名前
寺沢さんと付き合い始めてから3週間が経とうとしていた。
付き合ってから大きな変化があったかといえば、そうでもなかった。
学校に行ってこれまで通り授業を受け、イツメンと話したりして過ごし、放課後は寺沢さんと一緒に下校。
あまり変化がなかった。
『こんなに変わらないものなのかな……。』
授業の合間の休み時間、俺は窓の外を眺めながら1人でぼんやりと考えていた。
「なぁ西村。」
トイレに行っていた霧宮が戻ってきて、俺に話しかけてきた。
「ん?」
「ふと思ったんだけど、西村と寺沢さんってさ、付き合ってからも苗字で呼び合ってるよな。」
「確かに……。」
言われてみればそうだった。
というか、苗字呼びで定着しちゃっていて、気にしていなかった。
「……男を見せる時じゃないか?」
「え?」
困惑していると、次の授業の予鈴のチャイムが学校中に鳴り響いた。
霧宮は最後に爽やかな顔をし、左手でグッドサインを浮かべて、席に着き前を向いた。
困惑こそしたが、言いたいことはなんとなくわかった。
おそらく『付き合ったのだから下の名前で呼んでみては』と言いたいのだろう。
確かに、寺沢さんと付き合ってから色々調べていて、女子は下の名前で呼ぶと喜ぶという記事を見たような気もする。
『頑張ってみるか……。』
放課後になり、いつも通り寺沢さんと下校していた。
いつもの時間、いつもの通学路。
慣れ親しんだ道なはずが、いざ苗字ではなく下の名前で呼ぼうとしているこの状況には、新鮮みがあった。
『そしてなによりめっちゃ緊張する!』
でもいつまでも苗字で呼ぶというのは、やはり不自然な気もしていて、このままは良くないと思う。
そんなことを下を俯き歩きながら無言で考えていると、それを不思議に思ったのか寺沢さんが声をかけてきた。
「西村くん、どうかしたの?」
「あ、いや! なんでもないよ。」
とっさに出た返事であった。
『いや今日は無理だ!』
やはり下の名前で呼ぶことにはちょっと恥ずかしさがあり、まだ心の準備がまだできていなかった。
「そういえば西村くん、もうすぐ夏休みだね。」
「あ、そうだね。楽しみ。」
「プールとか行きたい!」
「いいね。行こう!」
「あとお祭りも!」
「行こう!」
そうだった。夏休みが近いんだった。
今はちょっと心の準備が出来ていないけど、夏休み中には下の名前で呼べたらいいな。
そんなことを考えながら、俺と寺沢さんは話しながら下校した。
その夜、ご飯を食べ終えて自分の部屋のベッドで横になりながら、俺は考えた。
夏休み、寺沢さんはどこ行きたいんだろう。
さっき言ってたのだと、夏祭り、そしてプール……。
ここで俺は気づいてしまった。
プールに行くということがどういうことか。
『寺沢さんの……水着……?』
俺がそんな貴重な姿を見てしまっていいのだろうか……。
慣れない恋愛というのは難しい。
いろんなことにおいて心の準備が必要になりそうで不安だけど、でも夏がちょっと楽しみになった。
すると、霧宮からレインが送られてきた。
『今週末、飯行こうぜ』
「いいね!行こう!」
霧宮にも色々相談したいとは思っていたから、誘ってくれて嬉しかった。
その後、集合場所などについてやりとりをして、時間は23時半頃。
「色々楽しみだ……。」
そうボソッと一人言を言って、俺は眠りについた。




