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〈いくら大粒一貫 200円×四皿〉
さあ、とうとうラストに取り掛かります。
ラーメンでシメるのかと予想された読者もいらっしゃるかも知れませんが、そうではありません。少女はいくらを四皿も頼みました。
この寿司店にはいくら軍艦が二種類あって、安いものは一皿190円で二貫盛り、高い方はこの日少女が頼んだ一貫盛りでした。
もう想像できるでしょうが、少女はこれまでこの寿司店に来ても安い方のいくらしか頼んだことが無かったのです。それは軍艦の上に半分小粒ないくら、半分きゅうりの斜め切りが載っている(少女から言わせれば)貧相なもので、しかも少女はその二貫のうちの一貫を弟に分けてやらなければならないのが常だったのです。もちろん母親のお財布を気遣ってのことでした。
実はここまでのオーダーは、少女が来店前にこの店のホームページを見て入念に練って、決めてきたものでした。いくら以外のお寿司とラーメンの合計価格が、1690円(税抜き)。そうしてこのいくら四皿(800円)の代金を足すと……(そう考えながら少女は注文タブレットを操作して、今現在の注文履歴画面を表示し、合計金額を確認ました)2490円。
――ほら、完璧。完璧なオーダー戦略。持ってきた2500円にぴったり収まった。
注文額を上機嫌に眺めていると、ちょうど同時に四皿、いくらが届きました。
――きたっ!
少女はタブレットをいじるのをやめ、ささっと全てのいくらをテーブルに移動させました。そして大好物のいくら軍艦を見つめました。
――なんじゃこりゃ。
少女は思いました。
――こぼれとる! いくらの粒が、軍艦に乗りきらなくて数粒皿にこぼれとるやないかい! こぼれいくらやないかい! まったくこれはまあ、えぐい真似をしてくださったのう。そしてこの粒の大きさ。姐さん、粒ぞろいやねえ。いつものいくらと全然ちゃうやん! ていうかなんで関西弁やねん! ……落ち着け私。全然面白くないぞ。
醤油をちょっとたらし、いよいよいくらを口に運びます。
――ああ……ぷちぷち。ひんやりいくらが冷えていて……。
少女は昔のある日のできごとを思い出しました。
「ほら、ひーちゃん、できたよ。いくら丼、いくら大盛り」
「すごい! これ全部いくらなの? 全部一人で食べていいの?」
「そうだよ。いくらが冷えてるうちに食べな」
「ありがとう、お父さん」
「どう? 味は」
「……おいしい! ひーちゃんいくら大好き」
「そうか。良かった。……それでね、ひーちゃん、それ食べ終わったらお家に帰るんだよ」
「……」
「さっきお母さんに連絡したんだ。もうすぐ迎えに来るって言ってた。だから帰りな。それでもう、お父さんのところには来ちゃだめだからね」
「……」
「分かった?」
「なんでお父さんにもう会っちゃいけないの? 私またお父さんと暮らしたい」
「……」
「ねえなんで?」
「……ごめん、ごめんなひーちゃん」
少女はそこまで昔のことを思い返すと、
――お父さんっ! なんで、なんで不倫なんて……。
と思いながら、いくら軍艦を飲み込みました。大して醤油をかけませんでしたが、ずいぶんしょっぱく感じられました。
一貫一貫よく味わって、四皿のいくらを食べ切りました。
小食な少女はお腹がいっぱいになって、身も心も満足しました。さて、会計です。
タブレットの注文履歴画面をもう一度表示し、合計が2490円となっているのを確認しました。
――うん。間違いない。よし。
会計ボタンを押しました。
会計 2739円(税込み) と表示されました。
少女は固まり、ひゅっと小さく息を吸いこみました。




