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大江戸オブ・ザ・デッド〜魔法全盛の江戸で、弓しか取り柄がない私ですが兄を探してます〜  作者: 森戸ハッカ
第二章:火の段『火は力なり。意志なき者に宿るべからず』

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13. ミカド小石川療養所門番所

 麟五が身につけた黒一色のセットアップは、光を吸い込みながらも微かに陰影を返し、生地そのものが品質の良さを語っているようだった。


 身体の線を強調せず、余白を持たせた布は動きに合わせて表情を変え、歩けば空気を巻き込んで波のように揺れた。


 後楽園駅で待ち合わせていた飛梅は「よかった……! 御坊ちゃまの私服、ふつうにおしゃれだった!」と、胸を撫で下ろした。


 ファストファッションのオーバーサイズの白いTシャツ、黒いスキニーに紫色のハードなスニーカーを身につけた飛梅は、ニコニコしながら黒いキャップを外して斜めがけしたボディバッグに入れた。


「どういう意味だ……」


 整った顔を引き攣らせた麟五が、今すぐ大外刈りで沈めたいという苛立ちを抑えながら聞くと、飛梅はケラケラと笑った。


「えー! だってパジャマに白い絹の和服が用意されてた人ですよ!? 殿中〜!って感じの着物でくるかなって」

「なんで帽子をとった?」

「えへへ、いざというときは他人のふりしようと思って用意してたんですよコレ」  

「……」


 素早くヘッドロックをかける麟五に飛梅は歓声をあげた。


「キャハハ! ……ちょ、まじギブギブ!! やめて! 死ぬから!」

「ちょうどいい。いっぺん死んで小石川で治してもらえ」

 

 じゃれあいながら、2人はすぐにミカド小石川療養所についた。


 陽光を跳ね返す高い白壁に麟五は目を細めた。

 

 ミカド小石川療養所。  

 屍人に関連する治療・隔離・研究を一手に担う国立の医療研究施設だ。


 表向きは「患者を救う病院」だが、実態は「国家の屍人対策研究所」であり、治療と実験が隣り合わせに存在している。


 現場で負傷した隊員が搬送されて手当を受けることも多いため、飛梅には馴染みがあったが国民からは「一度入ったら出られぬ場所」として恐れられていた。


 屍人化の原因となる病源因子の解明は未だならず、魔術と医術を組み合わせた実験を行っており、屍人化して運び込まれれば帰れる者はまずいないためだ。


 屍人と接する機会が多い特別消禍隊は、どうしても被害者も増える。


 咬まれるなどで生じた汚染箇所を直ちに取り除き、患部を再生させるという五局神楽坂マリアがもたらした技術革命によって深刻な被害はこの10年で激減しているがーー……


「蓼丸局長、おつかれさまです。 斎藤様は特別室にいらっしゃいますよ」


 牢を思わせる高い鉄柵の扉に設られた門番の詰め所から、五局の担当が声をかけてきた。


 胡麻塩頭の中年男の両目が魔石義眼であることを見て、蓼丸は言葉と姿勢を改めた。


 ーー“生き残り”だ。


「そうか。ーー今日も局長の所へ……?」


 その言葉に、男はふと面映いような色を顔に漂わせてから微笑んだ。

 

「第七局長は、貴方ですよ。蓼丸殿。ーーと、失礼。電話です」


 電話応対を始めた男の顔を窺いながら、飛梅は隣の麟五に耳打ちした。


「この方、もしかして“深川殲滅戦”の……?」

「ーーああ。かつての第七であられた方であろうな」


 複雑な色の息を漏らした飛梅がぴくりと反応したすぐ後に、男が申し訳なさそうに電話を押さえながら尋ねた。


「蓼丸殿、シノ様からでした。回診が入り、15分ほどかかるとのこと。どうされますか? 待つのが難しければ別日でもと仰られておりますが」


「こちらは構いません。待たせていただきます。お気遣い頂きありがとうございます」


 生家の格も高く、本人の資質も抜きん出ているはずの麟五が誠実に対応するのを見て飛梅は背筋を伸ばした。


 特別消禍隊の新卒研修で山本総長が語ったのが、15年前に当時の第七局隊員が深刻な被害を受けた“深川殲滅戦”だ。


 市民にも犠牲も過去に例がないほどに多かったが、出動した隊員50名のうち、局長も含め47名が死亡した大惨事。


 2度と繰り返さぬよう、どのように制度が改められたのかという訓示に寄った内容であったため、実際に“生き残り”とこうして向かい合うのは思いのほか衝撃的だった。


 歴史は自分と地続きの事象である、ということを、飛梅は初めて知ったような気がした。


 指示を待つ子犬のようなひたむきさで見つめてくる飛梅に目尻を下げると、蓼丸に尋ねた。


「こちらは、第七の新人さんですか?」


 挨拶をしろと目で命じた麟五に勢いよく頷くと、飛梅は私服にも構わず敬礼をした。


「はい! 第七局一士、飛梅音です!」

「ハハ、元気がいいね。ーーキミは、今日蓼丸局長がどなたに会うのか聞いているのかい?」

「はい! 糧母神(りょうぼしん)斎藤シノ様とお伺いしております!」

「うん、そうだね。大変ご高名な日本人であらせられる斎藤様が、なぜ小石川療養所を面会場所にしたのかは?」


 笑顔のまま固まった飛梅は、そのままコテンと首を傾けて「……はて?」と呟いた。


 50年ほど前に渡来し、ミカド皇国に食の革命を齎した日本人、斎藤シノ。


 国防衛生の中枢である小石川療養所にいるのは仕事絡みだと思い込んでいたが、先程電話越しに「回診」と言っていたはずだ。


(屍人に関わった? だけど、日本人が被害にあったという話は聞いたことがないーー)


 もしくは近親者の誰かが収容されているということになるが、それも聞いたことがない。飛梅が戸惑っていると、男は優しく笑った。


「息子さん達が隊にいるので秘密にしているんだが……ここに連れてきたということは、この子には話しても問題ないという御判断ですかな?」


 蓼丸が軽く頷くと、男は小さな交番のようになっている門番所に2人を誘った。


「今の人は知らないかな。斎藤様の御夫君は、我らが第七の局長、神保ガンズなんだ」

「神保局長って、町を護って、亡くなられた……?」

「そうだ。ーーガンさん……神保ガンズは、生きている」



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