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大江戸オブ・ザ・デッド〜魔法全盛の江戸で、弓しか取り柄がない私ですが兄を探してます〜  作者: 森戸ハッカ
第二章:火の段『火は力なり。意志なき者に宿るべからず』

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16. さよならを言わない唇

「ごめんなさいね、たったそれだけのことなのに……」


 数分、神保ガンズの魔力が動いた。

 だがそれ以降は気配もない。


 隊長格以上に知らされた極秘情報に沈黙する2人に、引け目を覚えたようにシノは慌てて言った。


 だが、沈黙の理由はもちろんそんなことではない。


 蓼丸は優雅に頭を振った。


「とんでもない。ガンズ殿の第七局を預かる者として、こうして実際にお会いできてよかったです。--どんなことでも構いません。また気になることがありましたら、僕に直接ご連絡ください。いつでも構いませんから」


 整った美貌に蕩けるような笑顔を湛えて電票木札を差し出した麟五に、思わず頬を染めながらシノは胸元から自分の木札を出してカチンと合わせた。


 ピリッと弱い静電気のような痛みが指先に走る。これだけで魔力登録がなされる仕組みだ。呼び出したいときは、相手のことを思うだけでいい。


 日本の携帯電話より便利よね、と内心で思いながら、シノは母の顔になり尋ねた。


「ねぇ、烈と剛はうまくやれてる?」

「ええ、相変わらず仁王と呼ばれていますよ。2人の腕力は隊でも群を抜いています。一晩中丸太を武器に出来るのは彼等くらいです」

「まぁ! ふふ。大飯食らいの愚息達だけど、パパに憧れてるからノセればどこまでも行くわよ。漢なら全力だ!ってね。よろしくね」


 束の間、思考の海に潜っていた飛梅は、溺れていた人間が水面に顔を出す勢いで頭を上げた。


「えっ!? 待って。レッツ&ゴーの2人、シノ様のお子さんなんですか!?」 


 第七局の巨人と恐れられる双子の先輩と、目の前の嫋やかな女性が結びつかず、飛梅がはくはくと喘ぐ。


 貴人への礼儀を忘れたその様子に、蓼丸が横で額をおさえた。


「そうよぉ。全力の実力だけで第七局に入るって言い張って、パパとの血縁すら隠してるから内緒よ。でも神保烈と神保剛は私の可愛い息子達よぉ」

「ひぇっ!? 身体強化したら3メートルくらいになってますよね!? 普段でも2メートル超えてますよ!? その華奢なお身体でアレ産んだんです!? シノ様の遺伝子どこに行ったんです!?」

「あの顔で私に似て美食家なのよぉ〜! あの子達がワガママ言うから隊の寮食の質がこの3年爆上がりしてるでしょ〜! 玄蕃君が日本からいーっぱい本や映像を持ってきてくれたからレシピも増えて、パンケーキは本場品質よぉ〜」

「どうりでおいしい!! ありがたいですけど!! わぁ、そして“玄蕃君”!? 玄蕃白様と仲が……??」

「当然よぉ〜! 久しぶりの渡来人だもの。毎日のように電話してるわ。うちのパパの話が好きみたいでね」


 コンテンツの点と点を結びつけ、時には公式が用意していない行間まで勝手に読み取るタイプのオタクである飛梅は、ある推測に辿り着き戦慄した。


(玄蕃白はゼンリョクジャーの監修……まさか……!)


 一方、美食オタクではあるがコンテンツ系には疎いシノは、踊るようなステップで飛梅の地雷を踏み抜いた。


「ゼンリョクジャーって知ってる? 子供向けだから観てないかしら。あれのモデル、パパ達なのよ〜!」

 

 原典のある大河ドラマではない。

 憧れのニチアサコンテンツでナマモノの原典を提示されるという、予測すらしていなかった究極のネタバレを喰らった飛梅は呆然と立ち尽くした。


「観てます……つ、つまりゼンリョクレッドの火神カケルは……」

「パパよぉ。ガンさん、“全力”が口癖だったの。ブルーは雪平君、ブラックは西門君、イエローは烈と剛がモデルよぉ」

「ピ、ピンクは? オリキャラ……?」

「ピンクって、お医者さんの子でしょ? 東雲君よぉ。かわいくなっちゃってね。観てるのかしら?」


 キャッキャとはしゃぐシノの横で、10代の美男美女で構成されている憧れのスーパー戦隊のモデルが燻し銀のおじさん集団だったということを知った飛梅はオークより険しい顔をして眠る伝説の局長の顔を見て、天を仰いで膝から崩れ落ちた。


「あんまりだァァァァァ!!!!!」 

「えっ! なに怖い。急にどうしたの!?」

「カケル様がオークで妻子持ちぃぃぃぃ!!!!!」

「やだ、ちょっと大丈夫!? ドクター呼ぶ!?」


 麟五が素早く飛梅の首に手刀を三発叩き込み、強制的に沈黙をさせて微笑んだ。


「お気になさらず。シノ様のお話をお伺いできて光栄の極みで少々昂ったようです」 

「ええ……? とてもそんな風には……さっき“オーク”って」

「オークではありません。奥様、です。奥様のお話をお伺いして感銘を受けたと。な? 飛梅」


 白目を剥いて麟五に抱きかかえられている飛梅は当然答えない。

 

