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大江戸オブ・ザ・デッド〜魔法全盛の江戸で、弓しか取り柄がない私ですが兄を探してます〜  作者: 森戸ハッカ
第二章:火の段『火は力なり。意志なき者に宿るべからず』

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12. やわらかな嘘の中で

 話を聞き終えた飛梅は胡座をかいて腕を組み「うう〜ん……」と唸りながら、しばし思考の海に潜っていった。


 肘枕をしながらそれを眺めていた麟五は、子供のような純粋さの漂う飛梅が大仰な仕草で悩んでいる様子は(ガキが大人の真似してるみてぇでクッッソかわいいな……)と脳内フォルダに焼き付けていた。


 2人とも白のトレーニングウェアのセットアップを身に付けているため合宿の夜のような様子になっており、そこに色気は少しもなかったが麟五は満足に浸る。


 飛梅は南海ノックから聞いた話とーー蓼丸への神を崇めるがごとくの賛辞と、ノック自身の活躍がかなり盛られており、ほぼフィクションであったことを除けばーー大体の筋が同じであることを確認し、真実であると認識した。


 その上で、ある考えに確信を持った。


(ーー教官も〈上野事変〉に違和感を持っている……)


「なぜ五局の到着が遅れたんですか? 少しばかり早くても、な惨事だったかもしれませんが……」


 17分間で鎮火できたのは七局の蓼丸麟五が到着したからであり、彼より戦力の劣る人員しかいない五局が迅速に到着したとて、被害はさらに拡大した可能性の方が高い。


 それでも飛梅は気になったことを一つずつ確認していくことにした。


 蓼丸も起き上がり、真剣な目で向き合った。


「ーー直前に通報があったんだ。後楽園駅付近で、屍人の目撃情報が三件。五局は癒術集団だから元々管区は狭い。……が、後楽園は第五の要の小石川療養所に近ぇ。それでーー」


 貴人も利用する江戸屍人医療の要、小石川療養所。その付近で屍人の目撃情報が三件、上野事変の少し前に通報された。


 第五局再重要エリアでの通報は、何よりも優先される。


 結果、主力部隊はそちらに展開してしまい、上野には手薄な人員しか割けなかったという。


 さらに被害者からされた上野の初動通報は「ガス爆発」「火災」といった内容であり、消防に入電されていた。


 消防から特別消禍隊に連携することはもちろんできるが、対応は遅れてしまう。


「結論から言うが、後楽園の通報は誤報だった」

「誤報!? 3人からの、誤報ですか? 屍人はいなかったんですか?」

「いねぇ。小石川に向かって複数の屍人が群れて歩いてるって通報だったが、向かってみりゃ、いつも通りの朝だったそうだ」


 朝5時頃、電車が動き出した頃合いの通報記録が残っている。


『てぇへんだ! いま後楽園駅なんだが、屍人がウヨウヨ歩いてたぞ!』

『急いでください! 白山通りで、コンビニの方に向かって……ああ、怖い。5体はいましたよ』

『やけに古い、完全に腐った屍人だよぉ。あたしゃ、あんなのを久々にみたよ……』


 互いになんの繋がりもない、3人の小石川周辺住民から内容が一致する通報。しかも公衆電話ではなく、個人が特定できる電票木札を使用した通報。信頼度は高いと判断するのはもっともだ。


「誤報は悪質だった場合、犯罪ですよね……? その方達は……?」


 問いながら、恐らくもう生きてはいないのだろうと予感していた。


 飛梅の目を見つめながら、蓼丸は反応を見るように呟いた。


「3人とも、上野事変で死んだ。通報した時は電車に乗る所だったらしい」

「そんな……」


 三者は皆、後楽園駅のカメラに映像が残っていた。連行されたとか、不自然な様子もなかったという。通報の瞬間はカメラのない場所だったようで、屍人の映像もなかったが。


「通勤中のおっさん、一人暮らしの上野の姑を見舞いに行くことを急に決めた女、キヲスクで働くババア。調べても3人に関連はなく、それぞれの家族は上野に行くことを認識していた。結局、夜明けまで飲んでたガキの集団でも見て見間違えたんじゃねえかって結論になった」


