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――嘘? なんでなんでなんで……あ、そうか、これ消費税込みの金額……。え? なんでホームページと注文履歴画面には税抜きで表示してあるの!?
悲しいことにこの当時は国の定める総額表示義務が課される前でした。少女は慌ててショルダーバッグを手に取り、財布を取り出して中身を確認しました。
2583円。いくら数え直しても、財布にはそれしか入っていなかったのです。
「今日午後、栃木県S市内にある回転寿司店で、無銭飲食をしたとして高校生の少女(15)が逮捕されました。
少女は一人で来店し2700円余りを飲食しましたが、代金を支払えるだけの現金を持ち合わせておらず、店員が警察に通報。詐欺の現行犯としてその場で逮捕されました。
少女は『注文タブレットのメニューが税抜き価格で表示されていることを知らなかった』などと一部容疑を否認しており……」
そこまで少女は自分がニュースになった時のことを妄想すると、もはや絶望しました。
――終わった! 私の人生終わった! はははこれ、警察案件かな? 学校退学かな。いや?……。
すうっと息を深く吸い、どうにか落ち着こうとしました。
――言ってもたった200円足らずの話なんだ。それにややこしく税抜き価格でメニュー表示してた方も問題じゃない? 店にも落ち度があるんだから、なんとかなるかも知れない。とにかく事情を話そう。
震える手でタブレットの店員呼び出しボタンを押しました。
すると、数十秒してやってきたのは、あの青年の店員さんだったのです。
「はい」
店員さんが早足でやって来ると、もう少女はあがってしまいました。
――またこの店員か。
自分の運のなさにがっかりしつつ、誠意を見せるため急いで席から立ち上がりました。
「どうされました?」
店員さんが不審げに問いかけます。
「あのっ、私、すみません! お金が、お金が足りなくって……!」
「お金が」
「はいっ……」
ちょっと間がありました。少女の隣の隣の席に座っているおじさん客が、不思議そうな表情をしてちらりとこちらを向きました。
「失礼ですが、いくら足りないのですか?」
店員さんが聞きました。
「200円いかないくらいです」
「200円」
「はいっ。あの、あらかじめ食べるものを決めて、ぎりぎりのお金を用意してきたんですけど、税抜き価格でメニューが表示されてるの知らなくて。それで会計ボタンを押したらいきなり税込み価格になったので」
「ああ、その価格表示に関しては他のお客様からも不便だと時折お声をいただきます。ですがなかなか本社が動かないみたいで。……どうでしょう、お手数ですがそこのコンビニのATMで不足分を下ろして来てくださるわけにはいきませんか?」
「すみません、銀行のカードとかは持ち歩くと危ないからお財布に入れないようにって、母に言われていて。持ってないんです」
「あ、そうですか。電子マネーなどはお持ちでないですか?」
「そういうのも、子供にはまだ早いって母に止められていて」
「そう。ではご足労かけますが、ご家族の方にお家から来ていただいて、不足分を……」
「今日、母もおばあちゃんも弟の少年野球の試合の応援で、遠くに出かけてしまっているんです」
「……そうですか」
少女は泣きたくなってきました。
「あの、時間かかっちゃいますけど、私、一度家に帰って、お金持って戻ってきます。食い逃げとか絶対しませんから、それじゃ、それじゃだめですか?」
「分かりました。どれくらいお時間はかかりそうでしょうか?」
「だいたい二時間くらい」
「二時間? 失礼ですが、お家はどこにあるのですか?」
「T市です。自転車で来ました」
「T市!? ここから十キロ以上あるじゃないですか」
「はい。自転車しか足がないので……でも、どうしてもここでお寿司を食べたかったから……」
少女はどんどん消え入りそうに、小さく小さくしぼんでしまうのでした。
店員さんは腕組みをしました。やがて腕組みを解いて、ズボンの尻ポケットに手を突っ込み、二つ折りの紺の財布を取り出しました。そこから500円玉を一枚取り出し、少女の席のテーブルに素早く載せました。かちり、と小さな音がしました。
「これで支払いを済ましてください。それで足りますよね?」
彼は無感情にそう言いました。
「えっ……いやでも」
「気にしないでください。我々としても、せっかくご来店いただいたのに、ここでの食事があなたにとって嫌な思い出になってしまうのは避けたいのです。ただそれだけです」
「でもこんなにいりません。200円いただければ本当にそれで」
「余ったお金で、帰り際にコンビニでスポーツドリンクを買って、ちゃんとそれを飲みながら帰ってください。もう暑いですから」
「……」
「では、あちらにある(と言って店員さんは入口付近を見やりました)自動会計機で会計をしてお帰りください。ご来店誠にありがとうございました」
彼はそうやはりやや無感情に、しかしその中にわずかに優しさのにじみ出ている言い方で言って、くるりと少女に背を向け、歩いて行ってしまいました。煙草の匂いが残りました。
少女は彼を見送ると、テーブルに置かれた500円玉を見つめました。
それは店の照明を反射して、キラッと一回輝きました。
※
少女はそれからアルバイトの給料が入ると毎月のようにその回転寿司店に行くようになりました。たいてい自転車に乗って――、暑すぎて自転車に乗るのが辛い夏は、母親に車に乗せてもらって、店に通うのでした。
お寿司以外の目的が密かにあったことは、言うまでもありません。




