を終えた玄蕃コレクションのうち、早期に公開された映像が『ニチアサ』コンテンツであった。


 知識者層を中心に広がっていった音楽に対し、魔法少女、スーパー戦隊といった番組は小さな子供から大きなお友達まで熱狂させた。


 その後、玄蕃原作・監修のミカド皇国オリジナルスーパー戦隊『全力戦隊 ゼンリョクジャー』がリリースされ、本日の撮影のようなコスプレ文化も花開くこととなった。


 本日モデルを勤めているのは飛梅 音(とびうめ おと)。18歳。


 書類選考を通過した特別消禍隊というタスクフォースの実技試験を午後に控え、新進気鋭のカメラマン、橘アネモネによる撮影会に協力していた。アネモネは音の兄の婚約者であり、幼い頃から家族ぐるみで仲良くしていた幼馴染でもある。


「はい、オッケー! ありがとうね、付き合ってくれて」  


 照明の前から移動してきた音の顔と頭部にアネモネが手を一閃させると、濃いコスプレメイクと桃色のヘアウィッグが水球の中に閉じ込められ、部屋の片隅のバケツに移動していく。


 水球が離れても濡れたままの音だったが、「乾かすのは自分でやるよ〜」と微笑んだ。ふるりと頭を振ると、宣言通り髪の毛は瞬く間に乾き切った。


 癖のある紫色のボブショートに濃灰色の瞳。柔らかに揺れる髪と笑顔には春風のような優しさが漂っている。

 

 彼女は、所謂絶世の美少女ではなかった。

 

 しかし永遠の少女のような佇まいには確かな芯が通っていて、不器用でもまっすぐに自分を貫く姿は観る目のある者達の心を打った。

 

 その美しさは、どこか捉えきれない「存在の余白」そのものだ。


 きらめきというよりも、にじむ光。

 つかみきれないからこそ、ずっと眼で追ってしまう。


 そんな自身の魅力にまだ気づいていない少女は、スタジオ脇のメイクルームに入るとサラシで豊かな胸部を押さえ込み、素早く黒いセットアップのトレーニングウェアに着替える。最後に無骨な弓ケースを背負うとカーテンを開けた。


「早いね。はい、これ今日のお給料。少し多めに入れておいたから」

「ありがとう! モネちゃん」


 アネモネは白いシャツに黒いパンツというシンプルな服装だ。耳や指にふんだんにつけられたハードなシルバーアクセサリーがアシンメトリーに切られた鋭角の青い前髪と合い、孤高の姫騎士のようなビジュアルになっている。


 ジッポでタバコにつけたアネモネは、煙を吐き出すと憂いを込めた眼で音に尋ねた。


「本当にこのあと試験いくの? 男のフリして?」

「うん。特別消禍隊(とくべつしょうかたい)に入って〈上野事変〉のことを調べて、お兄ちゃんの行方を探してくる」


 それを聞いたアネモネがくるりと目を回す。


「まだ信じられない。そんなことができるの?」

「大丈夫。さっきも言ったけど、私がお兄ちゃんの電票(でんぴょう)が使えることは確認済み。ーーこれ、内緒にしてね?」


 音は胸元から木札を取り出して真剣な眼をした。


 電票は幕府が発行する認証木札だ。利用者の身分や財産状況が内蔵された『霊刻』と呼ばれる魔法的データチップに記録されている。電票の使用用途は身分証明、通貨機能、通行手形、治療履歴の参照など幅広い。


 ミカド皇国は魔法が使える国だ。国に満ちた魔素は火、風、水、土があり、近年ではそこに微量ではあるが闇という要素があることも確認されている。遠方の大国のバベル王国は闇系魔素が濃い土地らしく、闇系有力能力者も多数存在する。王の側近一族も闇系であるという。


 国民の大半が魔法を技術として使うことができないが、魔力が存在しないわけではない。個人の体内の魔素構成はDNAのように異なるため、魔素構成『霊紋』を登録することで識別させていた。本人以外が使用すると発光し、警戒音が鳴る仕組みだ。偽造電票や詐欺なども裏社会では行われているが、優れた認証システムであることは間違いない。


 家族であっても使用ができない。電票のその絶対的なルールが、飛梅家では適応されないというのは口外禁止の秘密であった。


「ーーアイツ、本当に生きてるんだね?」


 婚約者の無事を知らされたばかりのアネモネはまだ信じられないという顔をしていた。非業な異常事態が続く社会情勢の中、諦めることに慣れさせられた民の顔だ。


 2ヶ月前の卒業旅行時にトラブルに巻き込まれて失踪した『飛梅音』。しかし彼は妹の『飛梅楽』の身分証明証を持っていた。


 失踪から一年立てば死亡認定されるという近年の状況で、残された飛梅母娘は起死回生の大博打を打つことを決断した。


 特別消禍隊。通常の消防部隊では対応が困難な災害現場に立ち向かう国内随一のタスクフォースだ。エリート能力者達の憧れの場所に書類選考通過していた音に成り替わり、楽が入隊するーー『飛梅音』として。


