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大江戸オブ・ザ・デッド〜魔法全盛の江戸で、弓しか取り柄がない私ですが兄を探してます〜  作者: 森戸ハッカ
第二章:火の段『火は力なり。意志なき者に宿るべからず』

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11. 〈上野事変〉

 それは、何の前触れもなく始まった。


 皇紀2119年3月、穏やかな春の日曜。


 学生達が春休みに入ったこともあり、上野駅バスロータリーは早朝から人で賑わっていた。


 大型観光バスが何台も発着する中心地で最初の異常音は小さな「爆ぜる音」だったという。


 バスの車内から悲鳴が上がる。


「屍人だ!!」


 窓の外を見ていた1人が叫ぶ。


 次の瞬間、血の混じった咳と共に運転手の顔がぐにゃりと歪みーー口から火を吹いた。


「やだ……なんで火が……!」


 現場は瞬く間にパニックになった。

 炎は人々の逃げる足を止め、やがてバスの燃料タンクを次々に誘爆させた。


 駅舎は崩れ、最大時は火柱が30メートル上がったという。


 その日、上野は焼け落ちた。


 通報から17分で、3014人が死亡。3名の行方不明者が発生。公表は避けられたが、屍人化した人数は700名以上に及んだ。

 

 〈上野事変〉は過去最悪の都市型屍人事案として記録されることになった。


 生存者の証言は限られ、映像もほとんどが黒焦げだったが、ひとつだけ確かなことは「蓼丸の麒麟児が来なければ、被害は拡大していた」という事実だった。


 管区担当隊の現着が遅れるという速報が索敵部隊〈百目〉から入り、管区の隣接する第七局は魔法大国バベル王国から入手していた緊急転移陣を隊長権限で即座に発動。


 発生から14分した時点での転移ではあったが、既に火災旋風が猛烈な勢いで立ち昇っていたため、転移陣開陣とともに蓼丸が他隊員に七局待機を指示。


 第七局百目の南海ノックと共に現地入りした。


 索敵共有を受けながら、ただ1人、現代能力者の頂点に立つ男は神の如き力を振るった。  


 極限まで高められた魔力で、彼の姿は虹色に揺らいで見えた。


『流せ 奪え

朱と蒼の矛盾を抱きて

回れ 廻れ 律の輪

二律共鳴

応ぜよ 調停なき終焉に

“灼水天秤”』


 彼が唱えたその鬼道はナンバリングを持たない。


 全ての属性で特級能力を持つ“蓼丸の麒麟児”しか使えないものだからだ。


 かつて江戸を襲った大火の際、当時の麒麟児が編み出した相剋結界術。


 赤と青、熱と冷、怒りと慈悲。


 真逆の性質を持つ元素が交錯し、爆風とも静音とも違う衝撃波が上野を揺らした。


 水が炎を包み、炎が水を突き破り、瞬間蒸発と爆縮が連鎖する特殊な結界が駅構内を覆い尽くした。


 結界の中で、屍人達は、音もなく崩れていった。


 3分後に結界が解かれると、高い魔圧を真近にくらった南海ノックは腰から崩れ落ちたという。


 それでも彼は、上官の動きから目を離さなかった。


 麟五は床部だけ焼け残ったバスの車内に立っていた。


 助けられなかった者の、焦げた電票を拾い上げる。


「……遅かった」


 誰も責める者はいない。

 いるはずもない。

 彼がいなければ火は止められなかったのだから。


 息を止めるようにして集中していた南海は、そこで、ようやく辺りが酷い匂いであることに気づいて嘔吐いた。


 まず鼻にくるのは、鉄の匂い。

 血が焼け、空気中の酸素と混じった後の金属臭に似た鋭さだ。


 それに続いて、焦げた布やプラスチックが混ざった都市型特有の人工的な焼け跡の匂いが肺の奥に残る。


 ポタポタと水の垂れる音や、生存者が啜り泣く声がしていたが、まるで神事の後のように静謐とも呼べる静寂がそこには満ちていた。


 時間をおかずに、そんな静けさの中に、ひとつ音が加わった。


 硬質なブーツの連なった音だった。


「確認! 五局第二班構内進入開始。二次展開、遅れて申し訳ない」


 管区担当の五局の人間が到着した。声を発した五局の隊長は、微かに震えていた。


 五局は水系癒術が得意な部隊のため、彼らはすぐに生存者のもとへと駆け寄っていく。


 慌ただしく救急搬送の指示を行いながら、現場を封鎖していく五局の副隊長が術式の跡を見てゴクリと息を呑んだ。


「蓼丸殿……これを……1人で……?」


 蓼丸はそれには応じなかった。

 無言で、焼けた床を歩いていく。まだ湯気の上がるタイルに、彼の足音が染み込んでいった。


 やがて天井が落ちた箇所で足を止め、何かを考える顔で差し込む朝の光を見上げていた。


 蓼丸の姿はーーまるで戦の終わりそのもののように、しばらくそこで立ち尽くしていた。



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