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大江戸オブ・ザ・デッド〜魔法全盛の江戸で、弓しか取り柄がない私ですが兄を探してます〜  作者: 森戸ハッカ
第二章:火の段『火は力なり。意志なき者に宿るべからず』

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18. 天燈祭のヒーロー

 その村は年に一度だけ光に包まれる。

 

 天燈祭ーー盆の時期に死霊の霊を迎え、慰め、空へと還す祭りはミカド皇国各地で行われていた。


 日本から渡来してくる人間達により文化や技術が発展したミカド皇国だが、火葬だけは根付かなかった。


 能力者の魔力の源である魔素は森羅万象の中に存在する。能力を扱えない者であっても体内に魔力は存在し、土葬をすればやがて地に還るためだ。


 この地では、命は確かに輪廻する。

 火葬されるのは、再び地に還ってくることを許されぬ咎人だけ。


 古い言い伝えに基づき、祭りの夜に村人達は菩提寺で手作りの灯籠を空に放つ。命はやがて空に昇り、風となって包み込み、雨雫となって再び地に降り立つように、祈りを込めて。


 その夜の灯籠は飛び去ることなく、死者の慈しみの視線を感じさせる穏やかさで一晩中天から生者達を見下ろし続けるのが恒例の景色であった。


 この日は民間能力者のかきいれどきだ。国の能力基準の最低ランクである五級に満たぬ者であっても、灯籠に火を灯し、力を合わせて風をコントロールし対空時間を長くすることはできる。


 五級以上の能力者は世界中どこであっても国民の1割とされるが、ミカド皇国ではこの層ーーあえて名付けるとすれば六級ーーも含めれば3割になる。これは他国より抜きん出て優秀な能力者の多いバベル王国でも見られぬ現象であった。


 これは国の豊かさの源の差異として現れた。突出するトップ層が率いるバベル王国に対し、ミカド皇国は裾野の優秀さが押し上げるという形を取っていた。


 バベル王国は一定基準を持たない者は貴族階級になれないのに対し、ミカド皇国では能力の多寡は階級制度に影響しない。幕府のトップに君臨する御三家と呼ばれる名家の者達もーー渡辺家、山本家、そして蓼丸家ーー大半が能力を持っていなかった。


 それ故に能力者が民間に流れやすくなり、彼らが競って日本人が齎す神の国の情報を元に技術開発を行うためにミカド皇国は卓越した先進国として成長していた。


 民間能力者が高級取りであることが、その証左だ。今宵のような祭りの業者であっても、夏の1ヶ月分の稼ぎで一年暮せると言われていた。


 そんな能力者が3割の確率で産まれるとあっては、女達は3人以上の子を成すことを望む風潮も根強くなる。子は財産に直結する。ドライによりよい配偶者を求めるため離婚率は低くないが、出生率は高かった。


 深川の外れのこの村でもその例外ではなく、天燈祭は大変な賑わいで、子供も大人も浴衣に身を包み、屋台の香りと笑い声が谷あいに満ちていた。


 日中の茹だるような暑さは去っていたが、人熱と昂揚で皆の肌は熱い。誰しもが祭りを楽しんでいる。

 

 ーー賑わいがピークに達し、空がひときわ輝いたその瞬間。

 

 空へ昇るはずの天燈が止まった。


 そして意志を持つかのように火の灯は地上へ落ち始めた。


「……空が落ちてくる!」

「火の粉……!? 逃げろ!」


 最初に火が爆ぜたのは、屋台が連なる参道だった。


 屋根が燃え、悲鳴が上がり、その声を追うように沿道の地面が割れていく。


 黒い手が、這い出た。


 ぬるりとした腐った体液とともに、目だけが白く鈍く光って見える屍人。


 かつて埋葬地であった沿道脇の地の底から這い出る彼らに、村人達は恐慌した。


「お、おいっ、あそこに子どもが……!」


 屍人のうねりの中で、兄妹と思しき2人が取り残されていた。兄は必死に妹の手を引くが、青ざめて涙を流す少女は足がすくんで動けない。


 泣き叫ぶ声に反応した屍人たちがゆっくりと彼らに手を伸ばし始めた。


「助けてぇ……ッ!!」


 少年と群衆が叫ぶより早く、風を切る音が走った。


 声に応えるように飛来した一矢が屍人の首を射抜き、その頭を吹き飛ばす。

  