 彼の口悪い表現は、ある意味親しみやすさも孕んでいて、数字ではなく人として通報者を見ていることが伺えた。 


「上野事変では、もうひとつ気になる点がある。身元不明の遺体がゴロゴロあったんだ」

「電票もなく、ですか?」

「ああ、電票もねぇ。遺体も俺が焼き切っちまって、芯まで炭化してたから鑑定もできねぇと五局の鑑識から言われた」


 電票は生活必需品で、紛失した場合は再発行に十万円かかる。一人歩きできるようになった頃からミカド皇国の子供は肌身離さず電票を管理することを教えられて育つ。


 自分以外のものは使用できないため盗難はほぼないし、電票を持ち歩かない者はいないため、屍人化しても電票は残るのが常だ。


 また電票には特殊な護符が彫り込まれており、火や水、あるいは打撃による破損などは不可能とされている。特別消禍隊の優秀な能力者達の炎でも、通常は焼け残る。


「教官の火で、電票も焼いちゃったんですかね……?」

「そう言われた。……が、他の700余りいた屍人のやつはみんな残ってたがな」


 誤報。

 複数の身元不明の遺体。

 消えた電票。


 それぞれに、まるで用意されたかのような答えがある。


 一度疑えば、蓼丸が非番ではなかったということも用意の範疇だったようにも見える。他の能力者が焼けないものも、彼なら焼けると誰もが思うはずだ。


「ーーお前の妹を含めて、3人の行方不明者の電票は綺麗に残ってた。革紐や組紐なんかの、焼けやすい素材で携帯していたようだな。いずれも魔術高専のバスの中から見つかっている」


 石動キーラ(60歳 女性 魔術教諭)

 日本橋ノア(19歳 男性 生徒)

 飛梅楽(17歳 女性 生徒親族)


 行方不明者3人のプロフィールも、飛梅を調べる際に洗い直させた。


 石動はクラス担当教諭、日本橋は同じクラスの親友、飛梅楽は妹ーー行方不明になったのは音本人だったとしてもーーと、〈飛梅音〉関連だ。


 魔術高専の利用した観光バスは最も被害が大きな部類に入る。早朝に卒業旅行で集まっていた彼らは、行方不明者以外は全員が死亡していた。焼け落ちた車体は一部しか残っていなかった。身元不明屍人遺体も5体と多く、車内に侵入された可能性が高い。


