第3話 京を巡る情勢
まだある。
京と鄙では、その嗜みにおいても差がある。仏画ならまだしも、進物に足る絵巻物に至っては鄙では描く者とてなく壊滅的だ。手に入れるとしたら、京で買って持ち帰る以外の方法はない。
すなわち、京から五十里以内の国持大名でもなければ、上洛して覇を唱えることなどできぬと思うのだ。
少なくとも今、京以外で相当の富を蓄えているとなれば、堺、九州となる。堺は大名がいないので論外として、九州はいくらなんでも京まで遠すぎよう。
船で上洛するにせよ、瀬戸の海は海賊衆が固めている。
その一方で京至近の大名たちは、出る杭の叩き合いで長く続く戦さを終わらせられぬ。三好殿が亡くなりし今、再び過酷な潰し合いが始まるであろう。このような連中は頼むに足らぬ。
だからこそ、関白様も将軍様も、一度は越後の上杉殿を頼られたのだ。
こうなると、やはり期待できるのは、越前の朝倉殿、近江の浅井殿、遠くても尾張の織田殿あたりしかいないのではないだろうか。
ただ、越前の朝倉殿は将軍様から「義」の字をいただいているものの、前年に名将と讃えられた宗滴殿を亡くしている。
近江の浅井殿は、六角殿の手を離れ、昇る朝日のような勢いだが……。如何せん、六角殿の配下にいた期間が長く、関白様や将軍様に対して直接は縁が遠く、そのお考えもわからぬ。
対して織田殿は、その領土は京から遠いといえども、父の信秀殿の代から上洛して将軍様にお会いになられたことがあるし、戦さ上手でも名が知られている。また、信秀殿が内裏修理料として四千貫文もの銭を献上されたのは忘れてはなるまい。
一長一短はあるものの、この三者のみであれば手を打つにも数が少なく、容易に話を持ちかけられるのではないだろうか。
それから……。
「まずは、直治どの、懸念のように俺自身で動くことはないよ。
だが、この洛中洛外図屏風について、その真意を知っている方がいらっしゃるではないか。まずは、その方にお縋りするのが筋であろうよ」
「……あ」
ようやく思いついたか。
直治どのにしては、遅かったぞ。
もっとも、直治どのは一度お会いした後に、京を離れられてお目通りも叶わぬまま五年も経っている。しかも、関白様はおろか、昇殿を許されるような方とお会いする機会も直治どのにはなかった。自然自然に思考の外に外れてしまうのもやむをえぬことなのだろう。
「なるほど、洛中洛外図屏風に示されしことが、将軍様の遺命とその証であるいうことを関白さまに保証していただければ……」
「これから、そのためのお願いを直接にせねばならぬが、な」
「できるのでしょうか、そのお願いは」
と、これは小蝶。
実は、小蝶がそう思うのも無理はない。
「できるではないか。
小蝶、お前はあのとき近衛邸にいなかったから、思い出せなくとも仕方がない。
近衛邸の障壁画、我ら四人で描くと、関白様とお約束したのだ。そして、おそらくこれが、我ら四人で行う最後の仕事となろう」
信春をここに留めておくことはできぬ。
直治どのも、完全に絵師となり、狩野の高弟としてここに留まり続けるのでないかぎり、ここから去っていく。
でも、洛中洛外図屏風を四人で描いたときの楽しさをもう一度だけ得ることができるのだ。
「関白様自身が、その話を忘れていらっしゃるということはないのか?」
そう問う信春に、俺は笑ってみせる。
「なにを言うか、信春。
お前が七尾に戻る前に、これだけは終わらせねばならぬ仕事ぞ。関白様が京にお戻りあそばしたのだから、今こそ我らの仕事のとき。
そして、たとえ関白さまが忘れていらっしゃっても、そこを思い出させるのが棟梁の仕事よ。そして、その障壁画にかこつけて、洛中洛外図屏風についてお話すれば、おそらくあとはとんとん拍子」
俺の説明に、皆うなずいた。
「ただ、一つだけ、考えねばならぬものがあるかと浅慮いたしまするが……」
「直治どの、なにかな」
そう聞きながら、内心でぎくりとする。
俺なりに考え抜いたことなのだが、直治どのから見れば穴があるのやも知れぬ。
「次が必要なのでは、と」
「次とはなんのことかな」
俺の問いに、直治どのは大きく息を吸って、一つ一つの言葉を噛みしめるように話しだした。
第4話 棟梁、息災だったか
に続きます。