 だが、麟五は無理矢理飛梅の頭を頷かせると、100人通り過ぎたら108人が振り返る笑顔で断言した。


「飛梅もそう申しております」


 リンゴ君がそう言うなら……とシノの顔がほころんだところで、特別室の扉が空いた。


 大勢のスタッフを背後に引き連れた小石川療養所所長、東雲玄斎が顔を覗かせる。


「失礼、何やら大きな音がしたと……」


 静寂の中で、東雲はゆっくりと顔を上げた。


 深い皺に縁取られた濃青の瞳が、飛梅を射抜く。他の誰でもなく、飛梅だけを、まっすぐに。  


 姿勢を正した飛梅もまた、一歩も引かずにその視線を受け止めた。


 声はなくとも、そこに宿る感情は濃かった。


 言葉は交わされぬまま、互いの心の奥に沈むものが視線に映し出されていく。


 ーーこの人は、兄を知っている。

 ーーこの娘は、いずれ真実に辿り着く。


 飛梅の瞳には、失われた兄への焦がれる想いと、真実を掴もうとする激しい決意が。


 東雲の瞳には、贖罪の影と、手放せぬ研究への執念が。


 まるで互いが互いを鏡に映したかのように、全てを理解した気配が走る。


 次の瞬間、蓼丸の凜とした声が凍りついた場を動かした。


「東雲殿、こちらの用は済みました。我々は失礼します。シノ様、また近いうちに」


 笑顔のまま、如才ない挨拶を交わす麟五とシノの間に、冷たい板を差し込むように東雲が言った。


「ーー斎藤様、御子息が」


 シノの顔がパァッと華やいだ。

 夜勤明けの息子達と、今日はランチをするらしい。特別消禍隊となった息子達と一緒にいる間は幕府の護衛もなく、水入らずで楽しめるそうだ。


「もう来たの? 行くわね! またねぇ、リンゴ君、トビちゃん」


 軽やかに出ていくシノを見送り、東雲は麟五の眼を見据えた。


「蓼丸殿、そちらは?」

「私の部屋子の飛梅です。常に帯同するよう義務付けているため、此度もこうして連れて参りました。ーー何か漏らすようなら、そぶりを見せた段で私が責任を持って首を撥ねますので御安心を」


 最強の男が笑いながら放った冷徹な響きに、東雲の背後の部下達は怯えて視線を下げる。


 しかし、麟五の発言の真意を悟った飛梅は、不甲斐なさに視線を逸らせた。


(教官に、護られたーー……)


 飛梅は常に自分の側にいる。

 だから手を出すな。


 そう、言外に匂わせていた。

 “飛梅音の妹”が、間違いなく、ここに隠されていると知った上で。


 同時に、兄と共に戸籍も名も失っている自分も囚われているのだと、この時初めて彼女は痛感した。


 それを見つめる東雲玄斎の瞳は、深い影を宿しながらも、その奥に微かな光を秘めている。

 

 やがて、老人は口を開いた。


「ーーここで声を上げれば、君のためにもならぬ」


 抑えられた声。先程の騒ぎを叱責するような体をしたその一言は、鋭い刃のように飛梅の胸を突いた。


 この男は、兄の顔を知っている。

 私が兄の名を背負い、己を偽っていることに、東雲は気づいている。


 確信が、言葉の裏に冷ややかに滲んでいた。


 その上で、部屋子という立場ではここに1人で入ることも、声を荒げて真相を尋ねることも出来ないという事実と恥辱に震えた。


「……申し訳ございません」


 絞り出したような詫び声に、東雲は答えない。


 しかし、その沈黙こそが雄弁だった。


 ーーお前の秘密も、こちらの秘密も、まだ明かすべき時ではない。


 麟五が緊張を察し、静かに飛梅の肩に手を置く。


「飛梅、戻るぞ」


 その言葉で、彼女はかろうじて息を整えた。


 視線を逸らすことなく東雲を睨み返しながらも、心の奥では理解していた。


 今は踏み込むときではない。

 だが必ず、真実を掴む日が来る。


 礼をして扉に向かう2人の背に、東雲は口を開いた。


「蓼丸殿、この近くで上野事変の朝に古い肉塊を含む不審物が見つかった。同日、霊園からは墓荒らしの通報があったという。ーー屍が墓から蘇った可能性がある。首を落として埋葬していなかった50年以上前の、な」


 息を呑んだ蓼丸が、頭を下げた。


「他にも蘇りがあれば大変です。第七からも応援を出せるよう手配いたします」


 東雲は目を閉じたまま、その言葉に微かに頷いた。


「ーー屍人は待ってくれぬ。誰かを救うために戦うなら、まずは己を高めることだ」


 自戒のような押し殺した声の奥に、確かな信念が宿っていた。


 飛梅は歯を食いしばった。

 自分への言葉であると確信して。


 きつく結んだ飛梅の瞳の奥で、様々な情景が映る。


 蘇った屍人。

 屍人化を防ぐために凍結された神保ガンズ。

 動いたという、彼の魔力。


 そしてーーおそらく、神保ガンズと同様の状態でここにいる兄。


 ここに戻って来れる理由を掴め、と言われた気がした。第五局管区への応援も、今のままでは呼ばれる見込みはない。


 結果を出さなければ。


 部屋子としてではなく、第七局の飛梅として、堂々と兄を迎えに来れるように。


「強くなります。ーーまたお会いできる日まで」 


 頭を上げた飛梅は深く息を吸い込み、静かに背筋を伸ばした。

 

 再びその視線を受けた東雲玄斎は、放たれんばかりに引き絞られた弓を向けられたような気がした。


 この日、彼女の胸に灯った決意は、後に「第七局のエース」と呼ばれる急成長に繋がっていくこととなった。


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