 行方不明者が出ている以上、時間が経てば身元不明者は彼らであったとされるだろう。


 しかしーー……


「お前の妹は、なぜあそこにいたんだ?」


 麟五は何も見逃すまいというように、飛梅の表情を真剣に見つめていた。


「お前は何をしていた?」


 飛梅は母親と作り上げた〈設定〉を語り始めた。


「僕が当日の朝に具合が悪くなってしまって、旅行参加を見送ったんです。母が安全祈願護符をつくってくれていたので、妹はせめてそれをクラスメイトに届けようとーー……」

「青梅からか? わざわざ?」

「はい。結局、それも燃えてしまったようですが……」


 飛梅は鎮痛な面持ちでため息をつく。


 同級生を失い、妹が巻き込まれた兄の仮面を瞬時につけた彼女に、麟五は瞬間腹が立ち、やがてすぐに哀しくなった。


 この仮面の厚さは、心の距離の遠さだ。

 これ以上、近づくことはできないーー今は、まだ。


 飛梅はそこで何かを言いかけて口を閉じ、しばらく躊躇った後、決心した様子で麟五に告げた。


「僕は、妹は生きていると信じてます。というより、生きているとわかっていると言ったらーー信じてくれますか?」


 すぐには答えない麟五に、飛梅は話し始めた。


 飛梅家は代々、家族の生死や大体の居場所が互いにわかるという。病死した父は入婿のためわからなかったが、母と兄妹は常に互いを認識できた。


「僕は、母の両親、僕にとっての祖父母の死を経験しています。彼らの居場所も、死も、幼くてもわかりました」


 証明ができることではないんですが……と飛梅は目を伏せた。


「お前は妹が生きている、と、確信しているんだな?」

「はい。だから探したいんです。大体の位置も……都心にいることもわかります。こっちに出てきて、青梅よりも気配が濃くなって。魔力もそれほど減ってはいないと感じます。危険な状態ではない。うまく言えないんですけど、ハラハラしないんで。なんで動けないのかなぁ……?」


 最後は兄への問いかけでもあった。


 水系能力の使い方は兄の方が上手かった。水系は血に通じ、治療も得意分野だ。幼い頃から風邪をひいたところも見たことがない。

 

 激甚な災害から逃げる途中で怪我をした?


 それだけなら、治して帰ってくるはずだ。

 

 そして母と楽の間では「音は動いていない」という見解でまとまっていた。意識を失って、寝たきりになっているイメージだ。

それならば、迎えに行ってやらなくてはいけない。


 否ーー通報もせず、寝たきりの音を極秘裏に生かしている誰かから、奪還しなくてはいけないのかもしれない。


「……俺も信じてもらえるかわからない話をしていいか」


 その問いは、飛梅の秘密の一部を受け取ってくれた証のようで。


 曇天に晴れ間が差し込むように顔を明るくして、飛梅は大きく頷いた。

 

「聞かせてください」


 佐々木カイロには話したが、腹心の侍従であっても俄かに信じ難いという反応であったことを思い出し、やや視線を逸らしながら麟五は言った。


「ーーあの日、火を出した屍人がいた」


 あまりの衝撃に、飛梅はごくりと喉を鳴らした。


「火を……? 屍人に意識があったってことですか?」


 能力はイメージの発露だ。

 火を起こす、風で浮く、水を沸かせる、岩を砂にする。

 確実に自分がそれをできるというイメージがなくては、能力は作動しない。

 鬼道詠唱はあくまでも補助である。


 一方、屍人の発生機序は未だに解明されていない謎だ。


 噛む、引っ掻くなどといった行為で屍人化するため、血液によって感染しているとされているが、屍人を解剖してもそれらしい菌やウイルスは発見できていない。


 動くだけの、ただの死体だ。


 意識はなく、当然魔力を使えるはずもない。


 それが火を出したというのなら、特別消禍隊の存在を根本から揺らすことになる。


 特別消禍隊が今まで禍をもたらす死体として屠ってきた屍人が、意思を保つ人間であったということになってしまうのだから。


「実際にご覧になったのですか? 火を出す屍人を」


 飛梅の問いに、麟五は頭を振った。


「いや、見てねぇ。そして南海も、火の海には屍人しかいなかったと言っている。生存者じゃない。ーーだが、俺の火を押し返してくる力が確かにあった。長い時間じゃねえ。一瞬だったが、ストッパーがない人間が、末期にバーストしたような……」


 特級の自分が抵抗を感じるほどの魔炎。

 人ではなく、屍人が火を吐くイメージが、あの日からずっとある。


「上野事変の違和感は山本総長に伝えてある。零局と百目の信じられる者達だけで継続して調べるそうだ」


 その一言は、飛梅を震わせた。


 特別消禍隊の内部に一抹の嘘がある可能性を認めるとは思わなかった。


(蓼丸隊長の部屋子になれてよかったーー!)


 強い喜びが湧くのと共に、この入れ替わりが期間限定であることが初めて寂しくなった。


 妙な顔をしている飛梅を、麟五は何気ない風を装って誘った。


「明日の非番、小石川に行ってみないか? 気になることがある」


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