 矢は物理現象を裏切り、忠実な犬のように飛び上がると屋台の屋根の上に立つ白装束の人物の手に戻った。


 白い防火服に腕と腿に銀色のライン。

 紫色の髪が風にそよいだ。


「特別消禍隊だ!!!」


 特別消禍隊、最年少の狙撃手は戻ってきた矢も含めて3本つがえ、再び矢を放つ。


 狙いは全て、子ども達に近づく屍人。


 矢は全て屍人の首筋に吸い込まれ、瞬時に絶命させていく。


 祭りの群衆は、屍人という絶望に囲まれているのも忘れて歓声を上げた。


 飛梅の腕と胸に銀字で輝く数字を指さし、子供が声を上げた。


「第七だ! 第七の新兵器だよ!」


 群衆の中で火術は使えない。


 深川殲滅戦以降、火系術は同等の水系術と連携しての運用が義務化された。風系術の爆風の広範囲攻撃も、今ここではリスクでしかない。


 だが、飛梅の弓は違った。


 動き続ける群衆の中から屍人だけを狙う一直線の弾道、精密な刺突、そして矢が手元に戻る神の如き術式。


 その技は騒乱の中で人を守るために設計された戦術だった。


 この夏、古い寺社で旧式の埋葬をされた遺体の蘇り事件が多発し、特別消禍隊は対応に追われていた。屍人は接触による感染の他に、遺体が蘇り動き出す2パターンの発生機序があった。


 後頭部の付け根、いわゆる“盆のくぼ”と呼ばれる箇所を破壊して埋葬する技術の開発で蘇りは激減したが、旧式の埋葬術を施され、未だに土に還っていない遺体は多い。


 数万とも数十万とも言われる未発遺体という地雷を抱えたミカド皇国にとって、飛梅の矢は福音であった。


 ヒュオゥッ!と神獣の吠え声かのような音を伴って風を切り裂く矢が、騒乱の群衆の間を正確に抜け、一体、また一体と屍人の首を貫いていく。


「索敵完了。トビから見えてるもの以外は、3体。石段の西南から」


 インカムに反応した飛梅が社殿を一瞬見上げる。


 社殿の上に立った2人の影。


 アフロヘアの達磨のような形の影、南海ノックが冷静に横に立つ蓼丸隊長に告げた。


「裏手の森から、23体来ます。おそらく増えます。ーーが、遅いです。まだ完全に起きてない」


 見た目と性格のクセは強いが、南海ノックは優秀だった。


 超広域魔術感知の専門部隊《百目》から花形部隊第七局に抜擢された実力を、その夜も遺憾なく発揮していた。


「裏はまとめて俺がやる。避難指示を」


 視線は騒乱の沿道に落としたまま、整った顔を夜風にそよがせた蓼丸が告げる。


 跪いて頷いた南海がチームに素早く指示を出すと、沿道の入り口から仁王像より大きな二人がいち早く応えた。


「こらぁあああああッ!!! 避難しろぉおおおおッ!!」


 爆音と共に屋台を吹き飛ばしながら突撃していったのは神保ガンズとシノの息子達、レッツ&ゴーの双子だった。


 飛梅の矢に歓声を上げていた群衆が蜘蛛の子を散らすように走り出した。


「どけどけどけぇい! 人間様のお通りだあああ!!」


 兄のレッツが逃げ遅れた老人達を担いで運び、弟のゴーが追い縋る屍人の群れを軽々と投げ飛ばしていく。


「そっちのガキ、回収ゥッ!」

「任せろアニキ!」


 逃げ遅れた少年達がたこ焼き屋台のテーブルの上に乗り、調理器具で決死の応戦をしているのを兄が指差す。


 レッツは道端の大木を引き抜き、槍投げのように投擲すると、いよいよ少年の一人に手をかけんとしていた一体が潰れて柱となった。

 

