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洛中楽Guys ー若き絵師たちの肝魂ー  作者: 林海
第五章 それぞれの道

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第1話 今日明日の話ではない


 いよいよこれ切り出す時がきた。

「とりあえず、それは措いて今は将軍様が討たれてしまったことについてだ。

 お前たち、まずはこの先どうするかを決めて欲しい。

 信春は七尾に戻り、絵師として売り出したいのであろう。

 直治どのは許された狩野の名をもって、どこぞに仕官の道を探すということもできよう。

 俺は、その道を邪魔しようとは思わぬ。これよりは成算もわからぬ企てゆえに、乗るか否かは己で決めて欲しいのだが……」


「俺は乗る」

「早いな、信春」

 俺は、打てば響くような早さで応えた信春に不審を覚える。

 お前、ひょっとして小蝶の追求が怖いあまり、そうそうに返事をしたのではあるまいな。


 露骨に疑いの眼差しを向けてしまった俺に、信春は居心地悪そうな顔になって言う。

「源四郎。

 お前は狩野の棟梁だ。

 今回、三好殿の件で、狩野の棟梁が、いや、京の町衆ができることの片鱗を俺は知った。

 俺も一旦国に戻ったのち、再び上洛して派を立てる。

 絵筆を持っては源四郎に劣るとは思わぬが、このような力については、まったく窺い知れぬ話だ。

 今回、お前の姿を見て、そのあたり盗ませてもらうぞ」

「さすが信春。

 盗むと言ったか。決して教えぬし、むしろ邪魔をしよう。商売敵だからな。

 盗めるものなら盗んでみよ」

「おお、見事に盗み出し、そのうちに源四郎、我が派でお前の首も刈ってやる」

 あまりの言に、直治どのと小蝶の顔色が変わる。

 だが、このくらいのことを言って憚らないのが信春の持ち味ではないか。


 だから俺は、構わず言い返した。

「無理だな。

 お前の派は五十年と保たぬ。

 絵師としては信春の方が俺より名を残すやもしれぬが、お前に派は残せぬよ」

「やかましいっ!」

 憤然とする信春の顔が可笑しくて、俺は笑った。

 ここままで心の底から笑ったのはいつ以来かと思いつつ、だ。

 おそらくは、洛中洛外図屏風を描き終えてから初めてのことであろう。


「直治どの。

 直治どのはどうされる?」

 四つも歳下ながら、このような問いに対してさえ、直治どのの顔はあくまで穏やかだ。


「この話、下りられませぬなぁ。

 そもそも、この私めがいなければ……。

 棟梁の策は、そのままでは危なっかしくて見ておられませぬ。真に小蝶様をお守りできるのは、この直治にござる」

 ……これには俺も閉口させられた。


 直治どのの言は、まったくもって正しい。

 こと戦略、戦術ということになれば、この中では直治どのの独壇場だ。

 特に敵が武家である以上、武家の考えがわかる直治どのの助けは絶対に必要なのだ。

 だが、その(いたち)の最後っ屁ともいう言が、小蝶を守れるのは自分しかいない、とは。

 さすがに、これには一本取られた気がする。


「そうだな。

 俺には(はかりごと)(まま)ならぬ。

 頼むから小蝶を守ってやってくれ」

「それは卑怯にござる」

「……卑怯かな?」

 思わず直治どのに問い返す。


「それでは、私が小蝶様を守ったのは棟梁の命でということになり、手柄はすべて棟梁のものではございませぬか」

「あっ、そうか」

「卑怯も卑怯、大卑怯だな」

 信春、うるさい。横から口を出すな。小蝶までもが笑っている。


 まあ、いい。

 この際だ、直治どのの力を借りられる、それで今は十分だ。

 そして、問うまでもないかもしれぬが、あえて問う。


「小蝶。

 お前は女だ。

 無理をする必要はない。下りても良いし、そのことについて俺は、とやかく思うことすらない。

 だが……」

 俺は、最後まで言い切ることはできなかった。小蝶が言わせなかったのだ。


「この小蝶も皆様とともに洛中洛外図を描いた身。

 今さら下りようとは思いませぬ。

 もちろん危険は承知の上。もしも、この身になにかありましたら、蓮の台(はすのうてな)※1を半分空けてお待ちしておりまする。

 後添(のちぞい)※2の方とご一緒に、ごゆるりと参らせたまえ」

「本気か?」

「半分くらいは」

 そんなことだろうと思った。

 思わず、再び信春からも直治どのからも笑いが起きる。


 小蝶は、死を従容として受け入れる女ではない。しぶとく最期まで見苦しくあがき、自分の欲するものを手に入れるために、じりじりとでも前に進む女だ。

 取りようによっては可愛げに欠けるやもしれぬが、小蝶の絵筆がここまで回るためには、天賦の才があるにせよ、それだけの(つよ)さが必要だったのだ。

 ここにいる者すべてが、多少なりともその道を歩んでいる。

 一番才に恵まれた信春ですら、おそらくはまともさを捨てるという選択をしているのだ。



1※蓮の台 ・・・ 極楽浄土に往生した者が座る、蓮の花の座

2※後添 ・・・ 死別した後の二人目の妻


新章に入りました。

引き続き、よろしくお願いいたします。

これが最終章です。

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