 兄の死亡宣告まであと8ヶ月。電票を偽るという犯罪行為を犯しても入隊する価値はある。そして出来るという自信もあった。


 飛梅母娘は自分達の能力によって、兄が失踪したはずの江戸にいて、さらに無事でいることは確信していた。


 なんらかの理由で帰ることができない状況であるということだけがわかっている。


 特別消禍隊の受験資格を得られるほどに優秀な能力者であった兄の拉致監禁は、やはり優秀な能力者でしか不可能だ。そして失踪した現場に、優秀な能力者が集まる特別消禍隊が出動していたことも報道によって把握していた。


 鍵は特別消禍隊だ。

 特別消禍隊に必ず手がかりがある。


 音は瞳に確信の光を煌めかせて頷く。

 

「うん。間違いないよ。ママも言ってる」

「そっか……」


 熱いものが込み上げたアネモネは、両手で顔を覆って深い呼吸をした。婚約者の生存は自分には感じられないが、目の前の幼馴染が、この類の嘘も見栄も張らない娘であることは確かだ。


 呼吸を整えたアネモネは、強い眼差しで音を見つめた。


「名前は“飛梅音”でいくんだね? しかし、電票の“名前”にはびっくりだよ。漢字の読みは自由なんて。私も名前変えようかな」


 橘アネモネは、漢字では“花一華”と書く。

 ミカド皇国の名付けは、ここ百年ほど海外風の名前に無理やり漢字を当てるのが主流だった。


 電票では名前の読みは登録すらされていないようだった。


 兄の飛梅音は“オットー”という読み方だったが、今回は“オト”と名乗るというトライをした。


 コスプレイヤーとしての芸名が“otoちゃん”であったこともあるが、オットーの響きまで奪ってしまっては、兄の帰る場所がなくなってしまう気がして。

 

「うん、オトで行く! 実技試験の申し込みも電票ナンバーだけだったの。勝手に変更したけど確認も入らなかったよ」


 今回の入れ替わりは、失踪した兄が妹名義の『飛梅楽』の電票を誤って持ち出していたことからはじまった。


 本来、本人しか扱えぬはずの電票が飛梅家では共有できていたこと。さらに、ど田舎にある飛梅家の周辺にはコンビニも自販機もなく、電票ペイができる場所がなく、現金支払いのみであったことが原因だ。結果、兄は楽の電票を持ち出してしまった。


 そして、そのまま卒業旅行のための遠足バスが複数集まっていたバスロータリーで発生した屍人による大規模襲撃事件に巻き込まれて失踪する。通称〈上野事変〉だ。


 幕府の捜査機関は状況から、失踪したのは〈飛梅楽〉と判断。飛梅家が混乱している間に速やかな行政手続きが執行された翌月、失踪者として扱われていない〈飛梅音〉には、特別消禍隊から実技試験案内が届くことになった。


「お兄ちゃんを取り戻すことは、私の電票を取り戻すことにもなる。このままじゃ、私も死人扱いだもん! うちは百射百中の飛梅流だよ。板額乙女の名にかけて、必ず仕留めてくる。それまでは“音”って呼んで。モネちゃんは、コスプレイヤー“otoちゃん”の名付け親だし!」


 飛梅流12代目師範代、飛梅音として凛とした目で宣言した楽を、アネモネは目を細めて見ながら頷いた。

 

「わかった。アンタの憧れのゼンリョクレッドもいつも言ってるもんね。全力でがんばっておいで」


 全力戦隊ゼンリョクジャーのリーダー、火神カケルの真似をして、音はこぶしを挙げた。

 

「うん! 『全力出さずに、何がヒーローだッ!』」


 ニッと笑ったアネモネは紫煙を吐き出しながら何かを思い出すように視線を天井に送った。


「ーーしかし前回の最後のカケル、エロかったね」


 その言葉にたちまち顔を赤くした音がアネモネの両手を握りしめた。


「はわわ、わかるぅ!!! エッチすぎたよね。ブラックが女だってわかったのに、カケルは今まで通り男として尊重してさ!? それを見てたブルーがさぁ! カケルを見てたよね!? 嫉妬の目でめっちゃ見ててぇ……」


 掴まれた手を笑いながら解くと、アネモネは肩を叩いて幼馴染を送り出した。


「ほら、行きな! 試験なんだろ」

「えぇー、離れがたい。また今度お話ししようね! ゼンリョクジャートーク!」

「わかったから。行ってきな」

「うん、行ってきます!!」


 少女は溌溂とした笑顔を残し、スタジオのドアを開けて江戸の街に飛び出していった。


 沈黙に満ちたスタジオで片付けをはじめたアネモネは音が一度も試験の不安を口にしなかったことに気づいて思わず笑った。


 昔からそうなのだ。


 誰よりも弱そうな見た目をしたあの子は、絶対に負けない。ーーというより、勝てる勝負しかしない。


 音の兄であり、アネモネの婚約者の笑顔が眼裏にはっきりと映った。


 それはまるで確かな約束のように感じられて、アネモネはこの2ヶ月で初めて今夜は眠れそうだと思った。

 


 

 

 


 


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