 ゴーも同じように街路樹を引き抜き、モグラ叩きのように屍人の頭を潰しながら近づいていく。


 あまりにも暴力的な突破力。だが、的確で迅速な連携。屍人達は地響きと共に殲滅されていった。


 戦車のように避難路をこじ開ける双子がゴリラを上回る腕力で跳ね飛ばした中年男性を柔らかく受け止めたのはテッサだ。


「乱暴でごめんなさいね。彼らの頭脳は進化の途中で置き忘れられたのです」


 地に手を当て、土の壁を高く聳えさせれば即席の避難所の完成だ。


 飛梅が護り、レッツ&ゴーの双子が投げ飛ばした市民達を壁の向こうに誘導しながら、討ち漏らされた屍人を体術で狩っていく。


 砂術と体術を融合させた異色の武闘派、鉢屋テッサ。


 小柄な身体からは想像もつかない速度と精度の回し蹴りが屍人を沈めていった。


「テッサ姐! 最後の一人だぜぇ!!」


 レッツとゴーがそれぞれ、御神体を抱えた禰宜と巫女を投げる姿勢をとる。


 抱えられた2人はジェットコースターが昇っていく前のような面持ちをしていた。緊張と期待の視線がテッサを見つめている。


 ひとりじゃないよ、2人だよぉ〜!!と避難塀から顔を覗かせた子供達から笑い声が上がった。


「相変わらず素晴らしいわ。あれほど自信満々に間違える方、そうはいませんもの」


 呆れたため息と共に軽く頭を振ったテッサは、砲丸投げのように猛スピードで放られた2人を空中でなんなく受け止めると避難塀を崩壊させた。


 屍人の群れは依然として目の前にあり、逃げた人々に向かって近づいてきているにも関わらず、だ。


 しかし、困惑する群衆のどよめきは瞬時に止まった。


 空気が凍る。


 風の音が消える。


 重力が、ねじれる。


 風、水、火、土ーー四つの気配が同時に収束した瞬間だった。


 白い消禍服が翻り、舞い降りた影は屍人の先頭の頭上、宙でそのまま止まった。


 その姿を見た瞬間、音と匂いにしか反応しないはずの屍人がすべて動きを止めた。


「ーー此処より先、人の地である」


 蓼丸麟五。

 特別消禍隊、そして人類の頂点に立つ男は神託を下す神官より厳かに告げると、素早く両の手で手印を切った。


 麟五の掌が静かに掲げられる。


 火は熱を、土は質量を、風は圧力を、水は流動をーー四つの魔力が螺旋のように絡み合い、見えざる一点へと収束していく。


 空気が歪む。


 耳を劈く爆音があったはずなのに、誰の鼓膜にも届かない。


 ただ世界そのものが沈み込むような圧の、その余波だけが全員の身体を貫いた。


 次の瞬間、屍人たちは呻く暇もなく、見えぬ力に押しつぶされた。骨も地肉も大地に縫い止められ、ぺしゃりと形を失い、土埃すら立たない。


 音なき轟音の中で、彼らは全て地に伏した。  


 それは攻撃ですらなかった。

 天地の理を、その法を、蓼丸が一時だけ書き換えたのだ。


 蓼丸麟五という人間だけが許された奇跡。


 それが齎されるのが、現代の麒麟児が指揮している戦場の証だった。


 一拍、永遠にも思えるほど静寂があった。


 屍人が潰れ、泥濘のように大地に縫い付けられた光景を前に、誰も声を上げられなかったのだ。


 だが、最初の1人が息を呑み、嗚咽混じりに叫んだ。


 「……助かったぁ……!」


 その声が火種となった。

 次々に喉が震え、歓声が爆ぜる。


 「生きてる!」

 「倒したぞ!」

 「第七だ! 第七がやってくれたぞ!!!!」


 恐怖に凍りついていた顔が一斉に崩れ、涙と笑みが入り交じる。


 手を打ち鳴らす者、抱き合いなく者、膝を折って祈る者ーー群衆の感情は制御を失い、奇跡の目撃者として歓喜を爆発させた。


 彼らが目撃したのは、ただの勝利ではなかった。絶望の底で、確かに神が人を救ったと信じられる瞬間だった。


 蓼丸はその喝采の渦中にありながら、ただ静かに立っていた。


 己が力を誇ることもなく、群衆に応えることもなく、ただ地に還った屍人を見下ろして。


 しかし、彼はすぐに面を上げた。

 屍人の残骸を器用に避けて、隊員達が彼の元に近づいてきた。


「飛梅、戻りました!」


 この日、隊で2番目に多く屍人を屠ったとは到底見えない清涼な朗らかさで飛梅が麟五に微笑んだ。


 その横に双子とテッサが並ぶ。


「烈!」「剛!」「「戻ったぜぇ!」」

「鉢屋テッサ、戻りました。……飛梅さん、合流の際は名前まで言うように。彼らを見習ってはいけませんよ。失敗を積み重ねても決して学ばない才能は、なかなか得られるものではございませんが」


「俺たちのこと!? テッサ姐に褒められた!?」と照れるレッツ&ゴーの双子を見上げながらテッサは「今日もバカの筆頭株主ですね……」と小声で呟き頭を振った。


「南海ノック、戻りました。目標、制圧完了。第七局第一班、全員帰還です」


 殿を務めた南海が敬礼して報告すると、蓼丸麟五は微かに口に笑みを浮かべた。


「ご苦労」


 六人が並ぶ、その様子を見ていた子供が思わず叫んだ。


「ヒーローだ……! ゼンリョクジャーだ!!」


 わっと子供達の人だかりが、最も近づきやすそうに見える飛梅の元に集まった。


 歓声を上げながら、握手を求める子供や、自身がつけていたゼンリョクジャーのお面を差し出す子供に飛梅が相好を崩す。


 歓声と拍手が弾けた。群衆の興奮は夜明けまで冷めることがなかった。


 この夜のことを、人々は後にこう語る。


「地獄が始まったと思ったら、天から神様が降りてきた、と思ったらヒーローだった」ーーと。


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