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大江戸オブ・ザ・デッド〜魔法全盛の江戸で、弓しか取り柄がない私ですが兄を探してます〜  作者: 森戸ハッカ
第二章:火の段『火は力なり。意志なき者に宿るべからず』

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14/50

14. 〈深川殲滅戦〉

 15年前。

 ミカド皇国の首都である江戸の町は豊かさと繁栄の只中にあったが、その繁華の陰で屍人の脅威は増加し続けていた。


 ある冬の夜。

 浅草から深川にかけての住宅密集地で前代未聞の屍人発生が起こる。


 半鐘が鳴り響く町には、路地という路地にまで違法に建築された長屋がひしめき、老若男女数万人が暮らしていた。


 索敵部隊百目による被害強度予測は“鬼”。

 狐、狼、熊、虎、鬼と上がる階級で、最狂をつけた。


 幕府は迷わず、後に最大の敗因と呼ばれる決断を下した。


 最強と謳われた特別消禍隊“華の第七局”、しかも精鋭のみの投入だ。


 局長神保ガンズを筆頭に、選ばれたエース級五十名。


 火と風を主力とし、迅速な討伐と焼却を十八番とした彼らは江戸庶民にとって屍人討伐の象徴であった。


 夜半。びょうびょうと凍えるような冷たい風が吹き付ける町に鐘は悲鳴のように鳴り響いていた。

 

「行くぜぇ! 全力出せよ! 第七!」

「応!!」


 深川に到達した第七局は局長ガンズの怒声に合わせて鬨の声を上げ、深川地区に侵攻した。


 燃え上がるはずの炎は彼に吸い寄せられ、まるで鎧のように形を成す。ミカド最強と名高い第七局局長の巨軀が鮮やかに紅蓮の炎を纏った。


 怒りの形相、燃え盛る炎、揺るがぬ巨体。


「不動明王だ……!」

「第七の不動明王ガンズが来たぞ!!!」


 屋根の上に避難していた商屋の者達が歓声を上げた。


 それは仏画でしか見たことのない尊像が現世に降り立ったかのごとくの力強さで、見る者全てを熱く鼓舞した。


 炎の術が放たれ、屍人の群れは瞬く間に焼き尽くされた。


 ーーそのはずだった。


 しかしすぐに背後の路地から、さらに倍する数の屍人が湧き出した。


 一体倒すごとに、三体が現れる。

 十体倒せば、二十体が押し寄せる。


 ミカド皇国一の住宅密集地は、恐ろしい勢いで屍人の感染が広がっていた。

 

 隊員達に焦りが滲み始めたとき、屋根上から索敵していた第七局の百目からの声に一同は戦慄した。


「局長! だめです! 避難がまるで出来てませんッ!!」


 やがて、事態は最悪の形を取った。


 屍人の群れに、避難できなかった町民がまじりはじめたのだ。


 カン、カカン、カカンカンーー


 屍人半鐘は火災を告げる規則正しい鐘の音とは違う。


 屍人発生を知らせるその音は不規則で、せわしく、まるで泣き叫ぶ女のように夜空を震わせた。


 薄い戸板を背で押さえながら耳をふさぐ者も、布団に潜っていた子供も、恐怖で否応なく心臓をかき乱される。


 江戸の民は誰もが知っている。「屍人の夜は、外に出るな」と。

 

 走ることさえ出来ぬ屍人に戸を開ける知恵はない。戸を閉ざし、灯りを消し、声を殺してただ耐えるのが生き残る唯一の術だ。


 外から聞こえるのは、異形の呻き、叫び、軋む足音。


 それでも人々は歯を食いしばり、希望があると信じて戸の内に身を潜め続けた。


 その絶望の闇に、江戸特別消禍隊の最強軍団が到着したという希望は明るすぎた。人々を狂わせるほどに。


 歓声は伝染し、氾濫した。


「助かった……!」

「第七だ! 華の第七が来たぞ!」

「もう大丈夫だ! ガンズもいるぞォッ!」


 町人たちは理性を忘れ、閉ざした戸を開いた。


 母は子を抱いて飛び出し、若い夫婦は互いの手を固く握りしめ、商人は大切な帳簿の箱を抱えて表へと足を踏み出す。


 希望が絶望に勝り、炎に包まれた路地へと次々に躍り出ていった。


 ーーその一歩こそが、彼らを、そして特別消禍隊をも地獄へと導くとも知らずに。


 屍人の群れは町民の姿を見て咆哮を上げた。


 炎と剣の輪の中に助けを求めて飛び込んだ庶民の声がたちまち悲鳴に変わっていく。


「西門! お前は半鐘の所へ行けぇ! 放送を使って家から出るなと繰り返せ! 屍人がこっちに流れたら避難させろ!」


 急げ!と怒声を上げるガンズの指示に、第七局百目のリーダー西門が剣技に長けた隊員を連れて屋根の上を駆け出していった。


 鐘は尚も鳴り響く。

 

 カンカン、カカン、カカカンカンーー


 それはもはや、町全体が奏でる挽歌であった。


 襲いくる屍人と、助けを求める人々。

 狭い路地、軒を連ねる長屋。

 火を放てば町が燃え、使わねば屍人が町民を喰う。そしてまた屍人と化す。


 彼らの火力は、この町に対して強すぎた。路地は狭く、四方八方から屍人がなだれ込み、炎も風も十分に振るえない。

  

 精鋭達は互いに声を荒げ、隊列は乱れ、指揮系統は崩壊していった。


 屍人の群れは濁流のように押し寄せ、精鋭達は次々と呑まれていく。


 神保ガンズは、最後まで踏みとどまった。


 隣接する浅草地区と深川の大半の避難が完了したと片目を失った西門が半死半生の剣士と共に報告に戻ってきた瞬間、彼は怒りとも哀しみともつかぬ咆哮を上げた。


「俺はッ! 江戸の町より、江戸の民を守る!」


 ガンズは覚悟を決め、周囲の長屋に火を放った。


 地獄のように燃え広がる炎は屍人と仲間達の亡骸を共に焼き尽くした。


 ーー翌朝。


 深川一帯は黒焦げとなり、瓦礫の下からは第七局の纏の残骸が発見された。


 死者6541人。

 その内に特別消禍隊員は47名含まれている。


◆◆◆


 話終えた男ーーあの夜、百目の西門を護りながら夜の町を駆けた天才剣士雪平ギルは、ここではない遠いところを見つめていた。


 君も聞いているだろうが、と雪平は続けた。


「ーーその後、隊の出動権限は幕府から特別消禍隊に移管された。深川みてぇな場所に、しかも真冬でカラッカラのところに火と風の精鋭を送り込むようなバカはなくなった。また強い火系の能力者には、強い水系を組み合わせることになった。……あれきり火系は弱くなったな。ガンさんは、最後の火系隊長だ」


 話を聞いていた麟五と飛梅は、当時の特別消禍隊と共に凍える夜に囚われた気がした。


「俺たちの犠牲の上に、と昇格と褒賞と、耳にタコが出来るれぇの褒め言葉をもらったが……すぐに礼を言うのも腹が立つようになったよ。結局、生き残った俺は、毎晩あの鐘と熱と匂いにうなされてる。それでも生きてる理由がーー」


 雪平はそこで口を閉ざし、何かを飲み込むと時計を見て門番の顔に戻った。


 慣れた手つきで解錠操作を行い、2人を中へ誘った。


「15分経ちました。どうぞ、中へ。特別室で斎藤様達がお待ちですよ」




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